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新-735

 大晦日の深夜、そして、一年の始まりの日。
 ラブとせつな、あゆみと圭太郎が、元日詣を済ませて帰宅した。
 肌を刺すような寒さの外出でも、二人の子供は元気いっぱいだった。飛び込むように家の中に入る。


「お疲れさま。ラブ、せっちゃん」
「いやぁ、寒かったなあ……。大丈夫か? 二人とも」
「平気だよ! 子供は風の子ってね、へくちん!」
「クスッ、風邪の子になっちゃいそうね。待ってて、温かい飲み物用意するから」


 せつなはキッチンに駆け寄って、手際よく鍋に火をかけ、お湯を沸かす。
 圭太郎とあゆみには紅茶を、ラブと自分にはホットミルクを用意する。

 勝手知ったる自分の家。すっかり、四人で過ごすことが当たり前になっていた。
 せっせと動き回るせつなを、三人は幸せそうに眺めた。

 湯気の立ち上るカップを手にして、それぞれ体を温める。


「おみくじ、ラブは大吉だったのよね」
「うん、今年も幸せゲットだよ」
「せっちゃんは凶だったんだろう? 気をつけないとな」
「大丈夫よ、おとうさん。今以上の幸せなんて想像もできないもの。ちょっと悪いくらいでいいの」

「せめて、今夜はいい夢を見ようね!」
「夢って?」


 ミルクを飲みながら説明してもらう。
 新年の最初に見る夢、それを初夢と呼ぶらしい。その夢の内容によって、どんな一年になるのかを占うのだと言う。
 占い師だった自分が、知らないのは恥ずかしいと思った。夢占いなんて専門外もいいところだけど……。


「一富士(いちふじ)、二鷹(にたか)、三茄子(さんなすび)がいいと言われてるのよ」


 あゆみが補足してくれる。
 富士って登山の夢でも見るのだろうか? 鷹ならわかる。大空を飛ぶ夢なら爽快だろう。茄子? 嫌いではないけど、夢に見るほど美味しいわけでもない。


「それじゃあ、もう遅いからみんな休みましょう」
「ラブ、せっちゃん、良い夢を」
「「おやすみなさ~い」」


 ラブとも別れて、自分の部屋のベッドに潜り込む。
 初夢の話を思い出す。悪夢にうなされていたのは随分前の話だ。幸せな毎日を過ごす内に、いつの間にか悪い夢は見なくなっていた。
 まして、今夜は最高に楽しい夜だった。きっといい夢が見られるに違いない。安心して眠りの中に沈んでいった。







帰ってきたせっちゃん――――初夢の夢占い――――』







 まぶしい光。暖かな日差しが、半開きのカーテンから入り込む。
 朝というには、やや遅い時間。昨晩寝たのは深夜遅くだから仕方ないけど、新年初日から寝坊はだらしないと反省する。

 結局、夢は見られなかった。それも当然かもしれない、普段だって見ない日のほうが多いのだから。
 新年で最初に見る夢が初夢なのだから、今夜か明日の夜にでも見ればいいだけだと思うことにした。

 着替えようと鏡の前に立って――――凍りついた。

 そこに映る姿は――――

 光り輝く銀色の髪。闇の色で体を覆うボンテージ風の闘衣。
 まごうことなき――――ラビリンスの四大幹部の一人。イースの姿だった。

 久しぶりに全身を駆け巡る、人を超えた圧倒的な力の波動。確かに――――本物だ。
 寝ぼけてスイッチオーバーでもしたのだろうか? しかし、今は力を封印しているし、白ではなく黒衣なのも説明が付かない。
 落ち着いて深呼吸する。原因を考えるのは後だ、とにかく早く戻らなくてはならない。


“スイッチ・オーバー”


 掛け声と共に、両手を胸の中心で合わせる。そして――――開く!
 しかし、元のせつなの姿には……戻らなかった。

(一体、どうして……。何が起こったというの?)

 原因をあれこれ考えるが、何も思い至らなかった。強いて言えば、昨日引いたおみくじ。災いの訪れを予兆する凶の運勢。
 馬鹿馬鹿しいと思った。占いは予知ではない。可能性の一つを受け止めることで、気運を高めるためのものだ。
 これは事故。ならば、早く対処しなければならないと思った。

 ラビリンス本国に連絡をとることにした。サウラーから預かった超空間通信機を起動させる。
 しかし――――故障でもしてるのか、電源すら入らなかった。

 絶望で目の前が真っ暗になる。自分がイースであったことを知っているのは、ラブと美希とブッキーだけ。
 他の人に見られたら大変なことになる。最悪の場合、もうこの家には……。いや、この世界には居られなくなるだろう。

 そっと廊下に出て、ラブの部屋のドアをノックする。しかし、返事はない。
 ごめんなさい。心の中で謝って、無断で部屋の中に上がりこむ。昨夜の寝不足が祟っているのだろう、ラブはぐっすりと眠っていた。


「ラブ! 起きて! お願い、起きて!」
「ん~~、むにゃむにゃ……。あと五分寝かせて……。すやすや」


 声をかけても、ゆすっても、さすっても、ラブは起きてくれない。イースはため息を付いた。
 少し待とうかとも思ったが、そんな時間はなかった。
 ラブとせつなの名を呼びながら、あゆみが階段を上がってくる。慌てて隠れようとも思ったが、すぐに無理だと気が付いた。
 ここで押入れかどこかに身を隠したとしても、自分の部屋が空っぽなのを見たら、心配して部屋中を探すだろう。
 見つかるわけには行かない――――この家の平穏を壊したくない!

 イースは部屋の窓を開けて、屋根の上に躍り出た。周囲の視線に気を配りながら、人の居ない場所を目指して移動した。







 身を隠す場所を求めて、イースは公園に来ていた。ダンスレッスンを繰り返した場所から、少しだけ離れたところ。
 元旦の朝ということもあって、人はほとんどいなかった。
 木陰にうずくまって一息つく。このままでは身動きが取れない。携帯でラブと美希と祈里に連絡を取ろうと試みた。

 しかし――――これも動作しなかった。
 真っ暗な画面、電池を使い切ってしまったのだろう。リンクルンなら決して切れることがなかったのにと思う。
 それも、言っても仕方のないことだ。

 八方ふさがり、もはや打つ手も何もない。膝を抱えて体を丸める。
 変身しているのだから、多少の気温の高い低いなんて関係がない。でも、酷く――――寒いと感じた。
 この世の中で、本当に一人ぼっちになったような気がして悲しくなった。

 ゆっくりと、ゆっくりと時間が流れる。
 人の目を逃れ、人の気配を恐れ、どこにも行く当てのないまま徒に時間を費やしていく。
 居場所がない。そんなの慣れっこなはずなのに、惨めで――――悲しかった。
 今までの温かい毎日は、本当は夢だったんじゃないか? そんな風に思えてくる。

 時間はお昼を過ぎ、陽は高く昇る。
 喉が渇いてヒリヒリと痛む。少しお腹も空いていた。普段なら一食や二食は平気だけど、変身中はエネルギーの消費が激しいのだ。
 少し――――眠ることにした。わずかでも力の消費を避けたいと思った。


「お姉ちゃん? 起きて、こんなとこで寝たら風邪ひいちゃうよ」
「わん! わん! わん! わん」

「あなた……は? っ――――タケシ君! それに、ラッキー!」
「どうして僕とラッキーの名前を知ってるの?」
「わん! わん! わん! わん」


 イースは飛び起きて身を強張らせる。誰とも会いたくないのに、よりによって最悪の人に見つかってしまった。
 凶の運勢は伊達じゃないわね、と自嘲する。
 座り込んで寝ていたイースに視線を合わせるように、タケシ君が隣で屈みこむ。ラッキーは甘えるように頭を摺り寄せてくる。
 その体温が、凍り付いていたイースの心を優しく溶かしていく。


「あなたこそ、わたしのことを知っているはずよ。私はイース、タケシ君とラッキーに酷いことをしたわ」
「そんなの、もう忘れちゃった。ラッキーも気にしてないみたいだよ」
「わん! わん! わん! わん」


 じゃれついてくるラッキーに身を任せながら、タケシ君のお話を聞いた。
 祈里お姉ちゃんから、ラビリンスの人たちは仕方なく戦っていたんだと聞かされたって。
 この世界の人たちよりも、ずっとたくさんの幸せを奪われていた、気の毒な人たちなんだって。
 ほんとうは、とてもいい人たちなんだって。
 だから――――途中から姿を見せなくなったイースのことも、心配してたんだって。


「お姉ちゃんは悪い人じゃないよ。ラッキーも無事だったし、僕だって……本気なら死んじゃってたよね?」
「私は……。――――ごめんなさい」


 何を言っていいかわからなくなって、イースはうつむいた。小さな体に秘められた大きな心に、感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。
「どうしたの? 大丈夫?」と覗き込むタケシ君をそっと抱きしめた。小さな声で、ごめんなさいって繰り返した。

 クーっと、イースのお腹が鳴った。びっくりしてタケシ君から離れる。小さな音だけど、くっついていたからはっきりと聞こえたはず。
 イースの真っ白な顔が赤く染まる。タケシ君が元気よく言った。

「お腹が空いてるの? 家に帰って何か持ってくるね!」
「わん! わん! わん! わん」

「待って! お家の人には!」


 言い終わるのも待たずにタケシ君は走り去った。
 そして、入れ違うように新たな人の気配を感じる。逃げようかとも思ったが、呼び止められた声に心当たりがあって思いとどまった。
 いや――――観念した。
 その人はこの街で、イースから一番大きな被害を受けた人だった。


「イース? あなたはイースねっ! どうしてこんなところに」
「ミユキ――――さん……」


 恐る恐る振り返り、視線を合わせる。
 ミユキの瞳に宿る感情は怒りではなくて、恐れでもなくて――――戸惑い。
 そして、次に宿る気持ちと紡がれる言葉は――――安堵だった。


「良かった、無事だったのね」
「何が――――良かったんですか?」

「ラブちゃんたち、ウエスターやサウラーは無事だって言うのに、イースのことを聞くと口をつぐむの」


 だから、死んだものだとばかり思っていたって。
 ミユキさんも、タケシ君と同じようにラブから説明を受けていたらしい。
 寿命まで管理されて、他の選択肢がないような状態で忠誠を誓わされていたこと。
 だからラブたちは、プリキュアは、ラビリンスを倒すためではなく、救うために戦ったんだってこと。


「それでも、やったことに変わりはないわ! どうして――――そんな風に許せるんですか?」
「怒るより、憎むより、笑顔で手を取り合うほうがずっと素敵じゃない」


 ミユキは続ける。それに悪いことばかりじゃなかったって。あの事件以来、街の人たちの結束は更に固くなったこと。
 平和に暮らせることが、日常が平凡なことが、決して当たり前のことじゃないってわかったこと。
 だから今の街の人たちの笑顔は、以前よりもずっと輝いているんだってこと。
 ステージに立ち、大勢の笑顔と気持ちを受け止めている自分には、それがよくわかるんだって。

 そして、ミユキは手を差し伸べる。イースが戸惑っていると、ニッコリと微笑みかけた。


「一緒にダンスをやらない? あなた、ダンスするたびに邪魔してたでしょ。本当は好きなんじゃないかって思ってたの」
「私は――――!」

「お姉ちゃん! お待たせ!!」


 イースがせつなであることを明かそうとする。その言葉を遮るようにタケシ君が戻ってきた。
 一体何を持ってきたのか、大きなリックを背負っている。


「あれ? そっちのお姉ちゃんはテレビで見たことある。そうだっ! トリニティの!」
「ミユキよ。えっと……」
「この子はタケシ君と言います。ラブや祈里の知り合いです」
「そうなの。よろしくね、タケシ君」

「よろしく、ミユキお姉ちゃん。イースお姉ちゃんとは知り合いなの?」
「ええ、わたしのお友達なのよ」
「ミユキさん……」

 タケシ君が持ってきてくれたシートの上に座って、ミユキさんと三人でまだあたたかいお餅を食べた。
 一転して、軽いピクニックのような雰囲気となる。
 甘い餡子が、疲れた体に優しく染み渡る。ポットに入った熱々のお茶が喉に嬉しい。
 寒そうだからって、母親の上着を持ってきてくれた。これでいくらか人目を引かなくなるだろう。
 ミユキさんに事情を説明しようかとも思ったが、タケシ君の前で詳しい話をするのも気が引けた。行く当てがないとだけ告げる。


「そうだったの。わたしの家は奴が居るし……。そうだ! テレビ局に行きましょう。あそこなら逆に目立たないわ」
「お願いします。そこで、もう少し詳しい話をします」


 木を隠すには森の中。そこにはイースを始めとする、プリキュアショー用のラビリンス幹部の衣装まであった。
 木陰を出て、まずは広場に向かう。借りた上着のおかげもあって、特に騒ぎにはならなかった。







 広場から公園の出口に向かう。そこで、突然呼び止められた。
 荒い呼吸、乱れた髪。薄着なのに額ににじんでいる汗。せつながおかあさんと慕う人物、あゆみであった。


「せっちゃん。あなた、せっちゃんでしょ!」


 怒ったような険しい表情で、ズカズカと歩み寄ってくる。ミユキから借りた帽子を剥ぎ取って、イースの素顔を両手で挟み込む。
 その表情がやがて泣き顔に変わる。そして、イースをぎゅっと抱きしめた。


「せっちゃんて? まさか、せつなちゃんなの?」
「せつな……お姉ちゃん? イースお姉ちゃんが?」


 イースは戸惑った。確かに、両親にはラビリンス人であることは明かしている。でも、イースだと話したことはなかった。そこだけはボカしていた。
 推理して見当をつけることができたとしても、ここまで確信するなんて……。


「おかあさん……。どうして?」
「ちょっと姿が変わったくらいで、親が自分の娘を見間違えたりするものですか!」


 そして、新たに駆け寄る三人の姿。ラブ、美希、祈里だった。


「せつな、探したよ。黙っていなくなるんだもん、心配したよ?」
「せつな……その格好。まさか、またラビリンスに帰る気なんじゃ?」
「せつなちゃん、本当なの?」


 その言葉にビクッと反応して、あゆみが抱きしめる手に力を入れる。
「どこにも行かせない!」そう宣言するように……。

 せつな――――せつな――――せつなちゃん――――せっちゃん――――

 せつな――――せつな――――せつな。


 繰り返し、何度も呼ばれる名前。
 必要とされている。愛されている。それは、イースであっても何も変わらない。
 確かに――――そう感じられた。

 その瞬間、イースの体が眩い光を放って元のせつなの姿へと戻った。
 そして、そのまませつなの意識は闇へと沈んでいった。














「せつな、せつな、せつな」


 ラブにゆすられ、声をかけられて、せつなは急速に意識を覚醒させる。
 鼓動が早鐘のように打ち、身体は酸素を求めて大きく喘ぐ。
 冬なのに汗をかいて、下着がかすかに湿っていた。


「ラブ? ここは……。私は――――?」


 慌てて腕や髪を確認する。赤いパジャマ、髪の色も黒い。


「勝手に入ってきてゴメン。窓から覗いたら、うなされてたように見えたから……。悪い夢を見たの?」
「夢? そう――――夢だったのね」


 どうして、あれを現実だなんて思ったんだろう?
 よく考えてみれば、おかしいところがいくつもあった。どこか雑で、曖昧で、いい加減な世界だったと思う。
 何もかも都合が良くて――――ううん、何もかも都合が悪くて――――
 どっちなんだろうと思う。そう、どちらでもあった。


「これは私の――――初夢だったのね」
「辛い夢だったの?」


 泣きそうな顔で心配して尋ねるラブに、そっと首を振った。
 楽しいだけの夢ではなかったけど、嬉しい夢だったと思えるから
 この夢が自分に何を伝えようとしていたのか、はっきりとはわからない。

 ただ、気持ちのどこかで、イースであったことを隠しているやましさがあったのだろう。
 だから、せめて――――
 夢の中で、一番後ろめたさを感じている人たちから、許しを得ようとしたんだろうと思った。

 現実は、こんなにすんなりは行かないだろうと思う。
 でも精一杯生きて、そんな自分に自信が持てるようになったら、いつかみんなに話そうと思った。
 かつてイースであったことを、キュアパッションとして戦ったことを、せつなとして生きてきた日々のことを。

 そして――――ラビリンスであった出来事の全てを。

 科学の発展と、利便性の向上と、そして、秩序と管理の行き着く果てのことを。
 それがラビリンスに生を受け、この世界でプリキュアに選ばれた自分の使命だと思えた。


「せつな? 大丈夫なの?」
「心配かけてごめんなさい。平気よ、素敵な夢が見られたわ」

「そっか、良かった。今日は美希たんとブッキーと初詣だよ。行けるよね?」
「もちろん! シャワーだけ浴びさせてもらっていいかしら」
「うん! じゃあ、おせち料理の準備しておくね」

「あ、そうだ! 昨夜も言ったけど、あけましておめでとう、せつな。今年もよろしくね!」
「ええ、あけましておめでとう、ラブ。今年もよろしくね!」


 かつて夢に見た日常が現実になって。かつて過ごした非日常が夢となって。
 幸せに溺れず、でも、幸せから逃げず、真っ直ぐに生きて行こう。
 ひとつひとつ、小さなことからやり直していこう。

 そして、この街の幸せを守り、伝えて、広げて行きたい。
 いつか、全ての世界を、笑顔と幸せで一杯にするために。


 私――――精一杯がんばるわ。



最終更新:2011年12月30日 22:08