大晦日の深夜、そして、一年の始まりの日。
ラブとせつな、あゆみと圭太郎が、元日詣を済ませて帰宅した。
肌を刺すような寒さの外出でも、二人の子供は元気いっぱいだった。飛び込むように家の中に入る。
「お疲れさま。ラブ、せっちゃん」
「いやぁ、寒かったなあ……。大丈夫か? 二人とも」
「平気だよ! 子供は風の子ってね、へくちん!」
「クスッ、風邪の子になっちゃいそうね。待ってて、温かい飲み物用意するから」
せつなはキッチンに駆け寄って、手際よく鍋に火をかけ、お湯を沸かす。
圭太郎とあゆみには紅茶を、ラブと自分にはホットミルクを用意する。
勝手知ったる自分の家。すっかり、四人で過ごすことが当たり前になっていた。
せっせと動き回るせつなを、三人は幸せそうに眺めた。
湯気の立ち上るカップを手にして、それぞれ体を温める。
「おみくじ、ラブは大吉だったのよね」
「うん、今年も幸せゲットだよ」
「せっちゃんは凶だったんだろう? 気をつけないとな」
「大丈夫よ、おとうさん。今以上の幸せなんて想像もできないもの。ちょっと悪いくらいでいいの」
「せめて、今夜はいい夢を見ようね!」
「夢って?」
ミルクを飲みながら説明してもらう。
新年の最初に見る夢、それを初夢と呼ぶらしい。その夢の内容によって、どんな一年になるのかを占うのだと言う。
占い師だった自分が、知らないのは恥ずかしいと思った。夢占いなんて専門外もいいところだけど……。
「一富士(いちふじ)、二鷹(にたか)、三茄子(さんなすび)がいいと言われてるのよ」
あゆみが補足してくれる。
富士って登山の夢でも見るのだろうか? 鷹ならわかる。大空を飛ぶ夢なら爽快だろう。茄子? 嫌いではないけど、夢に見るほど美味しいわけでもない。
「それじゃあ、もう遅いからみんな休みましょう」
「ラブ、せっちゃん、良い夢を」
「「おやすみなさ~い」」
ラブとも別れて、自分の部屋のベッドに潜り込む。
初夢の話を思い出す。悪夢にうなされていたのは随分前の話だ。幸せな毎日を過ごす内に、いつの間にか悪い夢は見なくなっていた。
まして、今夜は最高に楽しい夜だった。きっといい夢が見られるに違いない。安心して眠りの中に沈んでいった。
まぶしい光。暖かな日差しが、半開きのカーテンから入り込む。
朝というには、やや遅い時間。昨晩寝たのは深夜遅くだから仕方ないけど、新年初日から寝坊はだらしないと反省する。
結局、夢は見られなかった。それも当然かもしれない、普段だって見ない日のほうが多いのだから。
新年で最初に見る夢が初夢なのだから、今夜か明日の夜にでも見ればいいだけだと思うことにした。
着替えようと鏡の前に立って――――凍りついた。
そこに映る姿は――――
光り輝く銀色の髪。闇の色で体を覆うボンテージ風の闘衣。
まごうことなき――――ラビリンスの四大幹部の一人。イースの姿だった。
久しぶりに全身を駆け巡る、人を超えた圧倒的な力の波動。確かに――――本物だ。
寝ぼけてスイッチオーバーでもしたのだろうか? しかし、今は力を封印しているし、白ではなく黒衣なのも説明が付かない。
落ち着いて深呼吸する。原因を考えるのは後だ、とにかく早く戻らなくてはならない。
“スイッチ・オーバー”
掛け声と共に、両手を胸の中心で合わせる。そして――――開く!
しかし、元のせつなの姿には……戻らなかった。
(一体、どうして……。何が起こったというの?)
原因をあれこれ考えるが、何も思い至らなかった。強いて言えば、昨日引いたおみくじ。災いの訪れを予兆する凶の運勢。
馬鹿馬鹿しいと思った。占いは予知ではない。可能性の一つを受け止めることで、気運を高めるためのものだ。
これは事故。ならば、早く対処しなければならないと思った。
ラビリンス本国に連絡をとることにした。サウラーから預かった超空間通信機を起動させる。
しかし――――故障でもしてるのか、電源すら入らなかった。
絶望で目の前が真っ暗になる。自分がイースであったことを知っているのは、ラブと美希とブッキーだけ。
他の人に見られたら大変なことになる。最悪の場合、もうこの家には……。いや、この世界には居られなくなるだろう。
そっと廊下に出て、ラブの部屋のドアをノックする。しかし、返事はない。
ごめんなさい。心の中で謝って、無断で部屋の中に上がりこむ。昨夜の寝不足が祟っているのだろう、ラブはぐっすりと眠っていた。
「ラブ! 起きて! お願い、起きて!」
「ん~~、むにゃむにゃ……。あと五分寝かせて……。すやすや」
声をかけても、ゆすっても、さすっても、ラブは起きてくれない。イースはため息を付いた。
少し待とうかとも思ったが、そんな時間はなかった。
ラブとせつなの名を呼びながら、あゆみが階段を上がってくる。慌てて隠れようとも思ったが、すぐに無理だと気が付いた。
ここで押入れかどこかに身を隠したとしても、自分の部屋が空っぽなのを見たら、心配して部屋中を探すだろう。
見つかるわけには行かない――――この家の平穏を壊したくない!
イースは部屋の窓を開けて、屋根の上に躍り出た。周囲の視線に気を配りながら、人の居ない場所を目指して移動した。
身を隠す場所を求めて、イースは公園に来ていた。ダンスレッスンを繰り返した場所から、少しだけ離れたところ。
元旦の朝ということもあって、人はほとんどいなかった。
木陰にうずくまって一息つく。このままでは身動きが取れない。携帯でラブと美希と祈里に連絡を取ろうと試みた。
しかし――――これも動作しなかった。
真っ暗な画面、電池を使い切ってしまったのだろう。リンクルンなら決して切れることがなかったのにと思う。
それも、言っても仕方のないことだ。
八方ふさがり、もはや打つ手も何もない。膝を抱えて体を丸める。
変身しているのだから、多少の気温の高い低いなんて関係がない。でも、酷く――――寒いと感じた。
この世の中で、本当に一人ぼっちになったような気がして悲しくなった。
ゆっくりと、ゆっくりと時間が流れる。
人の目を逃れ、人の気配を恐れ、どこにも行く当てのないまま徒に時間を費やしていく。
居場所がない。そんなの慣れっこなはずなのに、惨めで――――悲しかった。
今までの温かい毎日は、本当は夢だったんじゃないか? そんな風に思えてくる。
時間はお昼を過ぎ、陽は高く昇る。
喉が渇いてヒリヒリと痛む。少しお腹も空いていた。普段なら一食や二食は平気だけど、変身中はエネルギーの消費が激しいのだ。
少し――――眠ることにした。わずかでも力の消費を避けたいと思った。
「お姉ちゃん? 起きて、こんなとこで寝たら風邪ひいちゃうよ」
「わん! わん! わん! わん」
「あなた……は? っ――――タケシ君! それに、ラッキー!」
「どうして僕とラッキーの名前を知ってるの?」
「わん! わん! わん! わん」
イースは飛び起きて身を強張らせる。誰とも会いたくないのに、よりによって最悪の人に見つかってしまった。
凶の運勢は伊達じゃないわね、と自嘲する。
座り込んで寝ていたイースに視線を合わせるように、タケシ君が隣で屈みこむ。ラッキーは甘えるように頭を摺り寄せてくる。
その体温が、凍り付いていたイースの心を優しく溶かしていく。
「あなたこそ、わたしのことを知っているはずよ。私はイース、タケシ君とラッキーに酷いことをしたわ」
「そんなの、もう忘れちゃった。ラッキーも気にしてないみたいだよ」
「わん! わん! わん! わん」
じゃれついてくるラッキーに身を任せながら、タケシ君のお話を聞いた。
祈里お姉ちゃんから、ラビリンスの人たちは仕方なく戦っていたんだと聞かされたって。
この世界の人たちよりも、ずっとたくさんの幸せを奪われていた、気の毒な人たちなんだって。
ほんとうは、とてもいい人たちなんだって。
だから――――途中から姿を見せなくなったイースのことも、心配してたんだって。
「お姉ちゃんは悪い人じゃないよ。ラッキーも無事だったし、僕だって……本気なら死んじゃってたよね?」
「私は……。――――ごめんなさい」
何を言っていいかわからなくなって、イースはうつむいた。小さな体に秘められた大きな心に、感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。
「どうしたの? 大丈夫?」と覗き込むタケシ君をそっと抱きしめた。小さな声で、ごめんなさいって繰り返した。
クーっと、イースのお腹が鳴った。びっくりしてタケシ君から離れる。小さな音だけど、くっついていたからはっきりと聞こえたはず。
イースの真っ白な顔が赤く染まる。タケシ君が元気よく言った。
「お腹が空いてるの? 家に帰って何か持ってくるね!」
「わん! わん! わん! わん」
「待って! お家の人には!」
言い終わるのも待たずにタケシ君は走り去った。
そして、入れ違うように新たな人の気配を感じる。逃げようかとも思ったが、呼び止められた声に心当たりがあって思いとどまった。
いや――――観念した。
その人はこの街で、イースから一番大きな被害を受けた人だった。
「イース? あなたはイースねっ! どうしてこんなところに」
「ミユキ――――さん……」
恐る恐る振り返り、視線を合わせる。
ミユキの瞳に宿る感情は怒りではなくて、恐れでもなくて――――戸惑い。
そして、次に宿る気持ちと紡がれる言葉は――――安堵だった。
「良かった、無事だったのね」
「何が――――良かったんですか?」
「ラブちゃんたち、ウエスターやサウラーは無事だって言うのに、イースのことを聞くと口をつぐむの」
だから、死んだものだとばかり思っていたって。
ミユキさんも、タケシ君と同じようにラブから説明を受けていたらしい。
寿命まで管理されて、他の選択肢がないような状態で忠誠を誓わされていたこと。
だからラブたちは、プリキュアは、ラビリンスを倒すためではなく、救うために戦ったんだってこと。
「それでも、やったことに変わりはないわ! どうして――――そんな風に許せるんですか?」
「怒るより、憎むより、笑顔で手を取り合うほうがずっと素敵じゃない」
ミユキは続ける。それに悪いことばかりじゃなかったって。あの事件以来、街の人たちの結束は更に固くなったこと。
平和に暮らせることが、日常が平凡なことが、決して当たり前のことじゃないってわかったこと。
だから今の街の人たちの笑顔は、以前よりもずっと輝いているんだってこと。
ステージに立ち、大勢の笑顔と気持ちを受け止めている自分には、それがよくわかるんだって。
そして、ミユキは手を差し伸べる。イースが戸惑っていると、ニッコリと微笑みかけた。
「一緒にダンスをやらない? あなた、ダンスするたびに邪魔してたでしょ。本当は好きなんじゃないかって思ってたの」
「私は――――!」
「お姉ちゃん! お待たせ!!」
イースがせつなであることを明かそうとする。その言葉を遮るようにタケシ君が戻ってきた。
一体何を持ってきたのか、大きなリックを背負っている。
「あれ? そっちのお姉ちゃんはテレビで見たことある。そうだっ! トリニティの!」
「ミユキよ。えっと……」
「この子はタケシ君と言います。ラブや祈里の知り合いです」
「そうなの。よろしくね、タケシ君」
「よろしく、ミユキお姉ちゃん。イースお姉ちゃんとは知り合いなの?」
「ええ、わたしのお友達なのよ」
「ミユキさん……」
タケシ君が持ってきてくれたシートの上に座って、ミユキさんと三人でまだあたたかいお餅を食べた。
一転して、軽いピクニックのような雰囲気となる。
甘い餡子が、疲れた体に優しく染み渡る。ポットに入った熱々のお茶が喉に嬉しい。
寒そうだからって、母親の上着を持ってきてくれた。これでいくらか人目を引かなくなるだろう。
ミユキさんに事情を説明しようかとも思ったが、タケシ君の前で詳しい話をするのも気が引けた。行く当てがないとだけ告げる。
「そうだったの。わたしの家は奴が居るし……。そうだ! テレビ局に行きましょう。あそこなら逆に目立たないわ」
「お願いします。そこで、もう少し詳しい話をします」
木を隠すには森の中。そこにはイースを始めとする、プリキュアショー用のラビリンス幹部の衣装まであった。
木陰を出て、まずは広場に向かう。借りた上着のおかげもあって、特に騒ぎにはならなかった。
広場から公園の出口に向かう。そこで、突然呼び止められた。
荒い呼吸、乱れた髪。薄着なのに額ににじんでいる汗。せつながおかあさんと慕う人物、あゆみであった。
「せっちゃん。あなた、せっちゃんでしょ!」
怒ったような険しい表情で、ズカズカと歩み寄ってくる。ミユキから借りた帽子を剥ぎ取って、イースの素顔を両手で挟み込む。
その表情がやがて泣き顔に変わる。そして、イースをぎゅっと抱きしめた。
「せっちゃんて? まさか、せつなちゃんなの?」
「せつな……お姉ちゃん? イースお姉ちゃんが?」
イースは戸惑った。確かに、両親にはラビリンス人であることは明かしている。でも、イースだと話したことはなかった。そこだけはボカしていた。
推理して見当をつけることができたとしても、ここまで確信するなんて……。
「おかあさん……。どうして?」
「ちょっと姿が変わったくらいで、親が自分の娘を見間違えたりするものですか!」
そして、新たに駆け寄る三人の姿。ラブ、美希、祈里だった。
「せつな、探したよ。黙っていなくなるんだもん、心配したよ?」
「せつな……その格好。まさか、またラビリンスに帰る気なんじゃ?」
「せつなちゃん、本当なの?」
その言葉にビクッと反応して、あゆみが抱きしめる手に力を入れる。
「どこにも行かせない!」そう宣言するように……。
せつな――――せつな――――せつなちゃん――――せっちゃん――――
せつな――――せつな――――せつな。
繰り返し、何度も呼ばれる名前。
必要とされている。愛されている。それは、イースであっても何も変わらない。
確かに――――そう感じられた。
その瞬間、イースの体が眩い光を放って元のせつなの姿へと戻った。
そして、そのまませつなの意識は闇へと沈んでいった。
「せつな、せつな、せつな」
ラブにゆすられ、声をかけられて、せつなは急速に意識を覚醒させる。
鼓動が早鐘のように打ち、身体は酸素を求めて大きく喘ぐ。
冬なのに汗をかいて、下着がかすかに湿っていた。
「ラブ? ここは……。私は――――?」
慌てて腕や髪を確認する。赤いパジャマ、髪の色も黒い。
「勝手に入ってきてゴメン。窓から覗いたら、うなされてたように見えたから……。悪い夢を見たの?」
「夢? そう――――夢だったのね」
どうして、あれを現実だなんて思ったんだろう?
よく考えてみれば、おかしいところがいくつもあった。どこか雑で、曖昧で、いい加減な世界だったと思う。
何もかも都合が良くて――――ううん、何もかも都合が悪くて――――
どっちなんだろうと思う。そう、どちらでもあった。
「これは私の――――初夢だったのね」
「辛い夢だったの?」
泣きそうな顔で心配して尋ねるラブに、そっと首を振った。
楽しいだけの夢ではなかったけど、嬉しい夢だったと思えるから
この夢が自分に何を伝えようとしていたのか、はっきりとはわからない。
ただ、気持ちのどこかで、イースであったことを隠しているやましさがあったのだろう。
だから、せめて――――
夢の中で、一番後ろめたさを感じている人たちから、許しを得ようとしたんだろうと思った。
現実は、こんなにすんなりは行かないだろうと思う。
でも精一杯生きて、そんな自分に自信が持てるようになったら、いつかみんなに話そうと思った。
かつてイースであったことを、キュアパッションとして戦ったことを、せつなとして生きてきた日々のことを。
そして――――ラビリンスであった出来事の全てを。
科学の発展と、利便性の向上と、そして、秩序と管理の行き着く果てのことを。
それがラビリンスに生を受け、この世界でプリキュアに選ばれた自分の使命だと思えた。
「せつな? 大丈夫なの?」
「心配かけてごめんなさい。平気よ、素敵な夢が見られたわ」
「そっか、良かった。今日は美希たんとブッキーと初詣だよ。行けるよね?」
「もちろん! シャワーだけ浴びさせてもらっていいかしら」
「うん! じゃあ、おせち料理の準備しておくね」
「あ、そうだ! 昨夜も言ったけど、あけましておめでとう、せつな。今年もよろしくね!」
「ええ、あけましておめでとう、ラブ。今年もよろしくね!」
かつて夢に見た日常が現実になって。かつて過ごした非日常が夢となって。
幸せに溺れず、でも、幸せから逃げず、真っ直ぐに生きて行こう。
ひとつひとつ、小さなことからやり直していこう。
そして、この街の幸せを守り、伝えて、広げて行きたい。
いつか、全ての世界を、笑顔と幸せで一杯にするために。
私――――精一杯がんばるわ。
最終更新:2011年12月30日 22:08