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新-846

 おもちゃの城の玉座の前で、王様が、本日何度目かのため息を付く。

 彼女たちがどうなったのか、ロイヤル隊はちゃんと力になれているのか、それが気がかりで仕方なかった。
 プリキュアに託すしかなかった、自分の非力さが恨めしい。
 せめて“映しの鏡“でもあれば、状況だけでも知ることができたのにと思う。
 トイマジンが、かつて別の名前で呼ばれていた頃、恋しい人間の世界が見たいと言ったので、貸し出してしまったのだ。

 それが、かえって彼の哀しみと失望を増大させて、今の状況を作り上げてしまった。全ては自分の責任だった。
 大勢居た家臣たちも、そのほとんどはトイマジンに加担して、その一部となってしまった。
 今の自分に残されたのは、ロイヤルとガードの二つの部隊だけ。そのロイヤル隊からの定期連絡も、すっかり途絶えてしまっていた。

「お父様、落ち着いてください。歩き回ってばかりでは玉座が泣きますわよ」
「放っておいてくれ。私が歩こうが座ろうが、何も状況は変わらないのだ」

「だからこそ、落ち着いてください。神様が付いているのでしょう? きっと大丈夫ですわ」
「神様は記憶を失っておられた。恐らく、この件に関与するつもりはない、ということなのだろう」

 ガード隊の衛兵が、王様に伝令の到着を伝える。

「入れ!」
「はっ!」

 ボロボロになった、おもちゃの兵隊の一人が進み出る。ロイヤル隊が、スゴロクの森で伯爵の罠にはまり壊滅させられたこと。
 プリキュアの四名が、トイマジンの手の者にさらわれ、恐らくは異空間での戦いになっていること。
 キュアピーチのみが帰還して、トイマジンの居城に向ったらしいことを述べた。

「ご苦労だった。仲間の救助は他の者に任せて、ゆっくり休むが良い」
「はっ。力及ばず、申し訳ありませんでした」

「お父様……」
「私も、覚悟を決めねばならんようだな」

 おもちゃの王様が、ガード隊に出撃命令を下す。城の守りを司る彼らの出撃は、この城の放棄を意味していた。
 王も、自ら先陣に立つ。

 王の瞳に、悲壮な決意が宿る。
 いざとなったら、この世界と引き換えにしてでも、トイマジンの野望を打ち砕こうと。






幸せの赤い翼――――おもちゃの国は秘密がいっぱい!?(それぞれの想い)――――』






 上空から雷雨のように降り注ぐ弾丸が、キュアベリーを貫こうと牙をむく。
 横っ跳びで第一射を交わし、続く第二射、第三射を横転して避けた。飛び起きて、駆ける。前へ、前へと。
 ベリーの高い闘争心が、後方への回避を自分に許さない。どの道、仲間の加勢など当てにできない状況なのだ。下がってどうする?
 横に跳び、あるいは前方に加速し、リスクを犯しながらも敵との距離を縮めていく。
 そして、遂にトイマジンを射程に収める。

 長く、しなやかな脚が弧を描く。右から一閃! 返す刀で、左からも一閃! 
 横薙ぎに繰り出されたトイマジンの裏拳をスウェーで避けて、宙返り気味にまた一閃!
 ムーンサルトと呼ばれるアクロバティックなキック。敵の大きなモーションの隙を突いて、次々とベリーの華麗な蹴り技が決まっていく。

「グッ、お前もボクの邪魔をするのか! お前だって、おもちゃを捨てたクセに!」
「そうね、アタシもおもちゃはたくさん持ってたわ。家族の半分を失った寂しさを、おもちゃで埋めようとしたことがあった」

「聞いたか? ボクの中に眠る、無念の想いを抱えるおもちゃたちよ。こいつも復讐すべき敵だ!」
「もっと、違うやり方なら力になれたわ。だけど、復讐なんて認めない。アタシたちは――――あの子に、おもちゃを取り戻すって約束したの!」

 ベリーの攻勢がトイマジンの激情を呼び起こす。心のぶつかり合いなら望むところ。打算ではなく、想いあっての行動ならば、受け止めるのがプリキュアの使命だろう。
 コマのように回転しつつ腕を振り回してくるトイマジンに対して、ベリーは踊るように避けながらカウンターで蹴りを決めていく。

「ボクは知っているぞ。お前はたくさんのおもちゃを、使わないまま部屋に押し込めていた!」
「否定しないわ。だけど、それは復讐や侵略の理由になんてならないのよ!」

 新品ばかりで捨てることもできず、あり余る部屋に寝かせている無数のおもちゃたち。全部でいくつあるかなんて自分でもわからない。そもそも興味すらなかった。
 ガランとした家が寂しくて。誰も尋ねて来ない部屋が悲しくて。当時、人気のあった人形を片っ端から買い集めていた。
 でも、結局おもちゃじゃ代わりにはならなくて。心の隙間を埋めることなんてできなくて。
 捨ててはいないけど、触れてもいないのだから、捨てたのと同じだと思う。

 おもちゃに心があるなんて知らなかった。今でも半信半疑だ。これは夢なんじゃないかって、どこかでそう思ってる。
 もし、おもちゃの声を聞くことができたなら、きっと、今とは違う関係が築けたと思う。
 だけど、人は目に映るものしか見えない。耳に聞こえる声しか届かない。
 人間同士ですら、心があるとわかっている人間同士ですら、なかなか相手の心を知るなんてできないのに。

 ベリーの思考が動きを鈍らせる。心が内に傾き、身体の反応が一瞬遅れる。その隙を突かれて、トイマジンのパンチを正面から受けてしまった。
 両手でブロックはしたものの、脳震盪を起こして一瞬動きが取れなくなる。そこに、止めとばかりに追撃が襲いかかる。
 上腕を振りかざしての体当たり。クローズラインと呼ばれる攻撃技。豪腕が巨大なナタとなってベリーを狙う。

「ボクたちの復讐の手始めだ。捨てられた、おもちゃの悲しみを思い知れ!」
「――――駄々っ子には、お仕置きが必要よね」

「なんだとッ!」

 ベリーの身体がグラリと沈み込む。直後にトイマジンの腕が頭上を掠める。
 ダッキングによる回避。そして同時に、力の溜めを生み出すための脱力でもあった。
 屈んだ時の反動、アキレス腱や膝のバネ、脚の筋肉の力、その全てを使って跳ねるように身体を起こす。
 トイマジンの頭上にまで飛び上がり、体を後方に旋回させながら脚部を回し込み、踵で首を刈り取るように蹴り抜いた。


“バック・スピン・キック“


 後ろ回し蹴り、又は転身脚とも呼ばれる蹴り技の一つ。裏拳や手刀などの回転系打撃の中で、最大の威力を誇る技がトイマジンに炸裂する。
 大きなダメージを受けて、転倒したトイマジンにベリーが迫る。

「心を鬼にして言うわ。あなたたちが子供たちに感じているのは、憎しみだけなの? 手にした心でやりたいことは、復讐だけなの?」
「ボクたちに、他に何が残されてるって言うんだ!」

「アタシの親友だって、色々なものを失いながら、奪われたり、裏切られたりしながら生きてきたわ。だからって、誰も恨んだりしてない。
 自分たちで幸せになるために、何ができるか考えてみて。それもしないで、ただ相手を憎み、傷つけるために存在するのなら、あなたたちはただの化け物よ!」
「ふざけるなっ! 勝手に生み出しておいて、そんな理屈があってたまるか。ボクたちは、絶対に子供たちへの恨みを晴らすんだ!」

「そう。だったら、アタシはプリキュアとして、あなたたちを止めてみせる!」

 トイマジンはブースターを使って強引に起き上がる。体中からロケット弾の発射口を開き、一斉射撃の体制に入る。

 ベリーはリンクルンを取り出す。持ち主の呼びかけに応じて、希望の青いカギ、プリキュアの妖精ブルンが姿を現す。
 クルクルと舞い踊り、秘めたる力を解き放つ。

「動かないおもちゃに戻りなさい。とうっ!」

 開放の儀式、乙女の口付け。ベリーは水平に切り裂くように、リンクルンのローラーを回す。
 帯刀からの抜刀の動きで、アーティファクトを振りかざす。


“響け! 希望のリズム! キュアスティック・ベリーソード!”

“悪いの・悪いの・飛んで行け! プリキュア・エスポワール・シャワー!!”

“フレ――――ッシュ!!”


 凝縮されたエネルギーが、解放を求めて先端に集う。
 スペードの形をした力の結晶が、光弾となって奔る。発射された無数のロケット弾を、掠めただけで全て蒸発させる。
 そのままトイマジンに炸裂し、球体となって包み込んだ。
 そして、開放の言葉と共に、巨大なハートに膨れ上がって浄化する。

「はあぁぁぁぁぁ――――」
「うああぁぁぁ――――」

 大地を覆う天空の色。地上を潤す大海の色。キュアベリーの必殺技。浄化の青き奔流が、トイマジンの邪念を打ち砕く。
 屈強な身体を覆う鎧が溶けて、中からたくさんのおもちゃが転がり落ちる。
 やがて、エスポワールシャワーの光が収束する。
 トイマジンであったモノ。その身体を構成していたおもちゃの群れは、天に召されるかのように上空に舞い上がり、やがて見えなくなった。

「倒した……の? そうみたいね」

 足元に、突然、淡い光を放ったマスが出現する。
 偽りの宇宙空間に別れを告げて、ベリーは仲間の待つスゴロクの森へと帰還した。






 トイマジンの背後の植物がガサガサと動く。巨大なシダ科の葉の陰から、キュアパインが獣のように飛び出した。

「タァァ――!」
「そう何度も、同じ手を食らうものか! なに!?」

 後ろに感じた風切り音に、カウンターを合わせたつもりだった。しかし、襲ってきたのはパインの拳でも足でもなく、太い植物の茎だった。


“プリキュア・キック”


 遥か上空から、パインの飛び蹴りが一本の矢となってトイマジンに襲いかかる。
 弾性の強い茎をしならせて、攻撃に使うと同時に、自分はそれを踏み台にして高く跳び上がったのだ。
 パインの蹴りが甲冑の後頭部に突き刺さる。大きなダメージを受けて、トイマジンが膝を突く。
 なんとか体勢を立て直し、怒りの形相で反撃の拳を繰り出す。しかし、パインの姿は既にそこになかった。
 絶好の追撃のチャンスを、惜しげもなく手放したのだ。

 “ヒット・アンド・アウェイ”

 パインは、ピーチほどの打撃力もなく、ベリーほどの多彩な技もなく、パッションほどの格闘技術もない。
 本来、戦いを得意としない彼女が、明らかに格上のトイマジンと一対一で戦うために取った、それは苦肉の策だった。

「よくも、僕をコケにしてくれたな!」
「こっちよ! 悔しかったら捕まえてみなさい!」

「その手には乗らないぞ。もう鬼ごっこはお終いだ! お前の目的は、そいつから離れることだろう?」
「やめて! その子はもう戦えないわ!」

「知ったことか! 自分だけ、新たな持ち主でも見つけたつもりか? 裏切り者め、思い知れ!」
「だめぇぇ――――!」
「グルルル――――!」

 トイマジンの身体から、ロケット弾の発射口が開く。ティラノサウルスは起き上がることすらできない。パインは急いで彼の元へと駆け寄った。
 それを待っていたかのように、数十発のロケット弾が発射される。

(どうしたらいいの? キュアスティックで迎撃? 間に合わない! 防げる量じゃないし、抱えて逃げるにはこの子は大きすぎる)

 絶望的な状況の中で、パインはティラノサウルスの前に立ち、両手を十字に組んで衝撃に備える。
 着弾、そして、爆音。しかし、地響きはしても、苦痛も衝撃も感じられなかった。
 熱気も爆風も伝わってこない。

「一体……なにが起こったの?」
「グルル……」

 恐る恐る目を開けても、何も見えなかった。
 暗い周囲に突然光が差し込む。温かく、ザラッとしたものが頬を滑る。
 それがティラノサウルスの舌だと気が付いた時、その巨体はゆっくりと倒れこんだ。

「まさか……わたしを助けてくれたの? わたしに覆いかぶさって、あれを全部受けたというの?」

 ティラノサウルスは答えない。
 そのまま、みるみるうちに小さくなって、手につかめるほどの大きさの、恐竜のフィギュアに戻った。

「ボクに逆らうからこうなるんだ。もういい、身体に戻れ!」

 トイマジンは、ティラノサウルスを体内に押し込む。
 そして、残る敵に止めを刺すべく迫る。
 俯き、両手を突いて屈み込んだままのパインの首を掴み、吊るし上げた。

「殺したわけじゃないぞ、もともとボクに賛同して同化したボクの一部だ。元はと言えば、お前たち人間の子供が……」
「『おもちゃを捨てるなんて許せない』そんな気持ちで戦っているあなたが、どうしてこんな酷いことをするの!」

「何を言って……ぐああ!」

 パインの首を絞めていたはずのトイマジンが、突然、悲鳴を上げる。パインは、自分を拘束していたトイマジンの両手を、握り潰すほどの力で振りほどいた。
 着地して、そのままトイマジンの両手を締め続ける。ミシミシと音を立て、篭手に亀裂が入っていく。

「なぜだ! ボクの方がパワーで遥かに勝るはず。こんな力はなかったはずだ!」
「確かに……おもちゃを大切にしないですぐ捨ててしまうのは、よくないと思う」

「いいから、離せ!!」

 ついにトイマジンの頑強な鎧が、その一部である篭手が砕け散る。その瞬間に、パインの手を振り払って自由を取り戻す。
 怒りの反撃。巨体から、豪腕から、繰り出される拳が――――
 直撃する寸前で止まった。
 パインは、片手でトイマジンの拳を受け止める。そのまま、また、ギリギリと締め上げた。

「ぐおぉぉ! 調子に、乗るな――――!」

 トイマジンは開いている手で反撃を試みる。しかし、片手が開いているのはパインも同じだった。


“プリキュア・パンチ”


 カウンターで入った、パインの渾身のストレートがトイマジンに炸裂する。
 巨体を大きく弾き飛ばす。
 そして、ゆっくりと開いた距離を縮めるべく歩き出した。

「わたしは、小さい頃から動物さんたちと遊んできたから」
「来るな! 来るな!」

「おもちゃなんて持ってないし、捨てたこともないと思う。でも、もし持ってたら捨てたかもしれない」
「ほら、見ろ! やっぱり捨てるんじゃないか!」

「心があるなんて、知らなかったから」
「嘘を付くな! だったら、どうして子供たちはおもちゃに話しかけるんだ」

 トイマジンは、後ろに下がりながら体勢を立て直そうとする。突然の、パインのパワーアップが理解できなかった。
 こちらこそ、ティラノサウルスを吸収して力が上がっていたはずだったのに。

「本当に子供たちを恨んでいるの? 捨てられて寂しいって気持ち、裏切られて悲しいって気持ちはわかるよ。
 だけど、それって、憎いとか、復讐したいって気持ちとは別でしょう?」
「裏切られて、捨てられたんだぞ! 憎んで何が悪い!」

 ダメージを回復させたトイマジンは、肉体の改造を試みる。身体が青白い光に包まれ、体内のおもちゃが流動していく。
 飛び道具を封印して、パワーのあるおもちゃを中心に肉体を構築し直す。吸収したばかりのティラノサウルスの力を前面に引き出す。
 そして、パインにも勝るパワーで、一転して攻勢に打って出た。
 単純な力だけなら先ほどの数倍。圧倒的な威力に、パインも防戦一方になる。ガードを固めてひたすら耐えた。

「これで、お前も終わりだ。そしたら子供たちに復讐してやる。みんな、滅茶苦茶にしてやるんだ」
「そんなことは――――絶対にさせない!」

「なっ……お前!」

 トイマジンの悲しみは本物で、確かに、その主張には筋が通っていた。だから何だと言うのだろうか?
 誰かを傷つけるのに、正当な理由なんてありはしない。

 ペットの中にも、飼い主の都合で飼えなくなったり、酷い場合だと、捨てられてしまう子がいる。
 もちろん、それは許されないことだから、時間をかけてでも、変えていきたいって思ってる。
 だけど、動物たちはそんな飼い主を恨んではいない。どんな扱いを受けても、愛してもらったことを忘れない。
 命尽きるまで、また会えることを信じて、ずっと飼い主を待ち続けるんだ。そんな動物たちだからこそ、自分も生涯をかけて愛していこうと思ったんだ。

「子供たちが傷付けられたら、きっと動物さんたちは悲しむわ。体を張って、守ろうとすると思う。だから――――わたしも戦う」

 譲れない想いを前に、負けられない戦いを前に、後退は許されない。押されていたパインの足が止まる。防御姿勢のまま、前へと進み出る。
 自然と、くっつきあう距離となる。そして、パインはトイマジンの鎧をつかんで、思いっきり投げ飛ばした。
 ポーチからリンクルンを取り出し、開く。

 祈りの精霊の召還。パインは優しく弾くように、リンクルンのローラーを回す。
 具現化したアーティファクトを、笛のように奏でる。想いは音に宿り、聖なる旋律が鳴り響く!


“癒せ! 祈りのハーモニー! キュアスティック・パインフルート!”

“悪いの・悪いの・飛んで行け! プリキュア・ヒーリング・プレアー!!”

“フレ――――ッシュ!!”


 凝縮されたエネルギーが、解放を求めて先端に集う。
 ダイヤの形をした力の結晶が、光弾となって奔る。そのままトイマジンに炸裂し、球体となって包み込んだ。
 そして、開放の言葉と共に、巨大なハートに膨れ上がって浄化する。

「はあぁぁぁぁぁ――――」

 大地を照らす日光の色。実りを意味する稲穂の色。キュアパインの必殺技。癒しの祈りが、トイマジンの怨念を打ち砕く。
 おもちゃとおもちゃを繋ぎ合せている、憎しみの心が癒されていく。
 四人の中で、最も低い威力と、最も高い浄化の力を備えた技。やがてトイマジンは身体を維持できなくなる。
 ヒーリングブレアーの光の収束と共に、バラバラとおもちゃが崩れ落ちた。
 トイマジンであったモノ。その身体を構成していたおもちゃの群れは、天に召されるかのように上空に舞い上がり、やがて見えなくなった。

「ティラノちゃん。助けてあげられなくて、ごめんね」

 足元に、淡い光を放ったマスが出現する。
 荒地と化した密林を振り返る。作り物だとわかっていても、生き物が傷付くのは辛かった。
 人の暮らしの幸せの影には、虐げられている小さな命の存在がある。おもちゃの哀しみを胸に刻んで、パインはスゴロクの森へと帰還した。






 無数の大型砲弾が放物線を描いて飛ぶ。しかし、狙いを付けた相手は既にそこにいない。雨の如く地表に降り注ぎ、炸裂する。
 爆音と爆風。破壊された建物は瓦礫と化し、鋭利な礫となって標的に追撃をかける。
 しかし、それすらも命中しない。トイマジンの顔に焦りが浮かぶ。
 キュアパッションは華麗に戦場を飛び交い、時には弾幕を隠れ蓑にして反撃を繰り出す。

「あなたが奪ったおもちゃを、返してもらうわ!」
「そして、飽きたら捨てるのか? 消えろ! お前にボクたちの気持ちなんてわかるものか!」

(あなたこそ、私の気持ちの何がわかるの?)

 パッションの表情に怒りが宿る。
 都合のいいように生み出されて、好き勝手に遊ばれて、自分勝手に捨てられる。その悲しみは理解できる。
 だけど、この男に自分の何が理解できるのか?
 一度でも! 愛されて、必要とされたことのある者に、イースの気持ちの何がわかるのか!
 己の全てを捧げてすら、ただの一度も振り向いてもらえず、絶望と苦しみの中、消えていくしかなかった者の気持ちがわかるのか。


“プリキュア・キック”


 パッションの飛び蹴りが、赤い閃光と化してトイマジンのボディに突き刺さる。上空から叩き落されて、廃墟と化した城の一角に叩きつけられる。
 その疾さは、まるで落雷だった。砲撃形態の弱点である、装填時間。その一瞬の隙をパッションは見逃さない。
 まるで無駄のない攻撃は、他のプリキュアと一線を画していた。
 トイマジンは接近戦を嫌って、パッションを威嚇射撃で遠ざける。最速の俊敏性を持つ、元ラビリンスの幹部でもあるプリキュア。
 チェスの駒をあしらった時の動きを見ても、肉弾戦で捉えられるとは思えなかった。

「お前たちも、ボクの元に戻れ!」

 トイマジンが落下したのは中庭、つまりチェス盤の上だった。地の利はこちらにある! 駒に戻ったチェスを次々に体内に取り込んでいく。
 取り込むというのは、正確ではない。元々、彼らはトイマジンの体内から選び抜いた精鋭たちなのだ。
 パッションとの戦いで損傷した身体が、体力が、たちまちに癒されていく。


“全弾一斉射撃”


 狙いを付けても当たらないなら、いっそ逃げ場を無くしてやる。
 千を超える弾丸が空を埋め尽くす。トイマジンは、四体に分けた移し身の中で、最大の火力をこのユニットに集めていた。
 パッションは瞬時に軌道を読み取り、回避ルートを導き出す。駆け出し、跳び上がった先で驚きの表情を浮かべる。
 回避した先に、数百のロケット弾が飛来していた。

「馬鹿め! これでお前もお終いだ!」

 無差別に思われた砲撃は、実は、推進装置のない斜方投射だった。その特性は、発射から徐々に速度が緩やかになっていくこと。
 今、パッションを囲ったのはロケット弾。推進装置の付いているこの砲撃は、発射されてから先に進むほどに速度を上げるのだ。
 弾道の速度差が読みを狂わせ、彼女の逃げ場を奪う。
 四方から飛び交う弾丸がパッションを襲う。
 しかし、直撃する瞬間に赤い閃光が奔り、その周囲を空間ごと削り取った。

「読み勝ったのは、こちらの方よ!」
「うわっ、うわああ!!」

 トイマジンが勝利を確信した刹那、パッションとロケット弾が消失する。
 次の瞬間には、パッションがトイマジンの前に出現する。
 背後に、多数のロケット弾を引き連れて――――

「ぐああぁ!!」

 パッションは、ロケット弾をテレポート可能範囲まで引きつけて、トイマジンの目前に転移したのだ。
 そのままトイマジンの身体を足場に蹴って、自らは弾道から逃れる。
 来るなと叫ぶが、誘導弾ではない。
 為す術もないまま、数十発のロケット弾がトイマジンを撃ち貫く。
 頑強な鎧はズタボロになり、砲撃の発射口も全て失われた。瀕死の重傷を負ったトイマジンに、パッションがゆっくりと迫る。

「これで、話を聞いてくれるかしら?」
「黙れ……お前と話すことなんてない。ボクは必ず、子供たちに復讐してやるんだ!」

「そう。だったら、どちらの想いが正しいのか、この一撃で占いましょう!」

 パッションはリンクルンを開く。華麗に宙を舞いながらホイールを回す。アカルンが飛び出して跳ねる。
 ディスプレイから光のエネルギーが飛び出し、ハープを形作る。
 胸の四つ葉から生まれた、ハートのコアを取り付ける。
 ハープの弦を弾く。神秘的な旋律が鳴り響き、周囲に真っ白な羽が出現する!


“歌え! 幸せのラプソディ! パッションハープ!”

“吹き荒れよ! 幸せの嵐! プリキュア・ハピネス・ハリケーン”


 高く掲げたパッションハープ。勝利への願いと共に、上昇気流に乗って天使の羽が舞い踊る。
 両手を広げ、美しく回転する。
 握られたハープからは無数のハート型のエネルギーが生まれ、羽と共に敵を包み込む。
 舞う――――踊る――――回る――――

 トイマジンに触れた羽から、彼の心が逆流して流れ込んでくる。
 悲しみが生み出す負のエネルギー。幸せだったからこそ感じる不幸。身を焦がし、心を抉る喪失感。
 その想いは、確かに本物だった。

 パッションは、自分の心を技に込めて、羽を介して語りかける。

 裏切られたからと言って、愛された日々が帳消しになるわけじゃない。幸せだった時間があったはず。
 それを与えてくれたのは誰なの?
 捨てられるくらいなら、生まれなければ良かった。出会わなければ良かった。本気でそう思ってるの?
 あなたは愛してくれた人を憎めるの? 愛し続けてくれる人じゃなければ、自分も愛することはできないの?
 捨てた子供が裏切ったというのなら、その子たちに復讐しようとしているあなたは、その愛情を裏切ってないというの?
 見返りを求める愛情なんて本物じゃないわ。“幸せ”とは、全てを許し、過ちまで受け入れる、“愛”から生まれるものよ!

「はあぁぁぁぁぁ――――」

 勝利を意味する炎の色。情熱を意味する心の色。幸せを願うパッションの想いが、竜巻となってトイマジンを呑み込んでいく。
 心の壁でできた頑強な鎧が擦り切れる。バラバラに散ったおもちゃが、聖なる風に運ばれ浄化されていく。
 トイマジンであったモノ。その身体を構成していたおもちゃの群れは、天に召されるかのように上空に舞い上がり、やがて見えなくなった。
 パッションは、おもちゃの消えた上空を険しい表情で見つめる。

「この先に、邪悪な気を感じる。まだ終わってはいないようね」

 足元に、淡い光を放ったマスが出現する。
 廃墟と化したチェスの城を振り返る。この景色こそが、彼らの心象風景なのだろう。
 自分もまた、狂ったおもちゃを切り捨てただけなのかもしれない。
 悔やんではいられない。戦いは、まだ続いているような気がした。パッションはスゴロクの森へと帰還した。






 スゴロクの森の、三つのマスが同時に光りだす。最初にベリーが、続いて、パインとパッションが姿を現した。
 シフォンがパインの胸に飛び込み、タルトはパッションの元に駆けつけた。

「パッションはん、ベリーはん、パインはん、大変や! ウサピョンがさらわれて、ピーチはんが一人で助けに行ってしもたんや」
「そんな、アタシはたった今までトイマジンと戦っていたのよ!?」
「わたしも、さっきまでトイマジンと戦っていたよ」
「それで、三人とも帰ってきたってことは、私たちが倒したトイマジンは影武者ってことね」

 三人は、それぞれ自分たちの戦いの顛末を簡単に伝え合う。戻ってきた時間から推測して、ピーチだけがトイマジンと戦っていないようだった。
 陽動作戦に引っかかったにしては、それぞれの敵は強すぎた。偽者だったとも思えない。彼らの想いは、確かに本物だったから。

「もしかしたら、トイマジンとは固体じゃなくて、子供に怨みを持つおもちゃの総称なのかもしれない」
「そうね、アタシもそんな気がしてた」
「ラブちゃんは、戦えるのかしら」

「とにかく、急ぎましょう」

「今回は、わいも付いて行くで!」
「キュアキュア!」

 五人はゴールを目指して駆ける。ラブとウサピョンの無事を祈りながら。
 捨てられたおもちゃたちへの、救済を祈りながら。
 最後は、死闘となるかもしれない。


 その覚悟を、胸に抱きながら――――



新-873
最終更新:2012年01月22日 21:15