空から、暖かな陽光が差し込む。柔らかな風が、肌に心地良く通り抜ける。大きな雲が、ゆっくりと流れていく。
荒れ果てた大地からは、たくさんの草花が芽生えてきた。
フカフカした草むらの片隅に、小さなクマのヌイグルミがちょこんと座る。
無数のおもちゃでごった返した草原の中、ようやくその姿を見つけて、四人の少女たちが駆け寄った。
「あなたが、トイマジンね。私の名前は、東せつな。せつなでいいわ」
「はじめまして。って変かな? あたしは桃園ラブ。ラブって呼んで」
「案外、可愛いじゃない? って失礼か、アタシは蒼乃美希よ」
「わたしは、山吹祈里。どこか、痛いところとかない?」
まるで、ずっと前から友達であったかのように、屈託のない笑顔でヌイグルミに話しかける四人の少女たち。
呆気に取られて返事もできなかった。見かねて、青い髪の子がヌイグルミの手を取った。
「ほらっ、立てる? 手を貸してあげる。仲直りの握手よ」
「仲直りって……」
「友達同士は、喧嘩した後は仲直りするものでしょ?」
「まさか、今のが喧嘩だって言うの?」
「ちょ~っと派手だったけどね。その分、雨降って地が固まるからいいんじゃない」
「ボクは……ごめんなさい」
「謝ったから、あたしも許してあげる」
「ウサピョン!」
「わいもおるで~」
「キュアキュア」
いつの間にか、ウサピョンに、タルトに、シフォンまで来ていた。
少し離れた場所で、王様とお姫様と、おもちゃの兵隊たちも優しく見守っている。
「ねっ、クマちゃんだっけ? あたしたちはもう帰らなきゃいけないの。よかったら、一緒に来ない?」
「そうね、元の家に帰れないのなら、新しい友達を探してみるといいわ」
「アタシも手伝うわよ」
「わたしも!」
「それは、できないんだ。ボクの身体は、もう燃えてしまっているから。ボクだけじゃなくて、ここにいるおもちゃたちはみんな……」
トイマジンは、寂しそうにそう言った。ラブたちも、言葉を失ってうつむく。
“ヒトツダケ ネガイヲカナエテアゲル”
「えっ? 今のだれ? 今なんか言った?」
「シフォンがしゃべったように聞こえたわ」
「アタシもそう聞こえた……」
「シフォンちゃんなの?」
「キュア?」
シフォンが首をかしげる。その後、まるで本人の意思に反するかのように、スゥーっと高く浮かび上がっていく。
額の四つ葉を輝かせて、不思議な呪文を発した。
「キュア・キュア・プリプ~!!」
空から舞い降りる、光の欠片。それを浴びたトイマジンは、真新しいクマのヌイグルミに生まれ変わる。
首に、青いマフラーを身に付けて――――
その光は、次々におもちゃたちに降り注ぐ。破れた人形。首の取れたロボット。走らなくなった自動車の模型。
全てが、傷一つ無い、新品に生まれ変わっていく。
「神様……」
おもちゃの王様と、姫様がシフォンに平伏する。兵隊たちは直立不動で礼を取った。
「きゃっ!」
「って、ウサピョン、なんで避けるのよ? 破れてるとこ直るのに」
「あたしは、このままがいいの」
光を避けて、ウサピョンがラブに抱きついた。不思議な光景に固まっていたみんなから、ようやく笑顔がこぼれる。
「お帰りに、なられるのですか?」
「うん! おかあさんたちが心配するといけないから」
「少なくとも、丸一日は経ってるわよね。ママに、なんて言い訳しようかしら」
「王様、お姫様、兵隊さんたち、色々とありがとう」
「王様も、良かったら私たちと一緒に来ませんか?」
「いえ、私はここに残ります。しばらく寂しくなるでしょうが、きっと、ここが必要になるおもちゃも出てくるでしょうから」
「わたくしも、お父様と共に国を支えます。さよならは言いません。行ってらっしゃい、みなさん」
「王国の守りは、我々に任されよ!」
「あはは……。頼りになるんだか、ならないんだか……」
「いつか、きっとクローバータウンに来てくださいね。王様の知らない楽しいこと、いっぱいあるんですから!」
「また、この国が賑わうことのないように。私も自分にできることを、精一杯頑張るわ」
「おもちゃと人間が、ずっと仲良しでいられるって、わたし、信じてる」
おもちゃの王様が、映しの鏡に手を触れる。
鏡から、虹色の橋が空に架かる。
「この虹は、みなさんの帰りたい場所にそれぞれ通じています。どうか、お元気で」
『さようなら、またね!』
クローバーが、タルトとシフォンが、ウサピョンとクマのヌイグルミが、それぞれ虹の橋を渡る。
続いて、生まれ変わったおもちゃたちが、各々の国へと帰っていった。
『
幸せの赤い翼――――おもちゃの国は秘密がいっぱい!?(おもちゃから愛を込めて)――――』
チッチッチッチッチッチッ。
小鳥の囀る声が聴こえて来る。トントントン、とあゆみが階段を駆け上がる音が響いてくる。
ピンク色のカーテン。畳のベッドの上には、憧れのトリニティの二枚のポスターと、アップのミユキさんのプロマイド。
机の上には、ヌイグルミのように眠っているシフォンと、うつら、うつらと船をこぐタルトの姿。
いつも通りの平凡な朝。一つだけ違うのは――――
「さあ、起きなさーい。朝ご飯できたわよ~。あら?」
ラブと祈里、せつなと美希が、くっつくようにして一緒に眠っていた。
ホントに仲がいいんだから、とあゆみは微笑む。
「ふわぁ~い、今、行くから」
「お味噌汁冷めちゃうから、みんな早く来てね」
パタン、と扉が閉じられる。
「ん~よく寝た! せつな、美希たん、ブッキー、おはよう!」
「おはよう、ラブ。でも、私たちいつの間に寝たのかしら?」
「おはよう。アタシも、昨夜の記憶が曖昧で……」
「おはよう。夕べは確か、おもちゃが消えて、それで~って……」
『あぁ~っ!!!! トイマジン!?』
四人は部屋を見渡すが、どこにも変わったところはない。
「やっぱり、あれって夢だったのかしら?」
「でも、四人揃って同じ夢を見るなんて」
「ウサピョンは、どうなったのかな?」
「そうだっ! ウサピョン!!」
ラブは、慌ててクローゼットを開く。奥から出てきたのは、懐かしいヌイグルミのウサピョン。
そして、もう一体の、持っていないはずのヌイグルミだった。
「この子って……」
「やっぱり、あれは実際に起きた出来事だったのね」
「日付は、一晩経っただけよ。おもちゃの国の時間は、こちらには影響しないのかしら?」
「みんな~、早く降りてらっしゃい! 今日はフリーマーケットがあるんでしょ」
『は~い』
ラブたちは、急いで身支度を整える。着替える必要はなかった。
昨夜、外出しようと、私服に着替えたままで寝ていたらしい。ウサピョンと、そのヌイグルミを持って食卓に着く。
「もう、遅刻しても知らないから。お味噌汁温め直すわね」
「すみません、アタシも手伝います」
「いいのよ、それより早く食べちゃって」
『は~い、いただきま~す!』
ご飯に、焼き魚に、お味噌汁。普段と変わらない、素朴な朝の食卓。でも、みんな、あゆみが驚くほどに食事が進んだ。
ラブに続き、せつなが。普段、食の細い美希や祈里までがお代わりをした。
「みんなよく食べるわね~。育ち盛りだからかしら? こんなことなら、もっとしっかりしたもの作るんだったわ」
「いえ、十分です」
「とっても美味しいもの」
「うんうん。おかあさんの作るお味噌汁って、もう最高!」
「本当に、美味しい……」
「えっ、何か言った? せっちゃん」
「みんなで食べるご飯って、なんか楽しい」
「でしょ~。それに、なんたって一日ぶりの食事モガモガ」
「あはは……。なんでもありません」
「ラブちゃん、メッ!」
あゆみが、ラブと祈里が膝に乗せるように抱いている、ウサギとクマのヌイグルミに目を向ける。
「あらっ? 懐かしいじゃない、ウサピョンだったわね。それに、クマのヌイグルミなんて持ってたかしら?」
「あっ、これはわたしのなんです。抱き枕に使ってて、ないと眠れなくって」
「祈里ちゃんらしい、可愛い趣味ね。それで、ラブも触発されてウサピョン出してきたわけ?」
「あ、そうそう、そうなの! これから、毎晩抱いて寝ようかな~? なぁ~んて」
「もう、そうやってお部屋の整理をするたびに、思い出の品を引っ張り出してきては、先に進まないんだから」
「気をつけます……」
食事を終えてから、美希と祈里は、一旦家に帰りたいと言い出した。
もう一度、出品するものを選び直したいからと。
「それじゃ、現地で集合ね。遅れちゃダメだよ、美希たん、ブッキー」
「ラブに言われたくないわよ。しっかり見張っててよね、せつな」
「任せておいて」
「じゃあ、またね!」
「さっ、せつな。あたしたちも用意しよっ!」
「ラブは、やりたいことがあるんでしょ。急ぎましょう。私も、確かめたいことがあるの」
ラブは、部屋に篭って何やら作業に励む。せつなは、昨夜、おもちゃを取り返すと約束した少年の家へと向った。
初めてのフリーマーケットは、お店というよりも、街の人との交流会のようなイメージだった。
知ってる人に声をかけてみたり、知らない人に、自分が使ってきた品を説明したりと、楽しく時間が過ぎていく。
夕方になる頃には、あれだけあった荷物がすっかり無くなっていた。
「ふぅ~、なんとか売り切ったね。みんな、お疲れ様」
「ラブが恥ずかしい客引きをしてなければ、もうちょっと早く売れていたわよ」
「たはは、ごめんなさい……」
「それにしても、どうしたのラブ? 指が傷だらけじゃない?」
「いや~、これは、ちょっと……」
「ほんと、料理以外のこととなると、急に不器用になるんだから」
「ウサピョンを直してあげたのね」
「うん。おかあさんやブッキーみたいに上手にはできなかったけど、喜んでくれてるかな」
「そんなの、大丈夫に決まってるわ」
ウサピョンは、ただのヌイグルミに戻っていた。もう、声を聞くことはできないけど、ずっと、語りかけようと思う。
おもちゃにも心があるんだって、確かに信じられるから。
ラブは、しっかりとウサピョンを抱きしめた。
「あの~、お姉ちゃん、これください!」
「あっ、ダメなの、これはアタシの友達で、売り物じゃないの」
「そっちじゃなくて、こっちのクマさん」
「え~っと、ごめんなさい。それも売り物じゃないの。もう店じまいで」
「そっか、残念」
「どうかしたの?」
「あのね、お母さん。とっても可愛いクマちゃんがいたの」
少女の母親らしき女性が近づいてくる。隣の店で買い物をしたばかりなのか、バックにサイフをしまいながら少女に問いかけた。
栗色の髪の、落ち着いた、優しそうな女性だった。どこかで見たことがあるなと、せつなは記憶を探るが、やっぱり思い出せなかった。
“クマちゃん”その名前に反応して、女性が手にしたバックを落とした。
サイフがバックから零れ落ちて、小銭がバラバラと散らばった。ラブが慌てて拾って返そうとするが、目に入らないのか、受け取ろうともしない。
クマのヌイグルミを一心に見つめて、やがてワナワナと震え出した。
「このヌイグルミは、どこで手に入れたのですか?」
「え~っと、わたしが以前、お父さんに買ってもらったものです」
祈里が適当に答えると、女性はちょっとガッカリした表情でうつむいた。
せつなが初めて声をかける。
「おばさまも、そのヌイグルミが気になるのですか?」
「ええ、ごめんなさい。昔、そっくりのヌイグルミを持っていたの。でも、違うわよね、こんなに綺麗じゃなかったし」
ラブがせつなと、続いて、美希と祈里と目を合わせる。
互いにそっと頷くと、ヌイグルミを抱えて、少女の前に差し出した。
「ねっ、クマちゃん、好きなの?」
「うん!」
「この子の、お友達になってくれる?」
「うん!」
「じゃあ、あげる。はい!」
「ありがとう!」
少女の瞳が輝く。
「あっ、おばさんには、こっち。落としましたよ」
「ありがとうございます」
女性は丁寧に礼を言って、ラブからバックを受け取った。
差し出した左手には、酷い火傷の跡があった。
「ねえねえ、お母さん。この子、首にマフラー巻いてるよ?」
「それはね、スカーフっていうのよ」
そっと外してみて、やがて、今度こそ女性は泣き崩れた。しっかりと、クマのヌイグルミを抱きしめて。
そのハンカチに刻まれたイニシャルは、彼女の名前と同じものだったから。
ラブたちは、状況が飲み込めずに首をかしげる。
ただ、なんとなく、今度こそ、クマちゃんは幸せになれるだろうなって、そう感じていた。
何度も振り返り、何度も頭を下げて、母娘連れは帰って行った。
後片付けをするラブたちの耳に、隣のシートから流れるラジオのアナウンスが聞こえてくる。
「ニュースです。昨夜、突如世界中から姿を消した玩具たちが、今朝になって突然戻ってくるという怪現象が起こりました。
その中には、心当たりの無い玩具や、以前、失ってしまった玩具なども含まれているとの情報が入っております。
巷では“おもちゃのストライキ”などという呼び名が広まっており、商業主義に走りすぎている現代社会への警鐘であると捉える向きもあるようです。
事態を重く受け止めた政府は、消費者庁に特別委員会を設けて、おもちゃドクターの設置や、リサイクルの強化に乗り出す方針です。
繰り返します――――」
「クスッ、こっちでも大騒ぎになっているみたいね」
「今回は、世界中が巻き込まれたものね。対岸の火事と、高を括っていた人たちも動いたんじゃない?」
「えへっ、実は、わたしのお部屋にもおもちゃが来ていたの」
「どれどれ? ブッキー、見せて!」
「恐竜のフィギュア?」
「ティラノちゃんって言うのよ。大切なお友達なの」
夕暮れの公園に、楽しそうな声が響き渡る。
「みんな、幸せ、ゲットだよ」
ラブは、夕焼けに向ってそうつぶやいた。
この空の下で、無数のおもちゃと子供たちが、楽しい時間を過ごしていることを信じて。
~~ fin ~~
最終更新:2012年01月29日 13:12