突然の電話なんてものは、得てしてとんでもないタイミングで、かかってくるものだ。
「久しぶりだねぇ、兄ちゃん。へい、お待ち!」
「おおっ、これだ!これが食べたかったんだぁ!!」
西隼人ことウエスターが、久しぶりの四つ葉町で、待ちに待ったカオルちゃんのドーナツにかぶりつこうとした、まさにその瞬間。
無造作に置かれた彼の携帯電話が、テーブルの上から落下せんばかりの勢いで震え出した。
「うわっ、止まれ!・・・誰だ?この忙しいときに。」
少々ムッとしながら電話に当てた耳に飛び込んで来たのは、この世界で何度も聞いた、凛とした少女の声。
「ウエスター!お願い、力を貸して。」
「その声はキュアベリーか?どうした!何かに襲われたのかっ?」
通話口に向かって叫ぶウエスターを、冷静な声が制する。
「そんなんじゃないわよ。あのね。今日は
バレンタインデーっていう、大事な日なの。」
「おお、知ってるぞ。何でも大切な人に、チョコレートを贈る日らしいな。イースがそう言って、何やら準備していたぞ。」
ウエスターが何の気なしにそう言うと、電話の向こうで息を飲む気配がした。
「せつなが!?ねえ、それって本命は、ちゃんと本人に手渡すって言ってた?」
「本命?よくわからんが、ホホエミーナに頼んで渡してもらうようなことを言っていたぞ。」
その途端、少女の声がハッキリと凄味を帯びて、ウエスターを圧倒する。
「ダメじゃないの、それじゃあ!ウエスター、よく聞いて。バレンタインデーはね、ただチョコレートを贈るだけじゃダメなのよ。」
「そ、そうなのか?」
なんで自分が怒られなくちゃいけないんだ?と頭の片隅で思いながら、ウエスターは思わず問い返す。
「そうよ!今日は、大切な人にちゃんとチョコを手渡して、想いを伝え合わなきゃいけない日なの。」
「ちゃんと・・・手渡して?」
「そう!て・わ・た・し・て。ね?ここが何より、いっちばん大切なの!」
「手渡さないと・・・どうなるんだっ?」
高まる緊張感に、ゴクリと唾を飲み込むウエスター。そのせいで、電話の向こうで小さく「え?どうなる、って言われても・・・どうしよう、そこまで考えてないわ。」などと呟いているのには、全く気付いていないらしい。
「え、えーっとぉ・・・こ、この日にちゃんとチョコを手渡さないと・・・」
「手渡さないと?」
「て、手渡さないと・・・」
「手渡さないと・・・何なんだ?ちゃんと教えてくれ!」
「と、とにかく!・・・た、たたたたた、たい」
ガチャ。ツー・・・ツー・・・ツー・・・。
「おいっ、キュアベリー!何だ、“たい”って。その続きは何なんだっ!」
怒鳴り返すウエスターに、手の中の電話はただ、無情な機械音を繰り返すだけ。
「“たい”・・・。そうかっ!「大変」の「たい」だなっ?何だかよくわからんが、大変なことになるんだなっ!?」
ウエスターはグッと拳を握り、ドーナツカフェの椅子を蹴倒して立ち上がった。
「よしっ!とにかく俺に任せておけっ!」
☆
「・・・よし。あとはホホエミーナに任せればいいわね。」
東せつなは自宅のキッチンで、きれいにラッピングした手作りチョコを手にして微笑んだ。
四つ葉町にいる、大切な人たちのために作ったチョコレート。本音を言えば、自分で渡しに行きたいけれど、なかなかそんな時間は取れない。
せつなは、中でも一番大きな包みに架けられたリボンを、そっと人差し指でなぞってみる。小さなキッチンに漂うのは、あたたかで、穏やかで、なんとなく甘酸っぱい雰囲気・・・だったのが、次の瞬間、遠慮会釈のカケラも無い声が、その空気を一瞬でぶち壊した。
「イース!おいっ、イース!いるんだろう?」
何事?とチョコレートを持ったままで外に出てみれば、なぜかやたらと勢い込んだ様子のウエスターがそこにいた。
「ウエスター、ちょうどよかったわ。今、ホホエミーナにこれを持って行ってもらおうと・・・」
皆まで聞かず、ウエスターはせつなの手元を見て、ニカッと満面の笑みを浮かべる。
「おお!ちゃんとチョコ持ってるな?よし、じゃあ行くぞ!」
その言葉が終わるや否や、ウエスターの後ろに立っていた茶色の巨人が、せつなに迫ってきた。
「ホ~ホエミ~ナ~!コッチコッチ~・・・デモ、カタクナ~イ。トケイデモ、ナ~イ。グハッ!」
「・・・何なの、これ。」
後ずさるせつなをあっさりと捕まえた巨人は、そのままウエスターと共に勢いよく空へと舞い上がる。
「えーっ?ちょ、ちょっとウエスター!降ろしなさいよっ!」
不意を突かれたせつなの抵抗もむなしく、三人の姿はラビリンスの空の彼方にかき消えた。あとには哀愁・・・と言うより単なる怒りを帯びた、せつなの悲鳴だけを残して。
「ねえ、何なのっ!?一体、何なのよぉぉぉ~!」
☆
(一体、何なんだろう?何だか不思議な予感がする・・・。)
桃園ラブは、自分の部屋のベランダから、所在無げに空を眺めていた。
今日はバレンタインデー。クラスの女の子たちと友チョコを交換し、大輔と裕喜と健人に、「義理だからねっ!」と念押ししながらひとつずつ渡し、放課後には、何やら急いでいる美希と祈里とも慌ただしくチョコを渡し合って、それなりの荷物を抱えて学校から帰って来た。
今晩、父の圭太郎に手作りチョコを渡して、そして・・・残るは、あとひとつ。
(きっと、会いには来られないんだろうな~。せめてあたしの方から行ければいいのに・・・。)
思わずうつむきかけた視線を、ブン!とひとつ頭を振って上向けたラブは、
(・・・・・・ん?)
空の真ん中に不自然な茶色い塊を見つけて、目をぱちくりさせた。その塊は見る見るうちに大きくなって、まっすぐこちらに迫ってくる。
「・・・へ?・・・えっ?えっ!?ええぇぇぇ~!!」
既に太陽を遮らんばかりに大きくなったそれは、巨大なこげ茶色のリングに、小さな羽と垂れ目を貼り付けたような姿。その上にすっくと立って、白いマントを翻している人影は、まさに「どやっ!」という顔をしている。
そして、リングの真ん中にあいたハート型の穴に腰掛けて、怒ったような、照れたような、泣いてるような顔をしているのは・・・。
「せつなっ!!」
思わず大声を上げたラブに、その茶色い塊は、
「ニッコニコ~!デモ、イッコ~。グハッ!」
と、よくわからない雄叫びを上げる。そして、体の割には華奢な両手でせつなを抱き上げると、ラブに手渡すような格好で、そのまま彼女を解放した。
「きゃっ!」
ベランダめがけて落ちてくるせつなを、ラブは両腕でしっかりと受け止め、勢い余ったラブを、窓ガラスのサッシがガコンと音を立てて受け止めた。
「いったぁ~!」
でも、頭の一個や二個ぶつけようが、今のラブには、そんなことちっとも問題じゃない。
「せつなぁ!ホントにせつなだぁ!チョコレート作ったけど、今年は渡せないかもって思ってたんだよぉ。会えてよかったぁ!・・・あれ?」
早口でまくしたてたラブは、そこでふと気が付いて、鼻をひくひくさせる。
「せつな、なんかすっごく甘~い匂いがするんですけど。わっ!なんか身体じゅう、ベタベタになってるし!」
慌てるラブに、真っ赤な顔でうつむいていたせつなが、ひくっ、としゃくりあげた。
「ラブぅ~!ヒック、もう、久しぶりに会えたっていうのに、ヒック、ウ、ウエスターがっ、ヒック、こんなホホエミーナ、ヒック、呼び出すからぁ・・・。」
まるで泥んこ遊びをして叱られた腕白小僧みたいに、顔も身体もあちこち茶色くなって泣きじゃくるせつなを、ラブは汚れるのも構わず、満面の笑みを浮かべて、ギュッと抱きしめる。
「わっはぁ~!まるでせつなが本命チョコみたいだよぉ!泣かないの。ホラ、一緒に素敵なバレンタイン、ゲットだよっ!」
☆
「どうだった?二人で素敵なバレンタイン、過ごしてるって?」
山吹祈里の、ほんの少し心配そうな声に、蒼乃美希はビクッ!と肩を震わせて、リンクルンを置いた。
「あ、あったりまえでしょう!?アタシ、完璧に計画したんだから。」
「その割に、隼人さんに電話したときは美希ちゃん、なんだかオロオロしてるみたいだったけど?」
おっとりしているようで、見るところはちゃんと見ている祈里だ。美希は観念して、今ラブからかかって来た電話の一部始終を話す。せつながホホエミーナに乗って、会いにやって来たこと。ただ、そのホホエミーナが少々問題で、かなり大変な姿で現れたらしいこと・・・。
「全く、ウエスターったら慌て過ぎよね。いくらそのとき手に持っていたからって、何もチョコドーナツをホホエミーナにしなくてもいいのに。」
さも呆れたように溜息をついた美希だったが、
「そりゃあ、美希ちゃんがいきなり電話切っちゃうから、隼人さんだって、慌てたんだと思うよ。」
祈里にニコニコしながら痛いところを突かれ、頬を赤くした。
さっきの電話を思い出す。
『とにかく、大切な人に面と向かって手渡さないで、何がバレンタインよ!』
そう啖呵を切ろうと思ったのに、口から飛び出したのは、何の打楽器かと自分で自分を疑うような、「た」の連打。いたたまれなくなって、つい電話を切ってしまったのだが・・・あれをウエスターは、一体どう受け取ったことだろう。
「あんな嘘付かなくても、隼人さんなら協力してくれると思うけどな。」
「ダメよ。騙すならウエスターから騙さないと、せつなにすぐバレちゃうわ。」
祈里の言葉にキッパリとそう言い切った美希は、その言葉でやっといつもの調子を取り戻し、ゆっくりと微笑んだ。
「大丈夫よ、ブッキー。アタシ、当面はエイプリルフールを前借りして、二月に使うって決めたんだから。」
そう。せつなが自分から気軽にラブに会いに来るようになるまでは、アタシが二人のバレンタインは引き受ける。アタシ、完璧!
密かに誓いを新たにする美希に、祈里がニコリと笑って、こう言った。
「ふぅん、そっかぁ。じゃあわたしも、エイプリルフールの前借りしようかな。」
「え?ブッキー、どういうこと?」
怪訝そうな顔の美希に、祈里は楽しそうに、もう一度ニコリと笑った。
「わたしも、美希ちゃんの真似をしようと思って。」
☆
「一体何の真似だい?ウエスター。」
ラビリンスの首都の中心部にある、ウエスターとサウラーの執務室。四つ葉町から慌てて戻ってきたウエスターは、自分の歩いた道に沿って、冗談みたいに点々と続く足跡をサウラーに見つけられ、こっぴどく油を絞られていた。
冬とは言え、小春日和の四つ葉町の空は、チョコレートがゆっくり溶けるにはちょうどいい温度だったらしい。お陰でホホエミーナの上で仁王立ちしていたウエスターの靴からは、甘ったるい匂いが立ち上っている。
「いや・・・これは・・・。サ、サウラー!お前、甘いものは大好きだろうがっ!」
「あくまでも、口にするのは、ね。」
ギロリと睨まれて冷や汗をかくウエスターの耳に、ポケットの中から響く軽快な音楽が聞こえてきた。
突然の電話なんてものも、たまには丁度いいタイミングで、かかってくることがあるらしい。
これ幸いと通話ボタンを押すと、やっぱり今まで何度も聞いた、でも今度はやわらかな声が、耳に飛び込んできた。
「もしもし、隼人さん?あのね。ちょうど今から一カ月先の、三月十四日なんだけどぉ。その日も今日と同じくらい、大事な日なの。その日には、今日チョコを手渡された人が、必ずお返しを手渡しに行かなくちゃいけないの!さもないと・・・。」
~おわり~
最終更新:2012年02月18日 17:16