私はラビリンスにいた。
灰色の空、無機質な高層ビル、そして、モノトーンの同じ服装をした人々。
私はそうした人達の群れの中にいた。
誰も他人を見ない。誰かが遅れると、列が乱れてしまうから。
例え、誰かが転んでも、誰も助けない。立ち止れば、列が止まってしまうから。
同じ間隔を保ちつつ、横と同じ歩幅で歩く。みんなと同じように。
だって、そうしなければならない。メビウス様のご指示だから。
だって、そうしなければ、食事の時間に間に合わない。その後の就寝の時間にも影響する。
他の人々と同じように歩く私の目の前に、突然、一条の光が見えた。
細い細い、その光は今にも消えてしまいそうだ。
あの光は私の求めていたものかもしれない。
私が幼い時から追い求め、自分の空虚を埋めるかもしれないもの。
前を歩く人々をかきわけ、列を乱しながら光を追いかけ、必死に走った。
無表情だったラビリンスの人達の顔がどことなく怒りを含んでこちらを見ても、構わずその光を追いかけた。
走って、走って、でも、近づかない。
むしろ、私が走れば走るほど、光は遠ざかっていくように感じる。
体力の限界と思える程走っても、追いつかない。
息を整えるために仕方なく立ち止り、大きく息を吐いていると、
私の目の前で、光は消えた。
自分の乱れた呼吸と鼓動の音だけが聞こえる。
目の前には、キュアピーチ。
ラビリンスの敵、私が倒さなければならない・・・敵。
今度は、森の中に、私はいた。
鬱蒼と樹木が生い茂った、占い館の近くの森。
・・・やっぱり、せつなだったんだね・・・
私はせつなじゃない!!
お前達プリキュアの敵・・・お前の敵、
我が名はイース。ラビリンス総統メビウス様が下僕。
いや、私はもう、ラビリンスの幹部ではない。
プリキュア討伐の失敗によって、メビウス様に罷免された・・・
目に止まらぬ速さのパンチや膝蹴りを繰り出すも、キュアピーチに受け止められてしまう。
私の渾身の攻撃も効かない。
疲弊した私は、空中でバランスを失って地面に倒れ込む。
死力を尽くしても、倒せなかった。
そもそも私は、キュアピーチを、ラブを倒そうなどと思っていたのだろうか。
プリキュアを倒したところで、私はラビリンスに戻れる訳でもない。死を免れない。
メビウス様の決定は、絶対だ。
地面に横たわった私の背中を、柔らかい草の絨毯が包み込んでくれる。
無数のシロツメクサの中で、スポットライトが当たったように、その葉だけ浮き上がって見えた。
確か、幸せの素とか言う、四つ葉のクローバーが私の目の前にあった。
・・・せつなの幸せ、摘み取って・・・・・
私の幸せ?
私が見つけた幸せ・・・
私はうまく動かない右手を伸ばし、その葉を摘み取ろうとしたその時、
・・・・時間です・・・・
どこかで、そう聞こえた気がした。
私の心臓が、一度大きく跳ねて、止まった。
私の意識は闇の中に飲み込まれていく。
もう、目が見えない。何も聞こえない。
やっぱり、私は・・・手に入れることができなかった。
・・・・せつな・・・・せつな・・・
私はもう、死んだはず。
なのに何故、ラブの声が聞こえるのだろう。
・・・・せつな・・・・せつな・・・・
「せつな!!」
目の前には心配そうなラブがいた。
「あ、せつな、目が覚めた?」
右手でラブの頬に触れる。
良かった。夢じゃない。
ここは、ラビリンスでも、占い館近くの森でもない。桃園家にある私の部屋。
「うなされていたけど、怖い夢でも見た?」
私は大きな息を吐き、涙を流していた。
涙は止めようと思っても、後から後から、出てくる。
でも、苦しい涙や悲しい涙なんかじゃない。嬉しくて、安堵の涙。
壊れたおもちゃのように、首を振り続けながら涙を流す私を、
ラブが伸ばした私の右手を握って、涙を拭ってくれる。
暫くして、涙が止まり、悪夢の名残が私から無くなった頃、
私の頬を挟んでいるラブの左手の甲にそっと、私の掌を置いた。
「どうかした?」
ラブが心配そうに、私の顔を覗き込む。
どんな時であっても、ラブは私を気遣ってくれる。まるで、私が世界で一番大切だというように。
「ラブ・・・」
暗い室内だけど、私の瞳に何かを見たのだろう。
互いを大切に思っていながらも、互いの全てを貪ろうとする眼差し。
ラブの顔が近づいてくるのを感じ、私は目を閉じた。
春の雨のように温かく優しいキスが顔のあちこちに降り注ぐ。
最後に私の唇に落ちてきて、啄むようなキスがだんだんと、嵐のように激しいものになっていく。
私の涙を拭ってくれた右手は頬を離れ、裸の肩へと滑っていく。
ラブの左手は私の手を握ったまま。離れないように、私はラブの指に自分の指を絡ませる。
不思議だ。
かつての私は、他人に触れられることを嫌悪していたのに。
いえ、今だってそう。誰だっていいって訳じゃない。
こうやって、私に触れてもいいのは、ラブだけ。
キスが長く深いものになっていくにつれ、正面に向かい合って、ラブの体を受け止める体勢になる。
体重がかかったことで私の表情が変わったのか、ラブが「重い?」と聞いてきた。
重いかと聞かれたら、確かに重いのだけど、私の体にかかる重みを愛しく思う。
私の体にかかる心地よい重量感、素肌にかかる熱い吐息、口の中に残るラブの味さえ、
そのすべてが、これが夢ではないことの証だから。
ラブの唇が私の顎のカーブから鎖骨の間に滑り落ちて、雪道の轍のように、私の体に見えない痕を残していく。
肩の辺りを彷徨っていたラブの右手は胸へと到り、その頂を親指と人指し指で軽く抓み、優しく擦る。
指と交代して胸の頂を口の中に含まれると、温かく濡れた感触に、思わず吐息が漏れる。
指の愛撫によって、固く敏感になった頂を少し痛いくらいに強く吸われる。
吸われる度、力が吸い取られていくように、私の全身から力が抜けていく。
私の体の上で動くラブの頭を見ると、自分が求められていることを実感し、私の心は満たされる。
それに反して、私の体は不足を訴え、疼いていく。もっともっとと。
私はもう、その疼きが何であるか知っている。
次の愛撫をねだるように、閉じていた腿を少し開くと、
私の無言の求めに応えるように、ラブの手が下の方へと降りてくる。
濡れた道筋を何度も往復していたラブの指が、隠された小さな蕾を見つけ、そっと触れる。
固く閉ざされていた蕾は、指で触れられる毎に、一枚一枚綻んで、次第に花開いていく。
花の中心からは滴り落ちるほど蜜を湛え、強い芳香を放って、訪れる者を誘う。
蜜を吸う蝶の羽根が花びらにかすめたような微かな愛撫ですら、今の私には耐えられないほどの快感をもたらす。
体の底から湧きあがってくる、自分ではどうすること出来ない熱。
その熱が徐々に全身に広がっていって、私はラブの名前を譫言のように何度も呼びながら、高みへと飛翔した。
私がラビリンスにいた頃、一人ぼっちで寂しかった夜に、側にいてくれる人は誰もいなかった。
いくら、寂しくなんかないと自分で否定しようとしても、心の奥底では誰かを追い求めていた。
だけど今、私の隣には、ラブがいる。
ラブが眠った後でも繋がれたままの手を握り返し、横顔に寝息を感じながら、私は眠りに落ちた。
了
~おまけ~
「あたし、ばくになりたいな」
「バグになりたいの?」
「バグじゃなくて、獏。伝説上の生き物で夢を食べるって言われているんだ」
「私は、ラブが獏でないほうがいい」
「えー、どうして?」
「獏ってどんな生き物、大きい?小さい?」
「小さい象がずんぐりむっくりしてて・・・」
「・・・それじゃ、どんなのか分からないわよ」
「架空の動物なんだから、どんな形か分かんないよ。どうして、獏じゃ駄目なの?」
「だって、ラブが獏だったら、こうやって、キスしたり、抱き締められたりはできないでしょう」
「せつな・・・」
「ラブ・・・・」
最終更新:2012年03月18日 01:44