-おかしい。
あたしはジュースを飲みながら、目の前でドーナッツを食べる二人の少女を眺める。
今日は久しぶりのダンスの日。といっても、みゆきさんはお仕事でここにはいない。
今日はあたしたち4人の自主練習のようなものだ。
お盆とかいろいろあってしばらくお休みしてたけど、
夏合宿で新しい振り付けも覚えたことだし、
新学期が始まる前にみんなで合わせよう、という事で集まった。
今はちょうど休憩中で、みんなでカオルちゃんのカフェでドーナッツを食べている。
ダンスは久しぶりだけど、夏休み中みんなで集まる機会は多かった。
夏祭りだって行ったし、ついこの間も4人でお買い物に出掛けたばかりだ。
その時はいつも通りだったはず。それなのに-。
「はい、せつな。あたしのチョコドーナッツ、半分あげるね!」
「ありがとう、ラブ。じゃあ私のメロンドーナッツも半分食べてくれる?」
「もっちろん!・・・はい、せつな。あ~んして?」
「ラ、ラブ。こんなところで・・・。みんなが見ているわ。」
「・・・せつなは、あたしにドーナッツ食べさせられるのは、いや?」
「そ、そんなことあるわけないじゃない!・・・じゃ、じゃあ、私もラブに食べさせてあげるわね?」
「やった~!はい、せつな。あ~ん!」
「はい、ラブ。・・・あ~ん。」
「モグモグ・・・。ん、おいしい!せつなに食べさせて貰うと一段とおいしく感じるよ!」
「そう?よかった。ラブの食べさせてくれるドーナッツも、とてもおいしいわ。」
「なんたって愛情た~っぷりだからね!モグモグ。」
「ラブ・・・。ありがとう。」
「ん?急にどうしたの、せつな。」
「私、知らなかった。ラブにドーナッツを食べさせて貰うことが、こんなに幸せなことだったなんて。」
「おおげさだよ、せつな。あたしは自分のやりたいことをやっただけだよ。」
「ううん。ラブは私にまた一つ幸せを教えてくれた。だから今度は私が、ラブを幸せにしてあげたいの。」
「えっ?」
「今夜の晩御飯は、私がラブに食べさせてあげる。・・・ダメ?」
「ほ、ほんと!?やった~!今夜も幸せゲットだよ!」
「うふふ。ラブったら。」
「・・・ね、せつな。」
「なぁに?ラブ。」
「ううん。呼んでみただけ。」
「そう・・・。あ、あのね、ラブ。」
「なに?せつな。」
「・・・ううん。私も、呼んでみたかっただけ。」
「せつな・・・。」
「ラブ・・・。」
ずっとこの調子だ。
同じようなやりとりを、さっきからずっと見せつけられている。
あたしとブッキーの姿なんて視界に入ってないに違いない。
完全に二人の世界だ。
はぁ、と呆れて横をみると、ブッキーが二人に釘付けになっている。
もう氷しか残っていないグラスの中身をひたすらストローですすりながら。
さっきからズズズッスースーと品のない音が響いている。
その事にあたし以外、ブッキー本人さえも気付いていないようだ。
目線は完全に二人に固定されている。その顔はお面を付けているみたいに無表情だ。
はぁ・・・。何なのよ、これは・・・。
一体全体、何がどうなってこうなっちゃったワケ?
この場で唯一まともな思考を保っているあたしは、頭を抱えてうずくまっていた。
ちょっと前まで、ラブとせつなの間には少し距離があった。
ラブと言えば、「”友達”のせつなはねぇ、」とか、「せつなは”友達”だからさぁ~。」とか、
不自然なくらい、せつなに対して”友達”という言葉を強調していた。
泳いだ目でそう言う彼女の態度は、傍から見ればあきらかにおかしかった。
対するせつなは、最近物思いに耽る事が多かった。
物憂げに瞼を伏せ、じっと考えこんでいたかと思えば(※1)、
急にハッと顔を上げて(※2)両手で顔を覆い、力なく首を振る(※3)。
イースだった頃の事を思い出しているのかもしれない。
そう心配して、彼女にあれやこれやと話しかけて気を紛らわせようとしたものだ。
※1・・・「ラブ?どうしたのこんな夜更けに・・・。泣いてるの?どして?あっ!ラ、ラブ!」
※2・・・「わ、私も!私も、ずっとラブのことが好きだったの!ラブ・・・嬉しい・・・。」
※3・・・「は、恥ずかしいわ。でも、ラブになら・・・。私の全部、見て欲しいの。お願い。優しく、して・・・。」
ブッキーもそんな彼女に気が付いたのか、せつなに対して過剰とも言えるようなスキンシップをとるようになった。
消極的なあの子がこんな行動に出たのは予想外だったが、
心の優しいブッキーが、悩んでいるせつなを放っておけない気持ちは良く理解できた。
せつなの世話を焼いているブッキーは本当に生き生きと輝いていて、人の為にそこまで頑張れる彼女を眩しく思ったものだ。
ラブもせつなも、あたしやブッキーに対しては普段通りの態度だった。
余所余所しくなるのはラブとせつなが二人でいる時だけ。
珍しくケンカでもしたのかしら。でも一緒に住んでいるんだし、そのうち仲直りするわよね。
あたしはそんな風に楽観的に考えていた。
それが。
どうしたらここまで真逆になっちゃうわけぇ?
椅子を寄せ合ってぴったりとくっついて座る彼女たち。
その姿はどう見ても事後- って、そ、そんなわけないわよね。女の子同士なんだし。
二人に当てられて、あたしの頭までおかしくなってしまったようだ。
そして、それを見つめるブッキーの目には生気が感じられない。
もはや氷すらなくなった空のグラスを無表情にストローで吸い続ける彼女の姿は異様だった。
そんなブッキーの姿にも気付かず、ひたすらイチャイチャラブラブしている二人。
はぁ・・・。あたしは本日何十回目かのため息をついた。
ダンスの方は問題はない。
踊り始めると、せつなとラブは驚くほど息のあった動きをみせる。
無表情だが、それに合わせて動くブッキーも体のキレはいい。
むしろ鬼気迫るものすら感じる。ラブの動きを寸分の狂いなくトレースしているかのようだ。
あたしは相変わらず完璧に動いてみせるし、結果的に4人の呼吸はあっている、と思う。
問題は、踊っている最中にラブとせつながやたらとお互いを見ている事と、
ブッキーに一切の表情がない事。これが一番気がかりなんだけど・・・。
最初、彼女に会った時は普通だった。
「美希ちゃん、おはよう。」
そう言って微笑む彼女は、今日をとても楽しみにしていたようだ。
しばらく二人で他愛もないおしゃべりをしながら、ラブとせつなが来るのを待っていた。
おかしくなったのは二人が来てからだ。
「ごめ~ん!美希たん、ブッキー!待った?」
そういって走ってくる彼女の手は、並んで駆けてきた少女の手と繋がっていて。
それを見た途端、ブッキーの顔から一切の表情が消えた。
「おはよう、ラブちゃん。・・・せつなちゃん。」
-あたしは何故だかその声に、薄ら寒いものを感じてしまった。
それからは何を話しかけても、
「私、信じてる。」だとか、「私、信じてた。」としか言わない。
まったく会話が成り立たない。
そんなブッキーにも気が付かないのか、ラブとせつなは二人でひたすら見つめ合っている。
たまにあたしが話しかけると普通に会話が返ってくるんだけど・・・。
「でね、美希たん。やっぱりあたしはこっちかなって。」
「ふふ。ラブらしいわね。」
やっと普通の会話が出来た事に少しホッとするあたし。
そのラブの横顔を、潤んだ瞳でじっと見つめているせつな。
「ん?どうしたのせつな?」
それに気付いたラブがせつなの方を向くと、せつなは顔を赤らめて俯いてしまった。
「ううん。なんでもないの。」
「え~。気になるなぁ。教えてよ~。あたしの顔に何かついてた?」
「え、えと、そうじゃなくて・・・。あ、あのね。ラブの・・・横顔を見てたの。」
「ふぇ?あたしの横顔?」
「うん・・・。正面から見るラブの顔もとっても好きなんだけど。・・・横顔も、素敵だなって。」
「や、やだなぁ。何言ってるのせつな。そんなこと言われたら照れちゃうよ。」
「でも、本当にそう思ったから。へ、変なこと言ってごめんなさい。」
「ううん。せつなにそう言ってもらえて、あたしとっても嬉しいよ!でも・・・。」
「でも?」
「やっぱり、こうして正面からせつなに見てもらえる方がいいかな?あたしもせつなの顔が見れるしね!」
「ラブ・・・。」
「せつな。俯いてると、せつなの顔が見えないよ。ね?あたしにせつなの顔、みせて?」
「ラ、ラブ。何だか恥ずかしいわ。」
今まで散々見つめ合っておいて、今更何言ってるのよこの子は・・・。
「せつな。あたしはせつなの顔が見れないと死んじゃう病気かもしれないんだよ?」
ラブ。そんな病気ないから。
「い、いやよ!ラブが死んじゃうなんて!そんな・・・そんなの!」
せつなも真に受けるんじゃないの。
「だから、ね?顔を上げて?」
いや、だからさぁ・・・。
「わ、わかったわラブ。私、精一杯頑張るわ!」
そんなことで頑張られても・・・。
「やっとせつなの顔が見れたね。また一つ、幸せゲットだよ!」
ちょっと前まで死ぬほど見てたじゃない。どんだけゲットしてんのよ。
「ラブ、私も幸せ・・・。」
ああ、もう。
「私信じてる私信じてる私信じてる私信じてる私信じてる私信じてる私信じてる私信じてる・・・。」
ブッキー、あなたはちょっと黙ってて。怖いから。
そんな感じで久々のダンスレッスンの時間は過ぎていった。
結局、あたしがまともに会話ができたのは最初のブッキーとだけ。
ラブとせつなはお花畑に行っちゃってるし、二人が来てからブッキーも別の世界へと旅立ってしまった。
「私・・・信じてた。」
ていうか怖い。怖いよブッキー。
はぁ~。また一つ、大きなため息をつく。
こんな調子で大丈夫なのかしら・・・あたしたち。っていうか、この状態っていつまで続くの?
あたしは固まってる三人をちらりと見ると、こみ上げてくる頭痛に頭を抱えたのだった。
最終更新:2009年08月24日 22:07