新2-325

From: 桃園ラブ
To: 東せつな
Subject: ラブだよ

せつな、お元気ですか?

あれからもう10年になるんだね。

ラビリンスは幸せな国になったよね?
きっと、せつながいっぱい頑張ってるから。
でも、あのときみたいに倒れるまで無理しちゃだめだよ。

美希たんは今やすっかり押しも押されぬトップモデルだよ。
で、今年も年末はずっと向こうでお仕事なんだ。
ブッキーは卒業研究で大学に缶詰なんだって。前に会ったときは
徹夜が続くとコンタクトは眼に悪いのって、眼鏡かけてたよ。

あたしは……今日はケーキ屋さんで売り子のバイト。
四つ葉町を出て、バイトをしながらミュージカルの女優を目指してるんだ。
たくさんオーディション受けて、たくさんオーディション落ちちゃってるけど。
最近は小さな役だけど少しはもらえるようになってきたんだよ。
でね、いつかはブロードウェイの舞台に立つんだ。

ダンスはね……あの頃はもうできなくなってた。

あの時の大会に優勝したら、ミユキさんのようなダンサーになれて、
皆を幸せに出来るんだって思い込んでたけど、甘くはなかったよ。

どうしても許せなかったんだ。
同じ事務所の友達があんなことになるなんてね。
あんなに頑張ってるのにおかしいよ!

で、辞めさせられるのを止めようとしてるうちに気付けばあたしも事務所に
いられなくなったんだ。
高校にもダンスにももう居場所がなかった。

あのとき、ブッキーとっても心配してくれたし、美希たんなんてすっごく怒って、
事務所に文句言ってやるんだって……
あたしはそんなことだけはさせられなかった。美希の夢まで壊してしまうなんて
それだけは絶対ダメだって。

でもミユキさんや皆を裏切ってしまったことには変わらなかった。暫くは
立ち直れなかったよ。
美希たんやブッキーが自分の夢をつかもうとしているのにあたしは……

そんなときにお母さんがね、ラブの信じたことを責めたりはしない。
前を向きましょう、やり直せるからって。
せつなも今は苦しい場所で頑張っているんだって。



本当はね、自分の夢を見つけて頑張っているんだろうせつなのこと、
うらやましいと思ってたんだ。

昔隼人さんから聞いたことがあるんだ。
カオルちゃんのドーナツカフェがあった頃はちょくちょく来てたんだよね。

ラビリンスの人間は自分で考える力をなくしているってね。
メビウスの代わりになるのはたやすいけど、そうならないためには今は
前の見えぬ道を手探りで進むしかないんだって。

そんな中で頑張っているせつなのことを思うと、
今度会えた時には、せめて恥ずかしくないあたしでいようと思って、
編入した定時制の学校卒業して、当時パートで勤めていた会社でも
やっと認めてもらえて、正社員にならないかという話もしてもらえたの。

職場の人もみんないい人ばかりだったし、ずっと頑張っていきたいと
いう気持ちもあったの。

でも、あの時見つけた夢のことをあきらめきれない自分はね、
心のどこかにずうっといたんだ。

会社の人たちの期待を裏切ってしまうことと、自分の心を裏切って生きること……

昔せつなは言ったよね、「二兎を追うものは一兎をも得ず」って。
あの頃のあたしは「両方とも……それ以上手に入れて見せる」と自信を持って言えた。

でも、そんなことばかりじゃないという現実もわかるようになった。

結局、会社の人にはお詫びを言った。
もしダメだったら帰って来いって言ってくれたけど、
その言葉には甘えないことを誓っているよ。

お父さんもお母さんも驚いてた。悲しませたかもしれない。
でも、それがラブの選んだ道なら信じるって。

ミユキさんも一度はダンスを捨てたあたしにただ一言「覚悟は出来てるわね」って。

世界に通じるラブになることを今度こそはあきらめない。

世界はね、昔タルトが言ってたパラレルワールドだったかな?
シフォンがいるスイーツ王国もだし、もちろんせつなのいるラビリンスもなんだよ。

そういえば、ラビリンスにはクリスマスはあるのかな?

あっても、せつなは働いているんだろうね。
ほんと残業ばっかりしてちゃだめだよ。

あの時はシフォンを助けに行くためにクリスマスどころじゃ
なかったけど、クリスマスは楽しむ日なんだからね。

今度のオーディションに応募するためのとっておきのプロモムービー、
せつなだけには先に見せてあげる。
ささやかなクリスマスプレゼント。

じゃあ、おやすみ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

かつてはリンクルンだった古い携帯電話に込めたメッセージ。

そっと送信ボタンを押す。



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From: 東せつな
To: 桃園ラブ
Subject: せつなより

ラブ、お久しぶり。覚えているかしら?

貴女達の世界で言えばもう何年も経っているのでしょうね。

ラブも美希もブッキーも自分の夢に向かっているわね……

私の夢は、ラビリンスが貴女達の街のように幸せになること……あの時そう言ったわ。

復興、といっても実際には総てが破壊された訳じゃない。メビウスから解放された
人たちに幸せを知ってもらう。私達はその手助けをすればいい。

でも、幸せとは何かをラビリンスの人々が理解することは難しかったの。

幸せとはドーナツが自由に食べられること?命令なしにダンスが踊れること?
元は生きることの責任をコンピュータに丸投げして楽をすることを求めてきた人たち。

結局何も変えられないの?

最初は私達がもうメビウスのようなコンピュータに頼らないように、
自分で決断することの大切さを説いて廻ったり、
何をしたらいいか解らない人々のための相談会を開いたりして日々駆け廻ったわ。
そう言えばウエスターもあの頃はちょくちょく四つ葉町に来てたみたいね。

次第に私達がメビウスの代わりだと見られるようになっていったの。

私達はクラインがやっていたようなことをやるようになっていたわ。

ただ、人々にとってはメビウスに操られていた頃の記憶は忌まわしいものだった。

”私達に「管理」されるのも勿論良しとしない。ならば、自分達に都合のよいメビウスをもう一度作り直して欲しい。
それがかつての幹部だった君たちの責任ではないか?”

その声は日に日に強まり、結局はウエスターもサウラーも私も押しつぶされたの。

苦しかった。
あの戦いはなんだったのだろう?と思いながら、プログラムを組む毎日。

そして管理という名の望まぬ「支配」を強いられる日々。

幸せのプリキュアだったのに本当の幸せが伝えらずこんなことになったのが悔しかった。

心が痛かった。かつてナキサケーベのカードを使ったときとも
比べ物にならないくらい……

その痛みはいつしか薄らいでた、いえ、痛みを感じる心そのものが消えそうになってた。

ある日ふとリンクルンをしまっておいた箱を開いたら、そこにはリンクルンはなく、
ラブたちの世界に潜入した頃に与えられていた携帯があったの。

もう貴女に幸せのプリキュアの資格はないって突き付けられたみたい。

それからその箱は開けなくなった。



でもね、少し前にウエスターが昔自分でドーナツを作るためにラブ達の世界から
持ち込んでいた調理器具を偶然見つけたの。

お母さんとラブと一緒に料理を作ったあのころを思い出した。

あの頃ハンバーグを丸めていた時のラブの笑顔……

もう一度やり直せるかも知れないって思った。

今は非番の日には小さなキッチンで子供達と料理を一緒に作っているわ。

ラビリンスでは食事は全て工場で作っていて、
今でも自分から料理を作ろうという国民はいないの。

でも、自分で料理を作って美味しいって思うのも、
作ってあげて美味しいって思ってもらえるのも、
時には失敗して落ち込んだとしてもまた頑張ろうって思うことを、
子供達に伝えることはできる。
それが幸せの意味、自分で決める未来を知ることにつながるから。

道は遠いけど、貴女達に幸せになったラビリンスを見てもらうことは
あきらめていないわ。

今日、ラブにメールを送りたくなって久しぶりに箱を開いたの。
やはり携帯のままだったけど、これで送信すればきっと届いてくれると信じるわ。

では、おやすみなさい。

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古い携帯にメッセージを込めて送信ボタンを押した。


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その夜、ラブはせつなとハンバーグを焼く夢を、せつなはラブとダンスを踊る夢を見た。

幸せに満ちた寝顔であった。
最終更新:2012年12月30日 11:20