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新2-490

 待ち合わせ場所は天使の像の前、今は約束した時間の5分前。
 いつもであれば、待ち人はもうとっくに来ている時間だ。

 メールで昨日、待ち合わせ時間を確認したから、約束した時間が間違っているってことはない。
 ということは、何か非常事態が起こったかもしれないってこと。
 電話して確認するって方法もあるけど、せつなの家に迎えに行った方が早い。
 せつなの家からここまでは一本道だから、すれ違うってこともない。


 せつなの家に着いて玄関を開けると、予想通りというか、家の奥には仁王立ちしたラブが立ちはだかっている。
 玄関先には出かける準備を済まして、後は靴を履くだけのせつなが困ったようにラブの顔を見ている。
 ラブがこんな風にデートを阻んでいては、せつなも出かけ辛いだろう。

 「美希たん、いいな。あたしも行きたいな~」
 いやだから、デートに保護者同伴ってないから。保護者っていっても、ラブはアタシやせつなと同い年だけれど。
 ラブにとっては、せつなが遅く帰ることが心配なのではなく、アタシと一緒ということが心配なのかもしれない。

 「ラブ!」
 アタシという味方を得たせつなが強い口調で咎めると、ラブは今までの勢いが無くなってしょんぼりする。
 強気になったせつなに弱いのは、どうやらラブも同じらしい。

 「二人で出かけてもいいけど、門限は6時だから!」
 さっきまでとはうって変わって悄然とした態度で、それでも言うべきことは言っておきたいと言う事か。
 いつもより門限が早いとは思ったけれど、ここで争ってはますます二人の時間が少なくなってしまう。
 了解したサインに手を振って、もう一方の手でせつなの手を繋いで表に出た。


 ラブの怨嗟の声が聞こえてきそうな桃園家を後にして、向かうデート先は水族館。
 前回はブッキーに勧められた動物園、今回の水族館も同じくブッキーのお薦め。

 今回行く水族館はブッキーによると、規模が小さくて展示されている生物は少ないものの、
 イルカショーやアシカショーに力を入れていて、なによりゆっくり観てまわれる所がいいらしい。
 せつなには色々と深い事情があって、普通の女の子なら誰でも経験したことがあるようなことでもしていない事が多いから、
 せつなが初めて体験することを二人で一緒に体験して、感動を分かちあえるのはすごく嬉しい。


 ・・・ただ、一つだけ、水族館に行くことで心配なことがあるとすれば、
 水族館にはアタシが苦手なアレがいるだろうということ。
 アレは八本足で、西洋では悪魔の魚と呼ばれているらしい。
 そう、アタシはタコが嫌い。嫌いなんかを通り越して、怖い。

 アレがいそうな場所というと、日本の近海の生物を展示してある所。
 身近な魚介類が多くて日本のどこでも獲れることができる、マダコもいるかもしれない。
 それと、魚類以外が展示してあるコーナーにも、タコがいる可能性が高い。
 珍種のクラゲなど珍しい水棲生物がいるみたいで、インターネットで調べたけど、
 どこに何が展示されているのかまでは、はっきりと分からない。
 だから、アレによって、折角のデートが台無しになるかもしれない。気を付けなければ。


 今日行く水族館は何度か電車を乗り継ぐため、移動時間に時間がかかる。
 毎日の様に逢っているから、話すネタが少ないということもあるのかもしれないけど、
 今日の予定や昨夜の出来事とか他愛の無い話が終わってしまうと、沈黙の時が流れる。
 二人掛けの座席に肩が触れ合うくらい近くに二人並んで座ると、会話は無いけれど、その沈黙が心地良い。

 初めて二人で出掛けた時は沈黙が気まずくて、会話が途切れる度に話しかけていたっけ。
 その時は、オーディション用の衣装を選びに、本当は四人で出掛ける予定だった。
 ラブは病気でブッキーは都合が悪くなって、結局、二人で出掛けることになって。

 最初は何を話していいか、せつなが何を考えているか、アタシには分からなかった。
 幼馴染の二人とは違い、せつなとは同じプリキュアといっても、出逢ってから少ししか経っていない。
 それに、出逢った時は仲間じゃなくて敵だったから、第一印象といえばお互い最悪だったわけだし。


 休日の早い時間の電車内は乗客もまばらだ。
 人が少ないとはいえ、人目が全く無いわけじゃないから、手を繋ぐことはできないけど、
 二人の間のスペースにさりげなく鞄を置いて、手の甲をせつなの手の甲にくっつける。
 それに応えてせつなの手の甲が一旦離れて、挨拶をするように再びアタシの手の甲に触れる。

 人に見つかってはいけないと思うから、余計にそう思うのかもしれないけど、
 触れる面積は少ないけれど、せつなと繋がっている感じがしてドキドキする。


 電車に乗っている時間はいつもより長かったはずだけれど、
 あっという間に時間は過ぎ、予定より30分ほど遅れて水族館に到着した。
 ブッキーに勧められたイルカショーは最初の回が始まっていたので、屋内展示から観ることにした。

 屋内に入ってすぐの展示は、近海に住む魚達のコーナー。
 大きな回遊式の水槽に、お魚屋さんでも良く見かけるお馴染みの魚が泳ぐ。
 あまり関心のないアタシが見ると美味しそうとか、関係の無いことばかり頭に浮かぶのだけど、
 せつなは真剣そのもので、広い水槽の中を悠々と泳ぐ魚達を見ている。

 この水槽の中の魚達は特に珍しくはないけれど、せつなにとっては新鮮なのだろう。
 魚が泳いでいる所なんて普段の生活では限られるけど、商店街の魚屋さんには生簀があって魚が泳いでいることがある。
 その時でも、興味深そうに生簀を覗いている。たまにアレがいるので、アタシは見ないようにしているけれども。
 幸いというか、マダコとかタコ類は展示していないらしく、ゆっくり観てまわった。


 次は淡水に棲む生物の展示で、前のコーナーの近海の魚よりもっと身近な、川や沼に生息する生物のコーナー。
 淡水に棲むタコはいないから安心して観ることが出来るのだけど、海の魚と比べて色彩に乏しく、
 どこでも見られる身近な魚が多いからか、観ていて楽しいものは少ない。
 だけど、せつなは子どもの様に目を輝かせて、水槽の中を泳ぐ魚達や案内板を見ている。
 どんな小さなことでも、相手が感動して喜んでくれるのは、誘った自分としてもすごく楽しい。


 淡水魚のコーナーを過ぎると、水の中の生物と触れ合えるコーナーで、タッチプールと呼ばれている。
 ヒトデやエビなどの水槽の中の生物に触ることができて、子ども達には人気があるコーナーだ。
 プールの中のヒトデは生きているのか分からないほど動かないけれど、捕まえて裏返しのまま水中に沈めると、
 どういう仕組みで動いているのか分からないけど、ゆっくりと裏返って元の体勢に戻っていく。

 そのタッチプールの中でも目玉は、ドチザメという鮫がいること。
 ドチザメは全長が1.5メートルくらいで、泳ぎもそんなに早くなく、気性は穏やか。
 それほど深くない青いプールの中で、ドチザメがプールの底に貼りついたように動かない。

 プールの中に入れているせつなの手を掴んで、その手をドチザメの方へと誘導するけど、怯えたように動かない。
 危険じゃないとは頭では分っているだろうけど、ドチザメはいかにも鮫って外見だから、確かに尻込みしたくなるよね。
 でも、人を襲う鮫はごく一部で、鮫のほとんどは人に危害を加えることはないらしい。
 触っても大丈夫と声をかける代わりに、せつなの手を捕まえていない方の手で、ドチザメの身体に触れる。
 アタシが身を以てドチザメの身体に触ったからか、せつなの身体から緊張が抜けてドチザメの身体に触れる。

 ドチザメの身体に触れて、その感触を言葉で表現するのは難しい。
 頭の方から尾の方へ触るとすべすべしているけれど、尾の方から触ると全く違う感触で、所謂サメ肌。
 表面はざらざらしているけれど、不快な感触ではなくて、強く擦らなければ痛みも感じない。
 ドチザメは触っても怪我はしないだろうけど、触っただけで血だらけになるような種類の鮫もいるらしい。

 百聞は一見に如かずというけど、見るだけじゃなく体験してみないと分からない事も沢山ある。
 子ども達の輪の中に混じって、プールにいる動物達を驚かせない様に、タッチプールを楽しんだ。


 屋内展示の半分くらい来た館内中央には特別展示室という少し開けたスペースがあって、
 今しているイベントは、水中にいる危険生物という特別展示らしい。

 2、3人くらいしか見えない小さな覗き穴がある水槽が少なくとも10以上あって、
 その中の一つで、一番近い水槽を覗くと、クラゲらしき物体が水中をふわふわと漂っている。

 水槽の横の案内板を見ると、カツオノエボシという、正確には一個体のクラゲでなくヒドロ虫が集まった姿らしい。
 触手は青くウネウネとしていて、見た目は青い稲妻が水中を走っているようにも見える。
 その触手から毒針を打ち込み獲物を捕え、人間が刺されると時には死に至ることもある。
 日本近海にも生息しているクラゲで、外見上は綺麗だけど、美しいものには刺があるってことなんだろうか。

 他の水槽を見ると、ハナガサクラゲなど他のクラゲや、鋭い歯を持ち凶暴で有名なピラニアなどがいる。
 分厚い水槽の内側にいて、こちらに害はないと分かっているせいか、あまり恐怖心を感じない。
 危険な生物なんだろうけど、意外なことに体色が鮮やかだったりして綺麗な生物が多く、見ていて楽しい。


 特別展の最後の水槽を覗くと、生き物らしきものがいない。
 暫く見ていると、岩と同化していた何かが動き、岩の上を移動して、動きを止めると再び岩と同化する。
 体長は10センチくらいで、注意してみないと見逃しそうなほどうまい擬態だが、身体には青い線が見える。

 案内板を見ると、ヒョウモンダコ、英名ブルーリングオクトパスとある。
 小型だがフグと同じ毒を持ち、獲物を麻痺させて捕獲する。人間が噛まれると死ぬ可能性がある・・・・
 ヒョウモン・・・ダコ?!
 これって・・タコ!!

 タコという言葉に全身が拒否反応を示して勝手に身体が動き、この場から離れたくて走る。
 全力疾走で館内を通り過ぎると、行き交う人々が怪訝の表情でこちらを見る。
 後で考えると凄い形相で走っていたんだろうけど、走っている時はそんなことを考える余裕もなく、とにかく走る。


 「美希・・・美希・・・」
 アタシの名を呼ぶせつなの声が後ろの方から聞こえる。
 その声がだんだん近づいてきたかと思うと、隣から聞こえる?

 横を向くと全力疾走しているアタシに、いつの間にか追い付いて併走している。
 凄いスピードで走っているはずなのに、せつなは涼しい顔をしてついてきている。

 「美希、これって競争なの?」

 こんな状況で競争するなんてあるはずない。
 せつなの変な言動は偶にあるけど、それはせつながこの世界で生まれていないから。
 いつもだったら笑って受け流すことが出来る。だけど、今は生きるか死ぬかって状況。
 そんなときに、トンチンカンなことを言われたら、誰だって頭に来る。

 急に立ち止ったアタシを、せつなが不思議そうに顔を覗き込んでくる。


 「せつなは知っているでしょ!アタシがタコを嫌いだってこと」

 自分でもキツイ言い方だって思う。せつなは何も悪くない。
 でも、タコへの恐怖が怒りへと変わって、更にせつなの態度が怒りの火に油を注ぐ。

 「でも・・・それなら・・・美希も同じじゃない!」

 何が同じって言うのよ。変な事を言うのもいい加減にして。
 声に出さなくても、アタシの思いは態度に出ていたらしい。

 「美希だって、知っているじゃない。私の怖いもの・・・」
 「せつなの怖いもの・・・」

 思い出した。せつなの怖いものとは、アタシ達がいなくなること。

 「もう、一人にしないって言ったじゃない。いなくなったりしないって」


 せつなに近づき、抱き寄せる。
 もう一人じゃないって感じられるように、鼓動が感じられるくらいぎゅっと抱きしめる。
 触れてみてはじめて、せつなが震えていることに気がついた。怖かったのはアタシだけじゃない。

 ごめん、本当にごめん。もう一人にしないから。アタシがいるから。
 思いが心から溢れ、アタシは呪文を唱えるみたいにせつなに謝っていた。


 そんなに長い時間ではなかったと思うけど、せつなの震えが止まっていた。
 さっきは無我夢中だったけれど一時の激情が過ぎてしまうと、せつなのぬくもりを強く意識する。

 恋する二人、考えることは同じ。
 アタシの胸から顔を離したせつなが、顔を上げてゆっくりと瞳を閉じていく。
 目を閉じたせつなの唇に、自分の唇を・・・・


 「お母さん、あのお姉ちゃん達・・・・」
 「見ちゃだめよ」

 アタシ達の横を通り過ぎる親子連れの声が聞こえて、慌てて身を離し、お互いあらぬ方を見る。

 不自然なくらい、アタシ達の方を見ている人は誰もいないのだけど、
 そのことが却って、こちらに注目していることが分かる。
 身の置き所が無いというか、穴があったら入りたいって、こういう気持ちなのかもしれない。


 コンタクトが外れたフリをするか、さっきみたいに走って逃げるか、それとも・・・
 そんな考えが頭の中でグルグルと回っていると、せつながアタシの手を引っ張る。

 「美希、こっち」
 せつなに手を引かれて連れてこられたのは、スタッフの人が出入りするらしいドアの前。
 水槽が展示されている場所からは死角になっていて、タイミング良く誰も見られずに逃れることが出来た。

 二人になった途端、赤い光が自分達の周りを囲むように光る。
 アカルンを呼んだのだと気付いた時には、アタシ達の身体は水族館から離れていた。



 アカルンで運ばれた場所は、アタシの部屋。
 でも、水族館はまだ他にも観る所があったし、きまりは悪いけどそのままでも良かったんじゃないかって疑問が頭に浮かぶ。

 「美希のさっきの言葉をもう一度、誰にも邪魔されない所で聞きたい」

 さっきの言葉って、一人にしないって台詞?
 改めて言うのは、凄く恥ずかしいんだけど。

 「でも、その前に・・・・さっきの続き」

 小さく頷いて、せつなを引き寄せる。
 腕の中で軽く目を閉じたせつなの顔に自分の顔を近づけた。



 了



 ~おまけ~

 「アカルンでアタシの部屋に来たけど、水族館にいても良かったんじゃない?」
 「・・・・・・」

 本当は聞かなくても、答えを知ってる。
 自業自得かもしれないけど、アタシだって恥ずかしい台詞を何度も言わされたのだから、
 少しくらい仕返ししたところで罰は当たらないだろう。

 「ブッキーにお薦めされたイルカショーが観れなかったし~」
 「・・・・・・」

 「ペンギンも見たかったなぁ~」
 と、わざとらしく語尾を上げて、せつなを見る。

 「だって、美希と二人で・・・・」
 「何を言っているか、聞こえないんだけど~」

 「だから、美希と二人きりで過ごしたかったの!」

 何か悪い、と少し拗ねたように付け加える。

 ううん、全然悪くない。
 心の中で答え、せつなを思いっきり抱きしめた。
最終更新:2013年01月26日 21:44