いつ頃からだろう、彼女を目で追うようになったのは。
ふんわりした髪、柔和な笑顔、優しい話し方。
どれもがとても可愛らしくて、
意識しなくても気づけば目が追っている。
大好き。面と向かって言ったら、どんな顔するだろ。
ビックリするかな。それとも…。
いつか、言える日が来るのかな。
「なあに?美希ちゃん、わたしの顔に何かついてる?」
祈里に話しかけられ、アタシは少しうろたえた。
ここは、カオルちゃんのドーナツショップ。
アタシと祈里は、学校帰りにここで落ち合い、
お茶をするのが最近の日課になっていた。
「なんでもナイナイ!ちょっとボーっとしちゃっただけ。アハハ…」
アタシは半分無理やりに笑う。
貴女に見とれてたなんて、言えるわけないじゃない。
「…そか」
ん?
祈里の表情が少し曇った気がしたのは、
アタシの気のせいだろうか?
「ねぇ、これ覚えてる?」
気を取り直すようにそう言いながら祈里が見せたのは、
黄色い犬のキーホルダー。
古いものなのだろうか、全体的に黒っぽくなってしまっている。
「うわ、可愛いけど結構使い込んでるね。年代物って感じ。
そのキーホルダーがどうかしたの?」
「…やっぱり覚えてないんだ」
そうつぶやく祈里の目にみるみるうちに涙が浮かび、
泣き顔を見せまいとするように、鞄で顔を隠しながら祈里が立ち上がる。
「ま、待って!ブッキー何で泣いてるの?アタシ何か悪いことした?」
アタシは祈里の手首をつかんで、逃がさないようにしながら聞く。
「…ううん、美希ちゃんは何にも悪くない。
悪いのはわたしなの。ごめん、今日はもう帰るね」
アタシの手を振りほどくと、祈里は逃げるように去っていく。
後にひとり残されたアタシ。
何なのよ、一体!
さっぱり訳がわからなかった。
「ケンカは良くないよ~。悪いことは言わないからすぐ謝んな。
夫婦喧嘩は犬も喰わない、なーんつってね、グハ!」
呆然とするあたしに、カオルちゃんが声をかける。
でも、そんなからかいに応じられるほどの余裕は、今のアタシにはなかった。
*******
やっぱり忘れちゃったんだ…。
家に向かって走りながら、美希ちゃんの戸惑った顔を思い浮かべる。
そうだよね、だってまだ小さいときのことだもん。
いくらわたしが大事に持ってるからって、
だからって美希ちゃんにも覚えてろだなんて、
そんな権利、わたしにはない。
家に着き、自分の部屋に入る。
ベッドに腰かけて、そのまま横になる。
その姿勢から、出窓に飾った写真立てが視界に入った。
まだ幼い3人の少女たち。
そして最近撮ったばかりの4人の少女たちの姿。
大好きな蒼い髪の少女が目に入る。
いつも大人っぽくて、優しくて、頼りになって…。
いつだって良い友達だった。一番の親友だった。
なのに、なんでこんなに悲しいの?
「もう親友なんて嫌だよ…」
「アタシもよ」
その声に驚いてベッドから跳ね起きる。
「美希ちゃん?どうして…」
「あったりまえでしょ。あたしのせいで親友が泣いてるのよ。
そりゃ追っかけて、勝手知ったる部屋まで押しかけるわよ」
美希ちゃんの顔が怒っている。
「はい、これ、忘れ物」
美希ちゃんが差し出したのは、黄色い犬のキーホルダー。
「アタシがあげた誕生日プレゼントでしょ。
大事にしないと承知しないんだからね!」
「忘れてたクセに…」
笑おうと思うけど、泣き笑いになってしまう。
「思い出したのよ、貴女を追っかけて走りながら。
今まで大切にしてくれてありがとう。
それと、もうひとつ言わなきゃいけない事があって。
アタシ…今日から親友やめるね」
衝撃を受け、目の前が真っ暗になる。
親友なんていやって言ったのは、確かにわたしだけど、
でも親友じゃなくなったら、今までみたいには会えなくなる。
それだけはイヤ。でも心とは逆に、勝手に言葉が口からこぼれる。
「やっぱり、わたしのこと嫌いになっちゃったんだね。
わかってた。最近の美希ちゃん、心ここにあらずって感じで、
何考えてるか全然分からなくて。
好きな人…できたんでしょ?」
美希ちゃんの顔はまだ怒ってる。
「そうよ、できたわよ。貴女に紹介するわ。この子よ」
美希ちゃんはそう言うと、鏡を持ってわたしに見せた。
鏡の中には、キョトンとした表情の女の子が、
涙で赤くなった瞳でわたしを見つめている。
「美希ちゃんが好きな人って…」
「そうよ、そそっかしくて、おっちょこちょいで、おっとりしてて、
ほっとけないの。貴女も知ってるでしょ、山吹祈里って子よ」
涙がこぼれた。嬉しかった。思わず美希ちゃんに抱きついてしまった。
コロンがふわっと香った。なんていい香り。
美希ちゃんの胸に顔をうずめる。
「わたしも美希ちゃんが好き」
「嬉しい…、祈里って呼んでいい?」
「いいに決まってるじゃない」
わたしは瞳を閉じた。
くちびるに、柔らかな感触が降りてくる。
何度も夢に見た美希ちゃんとのくちづけ。
「アタシたち、もう今日から親友じゃないからね…」
親友から、恋人へ。
新しい日々が始まる予感で、わたしの胸は、はちきれそうだった。
最終更新:2010年01月11日 16:32