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 いつも一緒にいられるあなたを。
 羨ましいと思う。



「それじゃブッキー、まったね~」
「さよなら、ブッキー」
「うん。ラブちゃん、せつなちゃん。バイバイ」

 胸の前で小さく手を振る。今日の日は終わり、わたしは薄暗闇の帰り道を歩く。冬の太陽が落ちるのは、
ホントに早い。吐く息は白く、汗をかいた体は、上にコートを羽織ってもまだ寒い。
 ダンスレッスンは、今日もハードだった。ミユキさんは優しい人だけど、レッスンの時はホントに厳しい。
容赦が無い感じ。
 もちろんその分、自分の上達は肌で感じられる。引っ込み思案のわたしだけど、ラブちゃん達と一緒に
ダンスを始めて、本当に良かった。

「クシュン」

 そんなことを考えていたら、くしゃみが飛び出した。ズズ、と鼻をすすって、身震いする。やっぱり、汗を
たくさんかいたから、体が冷えてるのかな。早く帰ってシャワーを浴びないと。
 少し歩みを速くする。その理由は、けれど寒いからというだけじゃなかった。いよいよ太陽が隠れていって、
どんどんと闇が深くなってきたからだ。街灯にも灯が入り、本格的に夜になっていく。
 お化け屋敷はあんまり怖くないけれど、夜の暗さはちょっと怖い。一人だと余計に。
 そう。今日はわたし一人。いつもは美希ちゃんと一緒に帰っているのだけど、今日は美希ちゃん、お仕事で
レッスンをお休みしてたから。長く伸びる影も、一人ぼっち。それもだんだんと、夜に溶けていって。
 一人。孤独。
 だから、かな。
 余計なことを考えてしまう。

 ラブちゃん――――と、せつなちゃんのことを。

 今頃、二人で帰ってるんだろうな。
 一緒に住んでる家に。
 楽しく話しながら、笑いあいながら。
 きっと二人なら、夜だって怖くないだろう。そういうわたしだって、美希ちゃんと一緒なら、不安になんて思わないし。

 ただ、時々。
 隣にいるのがラブちゃんだったらな、なんてことを考えてしまうわたしは、きっといけない子。
 美希ちゃん。ごめんね。美希ちゃんのことも好きなんだよ。
 でも。
 わたし、自分の心を止められない。




 ラブちゃんは、わたしの初めての友達だった。
 最初に出会った時、恥ずかしがり屋のわたしはお母さんの背中に隠れてしまっていた。お母さんの
スカートの裾を掴んで、もじもじとしていたわたしに、ラブちゃんは笑顔で手を差し伸べてくれた。

「いっしょに遊ぼ?」

 あまりに楽しそうに言うラブちゃんに、わたしは見惚れてしまった。そして子供心に思ったんだ。この子と
一緒にいたら、すっごく楽しいんだろうな、って。

「ね、遊ぼ?」
「・・・・・・うん」

 もう一回、差し出された手を、わたしはおずおずと握った。

「えへへ。これでアタシ達、トモダチだね!!」
「ともだち・・・・・・?」
「そう!! トモダチ!! いっしょに幸せ、ゲットだよっ!!」

 言って笑うラブちゃんは、とっても明るく輝いていて。
 わたしも思わず、笑っていた。


 多分、幼稚園にも入っていないぐらいの昔の話。
 それでも、鮮明に記憶に残っているのは。
 出会ったその日から、わたしが、ラブちゃんを好きだから。


 いつも一緒だった。
 美希ちゃんが呆れるぐらいに、わたし達は仲良しだった。
 当たり前のように、手を繋いで歩いていたこともあった。
 そんな時、ラブちゃんはいつも以上に楽しそうに笑っている気がした。
 勘違いかもしれないけれど、でも、すごく嬉しかった。

 ブッキーには黄色が似合うよ、って言ってくれたのも、ラブちゃんだったっけ。
 服を買いに行った時、だったかな。ラブちゃんがわざわざ持ってきてくれたんだよね、黄色のお洋服を。
 それからわたし、黄色が好きになった。いつも黄色を身に着けてる。
 また、似合ってるよ、って、笑って言って欲しくて。



 でも。
 いつの頃からだろうか。
 手を繋いで歩かなくなった。いつも一緒にいることも、なくなった。
 中学だって、別々だ。
 それは少しずつ、大人になったからだろうか。それとも。





 せつなちゃんのことを少し、考える。
 いま、せつなちゃんはラブちゃんと一緒に暮らしている。一つ屋根の下で。
 すごく――――すごく、羨ましい。
 小さな頃、ラブちゃんの家にお泊りするのが楽しみだった。
 ううん。今でも楽しみ。
 無邪気な気持ちで、ずっと一緒にいられると思っていたあの頃に戻れた気がして。
 星空を見上げる。
 冬の星座が、わたしを見下ろす。
 あれは確か、オリオン座。ずっと昔、ラブちゃんの家のベランダで、夜空を眺めたことがあったっけ。
小学校でもらった星座盤を見ながら、北極星や色んな星座を探したんだ。
 楽しくて、嬉しくて。ずっとこうしていられたらな、って思った。
 一緒のおうちに住んで、一緒に暮らせたらって、思った。

 うん。
 わたし、引っ込み思案で良かったのかもしれない。
 そうじゃなく、思ったことをすぐに口にする性格だったら、お父さんお母さんに我侭を言って困らせてた
かもしれない。
 美希ちゃんにひどいことを言って、傷付けてたかもしれない。

 わたし、引っ込み思案で良かった。


 でも、ちょっとだけ。
 ちょっとだけ、残念。

 わたしの気持ち、伝えられないから。

 ラブちゃん。好きよ。大好き。
 想いに名前を与えるなら、きっとそれは、恋。
 ううん。愛――――ラブ、かな。
 あなたの名前と一緒。
 わたしの心は、ラブ一色に染まってる。


 だから、せつなちゃんが羨ましい。



 ラブちゃんとせつなちゃんを見てて、二人が仲良しなのを感じて。
 胸が痛くなる時がある。

 せつなちゃん。
 わたし、せつなちゃんになりたかった。
 一緒のお家で暮らして、一緒にご飯を食べて。
 毎晩、ベランダでお月様とお星様を見ながら、ラブちゃんとお喋りしたいよ。

 ねぇ。せつなちゃん。
 せつなちゃんは、今の幸せ。
 わかってるのかな?

 ――――やっぱりわたし、引っ込み思案で良かった。
 こんなこと言ったら、せつなちゃんを悲しませる。
 そして、多分、ラブちゃんも。

 やだな。
 わたし、ひどい子。
 こんなこと思ってるなんて、知られたくない。誰にも。
 特に、ラブちゃんには。

 ずっと一緒にはいられなくても。
 ずっとトモダチではいたいから。



 真ん丸いお月様と、ポツポツとまばらに光る星達。
 あの頃、一緒に見上げたのと変わらない風景。

 だけど何故か、とっても悲しくなる。涙を必死にこらえる。
 どうしてそうなのか。理由はもう、わかってる。

 ラブちゃん。あなたの隣に行きたいよ。
 一緒に見たいよ。この星空を。

 そうしたらきっと、たとえ冬の真っ只中でも。こんなに息が白くても。
 わたしは寒いと感じないんだろうな。


   star story  ~inori side~

3-305はせつな視点で
最終更新:2009年09月22日 00:21