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晴れた空はどこまでも高く澄んでいた。
少し暑さが和らいできて、いい季節だと感じる。


ダンスレッスンが終わって、アタシたちはいつものようにドーナツを食べにきていた。
今日はミユキさんも一緒だ。

3人と2人に分かれて席につく。
さすがに1つのテーブルに5人は狭い。

どういう経緯でこの組み合わせになったのかはわからない。
きっと意味などない。流れでそうなったのだろう。

ともかく、アタシはミユキさんと2人で座ることになった。


ミユキさんと話すのは楽しいし、ためにもなる。
いつもの4人でたわいないことを話すのもいいが、たまにはこういうのも悪くないと思う。

芸能界やダンスのことに始まり、
最近おいしいケーキのお店を見つけたことまで、ミユキさんは楽しそうに話す。

それを聞いていると、自然に笑みがこぼれる。
話に夢中でずっと置いたままだったドーナツに手を伸ばすと、
それを待っていたかのようにミユキさんの携帯が鳴った。


「ちょっとごめんね」

申し訳なさそうなミユキさんに、いえ、と笑顔で返す。
テーブルから離れていく彼女から、何気なく向こうのテーブルに視線を移す。
一瞬、ブッキーと目が合った気がした。



「ねえ、せつなちゃん何飲んでるの?」
「これ?アイスティーよ」

2つのテーブルの距離はそこそこ近い。
別に聞くつもりはなかったが、向こうの会話が耳に入ってくる。

なぜこのタイミングでそんなことを聞くのだろう。

アタシはわずかに首をかしげてブッキーを見る。
少しだけ嫌な予感がした。


「ひと口くれない?」

いいわよ、と快諾するせつなにお礼を言うと、ブッキーはストローに口をつける。

あ、と思わず声が漏れた。


間接キス。

そう意識した瞬間、ずきりと胸が痛む。
何でもないことなのに、どうしてだろう。



「ありがとう。おいしかったわ」

にっこりとブッキーがせつなに笑いかける。
アタシはその光景から反射的に目をそらした。


ムッとする。
あんな笑顔をアタシ以外に向けるなんて。



はっとした。
自分はせつなに嫉妬している。それもこんな些細なことで。
それが、余計におもしろくなかった。
じっとしていられなくなって、ミユキさんが帰ってくるのを待たずに立ち上がった。


「アタシ、用事あるから帰るわね」

3人にそっけなく言うと、逃げるようにそこから立ち去った。



風が冷たい。もう夏は終わってしまったのだろうか。
ひんやりとした風は、心まで冷ましてくれるようで今のアタシにはありがたかった。
少しだけ気持ちが落ち着く。


後ろから足音が聞こえた。だんだん近づいてくる。
誰かと気になって振り返ると、そこにいたのはブッキーだった。
思ってもみない人物の登場にアタシは戸惑う。


「美希ちゃん、あのね」
「何?」

息が切れている。ずいぶん走ってきたらしい。
普段なら、どうしたの?大丈夫?なんて優しい言葉をかけるところだが、
生憎、今はなんとなく顔を合わせたくない気分だ。

態度もそっけないものになってしまう。
しかし、ブッキーは大して気にした様子もなく、ひとつ大きく息を吐いて続けた。


「本当は、このあと用事なんてないでしょ」


アタシは自分の耳を疑った。
たしかに用事なんてないが、それをブッキーが知っているはずがない。
それならば、なぜこんなことを言うのか。
わからない。何を言えばいいのかも。



「ほら、やっぱり」


はめられた。
くすっと笑うブッキーを悔しまぎれに睨む。


「どうして嘘までついて帰ろうとしたの?」


あなたがせつなといちゃいちゃするから腹が立ったんです、なんて言えるわけがない。
そもそもあれはいちゃついていたわけではない。
自分の見方が偏っていたせいだと今ならわかる。
黙ったままのアタシをブッキーが上目遣いに見る。

「もしかして、やきもち?」

「なっ…そんなわけないでしょ」

ずばりと言い当てられて、頬が熱くなる。
それを気取られまいと、顔を背けた。


「…そっか。そうだよね。わたしったら何勘違いしてるのかしら。
 美希ちゃんがやきもち焼いてくれるなんてあるはずないのに・・・ごめんなさい」


なんで謝るのよ。
一転してしゅんとするブッキーに、アタシは焦る。
そんなに悲しそうな顔されたら、たまらなくなるじゃない。

ぐっとこぶしを握る。
今ブッキーを笑顔にできるのは、アタシだけ。
だったら、つまらないプライドになんて、かまっていられない。


「美希ちゃん?」

「あーもうわかったわよ!さっきのは嘘!ブッキーが言ったとおり、アタシ妬いてたわ」


それを聞いて、ブッキーが目を輝かせる。
今更恥ずかしくなって、「ちょっとよ!ちょっと!」とアタシは慌てて付け足した。

そんなアタシを見てブッキーが笑う。
ブッキーがあんまり嬉しそうだから、つられてアタシも笑った。


「ところで、ブッキー」

あのとき、あなたもミユキさんにやきもち焼いてたんじゃない?


そう言いかけてやめた。そんなこと今はどうだっていい。
それに、言ったところでうまくはぐらかされる気がした。

でも、このまま引き下がるのもなんだか癪だ。
それならば、次はやっぱり。


「喉、渇かない?」


少し先に見える自販機にアイスティーはあるだろうか。
アタシは、こんなところでも負けず嫌いだ。

小さく笑うと、答えを聞くより先に、彼女の手をとった。
最終更新:2009年09月14日 21:42