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 本当は気づいていた。私の心は奪われてしまったのだ。憎き敵であるはずだったキュアピーチ――桃園ラブに。

 私はプリキュアを憎んでいたつもりだった。メビウス様のために、憎んでいなければならなかった。
けれど私はひとりの人間だった。
人間の感情は操作することなどできないもので、自分がみとめていなくても、心はいつも正直だったのかもしれない。
メビウス様のお役に立つため、と頭の中で反芻しながら、なんどもラブに会いにいった。

 いつのまにか友達とよばれていた。

 私はなにも持っていなかった。
だから、たくさんのものを持っているラブに惹かれたのだろう。

 そのひとつが、笑顔。
彼女の曇りなき笑顔が、くすんだ私に向けられるその時、どうしようもなく胸が苦しくなったのは、私が彼女を愛しはじめていたから。
それはラビリンス総統の僕・イースとして許されない想い。
この痛みはプリキュアへの憎しみからくるものなのだと正当化した。

 しかしこのちっぽけな心は、感じたことのないなにかでだんだんと埋めつくされていったのだ。
こんな私を、信じてくれているひとがいる。好きだと、友達だといってくれるひとが。

  ラブの笑顔とことばが好き。
  ラブが好き。

 もう想いを内に閉じこめることはできなかった、それでも閉じこめなくてはいけなかった。
だって私はイースだから。
苦しくて、ひとり涙をながす夜があった。
自分が泣くなんて、想像したこともなかったのに。
はじめて流した涙は暖かかったけれど―、どこか冷たくもあった。

 ただ心が痛むだけの行為だとわかっていても、私は彼女と彼女の心を求め、街へ赴いた。
ラブに会いたいと想う気持ちは知らずのうちに強まっていた。純粋な愛情を与えてもらうことの心地よさを、私は知ってしまったのだ。

 そんなある日。ラブは、眉尻を下げながらも意志のつよい瞳で私を見据えた。

「……なに、ラブ」
「…ねぇせつな、悩み事があるなら、言って?」

 あまりに胸が痛むから、顔を歪めていたのだろうか。
いいえ、表面に出していなくても、きっとラブにはわかってしまうのだ。

「悩み事なんて……」

 あなたにだけは、話せないこと。
もちろん他のだれにだって話すわけはないけれど。

     ◆◇◆

 そんな日々が少し続いてからだった。私がラブに正体を明かしたのは。



  私はあなたを騙していたの。いままで築いた友情なんて、かりそめにすぎないんだから。
  これ以上私の心に踏み込まないで。
  “我が名はイース”あなたたちの敵。
  いままでどれだけの人々を不幸にしてきたと思ってるの?
  やめて。そんなに優しい瞳でみつめないで。
  私は…、私には優しくされる権利なんてない。
  いっそ嫌ってよ、私のことなんて!
  死にたい。こんな苦しみがあるなんて、知らなかった。
  死にたくない。助けて、
  痛い、痛いの、
  ラブ…!

 心が泣き叫んでいた。爆発するんじゃないかと思うほど高ぶる感情に、張り裂けそうな私の身体。

 ラブの身体がいつのまにかゼロ距離にあった。
握られた手ががたがた震えた。

  イース。
  抑えつけなくていい。自分に嘘をつかなくたっていいんだよ。

  あなたは愛されていいんだよ。
  ひとを愛して、いいんだよ。

 全身に、ラブの心が伝わってきた。“イース”という存在が途絶えることを、――まるで他人事のように――確信した。

     ◆◇◆

 あの雨の日、イースの生命は尽きた。それでもなお、記憶は東せつなの奥底に残る。
イースが確かに自分のなかにあったことを、私は認めなければならない。そしてその罪を、人々をしあわせにすることでつぐなっていくべきなのだ。
ひとを不幸にすることよりも、しあわせにすることのほうがずっと難しい。

「せつなはもっと、自分のことをみとめてあげて。自分を好きにならなきゃだめ!」

 ラブはおしえてくれた。
私にはしあわせを作り出す力がある。
ラブは、深い闇の中で腕を抱いて震えていた私を、光のもとへ連れ出してくれた。
だからこんどは、私がうつむいているだれかをしあわせにしてあげなきゃ。

 しあわせになってはいけないひとなんて誰一人いない。
もちろん、イース、あなただって。

 ねぇイース。私はいましあわせなの。だって私はラブを愛しているから。自分の気持ちに正直になったから。
あなたはもう死んじゃったけど、私のしあわせを三分の一わけてあげることはできるのよ。

「あたしはイースもせつなもパッションも、みーんなだいすきだよ!」


   Fin
最終更新:2010年01月11日 21:22