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 あの日から、一週間。
 また、日曜日がやってきた。

 今日はミユキさんがお仕事で、レッスンは無し。
 そこで昨日の夜、アタシは“彼女”に電話をした。

「明日、いっしょに映画でも観に行かない?」

 “彼女”は、すぐに応じてくれた。
 ちょうど観に行きたい映画があったんだって。
 というわけで、隣町の駅前広場で待ち合わせ。
 一緒に行けばいいのに、って?
 だって、待ち合わせした方が、それっぽいじゃない。


 アタシと祈里の、初デートなんだもの!


【 お手を拝借 ~message for you after~ 】


「まだかなぁ…」

 って、当たり前よね。
 いつもより、早く目が覚めて。
 いつもより、少しだけ念入りにシャワーを浴びて。
 いつもより、メイクとセットに時間をかけて。
 で、辿りついたのは、待ち合わせの30分前。
 5分前行動はよく聞くけど、30分前行動なんて聞いたコトない。
 やっぱり、いつもと違うんだ。
 今までだって、“ブッキー”と二人で買い物…っていうのは何度もあるけど。
 でも、“祈里”と出かけるのは、初めてだもの。
 想像しただけで、ワクワクが止まらない。

『美希ちゃん、お待たせ! 遅くなってごめんなさい…』
『ううん。アタシも、今来たトコ』
『そうなの? 良かった…』
『じゃ、行きましょうか?』
『うんっ!』

 そうそう、そんな感じで…あれっ?

「その後…」


 その後…どうしよう?
 映画館に行くのは、もう決まってる。
 いつものようにおしゃべりしながら、目的地へ向かえばいい。
 …でも、それじゃ前と何にも変わってないような…?
 もっとこう…こ…恋人っぽいことを…。 
 でも、恋人っぽいこと…って、何?
 いきなりキス…は、さすがに無いわね。
 腕を絡める…のは、この時期ちょっと暑いし。
 う~ん……あ、そうだ! 手をつなごう!
 それなら暑くたって平気だし、女の子同士でも不自然じゃない。
 しかも、十分恋人っぽい。
 これだ、これだわ!
 さすがアタシ、初デートでも完璧っ! …でも、待てよ。
 どうやって…手、つなげばいいんだろ?

「う~ん……」

 アタシはその場で、腕を組んで考え込んでしまった。

 無言で手を握る?
 ダメだ、これじゃ誘拐犯だわ。

『さぁ祈里、手を…』

 これも却下。
 あのコのことだ。

『手を、どうするの?』

 とか聞いてきかねない。

『祈里、手、貸して!』
『? 何かのお手伝い?』

 ダメだ、これもボツ。

『祈里の手相、ちょっと見せて?』

 これじゃ、ただのセクハラオヤジじゃない。
 だいたい、何でアタシが手相占いを…。


< 好きな人と、手をつなぐ。>

 簡単なことなのに、どうしたらいいのか分からない。
 もっと自然に、もっとさりげなく。
 それでいて、少しカッコよく。

『祈里…手、つなごうか?』

 まぁ、この辺りが妥当かな。
 自然だし、アタシがリードできるし。
 この言葉といっしょに、さりげなく手を差し出して。
 その手を、祈里が握って。

『祈里…』

「美希ちゃん…」

 お互いの温もりを感じて、

「…美希ちゃん?」

 二人で穏やかに微笑み合って、

「あの…美希ちゃん…?」

 よし、これでいこう!
 やっぱりアタシ、完……

「美希ちゃんってば!」
「……ぺきっ!?」

 一瞬、目を疑った。
 アタシの前に、祈里が立っていたんだもの。

「い、祈里!?」
「美希ちゃん、どうしたの? 何回呼んでも、返事が無いし…」
「う、ううん、別に、何でも! 祈里、今来たの?」
「うん、たった今。早すぎたかと思ったけど、美希ちゃんがいたから。
 …でも、なかなか気付いてくれなくて…」

 しょんぼりとうなだれる祈里。
 何やってんのよアタシ!

「あっ、ご、ごめんね! ちょっと、今日の予定を考えてて…」

 もうしどろもどろ。

「と、とにかく行きましょ!」
「…うん」


 とりあえず、映画館へ向かうアタシと祈里。
 幸い、祈里はすぐに笑顔を取り戻してくれた。
 学校のことやダンスのこと、ラブやせつなのこと―。
 祈里もアタシも笑顔で、とりとめのない話を続ける。
 でも、ゴメンね祈里。
 アタシ…祈里の手ばっかり意識してる。
 小さな、それでいて柔らかそうな手。
 指先はほっそりしていて。
 爪は綺麗に切りそろえられていて。
 …あ、可愛いブレスレットしてる。
 ほんの少し手を伸ばせば、触れられる距離。
 その誘惑に、アタシは、勝てなかった。

「…あ…」
「…っ! ご、ごめんっ!」

 一瞬だけ、手と手が触れて。
 火傷しちゃったみたいに、アタシは手を離して。
 その拍子に、二人とも足が止まってしまった。

「美希…ちゃん?」

 祈里は、キョトンとした顔でアタシを見つめる。
 あ、その表情も可愛い…って言ってる場合じゃない。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう―。
 そうだ、さっき考えたとおりに!

「あ…あの…い、祈里…」
「何、美希ちゃん?」

 言え、言っちゃえ、アタシ!

「あ…あの、さ…」

 さりげなく、自然に、カッコよく―。

「?」
「手……つなご……っか」
「えっ…」

 あー、ダメだ。
 アタシ、全っ然完璧じゃない。
 もっとカッコよく、自然に言うつもりだったのに。
 頬がカーッと熱くって、祈里の方を見られなくって。
 おまけに、声も裏返っちゃった。
 誰かさんのセリフを借りるなら、吹き荒れるのは自己嫌悪の嵐。
 祈里、こんなアタシに幻滅しちゃったかな…?

「…うん」

 そりゃそうよね、もっとカッコ良く…えっ?


「え…えっと…祈里…」
「うん…手、つなご?」

 見ると、祈里も顔が真っ赤だった。
 それでも、差し出された小さな手。
 アタシは―。

「…んっ」

 その手を、ぎゅっと握った。

「あ……」

 あったかい。
 やわらかい。
 祈里の体温を感じられる。
 それだけで、嬉しかった。

「…祈里」
「…美希ちゃん」

 頬を染めたまま、微笑む祈里。
 見てると、愛しくて愛しくてたまらなくなる。

「…あ」

 一つ気付いた。
 とっても大事なこと。

「どうしたの、美希ちゃん?」
「あ…ううん、何でもない。さ、行きましょ?」
「う…うんっ!」

 そして、アタシたちは再び、映画館に向かった。
 気付いたには気付いたけど、さすがに言えないわよ。
 アタシ、完璧に祈里のトリコ……なんてねっ。


 えっ、結局あの手紙はどうしたのか?
 実はあの日、後でじっくり読ませていただきました。
 隣に座った祈里は、顔真っ赤。
 パインどころか、あれじゃトマトだったわね。
 アタシが音読しようものなら、半泣きでしがみついてくるし。
 やっぱり祈里は可愛いな~。

 内容?
 それはもちろん…ナ・イ・ショ。
 え、どうしてかって?



 だってあの手紙、アタシ宛てでしょ? 


~ Fin ~
最終更新:2010年01月05日 01:21