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「それでね、せつなったらおかしいんだ」
 にこやかな笑顔を見せるラブ。
 そうかしら。あたしはそんなの、普通だと思うけれど。


「聞いて。せつなったらひどいんだよ」
 怒った、というよりは、拗ねた顔をするラブ。
 そうね。せつなったらホントにひどいわ。 


「どうしよう。せつなに嫌われちゃう」
 泣きそうな顔で俯くラブ。
 そう、嫌われちゃったのね。あたしなら、ずっとあなたの側にいてあげるのに。

 口を開けば、せつなのこと。
 楽しそうに。悲しそうに。怒ったように。泣いているかのように。
 色んな表情を見せながら、ラブはせつなのことを話す。


 ホント、うんざりしちゃう。

 なんて言ったら、どういう顔をするのかしら。
 驚く? 怒る? それとも――――泣いてくれる?

 冗談よ。言うわけないわ。
 だって。あたし。

 ラブのことが、好きだから。




     Thesis of A Cruel Angel


 この気持ちに気付いたのがいつか。
 それはもう、わかってる。
 中学に入った頃だ。

 幼馴染のあたし達。ラブとブッキー、三人いつも一緒だった。
 一緒に学校に行って。一緒に遊んで。
 ホント、ずっと一緒だったなぁ。

 けれど、あたし達の道は違えた。
 原因は間違いなく、あたし。

 あたしには夢があった。小さな頃からの夢。
 モデルになりたい。モデルになって、世界中の人に希望を与えたい。そんな、
子供じみた夢。ま、本当に子供だったんだから、しょうがない。
 中学校に上がる時、今の学校を選んだのは、芸能活動に理解があったから。
公立の学校に行ったら、束縛されることも多いだろう。一日でも早くモデルと
して活躍したかったあたしには、それが耐えられなかった。

「えー。美希タン、一緒の学校に通わないの?」
「ええ。あたし、中学に上がったら、もっともっとモデルとして頑張りたいの」

 ごねるラブに、あたしは毅然として言った。
 その頃のあたしは、色んなオーディションを受けていて、その中のいくつかには
通っていた。まだそれは、雑誌の端っこの方に載るぐらいだったけれど、でも、
確かな前進だった。
 その歩みを、止めたくはなかった。もっと多くの活躍の場を手に入れたいと思った。
 だからあたしは、ラブ達と別の道を歩むことを決めた。
 最初は少し拗ねていたラブも、やがてあたしの決意が固いのを知ると、応援
してくれるようになった。寂しそうにしていたブッキーも、何か思うところが
あったのか、ラブともあたしとも違う学校に進学することを決めた。
 そうしてあたし達は、別々の学校に通うことになり、いつも一緒、ではなくなった。
 といっても、引っ越すわけでもなければ、喧嘩をしたわけでもない。
 会いたくなったら、いつでも会える。こんなに近くに住んでるんだから。
 だから、笑顔でお互いを見送ろう。そう、思っていた。
 小学校の卒業式では、さすがに少し、泣いちゃったけれどね。

 そして、待ちに待った中学生活。
 想像以上に、楽しいものだった。クラスメイトにも恵まれたと思うし、モデル
の仕事もいい感じ。
 順風満帆、あたし、完璧!!
 ――――って、そう思ってたんだけど。


 いつからか。
 物足りなくなっていた。
 不満があるわけじゃない。新しい友達は楽しいし、仕事場で会う人達は、厳しい
けれど優しくもあった。これを不満に思ったら、バチが当たるだろう。
 じゃあどうして。
 ある日の放課後。一人で教室に残って、考えてみた。
 どうしてあたし、物足りなく思ってるんだろう、って。
 夢をかなえることに、確かな手応えを感じている。少しずつだけど、理想の
自分、完璧な自分に近付いていっているという認識もある。
 なら、どうして。
 思ってた時に、携帯が鳴った。見ればそれは、ラブからのメール。

『美希タン!! もう学校、終わったのかな? 終わったんなら、カオルちゃんの
ドーナツカフェにGo!! ブッキーと二人で待ってるよ~ん』

 顔文字と絵文字がたっぷり入った、ラブらしい、可愛いメール。
 それを読んだ時、何故か胸がジーンと熱くなった。塞ぎこんでた気持ちが、
一気に晴れやかなものになった。
 すぐに鞄を持って、外へ駆け出したわ。早く会いたい一心で。

 その時、気付いたの。
 あたしが、何を物足りなく思ってるのかってこと。
 それはね。
 あたしの見ている風景の中に、ラブ、あなたがいないことが寂しかったのよ。

 学校は楽しい。でも、ラブがいたらきっと、もっと楽しい。
 仕事は辛いことだってある。でも、ラブがいたらきっと、負けずに頑張れる。

 ラブの待つドーナツカフェに向かいながら、あたしはようやく自分の気持ちに
気付いたの。
 あたし、ラブのことが好きだったんだ。

 その時、初めてあたし、後悔したわ。ラブと違う学校にしたことを。
 同じ学校に通ってたら、もっと側にいられたのに。ずっと長く、一緒にいられ
たのに、って。
 それでも、状況に負けてはいられなかった。
 今まで以上に、ラブ達と一緒の放課後を過ごそうって決めた。
 気心の知れた幼馴染とよく遊ぶのは、不思議なことじゃないもの、ね。


 やがて時は過ぎ行き。
 あたしの気持ちは、徐々に徐々に、大きくなっていった。
 会えない時間が、胸を痛めるようになった。
 ダメね。あたし。全然、完璧じゃない。自分から、決めた道の癖に。

 そんなあたしだったから、プリキュアになったこと、一緒にダンスをするよう
になったことは、すごく嬉しいことだった。
 だって、たくさん会える理由が出来たってことだから。
 モデルとプリキュア、そしてダンス。三つをいっぺんにこなすのは大変だったし、
諦めなきゃいけないこともあったけれど、でも。
 ラブが、いてくれたから。


 そんなあたしの前に現れた、少女。
 東せつな。
 デート、って言葉をラブが口にした時、内心、ドキッとした。
 この想いを自覚した時からずっと、覚悟はしていたつもり。
 ラブ自身は気付いてないみたいだけど、彼女は男の子からの人気が高かった。
元気で、明るくて、可愛くて。
 ラブだっていつか、誰かに恋をする。あたしの知らない誰かに。告白することや、
告白されることだって、きっと、ある。
 とうとう、そんな日が来たのね。
 覚悟を決めていた筈だったけれど、いざとなると、やっぱり。

 だから、ラブの相手がせつなだってわかって、ほっとした。なんだ、女の子
だったんだ、って。

 けれど。
 ほっとしたのは、間違いだった。

 それからのラブは、新しい友達のせつなにぞっこんだった。
 もちろん、あたし達との時間も大切にしてくれた。プリキュアも、ダンスも、
友達も。ラブは何かもを手に入れようとするから。ひたむきなのよね、何事にも。
欲張りって言うことも出来るけど。
 けれど、それにしたって。
 ラブの、せつなへの興味は、日に日に増していった。あたし達の知らないところ
でも、会ってたみたいだし。
 あたしはといえば、彼女のことを、不気味に感じていた。ラブに変なことを
吹き込んだり、ラブを惑わせようとしたり。
 ラブを傷付けようとしてるなら、許さない。
 そう思っていたこともあった。


 そして。
 あたしの勘は、正しかった。


「ピーチ!! 彼女は敵よ!! せつなは、ラビリンスだったのよ!!」

 東せつなは。
 ラビリンスの人間。イースだった。


 いつも元気な彼女だからこそ、塞ぎこむラブの姿は、見ていられなかった。
 何よりも、思い知らされる。彼女の心の中で、せつながどれだけ大きい存在
だったかということを。
 こんなに沈み込んでしまう程、ラブは、せつなを大事に思っていたなんて。
 悲しみは、怒りに変わる。
 せつな。せつな。どうしてラブを、あたしの大好きな人を、こんなに傷付けて
しまったの。

「せつななんて子は、いなかったのよ」

 心を鬼にして言った言葉。ラブを奮い立たせようとしたのは、間違いない。
 けれど、ほんの少しだけ、黒い気持ちがあったことは否定出来ない。
 せつななんて子はいなかった。だから気付いて。もっと側に、あなたのことを
大事に想う人がいるってことに。

 ピーチと、イースが、思いの丈を拳に乗せてぶつかるのを見て、あたしは。
 羨ましく、思った。イースのことを。
 あんな風にあたしも、受け止めてもらえたら、と。

 そして、思った。
 せつなは、ホントは真っ直ぐな心の持ち主なんだ、って。
 イースという姿は、鎧。自分を守る為に、作り上げられた存在。
 あたしは、その表面しか見ていなかった。
 ラブに見えていたものが、あたしには。


 キュアパッションとして生まれ変わり、ラブの家に住むようになったせつな。
 あたし達とも、少しずつ、仲良くなっていった。
 最初は二人きりだと、気まずくて、ぎこちない時もあったけど、今は平気。
二人でお出かけだってする。
 時々、頓珍漢なことを言ったりするのはご愛嬌だけど、可愛らしくて頼りになる、
大切な仲間。


 でもね。せつな。


 やっぱり、あたしにとってあなたは、ライバルなの。
 恋の敵と書いて、ライバルよ。
 だってあなたは、ラブの心を奪っていってしまったから。

 あなたといる時のラブは、すごく輝いている。
 あなたの話をする時のラブは、すごく楽しそう。

 そのどれも、あたしには向けられたことのないもの。


 ――――せつなみたいに可愛くて、いい子になら、負けたって仕方ない。
 それに、二人はお似合いだし。せつなになら、ラブを託せる――――
 ――――なんてこと、絶対に思えない。

 たとえ本当に、二人がお似合いだったとしても。世界中の人が、祝福したとしても。
 あたしはそれを、認めたくない。 



 どす黒い感情が、心の奥底に溜まっていく。
 ドロドロと薄汚れて、粘っこくて。あたしの心を侵していく。

 だって、仕方ないじゃない。
 あたしはラブが好き。
 ラブの全部が好き。

 それは恋。
 そして恋は、エゴイスティックなもの。

 自分だけのものにしたい。
 あたしだけを見てて欲しい。
 側にいて。誰かに心奪われないで。

 影が囁く。
 手段を選んでる場合?
 奪ってしまえばいいじゃない?
 簡単よ。あなたはラブの一番の親友。とても信頼されている。
 少しずつ、少しずつ。
 毒を流し込んでいけばいい。ラブとせつなの間に。
 そうして壊していけばいい。ラブとせつなの仲を。

 恋をしているから。
 恋する女の子は、強いから。なんだって、出来るから。

 だから今日も、あたしは、ラブと話をする。


「それでね、せつなったらおかしいんだ」
 にこやかな笑顔を見せるラブ。
「ホントに? フフ、おかしいの」
 あたしは、ラブと一緒になって笑う。


「聞いて。せつなったらひどいんだよ」
 怒った、というよりは、拗ねた顔をするラブ。
「まぁまぁ。せつなだって、本気で言ってるわけじゃないんでしょ」
 あたしは、とりなすように言いながら、せつなを庇う。


「どうしよう。せつなに嫌われちゃう」
 泣きそうな顔で俯くラブ。
「大丈夫よ。せつながラブを嫌うことなんて絶対に無いから」
 あたしは、力強くそう言って、ラブを励ます。




 心と、裏腹に。
 あたしはラブとせつなを応援する。

 そう。
 恋をしているから。恋する女の子は、強いから。
 自分の心の弱さにだって、負けたりなんてしない。

 だって。
 あたしが好きなのは、笑顔のラブだから。
 自分の言葉で、ラブが悲しむ姿は見たくない。
 笑っていて欲しいの。ラブ。

 それに。
 とても困ったことだけど。
 せつなが悲しむ姿も、見たくない。勿論、ブッキーの悲しむ姿も。

 恋という程の気持ちではないけれど、あたしはせつなのことも、好きになって
しまったんだ。
 恋敵と書いてライバル。そして親友とも言う。

 友達の信頼を裏切るなんて、全然、完璧じゃない。

 そして、結局。
 あたしはラブを笑わせる。笑顔が見たくて。


「――――そうかな? 嫌われたりしてないかな?」

 上目がちにあたしを見るラブの不安そうな表情に、あたしは大きく頷く。

「絶対に、大丈夫よ。それにね、悪いのが自分だってわかってるなら、ちゃんと
謝ればいいじゃない。せつななら、受け入れてくれるわ」
「――――うん!! そうだね!! ありがと、美希タン!! アタシ、早速、謝ってくる!!」

 そう言うやいなや、立ち上がって駆け出すラブ。その心の先には、東せつな、
ただ一人の姿だけがあって。
 あたしの気持ちに、気付くことなく。あたしを置いて。
 彼女は、走っていく。


 その背中に、あたしは翼を見たような気がした。
 天使の翼。

 うん。
 彼女は、天使。
 無邪気で、残酷な。

 手の届かない、存在。
最終更新:2010年01月04日 00:04