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「そういえば」

 ベッドの上に寝そべってファッション誌を読んでいた美希は、ふと思いついて問いかける。

「せつなの服って、誰が選んでるの?」
「私の服?」

 床の上でクッションに腰を下ろした彼女が見ていたのは、この前に彼女に
薦められた本。最近の流行が載っていて、勉強になる。

「自分だったり、ラブだったり、お母さんだったりかな」
「ふぅん。そう」

 言って、美希は再び自分も雑誌に目を戻す。ペラリ、とせつなもページをめくって。
 部屋の中には、美希がかけたCDの音色だけが響く。とりたてて会話もないが、
居心地は悪くない。最近、こうして二人で過ごす時間が増えてきたことを、美希も
せつなも、さして不思議には思っていなかった。それほど、自然な流れだったのだ。

「どして?」

 楽曲がちょうど一曲、終わる頃。せつなが口を開いて問いただす。

「え?」
「どうして、そんなこと聞いたの?」
「――――ああ」

 彼女の質問が何を言っているのかわからず、真剣に考え込んでしまった美希
だったが、ようやく、自分が先程した質問のことだと気付く。

「や、ね。この前あたし、せつなに服を選んでもらったでしょ? だから今度は、
あたしがせつなの服を見立ててあげようかなって」
「ああ、そういうこと」
「うん。そういうこと」

 言いながら美希がまたページをめくった瞬間。
 赤い光に彼女は包まれて。

 気が付くと美希はせつなと二人、クローバータウンストリートの路地裏にいたのだった。


    I, my, me.....Mine



「へ?」

 雑誌を持ったまま立ち尽くし、美希はせつなを見る。彼女が手に持つのは、
リンクルンと、アカルンが変身したキー。
 混乱していた脳が一気に冷めて、事態を把握する。瞬間移動してきたんだ。

「せつな!!」
「何?」
「アカルンを使うなら使うで、一言、言ってからにしてよ!!」

 怒鳴り声を上げてから、はっと自らの口を塞ぐ。いくら路地裏とは言え、誰かが
覗き込まないとも限らないから。
 右手を自分の口に当てつつ、左手でせつなの手を掴み、さらに奥へと入り込む。
幸い、誰もこちらには気付いていないようだ。

「どうして急に、瞬間移動なんてするのよ!!」
「え? だって、私の服、見繕ってくれるんでしょ?」

 キョトンとするせつなに、美希は額に手を当てて天を仰ぐ。

「確かにそう言ったけれど、何も今すぐじゃなくていいじゃない。それにあたし、
こんな格好だし」

 言いながら美希は、自分が着ているTシャツにホットパンツという部屋着を指さす。
 遊びに来たせつなはよそ行きの服を着ているかもしれないが、迎える側の彼女は
油断しまくりの格好だ。おまけに髪もちゃんと梳いてはいないし、とてもじゃないが人前に出られない。

「――――?」

 が。どうして怒られるのかわからない、と言った風に、せつなは首を傾げる。
あまつさえ、悲しそうな目をして。その瞬間、彼女が次に何を言うかが美希にはわかった。
 どうして? その服でも問題ないじゃない。

「どうして? その服でも問題ないじゃない。美希、可愛いわよ」
「いや、ちゃんとした服でね......って」

 付け加えられた、想像と違う一言に、思わず美希は真っ赤になる。い、いや。
あたし、何を動揺してるのよ。



「コホン......とにかく一回、家に帰してちょうだい。着替えてからまた、
出かければいいから」
「――――そう。わかったわ」

 不満げに唇を尖らせて、リンクルンを用意するせつな。その横顔を見て、美希
の頭の中に稲妻が走った。悟った、と言ってもいいかもしれない。
 もしかして。
 もしかして、せつな。あたしに服を選んでもらえることが、すっごく、嬉しかったの――――?

「せつな」

 言いながら、美希は彼女に近付く。
 想像を、口に出したりはしない。外れていたら恥ずかしいから。思い上がってるなどと感じられたら、目も当てられない。
 だから、それには触れずに、ただそっと背後から彼女の肩に手を置いて。

「ちゃんとした服に着替えて、一緒に歩いてきましょ。そういう時間がある方が、
楽しいと思わない?」
「――――そうね」

 コクリ、と彼女は振り向かずに頷き、アカルンでリンクルンを開く。そっけない
口調、だけどそれが強がりだと美希にはわかって。
 何故なら、わずかに見えるせつなの頬は、これ以上ないぐらいに真っ赤に
染まっていたから。
 やっぱり、嬉しく思ってくれてるんだ。感じ取って、美希も嬉しくなる。

 これは気合入れて、探してあげないとね。

 決意も新たに、美希は。
 着替えて、せつなと二人。
 前よりも近くなった距離で。手が触れ合わんばかりの距離で。
 笑い、はしゃぎながら、ショップへと向かったのだった。
最終更新:2009年09月23日 20:14