ブッキーの家に向かう途中、偶然彼女を見つけた。
ちょうどよかったと思って、声をかけようと近づくと、彼女が何かを見ていることに気づいた。
目線の先には、仲良く並んで歩くラブとせつなの姿があった。
どうやら買い物帰りらしく、大きな袋を2人で持っている。
突然、強い風が吹いた。
思わず目を閉じる。
目を開けると、ブッキーがうつむいて、涙をぬぐうような動きをしているのが見えた。
どうしたんだろう。
少し考えて、はっとした。
もしかしたら、ブッキーはあの2人のどちらかが好きなのではないか。
根拠は全くなかった。
でも、なぜかあたしはそう思い込んでしまった。
そして、振り返ったブッキーの目が少し赤くなっているのを見て、確信した。
ブッキーと目が合う。
きっとこんなところを自分に見られて気まずい思いをしているに違いない。
この場を和ませるために、とりあえずあたしは笑顔を作った。
うまく笑えているだろうか。
ブッキーが何か言おうとする。
あたしは、それをさっと手で制して言った。
「何も言わなくていいのよ、ブッキー。あなたの気持ちはよくわかったわ。それで、ラブとせつな、どっちなの?」
「え?」
面食らったようなブッキーを見て、しまった、と思った。
何でこんなことを聞いてしまったんだろう。
傷ついている親友に対して、好奇心丸出しの質問をするなんて、最低だ。
「ご、ごめんなさい。あたしとしたことがデリカシーに欠けてたわ。
でも、相談ならいつでも乗るから、一人で抱え込まないでね。それじゃ」
早口でそれだけ言うと、気まずい沈黙が落ちる前に、あたしはすばやく元来た道を引き返した。
ほとんど逃げるように自分の部屋まで戻ると、あたしはベッドに倒れこんだ。
頭がぼーっとする。
ブッキーがあの2人のどちらかを好きだと考えると、なぜか胸が苦しくなった。
ふと見ると、手には、くしゃくしゃになったチケットが握られていた。
あぁ、と声が漏れる。
あたしはこれを持って、ブッキーのことを映画に誘いにいこうとしたのだ。
メールでもよかったのだが、これに託けて彼女に会いたかった。
4人じゃなくて、2人だけで出かけたい。
最近よくそう思うようになった。
4人で遊んだあと、ラブとせつなが帰って、2人になることはあったけれど、それだけでは足りない。
もっともっと、ブッキーと話したい。
でも、改まって2人だけでどこかに行こうというのも不自然な気がして、
というよりも、なんだか気恥ずかしくて、なかなか言い出せずにいた。
そんなとき、テレビで映画のCMをしているのを見た。
ブッキーが好きそうな動物映画だ。
これだ、と思って、すぐにチケットを買いに走った。
知り合いからもらったことにして、それとなくブッキーを誘おう。
あたしは、2枚のチケットが入った封筒をぎゅっと胸に抱いた。
せっかくの機会なんだから、完璧に準備をして、楽しもう、と思った。
映画に行って、それからどうしよう。
あーでもない、こーでもないと何日もかけて、プランを作った。
下見もしたし、着ていく服だって新しく買った。
うん、あたし完璧。
つぶやいてみる。そうすると、本当にその計画がうまくいく気がしてうきうきした。
そのときのことを思い出して、余計にやるせなくなった。
あれこれと必死に考えていた自分が馬鹿みたいに思えてくる。
あんなに準備をしたのに、誘うことすらできないなんて。
完璧には程遠いわ、と自嘲気味に笑う。
笑っているのに、涙があふれた。
それを拭おうともせずに、あたしはじっとうずくまっていた。
腰のリンクルンが鳴る。
あたしはのろのろと起き上がると、リンクルンを手に取った。
ブッキーからのメールだった。
その名前を見ただけで、息が詰まって、また涙が出そうになる。
話したいことがあるから、今から会えないか。
簡潔にいうと、そんな内容だった。
たしかに相談しろとは言ったが、いくらなんでもはやすぎるだろう。
ブッキーは意外とせっかちなのだろうか。
それとも、急を要する事態にでも陥っているのだろうか。
どっちにしても、先ほどのことに対しては怒っていないようで、あたしは胸をなでおろした。
はっきり言って、今は相談など受ける気分ではなかった。
しかし、自分から言い出した手前、むげに断るわけにもいかない。
仕方なく、ブッキーに家に来るように伝えた。
急いで顔を洗って、くしゃくしゃになってしまった服を着替える。
適当に部屋を片付けていると、ブッキーがやってきた。
部屋に招き入れて、座ってもらう。
「ちょっと待ってて、何か飲み物持ってくるから」
難しい顔をしているブッキーを残し、部屋を出る。
これは相当深刻そうだ、とあたしはため息をついた。
同時に、こんなにもブッキーに想われている誰かさんは幸せものだとも思う。
紅茶を淹れながら、考える。
ブッキーが好きなのは、誰なのだろう。ラブか、それともせつなか。
そして、それを聞いたとき自分はどう思うだろうか。
ブッキーの口から、この人が好きだと言われたら、どうするだろう。
ダメだ、と思った。
堪えられない。
ブッキーが苦しげに恋心を吐露するのを、自分は冷静に聞いていられないだろう。
やっと気がついた。
あたしはブッキーが好きなのだ。
自覚してしまったからには、のんきに悩み相談なんか受けている場合ではない。
このままでは、ブッキーに好きな人がいることを知ってしまう。
相談を受けてしまったら、あたしはブッキーの恋を応援すると言ってしまいそうだった。
しかし、そう言ったが最後、あたしはこの想いを伝えることができなくなるのだ。
断られることはわかっている。
だけど、何も言わないまま失恋するのはごめんだった。
それ以上に、自分の気持ちを隠したまま、彼女の恋の相談役を演じるのは無理だと思った。
ブッキーが話し始める前に、伝えよう。
あたしはそう決心すると、カップを持った。
紅茶はすっかり冷めていた。
長々と悩みすぎたな、とあたしは苦笑して、紅茶を淹れなおす。
でも、また冷めてしまうかもしれない。
紅茶を飲む前に、あたしはブッキーに伝えなければならないことがあるから。
部屋に戻ると、ぱっとブッキーがこちらを見た。
紅茶がのったトレイをテーブルにおいて、ブッキーの正面に座る。
待ちかねたようにブッキーが口を開いた。
「あのね、美希ちゃん、さっきのことなんだけど」
「待って。それより先にブッキーに聞いて欲しいことがあるの」
そう言うと、ブッキーは素直にうなずいた。
あたしはそれを確認して、話し始める。
「あたし、ブッキーが」
そこまで言って、突然怖くなった。
続きを口にしたら、ブッキーと友達でいられなくなるかもしれない。
もし、そうなったとしても、言わずに後悔するよりはましだ。
そう言い聞かせて、自分を奮い立たせる。
「ブッキーが好き」
呆然とブッキーがあたしの顔を見つめる。
あたしは、言い訳するように付け足した。
「ブッキーに好きな人がいるのはわかってるわ。
でも、いや、だからこそ伝えないといけないと思って。それだけよ」
ブッキーの顔を見るのが怖くて、目をそらした。
部屋が静まりかえる。
おそるおそる見ると、ブッキーが耳まで真っ赤にしてうつむいていた。
「ブッキー?」
声をかけると、はじかれたように顔を上げた。
そしてブッキーは意を決したようにぐっとあごを引くと、あたしをしっかりと見据える。
「わ、わたしも美希ちゃんが好き!」
今度はあたしが呆然とする番だった。
わけがわからない。
ブッキーは、ラブかせつなが好きなんじゃなかったのか。
それとも、今のは友達として好きという事なのだろうか。
それにしては真剣すぎるような気もするが、ブッキーはまじめだから、絶対ないとは言い切れない。
「それって、友達としてってことよね。
ブッキーはちゃんと他に好きな人いるんでしょ?」
「え?」
「だから、さっきラブとせつな見て泣いてたじゃない。
あれって2人が仲良くしてるから嫉妬してたんじゃないの?」
「あのね、そのことなんだけど……」
言いにくそうに、ブッキーが上目遣いにあたしを見る。
「あれは、目にごみが入っただけなの。
ラブちゃんとせつなちゃんに声をかけようとしてて……あのとき風が吹いたでしょ。
美希ちゃん誤解してるみたいだったから、言わなきゃいけないと思って……」
あまりにも馬鹿馬鹿しくて、あたしは言葉を失った。
そんなできすぎた話、信じられるわけがない。
けれど、ブッキーは大まじめな顔で、じっとこちらを見ている。
その目を見て、嘘じゃないと思った。
嘘みたいな話だけど、あたしはブッキーを信じる。
それならば、あたしとブッキーは両思いということになるのだろうか。
両思いだなんて夢みたいで、感動的だけれど、
失恋を覚悟していただけに、なんだか拍子抜けしてしまった。
「何よそれ。焦って告白までしちゃったあたしが馬鹿みたい」
言いながら、笑ってしまった。
でも、おかげでブッキーと両思いだってわかったんだから、よかったのかもしれない。
「ねえ、ブッキー。それで、あたしのことは友達としての好きなの?
それとも、違った好きなの?まだ答え聞いてないわよ」
すでにわかったも同然だったが、あたしは意地悪く聞いた。
もう一度、ちゃんと聞きたかった。
なかなか答えようとしないブッキーに、じりじりと近づく。
「その、美希ちゃんのと同じ好き、よ」
頬を染めながら、たどたどしく言うブッキーを思わず抱きしめた。
小さくて、やわらかくて、あたたかい。
ぎゅっと力を込めると、腕の中にすっぽりとおさまっているブッキーがくすぐったそうに身じろぎした。
「もっと言って」
耳元に口を寄せて、甘くささやく。
ブッキーの腕がするりと背中に回されて、あたしを包む。
さらに身体が密着して、鼓動が高まる。
「美希ちゃん、好き」
ぴくりと身体がはねた。
うっとりするほど、甘美な響きだった。
吐息が耳にかかって、ゾクゾクする。
「あたしも、好き」
かろうじてそれだけ言うと、あたしはブッキーから身体を離した。
ずっとこうしていたかったが、これ以上続けると、
どうにかなってしまうのではないかと思った。
「紅茶、冷めちゃったわね」
それを聞いて、思い出したようにブッキーがカップを持つ。
冷めた紅茶に口をつけて、ブッキーはおいしい、と笑った。
そんなはずはない。
ためしにあたしも一口飲んでみると、香りが飛んでしまっていて、苦かった。
お世辞にもおいしいとは言えない。
「全然おいしくないじゃない。無理しなくていいわよ」
「美希ちゃんがわたしのために淹れてくれたんだから、おいしくないわけないわ」
にっこり笑うブッキーに目を奪われる。
ばか、と心の中でつぶやいた。
そんなことを言われたら、もっと好きになってしまう。
恥ずかしくなって目をそらすと、ベッドの枕が目に留まった。
そういえば、と枕の下に映画のチケットを隠したことを思い出す。
もう心配することはない。
強がらずに、ちゃんと誘おう。
でも、その前に、
「おかわり、どうかしら」
空になったカップを受け取って、
とびっきりおいしく淹れてみせるわ、とあたしは微笑んだ。
最終更新:2009年09月23日 20:36