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「お待たせ~っ! 買ってきたよ!!」

 晴れ晴れとした笑顔と一緒に、ラブが戻ってきた。
 その横にいるブッキーは、やや苦笑混じり。
 で、アタシはというと…さながら、判決を待つ被告人。
 公園のベンチに腰掛けて、全身の悪寒と格闘中。

「はい、せつな。熱いから気をつけてね」
「ありがとう、ラブ」

 アタシの隣に座るせつなが、“それ”を受け取る。

「さぁ美希、どうぞ」
「ぅぐ……あ……ありが……と……」

 アタシの方に“それ”を差し出すせつな。
 ほかほかと湯気をあげる“それ”は、紛れもなく。

「むむむ……」

 アタシの目の前には、たこ焼きが並んで八個。
 ラブとブッキーは目の前に立って、せつなは隣に座って、アタシを見つめている。

「でも美希ちゃん、すごいよね。せつなちゃんを助けるために、タコ嫌いを克服するなんて」
「そうね。ベリーが助けに来てくれたのは、本当に嬉しかったわ」
「やっぱり美希たん、すごいよね~。タコカフェに行った時だって、手をつけなかったのに」

 昔からアタシのタコ嫌いを知ってる幼なじみ二人は、ニコニコ顔。
 隣を見れば、真剣な眼差しのせつな。

「で……でしょ~? アタシ、苦手を克服するのも完璧なんだからっ!」

 って、自分で自分を追い詰めてどーするのよアタシ!
 ナケワメーケを倒すのと、たこ焼き食べるのじゃ大違いだってのに…トホホ。
 アタシは改めて、視線をプラケースに移す。
 目の前では、カツオ節がふわふわと踊っていて。
 ソースと青ノリの、香ばしい匂いが漂っていて。
 …でも、中にはタコが…タコが…。
 子供の頃、アタシの右腕に絡みついてきた触手と吸盤。
 至近距離で見た、その宇宙人のような顔。
 思い出すだけで、背筋を寒~いモノが駆け抜けていった。

 やがて。

「あれ…美希たん?」

 ラブの表情が、怪訝そうなものに変わっていた。
 膝の上にプラケースを乗せてから、既に三分経過。
 アタシの右手には、震える爪楊枝。
 要するに、全く先へ進んでいないわけで。


「んじゃ、あたしが一個もらっちゃお! これ、借りるね?」
「え、あっ」

 ラブはアタシの手から爪楊枝を取ったと思うと、たこ焼きを一つ口にして。

「あちちっ…むぐむぐむぐむぐ…ん~っ、おいし~っ! ほら、ブッキーも食べてみなよ!」
「そう? じゃあ…美希ちゃん、一つもらうね?」

 ラブから爪楊枝を受け取ったブッキーも、たこ焼きを一つ口にして。

「はふはふ…もぐ、もぐ…うん、おいしいっ! せつなちゃんも、食べてみる?」
「ええ。いただくわ」

 ブッキーから爪楊枝を受け取ったせつなも、たこ焼きを一つ口にして。

「ん…むぐ…本当、おいしいわ…」
「でしょ?」

 あああ、外堀がどんどん埋まっていく。
 そして、ラブが再び爪楊枝をアタシに握らせた。

「さぁ、次は美希たんの番だよ!」
「そ、そうね……じゃあ、そろそろ……」

 ダメだ、どこにも逃げ場は無い。
 和希でも来てくれれば話を逸らせるけど、あいにく今日は友達と外出。
 ミユキさんのレッスンも無いし、カオルちゃんのドーナツカフェもお休み。
 タルトとシフォンは桃園家でお留守番だし、こんな時に限ってラビリンスすら現れない。
 色々な人に内心で恨み節を唱えつつ、アタシは爪楊枝を少しずつたこ焼きに近づける。

 その時だった。

「美希、ちょっとこっちを向いて」
「え?」

 隣に座るせつなに声をかけられ、反射的にアタシは彼女の方を向いた。
 せつなはアタシの手から爪楊枝を取ると、たこ焼きを―。

「えっ?」
「せ……せつなちゃん?」

 自分の口に運んだ。
 何が何だか分からず、アタシは目を丸くする。

「どうしたの、せつな? もしかして、たこ焼きが気に入った?」

 ラブの声にも応えず、かといって口を動かすでもなく。
 と、思いきや――突如、せつなの両手がアタシの肩を掴んだ。


「せ…せつな?」

 そして。

「ん……」

 そのまま近づいてくる、せつなの唇……って、ちょっと!!
 アタシは大慌てで、無理矢理せつなを引きはがした。
 彼女はその拍子に、たこ焼きを呑み込んじゃったみたいだけど。

「ちょ…な、何してんのよっ!」
「ん…シフォンがグズっていた時に、ラブがこうやってゴハンを食べさせてるのを見たわ。
 確か“口うつし”って言うんだったかしら?」
「く…口うつしぃ~っ!?」

 アタシ、シフォンと同レベル扱い?…というツッコミも、思い浮かばなかった。
 たぶん…というか間違いなく、アタシは顔が真っ赤だったと思う。
 見ると、ラブもブッキーも真っ赤になっていた。
 もしあのまま、抵抗せずにいたら…。
 無意識のうちに、せつなの唇に視線を移してしまう。
 リップもしていないのにつややかな、まるで花びらのような唇。
 あの数秒後を想像すると、胸がドキリと高鳴ってしまう。
 ア……アタシ、どうかしちゃったのかも……。

「美希、なかなか食べられないみたいだから。協力できたらと思って」
「あ…あのねせつな、そういうのはシフォンだからOKなの! ア、アタシは…」
「美希はダメなの?」
「と、当然よ! だいたい、女の子の唇っていうのは、もっと大切な人のために」
「私は、美希が大切よ」
「はい!?」

 固まってしまった。
 というより、次の言葉が思いつかない。

「あ……あの……あのね、せつな……その……ア、アタシ……」
「だって、私にとっての美希は、大切な友達で、プリキュアやダンスの仲間ですもの」
「あ、そう…」

 そうですか…というか、普通そうよね。
 変に深読みしてしまった自分が、恥ずかしいというか情けないというか。
 ダメだアタシ、全然完璧じゃない。
 っていうか、“天然”も時々罪だわ…。
 でも、その真っ正直なところが、せつなのいい所。
 まっすぐで、正直で、優しくて。
 それが分かったアタシは――覚悟を決めた。


「……せつな、ありがとう。アタシ、大丈夫だから」
「美希、でも…」
「このくらい、食べてみせるわよ。だってアタシ……完璧だもの!」

 ウインクしてみせると、せつなも安心したように笑みを浮かべた。
 意を決したアタシは、爪楊枝をたこ焼きに刺し、口に運ぶ。
 柔らかい生地の中に、コリッとしたタコの感触。
 でも、アタシは――それを噛みしめて、呑み込んだ。

「……ふぅ……」
「美希ちゃん!」
「やったね美希たん! タコ、食べられた!!」
「みんなのおかげよ。それに……何より、せつなのおかげ」
「美希……」

 ただ、口うつしはカンベンね。
 そう言うと、せつなは「どして?」と小首を傾げる。
 あー、やっぱり分かってない。
 しかも、そんな仕草まで可愛いんだから、反則だっての…。

「だから…アタシの、理性が…その…あ~っ、も~っ!」
「み…美希…?」

 前言、一部撤回。
 やっぱり“天然”は重罪だわ。
 罪状は窃盗、盗んだのはアタシの――。


~ Fin ~
最終更新:2009年09月26日 16:07