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「せつなちゃん、大丈夫?」
「……う、うん、なんとか」

あれからしばらくして、ようやく立ち直ったせつな。
とはいえ、先ほどのやりとりを聞かれた恥ずかしさもあって
心配して声を掛けてきた祈里への返答もぎこちない。

「はい、これ、買ってきたお茶。これ飲んで落ち着いて」
「うん、ありがと、ブッキー」

祈里が差し出すペットボトルを受け取るせつな。
それを飲む前に、真っ赤に染まった自分の頬に当ててみる。
中のお茶に冷やされたペットボトルの冷たさが心地良い。
おかげで、火照った心が落ち着いたような気もする。

「全く、見られるのが嫌なら最初から人目につくところでいちゃつかないの!」
「……うう、そこは反省するわ」
「あたしは全然気にしないのになーっ!」
「ひゃあっ!」

……気がしたのだが、ラブが横から抱きついてきたので体温心拍数共に再上昇。

「……ラ、ラブ、流石に二人が見てるんだし、こういうことは……」
「いーじゃんせつな、もう二人にも見られちゃったんだし、
 むしろ遠慮する必要なくなったよね、わはーーっ!」

反省した手前、一応ラブを止めようとするせつなだったが、
既にラブの自制心という名のブレーキには欠陥が生じていたらしかった。

(もう、ラブったら、私は恥ずかしいからって言ってるのに……)

そう思い、こうなったら美希か祈里に何とかしてもらおうと
二人に助けを求めようとしたせつなを襲う違和感。

ギュッ

ラブの反対方向からも誰かに抱きつかれる感覚。

「なるほど、これがせつなの抱き心地なわけね」
「み、美希?!」

今しがた、助けを求めようとした本人である美希が、そこにいた。

「な、何してるの?」
「いやー、ラブがそこまでハマる抱きごごちってどんなもんかなーって、あたしも興味あって」
「興味持たなくていいわよ!」

せつなの抗議を美希は聞こえないフリ。

「んー、柔らかくて、暖かく、匂いもいい。
 何よりも冷たいけどすべすべしてて、きめ細かいこのお肌の感触が……完璧ね!」
「さっすが美希タン、わかってるねーっ!」

勝手に論評まで始める始末である。
美希は普段どちらかというとラブを止める役に回ることが多いのだが
時々、二人揃って悪ノリに走ることもある。
この辺は幼馴染ならではの阿吽の呼吸のなせる技ではあるのだが。
標的にされるほうは溜まったものではない。

「ねえ、ラブちゃん、美希ちゃん」

救いの手は別の方向から来た。
そうだ、まだブッキーがいる。
ブッキーならラブ達を止めてくれるかもしれない。
期待を込めた視線を祈里に送るせつな。
今なら彼女の背中に天使の羽だって見えるかもしれない。

「せつなちゃんを抱きしめるのって、そんなに気持ち良いの?」

興味深々と言った表情を浮かべて聞く祈里の姿。

「……ブッキー」

天使の羽は、気のせいだったらしい。

「そりゃもう!すっごく気持ち良いんだよ!」
「だからブッキーも遠慮せずに、ほら」

そう言って怪しい笑みを浮かべ、祈里に向かってオイデオイデと手招きするラブと美希。

「そうなんだ……じゃあ私も」

それに応じるようにフラフラと近づいて来る祈里。
本で読んだ、幽霊が生者を手招きして仲間に入れようとする、という話を
ふと思い出したせつなだったが、首を振ってそれを頭から追い出すと
目の前の現実をどうにかすることに集中する。

「ね、ねえブッキー、お願いだから、止めてくれない?」

しかしそんなせつなの懇願も、祈里には届かない。

「せつなちゃん……ごめんね、私も、やってみたいの……えいっ」

そう言いながら祈里が狙い定めた場所は、せつなの腿の上。
そこに頭を載せながら、ゴロンと寝る姿勢。

「あら、膝枕とは、やるわね、ブッキー」
「ああっブッキーずるい!それあたしもやったことない!」
「えへへ……ここしか空いてなかったから……」

そう言ってペロっと舌を出してみせる祈里。

「はあ……確かにせつなちゃんの匂い、良い匂い……」
「でしょでしょ、あたしはいつでもせつなの匂いで幸せゲットだよっ!」
「これはハマるわね、今度こういうアロマ作ってみようかしら」

最早三者三様に好き放題やり放題の有様。

「あのね……三人とも、本当に、もう許して……」

このままではいけない。
また恥ずかしさで、頭がショートしてしまう。
そう思い、精一杯頑張って訴えてみるせつなだったが

「「「だーーーーーーーーーーーめっ!」」」

笑顔と共に即効で却下された。

「ねえねえブッキー、あたしの後であたしの場所と交換しよ?」
「ダメよラブ、あなたはいつもせつなと一緒なんだからちょっとは遠慮しなさい、
 次代わるのはあたしよ」
「ええーーっ、美希タンそれはずるいよっ!あたしもせつなに膝枕されたいっ!」
「ゴメンね二人とも、私ここが一番好きだから……今日はダメ」
「「ええーーーーっ!ブッキーずるいっ!!」」
「三人とも、いい加減にしてーーーーーーーーーーーーーっ!」

せつなにとっての試練の時間はまだまだ始まったばかりのようだ。





それから数刻の後。
せつなと、それを囲む三人の姿。
しかし、そこには先ほどまでの喧騒はない。
聞こえてくるのは三つの規則正しい呼吸音。
ラブ、美希、祈里の三人がそれぞれの姿勢でせつなに抱きついたまま、すう、すうと立てている寝息の音だ。
あの後、それぞれ思い思いにせつなを堪能した後、いつの間にか寝入っていたのだ。

(全くもう……)

唯一その音を出していないのは、中心にいるせつな。
三人を起こしてしまわないように、心の中で呟く。

(……すっごく恥ずかしかったんだからね)

しかし言葉とは裏腹に、せつなの顔には柔和な笑み。
それは多分、三人のことを感じられているから。
ラブの、美希の、祈里の、体の柔らかさ、暖かさ、匂い、
そしてその中にある、せつなのことを思う、優しさ。
それらを感じることが出来ているような気がするから。

(……だから、すっごく幸せな気分、かな?)

そう思うせつなもだんだんと微睡みの中。
自分を包む三つの幸せに身を委ねたまま、意識を手放していくのだった。





「お嬢ちゃん達、おっまたせ~すっかり遅くなっちゃってゴメンよ~
 なんせ久々の新作だけに、芯をサクっとさせるのが大変だったんだよね
 ドーナツに芯はないけど、グハッ!」

やっと出来上がったドーナツを持ってカオルちゃんが丘にあらわれたのは、それから更に後。
紙袋を片手に4人のところまでやってきたのだが。

「あらら……みんな寝てらあ」

そこには、穏やかな、安心しきった表情で寝息を立てているせつなと
そのせつなを左右から抱きしめるラブと、美希と、腿を枕にする祈里と
せつなを中心に、思い思いの姿勢で眠る少女達の姿があった。

「ま、いーや、ドーナツ、ここに置いとくよ」

そう小声で言うと、紙袋を置いて、立ち去ろうとするカオルちゃん。
しかしその途中でふと何か思いついたように立ち止まり、四人の方を振り返る。

「お嬢ちゃん達、そうしているとまるでさ……四つ葉のクローバーみたいだねえ」

誰に言うとでもなく、そう呟く。
そんな彼のサングラスの奥に、優しい光が湛えられていたのは一瞬で。

「……いっけねえ、オジさんつい臭いこと言っちゃったよ。
 まあ、オジさんの靴下はもっと臭いけどね、グハッ!」

いつものカオルちゃんに戻ると、丘を去っていった。

四つ葉町の町外れにある小高い丘の上。
一面にシロツメクサが咲き乱れる草原に、今はすっかり人気はなく。

あるのはただ、幸せのもと。
寄り添うようにして眠る、四つ葉のクローバーの化身だけ。
最終更新:2009年11月11日 01:34