「……ねえ美希、ちょっと聞きたいことがあるの」
ある秋の日のこと。
美希と二人で、彼女のイメージチェンジの為の服を買いに行った帰り道。
私はいつも感じていた疑問を美希に投げかけてみる事にした。
こんな事は―――ラブには聞けないから。
「?何よ、せつな?神妙な顔しちゃって?」
「しんみょう?」
「んー…そうね、悩んでて言いにくそうな顔してるって事よ」
「そう」
悩んでる顔……してるんだ、私。
「せつなって勉強は出来るって聞いてたけど、案外抜けてるっていうか、感情面の事は疎いわよね」
「ぬけてる?」
「あー、ゴメン。いいわ、続けて」
少し困ったような顔で話を促す美希。
私は少し迷ったけど、思い切って口を開く。
「……自分の中にね、たまに凄く嫌な感情が出てくるのを感じるの」
「嫌な感情って……例えば?」
「……怒ってるような、悲しいような、暗い感情」
何て表現すればいいんだろう。
あの心の中に湧き出す気持ちを。
「じゃあ、どんな時にその感情が出てくるか、説明してみてくれない?」
「………」
私の顔を覗き込んでくる美希に、なかなか返事が返せない。
―――ブッキーより美希の方がこういう事に詳しいかなって思ったんだけど、いざとなると聞きにくいものだわ。
だけど、美希と二人きりになる機会なんてそうそう無いんだからと、自分を奮い立たせて、続ける。
「…………ラブが、他の子と仲良くしてる時とか……」
「………」
今度は美希が言葉に詰まった。そんな深刻な事なの……?
もしかして私、何か病気なんじゃ……?
「イライラして、でもすごく泣きそうな気持ちになって、モヤモヤして堪らなくなるの……それでラブに当たったりして……」
「……せつな、それって……」
「分かるの?美希?」
「……ただのヤキモチ、なんじゃないの?」
「?ヤキモチ?」
うーん、と頭を抱え込む美希。
「……難しいな……嫉妬、って言っても分かんないか。あのね、あたしだって、ブッキーが他のコとあんまり仲良くしてたらせつなと同じ気分になるわよ」
「美希も?なんで?」
「いや、それは―――」
??美希は少し慌てた様子。
「……ま、まあそうね、好きって事の裏返しみたいなものよ、その気持ちは」
「裏返し?」
「そう、それがヤキモチって事……で間違いじゃないと思うわ」
「…………そう…………」
裏返し。
好きの反対が、ヤキモチ。
つまり、嫌いって事なんだ、ヤキモチって……。
胸の奥が痛む。
私、ラブを嫌いになりそうになってるって事なの……?
「……そういえば前に、ラブがせつなはヤキモチ焼くと怖い、って言ってたわね……」
美希の呟きを私は聞き逃さなかった。
(怖い……ラブが私の事を……!?)
あまりのショックに、血の気が引いていく。
ヤキモチって事をすると、私はラブを嫌いになって。
ラブも怖がって、私を嫌いになる。
それじゃ、私達お互いに――――――。
「ま、それほど気にする事じゃないわよ。―――――どっちかと言えばラブが反省すべき事。あのコ、少し八方美人なトコあるから……今度会ったらあたしが良く言って聞かせて―――」
美希が語りかけてくる言葉も、今の私の耳には入ってこなかった。
*
「東さん、ごみ捨てお願いできるかしら?」
「分かったわ」
掃除の時間、ごみ捨てを頼まれた私は、校舎裏にあるごみ置き場へと向かっていた。
その途中。
「!!」
ラブが他の女の子と二人きりで、楽しそうに何か喋っていた。
「―――だからあたし、もっとラブと………」
「いや~、由美、そんな事言われたらテレちゃ……!!ってゴメンね~!その話はまた今度~。じ、じゃあまたね!!」
私の視線に気付いたのか、慌ててその子と離れ、私に駆け寄るラブ。
そして、誤魔化すように笑いながら、早口で話し出す。
「あ、あははは~。い、今ね、ちょっと由美に彼氏の事で相談されてて~!て、テレちゃうよね、知り合いの恋の話とかさ~。はは……」
「………そう」
「?」
(我慢我慢……)
ラブは不思議そうに私の顔を覗き込んだ。
「あれ?……せつな?どこか調子悪いの??」
「………別に悪くないわ」
「……ホント?いつもと何か違うような……」
「私はいつもどおりじゃない。変なラブ。ふふっ」
私は嫌な気持ちと必死に戦いながら、微笑んでみせた。
ラブも私につられて、引きつった笑いを浮かべる。
「は、はは~。そ、そうだよね。いつもどおりだよね。ゴメンゴメン!あ、そ、そのごみ、良かったらあたしが持つよ!せつな!」
「ふふふ、結構だわ、ラブ」
「あ、あはは~」
「うふふふふふ」
笑いあう私達を、廊下を歩く生徒達が、怖いものを見るような眼で、遠巻きに見つめていた。
*
学校からの帰り道。
私達は、ラブが前に知り合ったというプリキュア好きの少女に会うため、町の病院へとやって来た。
「やっほ~!千香ちゃん!」
「ラブお姉ちゃん!来てくれたんだ!」
ラブと抱き合う少女。
姉妹みたいで、ちょっと微笑ましい。
それを見ていると、私の中のさっきまでのモヤモヤが消えていくよう。
「?……ラブお姉ちゃん、そっちのお姉ちゃんは?」
「あ、そだ。今日は千香ちゃんに紹介しようと思ってきたの。一緒に住んでる、東せつなお姉ちゃんだよ~」
「よろしくね、千香ちゃん」
差し出した私の手に、千香ちゃんは無反応。
それどころか私から眼を逸らすように俯いて。
何!?私何か悪い事……?
「……一緒に住んでる……?」
千香ちゃんの肩は何故か震えていた。
「ええ、そうよ。私とラブは一緒に――――」
「ウエ―――ン!ヒドイよ!ラブお姉ちゃん!!」
火がついたように泣き出す千香ちゃん。
「千香の事、お嫁さんにしてゲットだよ!って言ってたのに!エ―――ン!!」
「そう……ラブお姉ちゃんそんな事言ってたの…………」
(我慢我慢我慢我慢………)
「あ、あはは……。そ、それは千香ちゃんを元気付けるために―――そ、それにほら、千香ちゃんには、キュアピーチっていう憧れの人がいるじゃない!ね?」
ちらちらと私の様子を覗き見るラブ。
私は再び、自分の嫌な気持ちを懸命に押さえて、微笑んだ。
「……そうよ、千香ちゃん。キュアパッションだって、なかなか素敵だと思うわ。ふふ」
「エ――ン!あたしの中で、ピンク髪のプリキュアはドリームだけだもん!エ―――ン!!」
「ち、千香ちゃんてば……あ、あはは~」
「うふふふふふふふ」
病室の入り口には、騒ぎを聞きつけたのか、怯えた顔の人々が人だかりを作っていた。
*
「……そう、千香ちゃん術後の経過もいいのね。もうすぐ退院かしら。良かったわ」
「そうだな、ラブも足しげくお見舞いに通った甲斐があって、良かった良かった」
「いやー、別にあたしは何も力になってないけど……」
下を向いて鼻の頭をかくラブ。
「あらあら。ラブったら照れちゃって。おかしいわね」
あゆみおばさまの言葉に皆が笑い出す。
夕食を終えた桃園家。
私とラブは、圭太郎おじさまとあゆみおばさまとリビングで食後のお茶を飲みながら、談笑を楽しんでいた。
―――暖かな光景。
ラビリンスにいた頃は想像もしていなかった。
自分がこんな場所で一緒にいる事ができるなんて。
今日一日のモヤモヤも、この光景に癒されていくようで、私も皆と一緒に笑っていた。
pinponpanponpinpon……
「―――あ、ごめんなさい。誰かから連絡みたい」
突然鳴り出した私のリンクルン。
慌ててそれに出ると―――
「……もしもしー、ラブちゃん?今週の日曜に約束してた個人レッスンなんだけど~、スタジオ借りれたから、そこでやるっていうのはどう?……あたしはラブちゃんと二人きりなら、どこでもいいんだ・け・ど」
……聞こえてきたのは、いつもとは違う、甘えた調子のミユキさんの声。
ピキ……。
私のこめかみの血管が音を立てる。
(我慢我慢我慢我慢我慢我慢……)
「………せつなです。今ラブに代わりますから……」
短く言って、ラブにリンクルンを渡す。
「は~い、ラブで……あ、み、ミユキさん、ど、どうも!え、え~と、その件に関してはこちら側からも色々提案していきたいトコロですが~なにぶん今立てこんでまして~あはは……ま、また連絡しますね!」
しどろもどろになりながらリンクルンを切るラブ。
それから様子を探るように、私に曖昧な笑顔を向ける。
「あ、あはは……ま、間違い電話なんてミユキさんらしくないよ……ね?はは……」
「ふふっ、本当ね。……よっぽど舞い上がってたのかしら……」
思わず顔に出そうになった嫌な気持ちを、歯を食いしばって堪えながら、私も微笑む。
「あ、あは、あはははははははは」
「うふふふふふふふふふふふふふ」
何かから身を守るようにソファの陰に隠れたおじさまとおばさまは、不安そうな顔で私達を見守っていた。
*
「……疲れた……」
自分の部屋へと戻ると、私はそう呟いてベッドに腰を下ろした。
ヤキモチっていうのを押さえるのがこんなに大変だなんて……。
でも―――。
「……ラブを嫌いになっちゃう事の方がもっと辛いもの……」
そう考えた時、また胸が苦しくなり、襟元を握り締める。
―――ヤキモチは、好きの反対。
―――そんなことしてたら、ラブを嫌いになって、ラブに嫌われる。
かつてナケサケ―べを使役していた時の何倍も、その想像は私を締め付け、苛む。
失いたくない。彼女を。
私に温かさを教えてくれて、あの暗闇から救い出してくれた、彼女を。
いつも一緒にいて、一緒に笑いあえる、彼女を。
―――そして……
コンコン。
不意に部屋のドアがノックされた。
私の返事を待たずに、そーっとドアが開く。
「………せつな……今・…いい?」
……私はラブの言葉に返事を返さず、俯いたまま。
ラブはそんな私の隣に、静かに腰を下ろした。
「あ、あのさ、き、今日は色々あったけど、なんていうか―――ごめんね」
……なんで謝るの?いつもの事じゃない。
ラブの謝罪の言葉で、またモヤモヤが私の中に広がりだす。
(我慢我慢我慢)
「はは、な、なんかさー、今日せつなの様子何か変だったから……ちょっと心配になっちゃってさ。ホラ、いつもなら、今日みたいな事があったら―――スゴク怒るじゃない?」
(我慢我慢我慢我慢)
「いや、それはモチロンあたしが悪いんだけどね……だけど怒ったりされないと、少し淋しいかな~なんて思ったり……はは……」
(我慢我慢我慢我慢我慢我慢)
ラブの一言一言で、嫌な気持ちはその大きさを増していくよう。
―――止めて、ラブ。それ以上は………。
「……だからさ、ちょっぴり不安になったの。もしかして……もしかしてだけど、せつな……」
(我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢)
「――――――あたしの事、嫌いになった?」
(我――――――――――――――――――)
私の中の、何かが切れた。
「バカァッ!!!」
ラブの肩を押さえつけ、そのままベッドへと押し倒す。
「――――――せ、せつな?」
馬乗りになった私を戸惑った顔で見るラブ。
ラブの肩を握り締めた手は、自分でも驚くほど震えていて。
「心配してるのも、不安になってるのも私の方だわ!いつも!いつだって!あなたが私の方だけを見てくれないから!他の子と仲良くばかりしてるから!」
堰を切ったように言葉が溢れ出す。
「だから怒るんじゃない!だから悲しくなるんじゃない!私がどんな気持ちでいるのか、あなたは考えてくれた事がある?我慢してくれた事があるの?」
ラブの顔にポツポツと水滴が落ちる。
―――私……泣いてるんだ。
「私は我慢したわよ!今日一日、精一杯我慢したわ!ラブを嫌いになりたくないから!ラブを失いたくないから!ラブを――――」
「―――あなたを、好きだから…………」
心の中の全てを吐き出して、そのままラブの肩に顔を落とし、らしくもなく、まるで子供のように私は泣きじゃくった。
ひとしきり泣いた後、それを待っていたかのように、ラブの手が私の背中に回された。
それから、まるで赤ん坊をあやすように、ぽんぽん、っと軽く叩く。
「――――せつな、落ち着いた?」
ラブの言葉に顔を伏せたまま頷く。
「……良かった」
背中に回された手は、そのまま優しく私の身体を抱きしめて。
「―――――我慢なんてさ、しなくていいんだよ………あたしの前でだけは、何も我慢なんかする事ないの。あたしは、全部見せてくれるせつなが、好きなんだから」
「……でも……ヤキモチって好きの反対だって……それにヤキモチな私は、ラブが怖いって……」
「……ははーん、美希たんかぁ、さては」
ラブは納得のいったような口調で言うと、私の伏せていた顔を持ち上げた。
そして私の目を見つめながら、優しく話し出す。
「……ヤキモチっていうのはね、せつな。好きの反対の意味なんかじゃないんだよ。好きって事の証明――バロメータみたいなものなの。だから、せつながいっぱいヤキモチを焼くっていうのは、それだけあたしの事を想ってくれてるって事で―――あたしも、嬉しいの」
「―――本当……?」
「本当だよ。それにあたしだって今日一日ずっと我慢してたんだよ?せつなに嫌われたんじゃないかって、怖い想像して、ずっと。辛かったんだから」
「ラブが―――我慢?」
一体何を我慢してたって言うの?
そう言おうとした私の唇は。
チュッ。
ラブの柔らかな唇に塞がれて。
「―――――やっと出来た。今日初めてのキス」
途端に私の顔は、自分でも驚くほど熱くなった。
ラブの顔を見ているのが恥かしくなり、もう一度肩に顔を伏せて、呟く。
「――――――ラブなんてだいきらい」
「ホント?……あたしは大好きなんだけどな、せつなの事」
「―――ばか……分かってるくせに」
ラブの耳元で、小さな声で言い返す。
「―――――だいきらいの、反対」
嫌なモヤモヤは、今度こそ、私の中から消え去っていた。
*
それからしばらくして。
私とラブ、美希とブッキーの四人は、ダンスからの帰り道、クローバータウンを歩いていた。
笑いながら、魚屋さんの前を通りかかった時―――。
「あんた達、ちょっと待ちな……これやるから持って行きな」
突然かけられた声に振り返る私達。
そこにはいつも気難しそうな顔の駄菓子屋のおばあさんが、お菓子の入ったカゴを手に立っていて。
「え?いいんですか?…すみません」
「じゃ、遠慮なくいただきます」
「ありがと~」
「ありがとうございます」
いつもとは違う、優しそうなおばあさんの様子に驚きながらも、お菓子を手に取る私達。
(おばあさんにも、きっと何かいい事があったんだわ)
そう思って微笑みながら皆で手元のお菓子を見ると。
―――――違う。
明らかにラブのもらったお菓子は、私達のもらった駄菓子とは格の違う高級そうなお菓子で……。
しかも、お菓子に混じって、折りたたまれた紙が一枚覗いている。
「??ラブ、何か入ってるわよ?」
「―――あッ、ちょ、せつなそれは―――」
素早くそれを抜き取り、開いてみる。
<また今度一人でゆっくりおいで。……この歳になって、お菓子より甘いものがあるって気付かされたよ。―――お前さんのハニーより>
ワナワナと震えだす私の前には、赤くなってモジモジしているおばあさん。
「…………ラァブゥゥ………」
「あ、あはは、せ、せつな……やっぱりヤキモチって、好きの反対の意味かも……だ、だから少しは我慢した方が――――――」
言い終わらないうちに、脱兎の如く走り出すラブ。
私もその背中を追いかけて――――――。
――――もう絶対我慢なんてしないわ!!!
高く晴れ上がった秋の空の下、私はそう固く心に誓ったのだった。
了
最終更新:2011年07月25日 19:47