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「せつなぁっ!!」

ラブの悲壮な叫びが響く。

「どうして、どうしてなの、せつな」

ラブの問いかけに、せつなが振り返る。
その顔は能面のように、ただただ、無表情で。

「言ったでしょ、ラブ、諦めてって」
「あかんピーチはん、もう手遅れや、諦めなはれ」

見かねたタルトが止めに入る。

「……でも、でも」

尚も食い下がろうとするラブに、せつなは無情の言葉を返す。

「ダメよラブ、これはもう、貴方には渡さない、これはもう、貴方のものじゃないから」
「そんな、どうしてそんなこと言うの、せつな……?」
「貴方がいけないのよ……私の気持ちを分かってくれなかった私が」

せつなが一寸悲しげな表情を浮かべる。
しかしその口から放たれる言葉に含まれるのは、やはり拒絶でしかない。

ダメだ。
ここで諦めるわけにはいかない。
諦めたら、もう二度と手の届かない場所に行ってしまう、そんな気がしたから。
だからラブは、必死の思いを込めて、叫んだ。

「あたしの百円貯金、返してーーーーーーーーーーーーーーっ!」



「あのね、ラブ」

とりあえず正座させたラブを見下ろすせつな。
その手にあるのは、透明のボトルと、その中にある数枚の百円硬貨。
ラブが、彼女の母あゆみにお使いを頼まれた時に、お駄賃として貰ったものを
貯めたものだ。

「返してって、それじゃあ私が取ったみたいじゃない。
 自分で持ってるとすぐ使っちゃていつまでもお金が溜まらないから
 預かっててって頼んできたのはラブの方でしょ」
「そうだけどさぁ~」
「それをこっそり私の部屋に入って、お金を持ち出そうとするなんて、もう!」

すぐドーナツを買う為にお金を取り出してしまう事を反省して、
せつなに預かって貰うことにしたラブ。
しかしどうしてもドーナツが食べたくなり、せつなが日直で帰りが遅くなる日を選んで
お金を持ち出そうとしたのだ。

しかし、ここに二つの誤算があった。
一つ目は、せつなはラブのことになると特に勘が鋭くなること。
学校を出る際に、「日直って仕事多いから時間かかるよ」「遅くなるかもしれないね」などど
妙に時間が掛かることを強調した会話が多かったので何となく妙に感じていたのだった。
二つ目は、せつなの持つピックルン-アカルン。
改めて言うまでもないがその特殊能力は瞬間移動である。
その二つの誤算が見事に噛み合った結果、
今まさにせつなの部屋のボトルを開けようとしていたラブは即座に御用となったのだった。

「とにかく、無駄遣いしない為の貯金なんだから、ドーナツは諦めなさい!」
「でも、それはあたしの貯金なんだからあたしが使いたい時に使う権利があるわけで……」

怒ったせつなは怖いがドーナツは諦められない。
そんなラブが精一杯の抵抗を試みる。

「……何?」
「……いえ、何でもないです」

しかし、せつなの怒りの目線を受けて敢え無く沈黙する。
そんなラブの様子にせつなは溜息。
諭すように語りかける。

「さっきも言ったでしょ、これはもう貴方のものじゃないって」
「え?それってどういうこと?」

そういえばそんなことを言っていた。
しかしその言葉の意味がわからない。
怪訝な顔をするラブに、せつなは表情を一変、笑顔で説明する。

「私もお駄賃のお金を、ラブと一緒に貯めることにしたの。
 貯めたお金を二人の為に使えば、それって幸せなことだと思わない?」
「せつな……」

そうだったのか。
せつながそんなことを考えてたなんて。
それなのにあたしってたら目先のドーナツに目が眩んでなんてことを。
なら、私ももう無駄遣いは止めよう。

「せつなっ!」

せつなの気持ちに応えてあげなきゃ。
そう思って声を出したラブは、あるものを見て硬直する。
その視線の先にあるもの。
せつなが手に持つボトルには、前に無かったラベルが貼られていた。
中央に大きいハートマークが付いたそれに書かれていた言葉は。



『ラブとせつなの結婚資金』



「……と言うわけで、これからこの貯金は『私達』のものだから。
 二人の未来の為に、精一杯頑張りましょ!」  
「……えーっとせつな、それはいくらなんでも気が早すぎるような。
 いくら幸せゲットの為だからって、今からドーナツを我慢するのはあたしはちょっと……」
「……ラブ、何か言ったかしら?私の人生設計に何か不満でも?」

問いかけは優しく、しかし目だけは笑わずにせつなが尋ねる。

「……いえ、なんでもないです。二人で幸せゲットであたしちょーうれしー」

そして、返すラブの言葉には全く抑揚が無かった。

「うん、よろしい。じゃあこれは私がしっかり管理するから」

そう言ってアカルンを起動させるせつな。
多分ラブの手の届かないところにボトルを隠すつもりなのだろう。

(……トホホ、あたしのドーナツぅ……)

赤い光が消えると、残されたのは、顔で笑って心で涙を流すラブ。

そんな二人のやりとりを見ていたタルトは、

「なんやピーチはん、今からパッションはんの尻に敷かれとるんか
 こりゃー先が思いやられるなあ」

やれやれ、と肩をすくめてみせるのだった。
最終更新:2009年11月11日 01:34