「キュア、キュアー」
「シフォンちゃん、ドングリがお気に入りみたいね」
「そうなんだよー。あれからずっと離してくれなくてさ」
ニコニコと笑いながら、ドングリを転がしては追いかけるシフォンの姿を、祈里は微笑ましく眺める。
同じように、ラブもまた。
「あ、そういえば、ラブちゃん。ドングリって、拾った時のまま?」
「え? そうだけど?」
あー、と微妙な顔をする親友に、ラブは首をちょこん、と傾げて。
「そのままだと、何かあるの?」
「んー、ちょっと、ね」
妙に言葉を濁しつつ、祈里はシフォンの元に寄っていき、ちょっと貸して? と言いながら、ドングリを
借りてくる。
「他にもあるんだよね、ドングリ」
「うん、あの袋の中に入ってるけれど」
そう、と頷いた後、袋を取って彼女は、不思議そうに見つめてくるラブとシフォンに言った。
「ちょっと、お台所、借りるね」
Many, many....
鍋の中に煮立ったお湯、その中に祈里は、拾ってきたドングリをいっぺんに入れる。
「ドングリ、どうするの? まさか・・・・・・」
「違うよ」
調理していると思われていることに気付いて、祈里は苦笑しながら、ドングリを菜箸で泳がせる。
「これはね、ドングリを保存させる為の方法なんだって」
「保存?」
「そのままにしてると、中からドングリ虫が出てくるのよ」
ちっちゃな幼虫さんなんだけどね。祈里の言葉に、ラブはドングリから虫がウニョウニョ出てくる様子を
想像して、う、と顔を顰める。
「だからまずは鍋で茹でるの。それから」
流しにお湯を捨て、零れ落ちたドングリを祈里は拾い上げて、タッパーに詰める。そして冷凍庫にそれを
しまいこんだ。
「乾燥させるために、こうやって冷凍庫に入れておくの。後は天日干しもしたら完璧かな。カビも生えないし、
虫も出てこなくなるよ」
「へぇぇぇぇ」
感嘆の声を上げながら、尊敬の眼差しをラブは祈里に向ける。
「すごーい、ブッキー。よく知ってるね」
素直な賞賛にはにかみながら、祈里は屈み込んでシフォンを抱き上げる。
「シフォンちゃん、しばらく待っててね。ちゃんと出来上がったら、ドングリでブレスレットを作ってあげる」
「おー。ブッキー、そんなのも作れるんだ。シフォン、良かったねー」
「キュア、キュアー。イノリ、スキー」
ギュッ、としがみついてくるシフォンに、祈里はそっと目を細めたのだった。
さすがにラブちゃん、覚えてないか。
彼女の家を辞して、自宅に戻った祈里は、一人、部屋の中で苦笑する。
けど、わたしも忘れてたから、仕方ないけれどね。
思いながら、祈里は机の上に置いた箱を開ける。それは、お菓子の空き箱に自分で絵を描いたもの。大切な
宝物を入れる為に、母親から貰ったものだ。
蓋には、『たからばこ やまぶきいのり』と書かれている。本当に幼かったから、漢字なんて書ける
筈も無かった。それこそ、小学校に入る前だったはずだ。
開けると中には、たくさんのドングリが詰まっている。あのドングリ王国で、ラブや美希と一緒に拾い
集めたものだ。
久しぶりだったなぁ。往時を思い出して、彼女は目を閉じる。皆、とても小さかった。身長なんて、今の
彼女の腰のあたり程も無かっただろう。
毎日が楽しかった。ラブや美希と三人で集まって遊ぶことが日課だった。ドングリ王国を見つけたのも、
そんなある日のことだったはずだ。
たくさんのドングリを拾って帰ってきた祈里に、保存方法を教えてくれたのは母親だった。もしそのままに
していたら、虫がたくさん湧いてしまっていただろう。
もちろん、心の中で彼女は虫達に謝っている。ごめんね、と。せっかく生きているのに、と。
それでも、やっぱり、ドングリは可愛らしいし、そのままにしておきたいのだ。
箱の中のブレスレットを手に取ってみる。針と糸を使って繋げたそれは、祈里の小さな掌の上に置いても、
なお小さい。
あの頃はこれを腕にはめられたんだよね。
懐かしく思いながら、試しに指を入れてみるが、人差し指と中指、そして薬指を入れただけで、輪っかは
それ以上に広がらなくなってしまった。
少し、寂しさを感じる。変わってしまったんだな、と気付かされるから。
箱だって、そう。押入れの中にしまってあったのを、引っ張り出してきたのだ。なにせ、ドングリ王国のことすら忘れていた祈里なのだ。先日、
ラブに連れて行ってもらわなければ、思い出すことすら無かったに違いない。
あの頃は、楽しいことは全部、忘れないって思ってたんだよね。
三人で過ごした時間を思い出しながら、椅子の背もたれに祈里は体重を預ける。見上げるのは、天井。
それも、随分と近くなった気がする。初めてこの部屋をもらった時は、お屋敷のように広かったように思った
ものなのに。
変わっていくんだ。祈里は、独りごちる。自分も。皆も。
それでも、変わらないものはあるけれど。
ドングリのブレスレットは、保存方法が良かったのか、あの頃と変わらない。
同じように、彼女の、ラブへの想いも。
大切、なんだよね。ラブちゃんのこと。そう彼女は、自分に確認する。そして親友の笑顔を思い出して、
祈里はくすぐったそうに笑った。
天真爛漫なラブちゃん。ドングリ王国のことを忘れないような、子供っぽいところもあるけれど、すごく
優しいラブちゃん。
とっても素敵な、ラブちゃん。
けど、ブレスレットのことは、覚えてなかったなぁ。
残念、と思う気持ちはある。
ドングリで作ったこのブレスレットは、ラブから貰ったもの。
だからこそ、ずっと取っておきたいと思って、母親に保存の仕方を教わったのだ。
彼女にとっては、大したことのないプレゼントだったのだろう。けれど、祈里にとってはすごく嬉しくて。
『たからばこ』にしまって、取り出しては眺めていたものだった。それをしなくなったのは、多分、ラブとの
思い出がドンドンと増えていったからだろう。このお菓子の空き箱で作った『たからばこ』に入りきらない
ぐらいに、たくさんの思い出が。
自分も忘れていたのだから、覚えていてくれなくても仕方ないとは、祈里もわかっている。けれど、想いは
いつもエゴイスティックだ。覚えておいて欲しい、と我侭に考える自分に、彼女は苦笑する。やな子だな、わたし。
その時、祈里のリンクルンが歌を歌う。届いたメールは、ラブからのもの。
『ヤッホー、ブッキー。もう寝ちゃってるかな? そういえば、急に思い出したんだけど、今日ブッキーが
言ってたドングリのブレスレット。昔、皆で作ったよね~。アタシも押入れの中を探したら、ブッキーから
貰ったものが出てきたよ!! 懐かしいね~。今度、また一緒に作ろうね♪』
涙が出そうになった。
ああ、ラブちゃんも、大切に取っておいてくれたんだ。そう思って。
積み重ねられた時間は、時に記憶から零れ落ちていく。
それでも、本当に大切なものは、心に刻み込まれているから。
微笑みながら、祈里は、リンクルン片手に天井を見つめる。
ラブからのメールに、どんな返事を返そうか、それを考えながら。
最終更新:2009年10月12日 22:19