1-692

私を呼ぶ声が聞こえた。ラブの声だ。暗闇を照らす光が見える。私は光に手を伸
ばす。

「せつなぁ~朝だよ~」
「…」
「早く起きないと、学校遅刻しちゃうよ?」

まだ見慣れないこの光景、もう1ヶ月近く経つっていうのに。それに、またあの
夢を見た。ずっと見ている夢だ。昨日も、その前も。

「…うなされたの?」

ラブが心配そうな表情で私の顔を覗き込んできた。私は首を横に振って、そっと
笑いかける。
この子の笑顔を曇らせるのは、いつからか凄く嫌になった。だから貴女の嫌いな
嘘を吐く様になった。

「大丈夫よ」
「そう?嫌な事があったら、すぐに言うんだよ?あたし達、友達なんだから」

友達という単語にも最近違和感を覚える様になった。友達、親友、って貴女は言
う。最初はそれがとても心地よかったけど、今は違う。なんか…気持ち悪い。

「…ありがとう」
「じゃ、朝ご飯食べよっか!」
「ねぇ、さっき言ってた、学校…って何…?」
「今日から新学期でしょ?せつなも学校行かなきゃ」
「私、学校なんて行った事ないわ」
「でも行かなきゃ!義務教育!」
「ええっ」
「制服も準備しといたよっ、早く着てみてよー」
「ちょ、ちょっとラブ!?」


「あら!似合ってるじゃない、せつなちゃん~」
「でしょでしょ?可愛いでしょ~!」
「……」

まじまじと見られると、なんだか恥ずかしい。私の顔、きっと赤くなってるに違
いない。

朝ご飯を食べて支度をして、家を出た。ラブはどうやら久しぶりの学校が嬉しい
のか、鼻歌なんか歌ってる。

「学校って、楽しいの?」
「楽しいよ~!勉強は嫌いだけど、友達とワイワイするのは大好き!」
「友達…」
「大丈夫、最初は不安かもしんないけど、きっとすぐせつなも友達出来るから!」
「……」

ラブは手を差し出してきた。私の好きなあの笑顔で。私は少し躊躇いがちにその
手を取る。これも、何度やっても慣れないし。
ラブの手はいつも温かい。手だけじゃなくて、ラブはどんな時も温かい。近くに
いると、私も温かくなる。心地良い。安心する。

ラブはいつだって私を照らしてくれる。温かくて優しい、私の光。


「せんせー、この子が、東せつなだよっ」

ラブに職員室という所に連れて来られた。私はまだ少し混乱の残る頭で、先生と
呼ばれた女性に静かに頭を下げた。

「今日から私が貴女の担任の先生よ、よろしくね、東さん」
「よ、よろしくお願いします…」
「今日からせつなと同じクラスか~、楽しくなりそー」

その後、ラブは先に教室に向かい、私は先生と一緒に後から教室に向かう事にな
った。
先生から色々と学校について説明された、なんとなく理解はしたけれど、やっぱ
り何かが引っ掛かる。
ここはラブの大好きな学校。ラブの大好きな友達がたくさんいる、学校。なんだ
か、胸がモヤモヤしてきた。

「東さんは、得意な科目とかある?」
「…分かりません」
「じゃあ、苦手な科目は?」
「それも…分かりません」

分からない、友達って何?


「転校生の東せつなさんです、みんな仲良くするように」

教壇の上に立つ。三十もの目が私に注目している…恥ずかしい。
だけど一番後ろの窓際の席にラブの姿を発見した。目が合うと、笑顔で手を振っ
てきた。

「じゃあ東さんの席は、一番後ろの…」
「はいはーい!あたしの隣!」
「ふふ、あそこね」

私はラブの隣の席に向かった。
その途中、「可愛い」だとか色々と耳に入ってきたけど、なんて反応すれば良い
のか分からなかった。

「隣の席だね、せつなっ」
「そうね、ラブが隣で安心だわ」
「分からない事とかあったら遠慮しないで聞いてね」
「ありがとう」

分からない事は、一つだけ。
なんでこんなに苦しくなるの。ラブを見てると、温かいけど切ない。
私は幸せになり過ぎて、欲張りになってるんだ、きっと。これ以上何を望むって
いうの。そっか、だからだ。
幸せになり過ぎて私は、心が貧しくなってしまったんだ。


その夜、私はラブの部屋を訪ねた。忍び込んだ、というべきか。
ラブは既に眠っていて、タルトもシフォンも仲良く抱き合って眠ってた。私はラ
ブの寝顔を見つめて、溜め息を一つ。

「私は…ラブの友達なの?」

私は嫌なの、友達は嫌。
ラブのたくさんいる友達の一人なら、私はラブの友達になんかなりたくない。な
んでこんなに我が儘なんだろ。やっぱり、心が貧しくなってしまったからなのか
な。

ぽたり、と一滴、ラブのベッドシーツに吸い込まれた。

「……せつな…」
「あ…」

ラブの目がゆっくり開いた。

「どうしたの…?嫌な夢でも見たの…?」
「ううん、なんでもないわ」
「嘘つき」

ラブは私の手を引く。

「おいで、せつな」

その手に導かれ、私はベッドに潜り込む。そっと抱き締められ、髪を撫でられて
、なぜか胸が苦しくなる私に、ラブは小さく微笑んだ。

「せつなは特別だよ」
「え…?」
「せつなは特別、」

ふわっと唇が塞がれた。
驚いて目を見開く私に、ラブはいたずらっ子みたいな顔で笑った。

「他の友達と違う、せつなは特別な存在なの」

だから嘘は吐かないで、って悲しそうな顔をして言うから、私はラブの胸に顔を
埋めて小さく頷いた。

だけど、本当はラブを独り占めしたいだなんて、恥ずかしくて言えない。


その日はあの夢は見なかった。
私はいつだってラブに守られてる、そんな気がした。


End
最終更新:2010年01月11日 21:53