宿泊先のホテルへと戻る為に砂浜を歩くラブは、
その先に立つ人影に気がついた。
(あっ、せつな……)
そこにいたのは、肩をいからせ、
ラブをじっと、睨むように見つめているせつなの姿。
(うわ……せつな、怒ってるよぉ……)
視力が飛びぬけて良いせつなの事だ、
先程までのやりとりもちゃんと見ていたに違いない。
ついさっきまで様子がおかしかったケンカ友達が
いつも通りの調子で相手をしてくれた。
それがつい嬉しくて、飛びついてしまった。
ラブにとってはそれだけの事だったのだが、
遠目から見てただけのせつなにはどう映っていたのか。
(まあ……仕方ないか、あたしも軽率だったし
ここは素直に怒られて、素直に謝ろう、うん。
……って、せつな?!)
ラブが見たのは、こちらに向けて一直線。
全速力で駆けてくるせつなの姿だった。
(ふえっ!これってせつな、相当怒ってる?!
まさか今日は夜通しお説教コースですか?どどどどどどうしよ?)
焦りまくるラブ。
そこに、勢いを殺すことなく駆け抜けてきたせつなが飛びついてきた。
「わわわっ!」
せつなの勢いを、受け止めきれずにのけぞるラブ。
そのまま二人は、砂浜の上に倒れこむ。
「……ぐっ、あいたたたた……せつな?」
背中から倒れこんだラブの体の上に、
うつぶせに覆いかぶさっているせつな。
その顔はラブのお腹の辺りで伏せられたままで、よく見えない。
だが、重ねあった体から、伝わってくるものにラブは気付く。
(……震えてる?)
頭から肩の辺りかけて、小刻みに震えているせつなの体。
それが意味する所に気づいたラブが言葉を掛ける。
「せつな……泣いてるの?」
問いかけに、伏せていた顔をあげるせつな。
その両目には、今にも零れ落ちそうなほどに溜められた涙。
「……ラブぅ」
呼ばれる名前。
それと共に、目から決壊した涙が溢れ出す。
「ラブ……一人でシフォン探しに森に行っちゃって……
追いかけたのに……追いつけなくて……
いっぱい探したのに……見つからなくて……
ラブがいなくなっちゃったって……
心配……すっごく心配……したんだからぁ……」
言い終えると、またラブの体に顔をうずめて嗚咽するせつな。
彼女は最初から、怒っていたわけでも、ましてや嫉妬していたわけでもない。
森に入ったラブを見つけることが出来なかった。
そこで見つけた、何かと何かが戦ったような跡。
そして、崩れ落ちた……崖。
それを見た瞬間から、自分の心の中に住み着いたもの。
最も大切な人を失ってしまったのではないか、という最悪の予想が
現実のものになることをただただ、恐れていたのだ。
だから、なりふり構わず美希と祈里に助けを求めた。
シフォンを守り、ラビリンスを撃退するという
プリキュアの使命を理由に沖縄まで二人に同行して貰ったが、
本当はラブを探して、とお願いしたかった。
戦いの中で、キュアピーチが無事帰還してきた姿を見たときは、
何もかも忘れて飛びつきたかった。
そして全てが終わった時に残ったのは、噛み殺してきた想い。
それが、ラブの姿を見た途端に押さえきれず、一気に溢れ出したのだ。
「そっか……ごめんね、せつな」
「……ううっ……」
謝罪の言葉を口にしながら、せつなの背中をゆっくりとさするラブ。
「……あたしってば、シフォンの事ばかり考えて、
また、心配してくれる人のことを忘れて、一人で突っ走っちゃってたんだね。
しかも、よりによってあたしの一番大切な娘を悲しませちゃうなんて……。
本当に、ゴメン、せつな」
「……」
ラブの言葉に、せつなは返事をしない。顔も伏せたまま。
それでも、背中に回されたせつなの両腕に力が込められたことでラブは安堵。
大丈夫、気持ちは伝わったし、伝えてきてくれた。
それを嬉しく思いながら、せつなの背中をさすり続けるのだった。
それから暫くして。
二人は夜空を見ていた。
最初に倒れこんだ時に二人とも、頭も服も砂まみれになってしまったので、
これ以上は大して変わらないということで砂浜に並んで寝転んでいる。
「ねえ、せつな」
「何?」
問いかけに、首だけを傾けてラブの方を見るせつな。
ラブは見てよ、と右手で上を指す。
「沖縄の空の星……綺麗だね」
言葉と共に、自分も星空を見上げる。
せつなも空を見上げて、そうね、とうなずく。
「家のベランダから見る空も綺麗だけど、ここは全然違うわ」
「うんうん……で、ステキな星空を今はあたし達だけで二人占め!」
わはーっと歓声を上げるラブ。
その様子にクスッと笑みを返すせつな。
「ラブ、大げさ。でも……私達だけの星空……うん、素敵ね」
「でしょ~……あ、流れ星!」
ラブが指差す方向を見れば、空を右から左に往き過ぎる一筋の光。
「へえ……あれが流れ星、なのね」
「ねえねえ、せつな、一緒に流れ星にお願いしよ?」
「流れ星にお願い……って、何を頼むの?」
首をかしげるせつな。
ラブは空を指差したままでそれに答える。
「いや、そういうことじゃなくてね。
流れ星を見たときにね、願い事を言うとそれが叶うっていう言い伝えがあるんだよ」
「そうなの?でも言い伝えってことは本当に叶うとは限らないんでしょ?」
その言葉に、ラブは首を振る。
「いやいや、それが沖縄のは効果バツグンですぐに叶うんだよねー」
だから、絶対言わなきゃ損だって!
あたしもするから、ね、せつなも一緒にしよ!」
「……うん、わかったわ、星空にお願いってなんだか不思議な感じね。
でも、素敵だと思うから……私も、精一杯願ってみるわ」
再び流れ星が通り過ぎる。
「……」
「……」
しかし、二人は沈黙したまま。
先に口を開いたのはラブだった。
「せつな、何で願い事言わないの?」
「何だか恥ずかしくて……ラ、ラブから先にどうぞ」
「えーっ!そんな事言われたらあたしだって恥ずかしいんですけど」
「いいじゃない、言い出したのラブなんだから。さ、どうぞ」
お互いに譲り合うばかりの二人。
これでは埒が明かないと思ったラブが、一つの提案を持ちかける。
「うーん……よし、じゃあこうしよう、二人で一斉に願い事するの!
これなら恥ずかしくないでしょ?」
「……うん、それならいいわよ」
せつなから同意の言葉が返ってくる。
ラブはその事に満足の笑みを浮かべると、よーし、と一息。
「じゃあ、次のが来たら、いっせーのせ、で言うよ!」
「オッケー!」
そして二人は、次の流れ星を待つ。
その間、聞こえてくるのは波の音だけ。
それ以外には人の声も、気配すらなく、
天には星空、地にはどこまでも続く砂浜と海。
その中で、少女達はまるでこの世界の中でたった二人の住人となったよう。
やがてその世界に、三度の流星が行き過ぎようとする。
その瞬間、二人は、互いに顔を向き合ってうなずき合う。
言葉を交わさずとも、お互いに言うべきことはわかっていた。
何故なら、それは、二人の共通の気持ちだから。
今日のような思いをしない為に、させない為に
願うべき事は、一つだから。
だから、この世界の中でたった二人の少女達は、
お互いの存在を繋ぎとめるかのように互いの手をしっかりと握り締める。
そして、その手を天に向けて突き上げて言葉を紡ぐ。
「せつながあたしと」「ラブが私と」
「「一緒に幸せになれますように!!」」
最終更新:2010年01月14日 00:57