「あれ? せつなは?」
沖縄。修学旅行の夜。
大輔と仲直りした後、部屋に戻ったラブは、同室の親友の姿が見えないことに気付き、友人に問いかけた。
「あぁ、東さんなら、ちょっと出かけてくるって。すぐに戻ってくるって言ってたけれど・・・・・・考えたら、遅いね」
「もうすぐ、消灯時間だしね。どこ行ったんだろう?」
顔を見合わせる少女達。ラブは、一瞬、眉を曇らせた後、脱ぎかけた靴をもう一度、履き直す。
「アタシ、せつなを探してくる!!」
「え? ちょ、ちょっとラブちゃん――――!!」
「すぐに戻ってくるから!!」
まずは携帯で連絡でも。そう言おうとした時には、すでに彼女は扉を開けて出て行ってしまっていて。
引き止めようと伸ばした手の所在に困って、少女は手をワキワキと握ったのだった。
ラブがせつなを見つけたのは、砂浜でだった。つい先程まで、大輔と一緒にいたのとは、違う方角にある場所。そこで
彼女は、体操着で砂浜に腰を下ろし、空を見上げていた。
「せつな」
そっと声をかける。振り返った彼女が、少し驚いた顔をして、
「ラブ? よく、ここがわかったわね」
「へへ。なんとなく」
そう答えた通り、なんとなく、こっちにいると思ったのだ。だから、迷うこともなく、一直線にここにきた。
いると思った理由は、わからない。強いて言えば、勘としか。あるいは何かの導きか。
せつなも、あるいは予期していたのかもしれない。ラブは彼女の顔を見てそう思う。驚いてはいたけれど、少し、だけ
でしかなかったから。
サク、サクと砂を鳴らしながら近付いた彼女は、せつなの隣に腰を下ろす。
「美希タンとブッキーは?」
「さっき、送ってきたわ。少し残念そうだったみたいだけど」
「あはは、そりゃそうだよね。せっかく沖縄に来たのに、すぐに帰らなきゃいけないんだもん」
笑いながら足を伸ばし、手を地面について体を支えながら、ラブは空を見上げた。数え切れない程の星が、薄い暗闇
の空一面に広がっている。本当にキレイ、と彼女は思う。そして、ふと、隣を見た。
行儀良く、三角座りをしながら、せつなは。
ラブと同じように空を見ていた。
その薄い朱の瞳の中にも、星は瞬いていて。
とてもキレイだと、ラブは感じたのだった。
流れ星は、いらない
どれほど、黙っていただろうか。ほんの一分そこらかもしれないし、十分程かもしれない。ともかく、二人の間には会話
は無かった。それだけ、見惚れていたのだ。黒のキャンパスに描かれた、輝きの芸術に。
その長い沈黙を破ったのは、ラブの一言だった。
「そういえばさ、せつな、知ってる? ここから見える星空は、クローバータウンで見える星空とは別物なんだよ」
「――――? どういうこと? あ、星の数が違うとか」
首を傾げながら言ってくるせつなに、ラブはチッチッチと指を横に振る。
「そうじゃなくてね。ほら、理科の時間にならったでしょ? 地球は丸いって。だから、クローバータウンからずっと南に
来たここ、沖縄では、普段、アタシ達が見ることの出来ない南の方の星座が見えるんだって。例えば、南十字星だとか」
「へぇ、そうなんだ」
彼女の言葉に、せつなは感心しきりといった表情を見せる。得意満面になるラブだったが、
「で、ラブ。どれがその南十字星なの?」
「――――え?」
問いかけられて、キョトンとする。しばらくして、あ、と思う。
知らない。全然、わからない。そもそも、さっきの沖縄で見える星座が違うというのも、由美ちゃんから聞いた受け売り
なのだが。
せつなは、ワクワクした目で、こちらを見ている。今更、知らない、とは言えない雰囲気だ。
「あ、ええと、その――――南十字星って言うぐらいだから、南なんだよね。あー、でも南がどっちかわからないなー」
「ラブ、南はあっちの方よ」
「い? な、なんでわかるの?」
「そりゃ、時間と月の位置がわかれば、大体の方角はわかるわよ」
さも当然、と言った顔でケロリとせつなは言う。
アタシ、わかんないんだけどなー。思いながら冷や汗をかきつつ、ラブはせつなが指し示す方向へと目を向け、それ
らしきものを探す――――が、見つからない。
ラブは知る由も無かったが、南十字星は確かに沖縄から見えるが、それは年に数回、しかも1月から5月の間での
話だ。秋にどれだけ探した所で、見つかる筈は無い。
「ラブ? どうかしたの?」
「えーと、うん。南十字星だよね。南にある十字型の星座で――――あ!!」
誤魔化し方を考えていた彼女の目の前で、すっと夜空に一筋の光が流れる。それは、ほんの一瞬の煌き。
「見えた? せつな?」
「え? 何が? 南十字星?」
勢い込んで言うラブだったが、せつなはどうやら見ていなかったらしい。キョトンとした顔で、こちらを見るばかり。
「もう、南十字星なんかじゃなくて。流れ星だよ、流れ星」
「流れ・・・・・・星?」
小首を傾げる彼女の前で、ラブは指を空に向け、
「そう。流れ星。さっき、あそこからスーッて光が流れたんだよ」
言葉と共に、先程の光をなぞってみせる。へぇ、と感嘆の息を吐きながら、せつなはその動きを目で追って。
「星が、流れるの?」
「うん。流れ星って、とってもキレイなんだよ!! それにね、流れ星に願い事をすると、その願い事が叶うんだって!!」
「へぇ、そうなんだ。素敵ね」
答えて、彼女は再び空を見上げる。ラブも、同じように。
ザザーン ザザーン
波の音が響く。行きて、戻りて。
森の中からは、虫の声。
重なり合いながら、生れる響き。
世界は音に満ちている。
けれど二人の少女は、それが静寂だと感じた。
穏やかで、優しい、静寂。二人だけの。
「本当に、素敵ね」
どれほど、そうしていただろうか。せつながポツリと、そう呟く。視線は変わらず、星の満ちた空を捉えながら。
「うん、そうだね」
答えるラブも、せつなを見ようとはしない。それでも、二人は確かに、お互いに向き合っていた。
その、心で。
「私ね、ラブ」
「ん? どうしたの、せつな」
「こんな星空を見たの、初めて。夜がこんなに綺麗だなんて、知らなかった」
「ラビリンスは、どうだったの?」
スルリ、とラブの唇から零れた言葉。せつなは、それを受け止めて、とても自然に答える。
「ラビリンスの夜空に、星は無いわ。ただ闇が広がるだけ。地上が明るすぎて、見えないだけかもしれないけれど」
「そうなんだ。じゃあ、流れ星なんかも?」
「うん。見たことが無かったし、願い事をかけるなんてロマンチックなことも無かったわ」
「そっか」
うんうん、と頷くラブ。そんな彼女に、せつなは問いかける。
「どして?」
「ん? 何が?」
「どうして、ラブ、そんなことを聞いたの? その、ラビリンスのこと」
わずかに顔をこちらに向ける少女の瞳に、不安は無い。あるのは、ただ、純粋な疑問だけ。
それに気付きながら、ラブは小さく微笑んで、
「アタシね、せつな。流れ星にかける願い事って、決まってるんだ」
「え? どういうの?」
突然に変えられた話題に戸惑いつつ、せつなは彼女に問い返す。それにニハッと笑いながら、
「いつか、せつなと一緒に、ラビリンスに行けますように、って」
「――――!!」
今度こそ、驚きに目を見広げるせつな。半分腰を上げながら、ラブの肩を掴む。
「ダメよ、ラブ。何を言ってるの!!」
「や、今すぐにってわけじゃないよ?」
思わぬ剣幕に、さすがに慌てるラブ。だが、一度言った言葉を取り消そうとはしない。落ち着かせるように、どうどうと
手で彼女を抑えながら、ラブは続けた。
「もちろん、総統メビウスが悪い奴だってのはわかってるし、せつながラビリンスを嫌ってるのもわかってるよ?」
「だったら――――」
「でもね」
親友の言葉を、彼女は押し留める。そして、ゆっくりとせつなにその暖かな瞳を向けた。
「それでもね。ラビリンスは、せつなの生れ故郷なんだもの。せつなが、育ったところを見てみたい、って思うのは、変
かな?」
「ラブ――――」
せつなは、そっと目を伏せる。
「そんなにいいところじゃないわ。管理国家ですもの。何もかもが管理されてた。自由も無ければ、幸せや友情なんて
言葉も、ね――――来たって、楽しくないわよ」
「でも、そんなところでも、せつなは、せつなとして育ったんだよね」
ラブは、ゆっくりと、言い聞かせるように告げる。彼女の震える心を、包み込むように。
「アタシの知ってるせつなは、強くて、優しくて、ちょっと意地っ張りで、とても真っ直ぐ。そんなせつなが育ったところ、
アタシ、見てみたいと思うよ」
とても大切な人が、育った場所を、自分も見てみたい。その人が見た風景を、自分も同じように、見てみたい。ラブは、
そう願う。
自分の生まれ育った国を、ラビリンスを嫌う気持ちは、ラブにもわかる。せつなはその国に利用されるだけ利用されて、
捨てられたのだから。
けれど、ラブは嫌だったのだ。
せつなが、かつての自分の全てを否定することが。イースだった頃のせつなも、せつなだと思っているから。
悪いことをしていた時期があることは、ラブも知っている。けれど、それで心を傷付けられていたことも、知っている。
生まれ変わった後に、慙愧の涙を流したことも、知っている。
ラブは、知っている。
けれど、もっと知りたいと思う。
大切な親友の背負う荷物を、一緒に背負っていく為に。
それだけ、ラブは真っ直ぐな少女だった。
そして、だからこそ、ラブの気持ちはせつなにも伝わる。
「本当につまらないところよ――――それでもいいなら、いつか、ね」
裏表の無い彼女の笑顔の前では、自分のわだかまりなど、小さなものに感じられて。
何よりも。
せつなは、想像する。記憶の中の、かつての街。どこもかしこも没個性の、色あせた街並み。もしもそこに、ラブが
いたら。
ラブと、いたら。
どうしてだろう。想像の中で、途端に街は色付き始める。
ラブという少女を中心とした世界は、どこだって――――たとえラビリンスであっても、愛と幸せに満たされる。せつな
は、そう信じている。
「じゃあその時は、ガイド、よろしくっ!!」
「ハイハイ。でも、その為には、まだまだ問題が山積みよ?」
「だいじょーうぶ。まーかせてっ」
せつなの言葉に、ラブはドンっ、と胸を強く叩く。
「皆の幸せ守るのが、プリキュアだよっ!! そして、せつなと一緒に、幸せゲットだよ!!」
立ち上がり、拳を空に突き上げるラブを、せつなは座ったままクスクスと見上げる。
彼女がそう言うなら、それは真実になりそうな、そんな気ががしたから。
「そうね。私も精一杯、頑張るわ」
「うん。一緒に、頑張ろう、せつな」
言って、ふと携帯の時計を見ると、
「あ、ヤバッ。もうこんな時間!! 早く帰らないと、先生に怒られちゃうよ!!」
「え? やだ、ホントに。急ぎましょ、ラブ」
駆け出そうとする二人だったが、ラブは一瞬、立ち止まって振り返る。
「どうしたの、ラブ。本当に急がないと――――」
「うん、でも、せつな、流れ星を見てないでしょ? せっかく来たのに・・・・・・」
せつなは、後ろ髪を引かれるように振り向いてばかりの彼女の手を取り、言った。
「大丈夫よ、流れ星なら、もう見てるから」
「え? いつ?」
驚くラブに、彼女はゆっくりと笑う。
「あなたが、私の流れ星よ、ラブ――――いつだって、私の願い事をかなえてくれるんですもの」
「――――せつな」
思わぬ一言と、星の明かりに照らされて幸せそうな笑みのせつなに、ラブは目を揺らし、頬を真っ赤に染めて。
そんな二人の少女の真上を、流れ星が流れたけれど。
きっとそれは、別の誰かの願いを叶えたのだろう。
何故なら、少女達の願いは、もうすでに叶えられていたのだから。
最終更新:2009年11月10日 22:35