「うう……」
あたしはひどく後悔していた。
13日の金曜日だからといって気を利かせたTVのロードショー。
普段ならそんなのはタイトルを見ただけでノーサンキューなんだけど、
よりにもよってこの娘が興味を持ってしまった。
「ねえラブ、この番組表に書いてある「ホラー」ってどういう映画なの?」
一応質問はしてるけど、その顔には「観たい、観たい!」って書いてある。
目までキラキラさせてるんだもの、そりゃもう、ダメなんて言えないでしょ。
あたしは泣く子とニンジンとせつなにだけは勝てないのだ。
それにさ、ちょっとだけだけど……ほんとうにちょっとだけだよ?
せつなが実はあたしよりも怖がりで、泣きながら抱きついてきたりしないかな~って、
下心もあったりして。
そんな役得があるなら、苦手なホラー映画もガマンして観れるからとか、
そう思っちゃったんだよね、その時は。
ハイ、すみません。あたしが悪かったです。
せつな、全く怖がってません。
「ふーん……目に見えないくらい細いワイヤーで死体を動かしてるのね……」
それどころか、なんか冷静に分析してるし!
「へえ、CGを部分的に使って、人が怪物に変身するように見せてるんだ。
すっごい技術なのね」
いやいや、ホラー映画ってそういうところを観るんじゃないから。
……なんて、ツッコミ入れてるけど、あたしはもう全然余裕が無くて。
うわ、なんでそっち行くのよ~どう考えても物陰に何かいるじゃないの!
そこで喧嘩して単独行動するとかありえないって!それもう死亡フラグだから!
……って、出たーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
うわわわわ斧止めて止めて血が出てる出てる出てる痛い痛い痛い痛い!
その顔で画面アップとかマジ止めて悲鳴上げないでむしろ上げたいのこっちだから!
……気が付いたら、あたしはせつなに抱きついていた。
目をギュッとつぶって……多分、涙目になってる。
うわあ……あたしってば、格好悪い。
結局泣きながら抱きついてるの、あたしの方じゃないか。
そう思っても、怖くて目を開けることも、しがみついたその手を緩める事も出来ない。
「大丈夫よ」
声と共に、あたしの手を握り締めてくる、手。
それに気づいて、恐る恐る目を開けたあたしが見たのは。
「大丈夫よ、ラブ、怖がらないで」
―――両目に優しい光を浮かべた、満面の笑みのせつなの顔―――
「せつなぁ……」
思わず声が漏れる。涙声。なんて、情けない声。
「大丈夫、私がいるから……だから、安心して、ラブ」
そんなあたしに、せつなは優しい声でささやいてくれる。
ああ、なんてことだろうね。
せつなに手を握ってもらって、そう言ってもらっただけで、
あたしの中の怖い気持ちがみるみるうちに消えていく。
……まったく、現金にも程があるぞ、あたしの心。
でも、ありがとう、せつな。あたし、もうちょっと頑張れそうだよ。
……そんな事を言っても、結局、映画が終わるまで
あたしはせつなに抱きついたままだった。
その後も怖い場面になる度に、目をつぶって、しがみつくその手に力を込めて。
でもその度に、せつなは頭を撫でてくれたり、背中をさすってくれたり、
……そして、握った手は、最後まで離さないでいてくれた。
そのことは凄く嬉しいことだったんだけど、
結局せつなの前で情けない姿を晒したのは事実なわけで……
ああもう、二度とホラー映画なんて観ないからね!
そう思った矢先に、
「映画、すっごく面白かったわ、ラブ。
この世界の映像技術の勉強になったし……だから、また一緒に観ましょ」
なんてことを言ってくるんですかこの娘は。しかも楽しみ方を間違ったままだし!
ああまた、顔に「観たい、観たい!」って書いてある。
でも流石にあたしも二度目はノーサンキューです。
いくらせつなのお願いでも、あんな思いを二度三度するのはちょっと……ね、
そう思って、返事をしようとしたあたしに、
「今度は映画館で……ね」
せつなは頬をちょっと赤らめながら、そう言ってきた。
……あれれ?
これって、デートのお誘い?
……でも、映画館だよね。
怖いのが大スクリーンと大音声で襲い掛かってくるんだよね?
うわー、それは厳しいなあ。
あたしの中で、「せつなとデート」「超怖いホラー映画」の2つが天秤に掛けられる。
……今のところ、天秤の針は真ん中で止まったままだ。
うーん、どうしよう。
悩むあたしに掛けられた、せつなの言葉。
「……また怖くなったら、今日みたいにしてあげるから」
……え。
……それはつまり。
……映画館の暗闇の中で抱きつき放題OKってことですかせつなさん?!
あ、今度は顔中真っ赤にして頷いてる。
その瞬間、あたしの中の天秤の針が一気に傾く。
わはーっ、行く行く、というか行かせてください!
いやー、今から楽しみだなあ、せつなとデート!
なんて浮かれてるけど、ホラー映画が苦手なのは変わらないし、
また泣いて醜態をさらすのは目に見えてるわけで……。
終わった頃にはまた「もう行かない!」って思ってるね。絶対。
それでも、せつながまた行きたいって言えば、
なんだかんだで結局一緒に行っちゃうんだろうなあ、あたしは。
やっぱりせつなが楽しいなら、あたしにとってもそれが一番楽しいわけだし。
そう、やっぱりあたしは泣く子とニンジンとせつなにだけは勝てないのだ。
最終更新:2009年11月16日 01:05