「ただいま」
「おかえりなさい、あなた」
帰宅した圭太郎をあゆみは玄関で出迎えた。
「いやあ、今日は大変だったよ。
軽快爽快ペット君3号の試供品の問い合わせが多くてさ……」
そこまで言いかけた圭太郎に、
あゆみは口の前に人差し指をあてて、しっ、と一言。
「ごめんなさい、静かにしてあげてね。今やっと寝たところだから」
「?」
首を傾げる圭太郎。
あゆみは、寝室の前まで移動して、音を立てないようにドアをゆっくり開ける。
そして圭太郎を手招きすると、中を指差してみせる。
「どれどれ……おっ」
圭太郎が覗き込んだ先、いつも二人が寝ているベッドに、今日は先客がいた。
ラブとせつな。
彼の娘と、その友人でありこの家の同居人である少女が、すやすやと眠っている。
「二人とも、一体どうしたんだい?」
「今日はどうしても私と一緒に寝たいって言って、聞かないのよ」
圭太郎の問いかけに、あゆみは眉尻を下げて困り顔。
でも、口元に浮かべている笑みが、彼女の感情が拒否では無いとこを示している。
そして、ベッドの上で眠るラブとせつな。
二人の顔に浮かんでいるのは、自らの身を誰かに委ねきった、心からの安らぎの笑顔。
それを見た圭太郎は、ふっ、と一息ついてあゆみに告げる。
「そうか……じゃあ僕は今日は居間で寝ることにするよ」
でも貴方疲れてるんじゃ、と言おうとしたあゆみを圭太郎は右手を前に出して制止。
「流石にあのベットに4人は狭いからね。
それに、今からラブとせっちゃんを起こすのも悪いし。
……まあ、こういう時に一歩引くのも父親の役割さ、だから気にしないでいいよ」
「……ごめんなさいね」
すまなそうな顔をするあゆみに、大丈夫さ、と笑ってみせる。
「その代わり、晩酌くらいは僕に付き合ってくれるかな。
流石に夕食まで一人っきりっていうのは寂しすぎるからね」
「ええ、喜んで」
おどけたように言う圭太郎に、あゆみは笑顔で答える。
「それにしても、なんだか嬉しそうだね。今日は何か良いことでもあった?」
「ふふふ、わかるかしら?じゃあ、それはお酒の肴の話っていうことで」
「……へえ、君が勿体つけるなんて、よっぽど素敵な話なんだね。こりゃ楽しみだ。
おっと……それじゃあお休み、二人とも」
そして、開かれた時と同じように静かに扉が閉められる。
遠くなっていく足音と共に、静寂の戻る寝室。
ベッドを見ると、ラブとせつなの間に丁度人一人分の空きが出来ている。
その空いたところに、彼女達の手が差し出されていた。
先程まで誰かの手をずっと握り締められていた手。
そしてまたすぐに、握られるであろう手。
それは、今日、彼女達が得たかけがえの無い絆の証だった。
最終更新:2009年11月15日 20:55