7-13

 Trrrr Trrrr

「ん・・・・・・ぅ・・・・・・はい、もしもし?」
『おっはよー、美希タン。何してるー?』
「ラブ? あたしなら、たった今、起きたところ・・・・・・ってか、今、何時?」
『今はねぇ、朝の八時半だよ』
「ふあーぁ・・・・・・珍しいじゃない。お休みの日に、ラブがこんなに早く起きてるなんて。どうしたの?」
『あはは。せっかくいい天気だからさ、どこかお出かけしないかなー、って思って』
「んー、いいわよ。それじゃ、仕度が出来たら連絡するから・・・・・・」
『うん。美希タンの部屋で待ってるね』
「・・・・・・え?」

 コン コン

 ノックの音に、美希はモソモソとベッドから起き上がる。ガチャリ、と扉を開いて中に入ってきたのは、

「ラブ!?」
『へへー。驚いた?』

 携帯に向けて話しながらも、ラブはニッコリと笑って、美希にVサインをして見せる。
 一瞬、呆気に取られるが、やがて苦笑が生れて。

「もう・・・・・・まだ寝てたのに」
「ごめんごめん。もう少し、寝てる?」
「いいわ、起きる。シャワー浴びてくるから、ちょっと待ってて」

 言いながら眠い目をこすりながら部屋を出て行く美希の背中に、ラブは、はーい、と元気な返事を投げかけたの
だった。




    Girl Talk







「お待たせ――――ってラブ、何、見てるのよ?」

 シャワーを浴びて部屋に戻ってくると、ラブは部屋の真ん中でアルバムを広げて見ていた。

「えへへ。懐かしいね、これ」
「やだ、勝手に見ないでよ」
「いいじゃーん、どうせアタシ達の写真ばっかりなんだからさ」

 ま、それもそうか。
 思いながら、美希は鏡台の前の椅子に腰を下ろし、ドライヤーで乾かした髪をブラシで梳き始めた。普段からの
手入れが良いせいか、サラサラと流れる髪は、彼女の自慢の一つだ。

「うわー、ちっちゃかったんだね、この頃の美希タン」

 そんな彼女の脇にトテトテとやってきたラブが、手に持つアルバムを広げて見せてくる。仕方なく目を向ければ、

「やだ、こんな写真、残ってたの?」

 二歳か、三歳ぐらいだろう。まだ物心も付いていない頃。美希が大きな口を開けて、泣き叫んでいる。その後ろには、
ハロウィンのカボチャのオバケがあって。

「このオバケ、美希タン、嫌いだったよねー」
「やぁねぇ、昔の話よ」
「結構、最近まで、苦手だったと思うんだけどなー?」

 誤魔化そうとしてみても、そこは幼馴染、これまで共に過ごしてきた時間は長い。だからこそ、知られてることがある。
覚えておいて欲しくないことまで。

「はいはい、そーよ。苦手だったわよ、ジャック・ランタンが」
「えっへへー、そうだよね。幼稚園の時、アタシがカボチャの仮面をつけてきたら、美希タン、すっごくビックリして泣い
ちゃってたもんね」
「・・・・・・ホント、変なこと、覚えてるわね」

 言われて、美希も思い出す。確かに泣いた。泣いてしまった。
 あの時、ラブが遊びに来たと思って、喜んで扉を開いたら、カボチャのオバケがいたのだ。

「とりっく・おあ・とりーと?」

 悪戯か、お菓子か。カボチャのオバケはそう言ったのだが、美希はもう、何も聞こえてなかった。ただただ驚いて、
怖くて、大声で泣き始めてしまったのだから。
 ラブも心底、ビックリしたことだろう。慌てて仮面を外して安心させようとしたが、美希は泣き止まず、結局、つられる
ように彼女も泣き出してしまった。遊びに来ていた和希や祈里も、それに合わせて泣き始めて、結局、泣き声の大合唱。
 何事かと出てきた美希の母親が収拾を付けてくれなければ、どれだけ泣き続けていたことだろう。

「けど、ラブはあの頃と変わらないわね。いきなり押しかけてくるとことか」
「えー、そうかな? ちゃんと携帯で連絡してるじゃん」
「家の中に入ってきてから、かけてるんじゃない!!」

 不本意、と言わんばかりのラブは、ついさっきのことを本気で忘れているようだ。指摘すると、おお、と手を打つ彼女。
美希は、小さく溜息を付きながら、乳液を掌の上で伸ばし、頬になじませていく。

「そういえば、せつなも時々、急に来ることがあるわね」
「せつなが? どうして?」
「電話で話したりしてて、何か貸して欲しいものがある時とか、アカルンで直接、ここまで来るのよ。あたし、ビックリし
ちゃうんだから」

 電話が切れた、と思ったら、次の瞬間には部屋まで跳んで来るのだ。お陰で、せつなと話す時は、だらしない格好を
してられない。うっかりすると、前触れもなく現れるから、見られたら・・・・・・と構えてしまう。


「えー、せつな、そういう使い方してるの? ずるいー。アタシのお願いは聞いてくれないのにー」
「ずるいって・・・・・・ラブのお願いなんてどうせ、遅刻しそうだからアカルンで学校まで連れてって、とかそんなのでしょう?」
「えっへへー」

 笑って誤魔化すあたり、図星だったのだろう。もう、と言いながら立ち上がり、クローゼットを開ける。今日は、どの服を
着ていこうか。 

「あたしが言っておいたのよ。ラブがそんな風にアカルンを使おうとしたら、断りなさいって」
「えー!? どうしてー、美希タン。ひどいよー」
「親友が堕落していくところは、見たくないのよ。だから、心を鬼にしたの」

 後ろでラブがブーイングしているのを聞き流しながら、クローゼットの中から服を取り出し、姿見の前で合わせる。

「って、そういえば、そのせつなは? 今日は一緒じゃないの?」
「うん。なんか、ブッキーと出かけるんだってさ」
「あら、フラレタの? だから代わりに、あたしのとこに来た、と」
「もーう、そんなんじゃないってば」

 からかいにも真っ直ぐな反応を返す彼女を微笑ましく思って、美希はまたコッソリと微笑む。
 ふと見れば、鏡の中に写るのは、親友の姿。今日のラブは、ピンクのシャツにミニスカート、その上にえんじ色の
コートを羽織っている。胸元には赤いハートのペンダントが輝いていて。

「あら? ラブ、そのペンダント」
「え? これが、どうかした?」
「前に、せつなが同じもの、付けてたな、って思って」

 確か、先週の土曜日に、一緒に出かけた時のこと。綺麗な澄んだ赤色で、せつなによく似合っていると褒めた
ものだ。それを聞いた時、嬉しそうにはにかんでいた彼女の顔は、なんだかとても女の子らしくて、記憶に残っている。

「ああ、うん。同じものだよ。結構、二人で服とかアクセサリの貸し借り、してたりするんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「うん。このコートだって、元々はせつなが選んだものなんだよ」

 嬉しそうに言いながら、いいでしょ、とばかりに見せてくる。その無邪気な姿に微苦笑しながら、なるほどね、と
彼女は頷いた。確かに、ラブにもせつなにも似合っているだろう、その色は。

「いいわね、二人分、楽しめるってわけね」
「まぁね。けど、美希タンと一緒に暮らしてたら、そういうのは出来なかったかなぁ」
「あたしはラブに貸せるけれど、その逆はね」
「もう、美希タンったら。いちいち言わなくてもいいじゃーん」

 唇を尖らせて、プイ、と拗ねたようにラブはそっぽを向く。それを見てクスクスと笑いながら、美希は選んだ服に
袖を通した。水色に近い蒼のワンピースに、ラベンダー色の少し小さめのジャケットを羽織る。スラリとしたスタイルを
嫌味のない程度に見せながら、歳相応の可愛らしさも感じられる格好。
 美希のようにモデル体型でなければ、ここまで様にはなっていなかっただろう。



「うわー。やっぱり美希タン、綺麗ー」

 最後にカチューシャを頭に付けると、ラブが感嘆の声をあげる。ほんの一瞬前までブーたれてたとは思えないぐらい、
目をキラキラとさせてこちらを見ていて。

「フフン、とーうぜん。あたし、完璧!!」
「うんうん、ホント、美希タン完璧っ!!」

 褒められて、美希は嬉しく思う。勿論、自分が完璧だという自信はある。けれど、他人に――――ラブに言われると、
もっと自信が深まる。幼馴染の彼女は、本当に素直に感動してくれるから。
 つまり、本気で完璧だと思ってくれている、ということ。

「お待たせ。準備、出来たわよ」
「よーっし。じゃあ、出かけよっか」

 ラブの笑顔に、美希は笑顔を返す。
 ベッドの上には、閉じられた一冊のアルバム。背表紙には、『3』と数字が書かれている。つまり、三冊目ということ。
 一冊目のアルバムからずっと、ラブと祈里の三人で写っている。最近のものは、せつなを入れて四人で。
 どんどんと増えていく思い出と、写真。中には、プリクラもあったりする。

 アルバムの背表紙のナンバーは、今も増え続けている。これからもずっと、増え続けるに違いない。
 写真の中の人数は、三人が四人になった。これからまた、増えるかもしれない。
 けれどいつまで経っても、きっと、ラブや祈里、せつなの姿は消えることが無いだろう。
 そんな気が、美希は、する。

「ね、ラブ。今日は、プリクラでも撮らない?」
「お、いいねー。久しぶりかも、美希タンと二人で撮るのって」
「そうかもね。そうと決まったら、行きましょ」

 そして二人の少女は、明るい笑い声をあげながら、外へと飛び出す。
 当たり前のように、手を繋いで駆けて行く彼女達の笑顔を。
 優しい秋の風が、そっと撫でて。
 流れていった。
最終更新:2009年11月19日 22:31