避-141

【前回のお話=6スレ目103~107】
幼稚園での職場体験学習1日目を終えたラブとせつな。
ラブは放課後に美希と祈里を誘い、2日目に発表するダンスのコーチを依頼する。
猛練習のかいがあって、そのダンスは人に見てもらえるレベルに達した。



ピピピピ・・・ピピピピ・・・


枕元の目覚まし時計の音で目が覚めた。
いつも起きる時刻より、10分ほど寝過ごしてしまった。
昨日は中学校の職場体験学習の1日目、幼稚園で先生のお手伝いをした。
そして放課後、2日目の芸の発表に備えてダンスの自主練習をこなしたので多少疲れがあったからだろう。
急いで飛び起き、ジャージに着替えて部屋を出た。
ちょうど同じ頃に起きたのか、ラブが自分の部屋のドアを閉めようとしていた。


「おはよー、せつな!今日もいい天気だねー。」

「おはよう、ラブ。体、大丈夫?痛いところ無い?」

「うん!ぐっすり寝たからほら、この通り。」


そう言うとラブは、パンチやキックを繰り出して平気なところをアピールしている。
でも何か心配だわ。風邪など引かなければいいけれど・・・。


「ん?どうしたの、せつな。早く顔洗って朝ご飯食べよっ。」

「いえ、何でもないわ。行きましょ、ラブ。」


私たちは洗顔を済ませ朝食を取り、早足で登校した。
そして昨日と同じように、他のクラスの女子4人と一緒に幼稚園へ向かった。
幼稚園に着き、年少組の先生にあいさつする。


「おはよう、ラブさん。せつなさん。あら、ちょっと疲れ気味じゃないの?」

「ええ、昨日の帰りに今日の芸の練習をしていたもので。でも大丈夫です!」

「そう。期待しているけど、あんまり無理はしないでね。」


教室に移動し、園児が全員そろったところで午前のスケジュールが始まった。


「はい、みなさん。今日もラブお姉ちゃんとせつなお姉ちゃんと一緒に遊びましょうね。」

「は~い!」

「みなさん、今日は歌を歌います。」
「今からみんなでテーブルを動かして、椅子を並べて下さいね。」
「ラブさん、せつなさんもお手伝いお願いね。」


テーブルにはキャスターが付いているので、いつもは園児たちが転がして運んでいるのだろう。
だが、私とラブの二人なら簡単に持ち上げて運べるくらいの重さだった。


「おねえちゃんたち、ちからもちだねー。」

「みんなも大きくなったら、このくらい運べるようになれるわ。」

「そう!そのためにはいっぱいご飯を食べてだね・・・」

「もう。ラブったら食べることばっかり!」

「にはは・・・すいません。」



テーブルを全て教室の隅へ動かし、椅子を横2列に並べた。
先生が電子ピアノを教卓のあった場所へ運んできた。


「はい、準備が出来ました。それでは歌を歌いましょう。」
「まずは『げんこつやまのたぬきさん』から。」


先生はピアノを弾き、「さん、はい!」と歌い始めの合図を伝える。
すると、園児たちが歌いながら両手のこぶしを交互に重ねるなどの振り付けをして、最後はジャンケンをして締めくくっていた。
ラビリンスにいた頃には無い、初めて見る光景だ。


「ラブ、こんな小さい頃から動きを付けながら歌を歌っているの?」

「せつな、簡単だよ。あたしのやる通りに真似すればいいから。」

「それじゃ、もう一度。さん、はい!」


先生の伴奏に合わせ、今度は歌いながら振り付けすることが出来た。
同じ歌をスピードを上げて歌ったりもした。当然振り付けもそれに合わせて速くなる。
数回歌い終わった頃には、体が温まってうっすらと汗をかいていた。


「はい、次は『大きな栗の木の下で』を歌います。」
「みなさん、少ーし隣の人と間を開けて下さいねー。」
「そうしたら、隣同士で向かい合って下さーい。」


私とラブも向かい合って、準備が完了した。
先生が前奏を弾き始め、歌い出しに入った。
この歌も手で色んな形を作り、体のあちこちへ動かす振り付きだった。
ラブの動きを真似て、歌の1番を二度繰り返した。


「せつな、初めてにしては上手いねぇ。」

「ええ、でもちょっと変な気分がするわ。」

「そう?あたしは何ともないけどね。」


先生が同じ曲を少し速く演奏し始めた。
私たちも歌いながら先程よりも速く手などを動かす。
やっぱり何か変な気分になってきた。
顔が火照って、胸はドキドキしている。
2回歌ったところで、先生はピアノを弾くのを止めた。
すかさず、ラブが手を挙げる。


「ラブさん、どうしたの?」

「先生、せつなが具合が悪いみたいです。」

「みんな、心配しないで。ちょっと熱くなっただけ。」

「それならいいけど。でも、しばらく向こうで休んでなさい。」


先生と園児たちは、再び歌を歌い始めた。
私はラブに付き添われて、教室の片隅に移動した。
ラブは私の顔の汗を拭いたり、うちわで扇いだりしてくれている。


「せつな、だいぶ顔色が良くなったね。」

「ごめんなさい、ラブ。迷惑を掛けちゃって。」

「ううん、いいのよ。やっぱり歌いながら踊るのはキツかった?」

「そうね、いつものダンスは音楽に合わせて踊るだけだからね。」


ミユキさんのダンスレッスンや昨日の自主練習では、長い時間踊っていても平気だったのに。
しかし、どして先程の歌ではすぐにああなってしまったのかしら?


「ねえ、ラブ。さっきの歌・・・何だっけ?」

「ああ、『大きな栗の木の下で』ね。それがどうしたの?」

「あんな短い曲なのに、友達を誘って遊ぼうという意味が伝わってくる・・・。」

「そうだね、あたしはせつなの事を想って歌っていたからね。」


ラブの言葉にハッとした私は、頭の中で十数分前のシーンを再生してみた。
向かい合わせだったので、ラブの視線は常に私の方に向けられていた。
もの欲しそうな顔で私とラブ自身を指差し、抱きしめるように胸の前で腕を交差する。
そして小さく腰を振りながら左右に体を揺らしていて・・・


「もう、ラブ!想うだけならまだしも、こんな時間から誘っていたのね!」

「たっはー!バレちゃいましたか。それだけ元気があれば、もう復帰してもいいかな~。」

「・・・分かったわ。そろそろ行きましょ。」


私たちは曲の合間に先生と園児たちのもとへ戻った。


「あら、せつなさん。もう良くなったの?」

「ええ、もう大丈夫です。ご迷惑をお掛けしました。」

「みなさん、ラブお姉ちゃんとせつなお姉ちゃんが帰ってきましたよー。」
「また一緒に歌いましょうねー。」


歌の時間はリクエストが始まった。
園児たちが歌いたい曲を先生にお願いしている。
アニメ主題歌や子供向けテレビ番組の歌が多いねと、ラブが教えてくれた。


「はい、次は何を歌いたいかな~?」

「せんせー、ゆうごはんうたいたい!」

「あたしもー!ゆうごはん!」

「はいはい。じゃあ歌いましょうね、ゆうごはん。」


ゆうごはん――何か引っかかるものがあったので、先生に質問してみた。


「先生、『ゆうごはん』ってそんな曲があるんですか?」

「この曲はこの幼稚園のオリジナルソングだから、せつなさんが知らないのも無理ないわね。」
「今から10年ほど前に、ここの園児で朝でも昼でも『ゆうごはーん』って歌ってた子がいてね。」
「あんまり面白いから、朝ご飯と昼ご飯の歌詞も作って1つの歌にしたといわれているわ。」

「そうだったんですね、ありがとうございます。」

「もっとも、私はこの幼稚園の先生になってから3年目だから当時の事は知らないけど。」
「その子、今頃どうしているのかしら?会えるものなら会ってみたいわね。」


ラブにも聞いてみることにした。
周りに聞かれないように口に手を当て、小声で話した。


――ねえ、「ゆうごはーん」って歌ってた子、もしかしてラブの事なの?

――わはっ、そうかもしれない・・・。何かそんな気がする。

――それじゃ、私が初めてラブの家族と食事した夜の帰りにラブが歌ってたのは・・・。

――この曲だね、きっと。


「ラブさん、せつなさん、何してるの?準備はいい?」

「ご、ごめんなさ~い。準備OKでーす。」

「みなさん、お待たせしちゃってごめんなさいねー。」
「それじゃ歌いましょう。『みんなでおうちでゆうごはんのうた』!」


先生がピアノで楽しそうなメロディーを弾き始めた。
私はこの歌は初めてなので、1番は聞き流すことにした。


♪あさごはーん あさごはーん
 みんなでおうちで あさごはーん

 ごはんに みそしる やきざかなー
 パンに ぎゅうにゅう めだまやきー

 あさごはーん あさごはーん
 みんなでおうちで あさごはーん


「ラブ、これ面白い歌ね。」

「あー、何となく思い出してきたよ。次は一緒に歌おうね。」


♪ひるごはーん ひるごはーん
 みんなでいっしょに ひるごはーん

 おにぎり ウインナ たまごやきー
 サンドイッチに ナポリターン

 ひるごはーん ひるごはーん
 みんなでいっしょに ひるごはーん


「せつな、次が夕ご飯だよ。」

「どんなメニューが出てくるのかしら。」


♪ゆうごはーん ゆうごはーん
 みんなでおうちで ゆうごはーん

 カレーライスに ハンバーグー
 コロッケ にくじゃが えびフラーイ

 ゆうごはーん ゆうごはーん
 みんなでおうちで ゆうごはーん


「はい、みなさん良くできましたー。」
「これで歌の時間はおしまいです。テーブルと椅子を元の場所へ戻してくださいねー。」


教室内はテーブルと椅子を動かす音が鳴り響いている。
私とラブは再びテーブルを持ち上げて運んだ。


「せつなー、いっぱい歌ったからお腹が減っちゃったね!」

「ふふっ、私もみんなから元気をもらったみたいだわ。」

「いやー、『ゆうごはん』の歌をまた歌えるとは思わなかったなー。」

「でもラブがあの歌に関わっていたなんて、何だか見直したわ。」

「見直しただなんて・・・照れるなー。」


テーブルを台拭きで拭いて、お昼ご飯まで自由時間となった。
ちょっと休もう、とラブが椅子を引いてそこへ腰を下ろした。


「ねえ、ラブ。」

「なあに、せつな。」

「私、今日の歌をシフォンに歌ってあげたいの。」

「あー、そうだね。手遊びもやってあげるとシフォン喜ぶよー。」

「ラブ、私もっと歌を覚えたいわ。新しい歌を覚えるたびに幸せになれそうな気がするの。」

「まかせてっ!たくさん教えてあげるから、たくさん幸せゲットだよ!」


この世界に来てから出会った音楽、そして歌。
聴いて、歌って、演奏して、私やみんなを楽しい気分にさせてくれる。
中には悲しい曲もあるだろうけど、それもまた表現の一つなんだと思いたい。


「ラブ、みんなの所へ行きましょ。」

「うん、早く遊んでほしいってきっと待ってるよ。」


私たちは立ち上がって、園児たちの輪の中へ加わっていった。


~つづく~
最終更新:2009年11月22日 08:18