一年の最後の月も間近に迫ったとある日の夕方。
せつなは、クローバータウンストリートに並ぶとある雑貨店の前にいた。
すっかり日の落ちるのも早まったこの時期は気温が下がるのも早い。
四つ葉中学校指定のコートに身をくるんでいるとはいえ、
じっと立っているだけの身に容赦なく寒さはまとわり付いて来る。
「冬って……こんなに寒いのね」
そう思い、身をぶるっと震わせる。
全てが管理されている管理国家ラビリンスでは、
国民が効率良く自らの役割を果たせるように、
天候や気温がメビウスや幹部達によってコントロールされているので
季節という概念は存在しなかった。
だからこれは、彼女にとっての初めての、冬。
すっかり体温が逃げ去った両の頬に手を当てながら、せつなはそれを充分に感じ取る。
(まだかしら……)
ここで待ってて。
そう言って、雑貨屋の中に入っていったラブのことを思い、息を一つ吐き出す。
せつなの口元から離れたそれは、瞬く間に白く染まり、空気の中に散っていく。
初めて見た時こそ驚かされたが、自分からやってみると、
特に意味は無いのになんだか楽しい。
続けて二回。
今度はかじかんだ手のひらを暖めるように、口元で丸めた手の平の中に一回。
吐くたびに生まれる白の流れ。
それが作られては霧散していく様を眺めていると。
「せつな、お待たせ~」
雑貨店の扉が開き、紙袋を小脇に抱えたラブが、店の外に出てきた。
「用事、終わったの?」
「うん、バッチリ!」
問いかけに笑顔で答え、空いた手でVサインを作るラブ。
そして、小脇に抱えた紙袋を開く。
「じゃーん、これ見てよ、せつな!」
ラブが取り出して見せたのは一双の手袋。
「……ラブ、新しい鍋つかみを買ったの?」
首を傾げたせつなの言葉に、がっくりと肩を落とすラブ。
あー、そういえば形似てるっけ、と思い、気を取り直すと
改めてせつなに説明する事にする。
「いやいや。これはね、ミトンっていう手袋なんだ」
「ミトン?」
「うん、普通の手袋と違って指を入れるところが
親指とそれ以外の2つになってるでしょ?こういうのをミトンって言うの」
ほら、と言って両手にはめてみせる。
「こんな感じになるんだよ」
そのまま指を曲げたり、伸ばしたり。
その仕草が、何かそういう形の小さい生き物が動いてるようにせつなには見えて。
「ふうん……何だか可愛いのね」
「でしょ?こういうの、前から欲しかったんだ」
嬉しそうに話すラブを見て、せつなも笑みを浮かべる。
良かったわね、と素直な感想を述べると、ラブも、うん!とうなずく。
ごく普通のやり取りの筈なのに、それでとても嬉しい気持ちになれるのは
(それがラブの事……だからよね)
そう思うことで、胸の中がなんだかあったかくなる。
そのことがまた、なんだか嬉しい。
だから、この気持ちを持ち続けたいと、せつなはある提案をラブに持ちかけた。
「ねえラブ、それ、私も欲しくなっちゃったんだけど……。
同じの、まだあるかしら?」
その言葉に、待ってました!と言わんばかりの表情を浮かべるラブ。
「じゃじゃーーん!こんな事もあろうかと、買っておいたのだ!」
そう言いながらラブが取り出して見せたのは、
今彼女がはめているのと同じ形のミトン。
ただ、ラブが今はめているのがピンク色なのに対して、今取り出したのは赤色。
それはつまり。
「はい、こっちはせつなの分、あたしとお揃い!」
「え?」
きょとんとしたままで差し出されたミトンを見つめるせつな。
(……そりゃそうか、いきなりこんな事言われたらビックリするよね)
唐突な切り出しをした自分に反省しつつ、
ラブはせつなの手を取るとその上にミトンを乗せる。
「これはあたしからのプレゼント……一足早いクリスマスプレゼントかな?
だから遠慮しないで、受け取って欲しいの」
「でもこれ、ラブのお小遣いで買ったんでしょ?」
「うん、向こう三週間はドーナツ我慢することが決定しててね……
と、いやいや、それは置いといて、ね、受け取って、せつな」
手で物を横に除けるジェスチャーをしたりしながらも
受け取る事を促すラブに、せつなは首を振る。
「やっぱり悪いわ……いくらプレゼントと言われても、
ラブの楽しみを奪ってまで、受け取るなんて出来ないわよ」
頑なに固辞するせつなに、ラブは苦笑。
(まったく、こういう時でも真面目なんだから……)
それでも、この娘に受け取ってもらいたいから。
その想いを糧に、頭の中で一つ一つ言葉を作り、繋げ、紡ぎだす。
「あのね……これ買うときに、一緒にせつなのも買おうって決めてたんだ。
この冬は二人でおそろいの手袋をして、手を繋いで街を歩きたいって思ったから。
勿論これはあたしの一方的なわがまま。
でも聞いてくれたら、あたしは嬉しいかな」
「ラブ……」
「どうかな、せつな?」
「……もう、ズルいのね、そんな言い方されたら、私断れないわよ」
そう言いながらも、せつなの顔に浮かぶのは決して不快の表情ではなく。
「え、それじゃあ……」
「うん、喜んで受け取らせて貰うわ、ラブ」
言葉通り、嬉しさを表した満面の笑みで、せつなは赤いミトンを受け取った。
「どう、せつな?」
ミトンをはめたせつなに、感想を尋ねるラブ。
せつなは、両手のそれを動かしたり、ぽんぽんと重ねてみたり。
しばらく思いのままに感触を確かめていたが、
やがて胸元で抱きとめるように両手を重ね合わせた。
「……うん、暖かいし、手に伝わってくる感触が気持ちいいわ。
ありがとう、ラブ……すっごく素敵なプレゼントよ」
そしてまた、ラブに向けられる嬉しさの笑み。
ラブは頷くことで、それに答える。
「うん、せつなが喜んでくれるなら、あたしも嬉しいよ」
(……ってそう思い切ることが出来ないあたしがちょっと悲しいけど)
この笑顔と引き換えなら、ドーナツ三週間の我慢、安い代償じゃないか。
さっきからそう言い聞かせているのだが、心の中の一部がまだ未練を残しているらしい。
「ねえラブ、明日から三週間、貴方のドーナツ代、私が出すわ」
そんなラブの気持ちはお見通しとばかりに、
クスリと笑ったせつながラブに提案を持ちかける。
「え?……いいの?」
「ええ、これだけのプレゼントを貰ったんだから、私にも何かお返しをさせてね」
「……」
「どうする?さっきまでの私みたいに遠慮する?」
イタズラっぽい笑みで尋ねてくるせつな。
「……せつな、さっきあたしに言った言葉、丸ごとお返しする。
ううん、せつなの方がずっとズルい」
「……どして?」
「だってあたしがドーナツ我慢出来ないのわかってて、そんな事言うんだもん!」
むー、と頬を膨らませて答えるラブ。
そんなラブの様子を見て、クスクスと笑うせつな。
「ごめんなさいね……じゃあ、ドーナツの件、OKってことでいいのね?」
「もっちろん!せつなのドーナツで幸せゲットだよ!」
そしてわはーっ、と歓声を上げながら、せつなに抱きつくラブ。
と、その視線がせつなの赤く染まった頬に向けられる。
「ねえ、せつな?」
「何?」
「さっき待ってる間、寒かったでしょ?こんなに頬っぺた真っ赤にしちゃって……。
ごめんね本当に。もっと早く決めるつもりだったんだけど、結構迷っちゃって」
申し訳なさそうに眉尻を下げながらそう言うと、
自分の両の手の平をせつなの顔にそっと添えて、そのまま両の頬を包み込む。
「きゃっ……ラブ、何?」
「んーと、こうすれば、ちょっとはあったかいかなって」
ミトンに包まれたラブの手、
そこからの温もりが、やんわりと頬っぺたに染み込んでくる。
それだけじゃない。
こうして自分の事を思ってくれているラブの気持ち、その暖かさが心に伝わってくる。
体の温もりと心の温もり。
まぶたを閉じて、二つの温もりに身を委ねながらラブに答える。
「……………………………………うん、とっても暖かい」
「……良かった」
その言葉に、ラブの顔が安堵の笑みを作る。
待たせてしまったことの埋め合わせがこれで出来た、とばかりに。
「それにしても……」
「?」
言いかけた言葉に、せつなは疑問の表情。
「せつなの頬っぺた、手袋の上からでもわかるくらいに熱いよね」
「なっ……」
続く言葉で、体温が一気に跳ね上がる。
「わわっ!また熱くなった!せつな、大丈夫?実は風邪引いてたりするんじゃない?
それってあたしが外で待たせてたせい?ごめんね、ごめんねっ」
伝わる熱が増したことに慌てるラブをどうどう、と落ち着かせる。
「違うわ、ラブ、熱はないから。大丈夫、安心して」
「本当なの?でもこんなに顔熱いし……」
「えっと、それは……」
言葉に詰まるせつな。
(え……それを言わせる気なの?)
相手が心を許した人だとしても、それを面と向かって言うのは流石に恥ずかしい。
黙ったままのせつなの様子に、ラブの不安が増す。
「せつな、やっぱり調子悪いんじゃ……どれどれっと」
言いながら、自分のおでこをせつなのおでこにコツンとくっ付ける。
「ちょ……ちょっと、ラ、ラブっ!」
(顔、近い、近いってば!)
人間の体温に沸点があるなら正に今がそうなんじゃないか、
それくらいに顔が熱いのを自覚しながら、せつなは言葉と心で二重に抗議する。
しかし、
「……やっぱり、すごく熱があるみたいだよ、せつな」
彼女の体を気遣うことに意識を向けているラブに、それは届かなかった。
ラブの行為はどこまでも真摯にせつなのことを思うが故のもの。
それ自体は嬉しい事なのだが、その根本が間違っている。
(全く……なんでこういう時に限って鈍いのよ、ラブは!)
心の中で文句を言いながら、せつなは止むを得ずの解決策を採る。
「……から」
「え?」
囁くように出された言葉を聞き取れず、ラブが聞き返す。
「……ラブに……されてるから……」
「ごめんせつな、よく聞こえないよ……まさか、声も出ないくらい具合悪いの?」
「……」
「せつな?」
「もうっ!こんなに顔を近づけて、頬に触られたり、おでこ付けられたりとか……
ラブにそんなことされたら、体温だって上がるわよ!恥ずかしいし!嬉しいもの!」
感情に任せて一気にまくしたてる。そうでもしないととても言えないから。
そしてその言葉は、
―火が出るんじゃないかと思うほど赤くなった顔と
言っちゃったという後悔の感情を代償にして―
確実にラブに届いていた。
「……あ……え、その、えーと、せつな、つまり風邪じゃないの?」
狼狽するラブ。
その問いかけに、コクンと頷くせつな。
「……つまり、全部あたしのせいですか……」
更なる問いかけにもせつなが頷いた。
「……」
沈黙。反芻。熟考。理解。
4つの工程を得たラブの心に、先程のせつなの言葉が入り込んでくる。
途端、効果音を付けるならボンッという音が相応しいくらいに瞬間的に、
ラブの顔が、せつなと同じかそれ以上に赤く染まる。
「……うわわわわわ。せつな、今更だけどあたし……
すごく恥ずかしくなってきたんだけど……
いくら両手に手袋はめてるからって、おでこでとか、ねえ?」
「私の方が恥ずかしいわよ!んもーっ!結局全部言わせるんだからーっ!!
ラブの馬鹿馬鹿ばかばかーーーーっ!!!」
言葉と共に、両手をブンブンと振り回し、ラブをポカポカと叩くせつな。
「あいたたたたた、せつな、ごめん、ごめんなさーい!!」
ミトンのおかげでそんなに痛くはないのだが、
それでも頭を押さえる仕草をして、走り出すラブ。
「あ、ラブ、こら、待ちなさーーーい!」
それを追いかけるせつな。
そのまま始まる、家までの追いかけっこ。
必死で逃げながら、それを追いながら、それでも二人とも笑顔で、楽しそうで―
それはきっと、走る二人の手の先で何度もひらひらと宙に舞う、
ピンクと赤の二つの色があるから。
この冬で最初に、二人がゲットした幸せの証だから。
最終更新:2010年01月05日 00:07