「ねぇ、せつな」
「なぁに、ラブ?」
「アタシ達、ずっとずっと、一緒だよね」
「もちろん」
そして少女達は夜空の下で、小指を絡めた。
Moon Child
せつな、って言葉を辞書で引いてみた。
極めて短い時間。一瞬のこと。
そう、書いてあった。
知った時、不安になった。知らなきゃ良かったって、思った。
その言葉を名前に抱く、女の子を知っていたから。
ねぇ、せつな。
いつからかな。せつな、よく笑うようになったね。
皆と一緒にいて。お母さんお父さんと一緒にいて。
アタシといて。
昔の、イースだった頃とは大違い!! なんて言ったら怒るかな? それとも悲しむ?
でもそう言っても、笑ってくれそうなぐらい、せつなはよく、笑うようになった。
アタシ、せつなの笑顔が好きだよ。
見てて、とっても幸せになる。
もっと見たくて、バカなことをしちゃうぐらいに。
今日も、いっぱい笑ってたね。
アタシがテレビに出てた芸人さんの顔真似をして見せたら、転げまわって笑ってた。
嬉しくって、何度も何度も繰り返しちゃった!! って、今思うと、ちょっと女の子捨ててたかも・・・・・・タハハー。
ホント、嘘みたい。
ほんの少し前まで、人前で笑うのは苦手だ、なんて言ってたことが。
今はダンスのレッスンでも、きっと一番、綺麗な笑顔をしてるよ。
でもね。
でも。
せつな、笑ってるのに。
なんだかとても、泣きそうな顔に見える時があるんだよ?
どうしてかな。どうしてそう思うのかな。
せつなはいつもみたいに笑ってるのに、どうしてそんな風に見えるのかな。
そんな時、せつながとても――――遠い人に、思える。
ねぇ、せつな。
笑って?
もっと、もっと笑って?
アタシの不安を吹き飛ばすぐらいに、思いっきりの笑顔を見せて?
そんなアタシの思いに、せつなは、やっぱり笑ってくれる。
心からの、笑顔だと思うよ。嘘は感じない。いつだって、どこだって。
弾けるような笑顔。幸せを呼ぶ笑顔。
なのに。
アタシの心は、寂しがってる。
時々、夜のベランダに出て、夜空を見上げてるよね。
遠い星を、眺めてるよね。
月の光を浴びてるよね。
その時のせつなは、とっても綺麗。
同じ女の子のアタシが、ドキッてしてしまうぐらいに、綺麗。
けどそれは、どこか儚い――――儚いって言葉、こう書くんだよね?
人に夢と書いて、儚い。
月を見ている時のせつなは、やっぱり笑顔。
けれどそんなせつなを見ていると、胸がキュンって苦しくなる。
子供の頃に読んだ絵本を思い出してしまうから。
かぐや姫。
いつか月に帰る、お姫様の物語。
せつなは。
どこにも行かないよね。
せつなの家は、ここだよ。
この家が、この部屋が、せつなの帰ってくる場所だよ。
たとえいつか、どこか遠くに旅立ってしまうのだとしても、せつなの帰ってくる場所は、ここにある。
ねぇ、せつな。
アタシ、変なのかな?
ずっとずっと、せつなと一緒にいたいって思うなんて、変なのかな?
そういえば、中学に上がる時に、美希タンやブッキーと違う学校になっちゃって、すごく寂しかったんだ。
でも、今でも仲良し!! いつも一緒じゃないけれど、いつでも会える。
けどね、せつな。
せつなとは、離れたら、もう会えないような気がして。
そんなこと、あるはずないのにね。
大人になって、二人とも、この家を出ていくのかもしれない。
それでも、きっとアタシ達は友達で、家族で。
戻ってくる場所が一緒だから、また会える筈なんだよね。
もしもその時、まだせつながアカルンを持っていたなら、ホントに、どれだけ離れてたとしても、すぐに会えるしね!!
――――わかってる。
それが、子供じみた考えだってことを。
そう。アタシはまだ、子供だ。中学二年になっても、半分も大人になりきれてない。
アタシ達はいつか、離れていく。
それぞれの道を、歩いていく。
毎日のように電話をして、メールをして、会ったとしても。
たとえ、同じ家に住んでいたとしても。
アタシ達の道は、離れていく。
ホントはね。
ずっと一緒の道を歩いていたいんだ。
いつまでもいつまでも、二人で笑っていたいんだ。
けれどきっと、それはダメなこと。
アタシ達は、やっぱり違う人間だから。
桃園ラブが一人しかいないように、東せつなも一人しかいない。
そして皆、人生は一度きり。
だから、それぞれの道を、歩いていかないと。
でも。でもね、せつな。
もしも、せつなと同じ道を歩けるなら。
アタシは、おじいちゃんにつけてもらったこの名前の意味を捨ててもいいかもしれない。
世界中の人にじゃなく。
せつなの為だけの、ラブになる。
ラブ。ねぇ、ラブ。
面と向かって言うことが出来ないから、心の中でこっそりと言うわね。
私に幸せをくれて、ありがとう。
私に、笑顔をくれてありがとう。
ダメね。やっぱり、恥ずかしい。
口に出してもいないのに、ね?
Sun Child
私がこの家に来てから、どれぐらいの月日が流れたんだろう。
相変わらず、ラブは明るくて、輝いてる。
まるで、太陽みたい。
私の自慢の親友よ。
イースだった頃の私は、太陽を知らなかった。
こんなにも明るくて、優しくて、あったかいものだったなんて。
時々、暑っ苦しかったり、うんざりした気分になることもあるけどね。
あ、これはラブのことじゃないわよ?
私ね。本当に、感謝してるの。
東せつなとして生まれ変われたのも、こうしてお父さんお母さんと一緒に暮らしているのも、ラブと毎日一緒に学校に行くのも。
何もかもが楽しくて、仕方ないの。
ラブは私の一番の友達。家族。時々、手のかかる妹。時々、頼りになるお姉さん。
最後のは、本当に時々だけどね?
私ね、ラブと出会って、何が一番素敵だったかって、笑えるようになったことだと思うの。
生まれ変わってから、私はたくさん笑った。それまでの、ラビリンスで過ごしていた頃とは比べ物にならない程、いっぱい笑ってる。
お父さんのつまらない冗談に。お母さんのお茶目に。ラブのおっちょこちょいに。
箸が転んでもおかしい年頃、という言葉があるらしいけれど、私にはそれがピッタリ!!
本当に、毎日毎日が楽しくて仕方ないの。
そう!! 私、幸せよ!!
今なら、わかる。
私が、幸せのプリキュア、キュアパッションに選ばれたのも。
だって私、こんなにも幸せなんですもの!! 幸せの嵐を吹き荒れさせることなんて、お茶の子さいさいよ!!
そしてこの幸せをくれたのは、ラブ、あなたよ。
本当に、本当にありがとう。
幸せをありがとう。
優しさをありがとう。
側にいてくれて、ありがとう。
だから、ね。ラブ。
いつか。
いつか、私は。
ラブとお別れしなきゃいけないと思うの。
幸せになっちゃいけない気がする。そんなことは、もう言わない。
だって、私は幸せになったから。
私の幸せが、ラブやお父さん、お母さんを幸せにしているのを見ていたから。
皆の幸せの為に、私も幸せになる。そう、決めてる。
でもね。
だからこそ、ラブ。
ラブには私だけを見ていて欲しくないの。
私は十分に幸せになったわ。もう両手に抱えきれないぐらい!! 一生分、幸せになったかな。
まだまだ足りない、なんていったら、バチがあたっちゃうかしら? けど、もっともっと幸せになりたいわ。
でもその幸せは、自分で見つける。
ラブには、もっとたくさんの人を幸せにして欲しい。きっとその力が、ラブにはあるから。
いつか、ラブから聞いたわよね。
ラブって名前は、おじいちゃんがつけてくれた名前だって。
世界中に愛を届ける、そんな人になるようにって。
そのことを話してくれた時のラブ、とっても輝いてたわ。
だからね、ラブ。
私を――――イースという敵だった私をも幸せにしてくれた貴方なら。
もっともっとたくさんの人に、幸せをわけてあげられると思うの。
それこそ、世界中の人に!!
ブッキーみたいにいうなら。
私、信じてる。
――――もちろん、本当は寂しい。
ラブと、ずっと一緒にいたい。
ラブと、いつまでも暮らしていたい。
でもきっとそれは、よくないこと。
私が幸せのプリキュアなら、ラブは愛を司るプリキュア。
たくさんの人に愛を届ける。その邪魔をしたくない。
貴方がその背中に翼を持っているのに、私が重すぎて飛び立てないなんて。
そんなことには、なりたくない。
ねぇ、ラブ。
私の心は、宙にふわふわ浮いていたの。
それを捕まえてくれたのが、ラブ。
ギュウって抱きしめて、地面に足を付けさせてくれたこと、忘れない。
嬉しかったの。
風に流されるままだった私が、歩けるようになって。
自分の足で。自分の足で。どこへでも行けるんですもの――――!!
ラブ。
私、ラブのこと好きよ?
だからラブ。
私、見ていたいの。
ラブが周りの人たちを幸せにしながら歩いていくのを。
私、見ていて欲しいの。
東せつなはもう、自分の足で歩けるってことを。
やぁね。
せっかくカッコつけてたつもりなのに。涙が出てきちゃった。
今日、明日ってわけじゃないのにね。
いつか、って言葉だけ。
でもそれはきっと、必ず来る日、なのよね。
ねぇ、ラブ。何度も言うけど。
私、とっても幸せよ。
もちろん、ホントはね。
ずっとラブと一緒にいれることが、一番の幸せ。
でもそうしたら、私、笑えなくなるかもしれない。
ラブを引き止めた自分のことが、嫌いになっちゃうかもしれない。
ああ。ホントに。
私、どうしたらいいのかしらね?
ただ一つ、わかるのは。
やっぱり私は、ラブのことが好きってことだけ。
輝いている、太陽の子供のような、その笑顔が。
好き。
「ねぇ、せつな」
「なぁに、ラブ?」
「アタシ達、ずっとずっと、一緒だよね」
「もちろん」
そして少女達は夜空の下で、小指を絡めた。
天に月は無く、星も無く。
道しるべのない想いは、風に乗って。
空に、溶けていった。
最終更新:2010年01月11日 21:31