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「お待たせ、せつな」
「もう、遅いわよ、美希」
「ごめんごめん。ジュース奢るから、許してよ。ね?」
「もう。しょうがないんだから」

 腕を組んでしかめっ面を見せる彼女の姿に、せつなと久しぶりに二人でお出かけするから、つい気合い入れちゃった
ら遅れましたた、なんて言えないわね、と美希は思ったのだった。





     Honey day, My Secret





「それで。今日は、どこに行くの?」
「色んな所に行きたいわ。プレゼントを買いたいから」
「プレゼント? ああ、クリスマスの」
「ええ、そう。ラブに、お母さんに、お父さん。タルトとシフォンの分もね」
「なるほどね。それで、あたしに手伝って欲しい、と」
「そういうこと。美希なら、お店、たくさん知ってるでしょ」
「もちろん。任せといて。いーっぱいお店、紹介してあげるから」
「頼もしいわね。ありがと、美希」



「まずは、ここなんてどう?」
「玩具屋さん? ああ、タルトとシフォンのプレゼントね」
「そうそう――――あ、これなんてどう? アズキーナそっくりじゃない、このぬいぐるみ」
「あら、ホント。こっちのは、タルトにそっくり。そうだ、アズキーナにはタルトのぬいぐるみをプレゼントしようかしら」
「それ、いい考えだと思うわ」
「じゃあ、決まりね。アカルンにお願いして、今度、連れてってもらいましょ」
「せっかくだから、タルトも一緒に連れて行って、二人に渡してあげましょうよ」
「さっすが美希、完璧ね――――ところで、シフォンにはこれなんてどうかしら?」
「ロボットの玩具? どうして、これを?」
「電池で動くんでしょ、これ。ほら、玩具の国に行った時に、シフォンが楽しそうに追いかけてたから」
「そっか。そうだったわね。うん、いいんじゃない」
「良かった、美希にそう言ってもらえて」



「次はお父さんのプレゼントよね? じゃあ、この店なんていいんじゃないかしら」
「紳士服売り場? でも、そんなにお金、持ってないわ」
「わかってるってば。こういうのはね、気持ちが大事なの。ほら、このネクタイなんてどう? これなら、せつなのお小遣
いでも買えるでしょ?」
「あ、ホント。結構、リーズナブルなのね」
「ピンキリだけれどね。さ、せつなのセンスで選んでみたら?」
「うーん――――これかしら?」
「……赤が好きなのはわかるけれどね、せつな。それ、さすがにおじさんぐらいの年の人には似合わないと思うわよ
……」
「も、もちろん冗談よ。ほ、ホントはこっちがいいと思ったの」
「ジー」
「ホントだってば!!」


「おばさまとラブの分は、この店でどう?」
「――――可愛い!! 色んなアクセサリーがあるのね」
「そ。しかも、どれも安いし。結構、穴場なのよ、ここ」
「やっぱりすごいわね、美希は――――あ、これ、綺麗。お母さんにピッタリ」
「ブレスレット? 確かに、おばさんに似合いそうだけど、ピッタリって?」
「色のことよ。前にね、私とラブに、お母さんがお揃いのブレスレットを作ってくれたの。で、このブレスレットが、赤と
ピンクで出来てるから」
「なるほどね、二人の娘の気持ちを込めて、ってことか」
「うん。そういうこと」
「いいんじゃない? そういうの、あたし好きよ――――あ、ごめん、ちょっと電話がかかってきちゃった。外で話して
くるから、しばらく見てて」
「ええ、わかったわ」


「ごめん。お待たせ。事務所の人からだったわ。お仕事の話で――――ごめんね?」
「いいわよ、謝らなくても。それより、ラブの分なんだけど」
「何か、いいのがあった?」
「ええ。これなんて、どうかしら?」
「……随分、いっぱい買うつもりなのね」
「そうかしら?」
「籠にいっぱいじゃない」
「どれどれ――――シュシュにヘアピンに、ネックレスにチョーカー、イヤリングにストラップ?」
「ラブ、喜んでくれるかしら」
「喜ぶと思うわよ。その前に、ビックリするだろうけど!!」


「改めて、今日はありがと、美希」
「別にいいわよ。あたしも楽しかったから。それより、いいの? アイス、奢ってもらっちゃって」
「もちろん。本当に、感謝してるんだから」
「――――アイスだけ?」
「え?」
「感謝の気持ちって、アイスだけなの?」
「――――? アイス、だけじゃダメだった?」
「ううん――――別にいいけど――――」
「何を落ち込んでるの? 変な美希」



「それじゃあね、せつな。皆、喜んでくれるといいわね」
「うん、ありがと、美希。じゃあ、またね」


 去っていく美希の背中を見ながら、せつなは少し、唇を尖らせた。
 もう。美希ったら、あんなこと、言わなくてもいいのに。
 彼女のポケットには、小さな袋が一つ。
 美希が電話をかけに外に出た隙に、急いで買ったもの。
 赤の石が輝く指輪。
 もちろん、宝石なんていいものじゃなくて、せつなにも買えるぐらいのお値段だったけれど。
 それでも、見た瞬間に思ったのだ。
 これを美希にあげよう、と。
 彼女の、細い、雪を欺く白の指に、その赤はきっととても映える。
 例えば、美希が髪をかきあげる時、左手の薬指にその指輪が光っていたら。
 想像して、せつなはつい、こらえきれずにやけてしまう。嬉しくて、幸せで。
 本当なら、今日のお礼にと渡したかった。
 なのに、美希があんなことを言うから、つい、渡しそびれてしまった。
 けど、まぁいいか。
 せつなは気持ちを切り替える。
 クリスマスイブまで、もう少しだ。
 イブの夜に、アカルンで彼女の部屋に行こう。
 眠ってる美希の枕元に、プレゼントを置いておこう。
 そして――――気が向いたら、もう一つぐらい、プレゼントをあげてもいい。

 彼女の頬に、柔らかなキスの、プレゼントを。





 せつな、プレゼント、買ってくれたかなぁ。
 美希は思いながら、足取りも軽く家路を歩く。そこには、さっき、せつなに見せた落ち込みはかけらも感じられない。
 何故なら、それは演技だったから。

 騙そうと思ったわけではない。ただ、ちょっと意地悪をしただけ。
 だって、最初に騙そうとしたのは、せつなだったから。

 何気ないふりを装って、彼女に指のサイズを尋ねてきたり。
 チラチラと指輪のコーナーを見てるにも関わらず、頑なにそこには行こうとしなかったり。

 バレバレなのよね。ホント、正直なんだから。思って、美希は苦笑する。
 わかりやすすぎる彼女の態度に、ついつい美希の悪戯心が刺激されてしまったのだ。
 多分、せつなは今日のお礼に、とプレゼントをくれるつもりだったのだろう。
 だからこそ、先にあんなことを言ってみた。そうしたら、せつなのことだから、意地を張って何もなかったふりをする
だろう、と見越して。
 そして、案の定だった。

 次に、せつなが考えることも、美希にはわかる。
 クリスマスイブの夜に、アカルンを使って、自分の部屋を訪れてくるだろう。
 枕元にプレゼントを置きに。
 美希は、つい、にやけてしまう。

 もし、あたしがその時に起きていて。
 サンタのせつなに抱きついたりしたら。
 用意したプレゼントを、渡してあげたりしたら。
 あの子、どんな顔になるのかしら?

 想像して、美希はやっぱり笑ってしまう。幸せな気持ちに包まれて。



 楽しみだな。クリスマスイブ。
 それぞれの家路を歩きながら、二人の少女は。
 同時に、そう思ったのだった。
最終更新:2009年12月03日 20:40