「そういえばさ、あの時、ブッキーったらさ......」
「ああ、あったあった。面白かったわよね」
「もう、やだ、ラブちゃん、そんなことまだ覚えてたの」
夏の日の、夕暮れ。私はラブと美希と一緒に、ブッキーの家に遊びに来ていた。
三人は、ブッキーが出してきた古いアルバムを開いて話をしている。そこに写
っているのは、小さな頃のブッキー、と、ラブと美希。
聞いていて、とても楽しいけれど。少し、私は寂しさを感じていた。
「それじゃあ、まったね~」
「バイバイ、ブッキー、美希」
「ラブちゃん、美希ちゃん、せつなちゃん、またね」
「しばらくミユキさんのレッスンをお休みするからって、体力づくりはさぼらな
いようにね」
口々にさよならの言葉を告げ、今日は解散。私はラブと一緒に、家への道を歩く。
「やー。今日も楽しかったね~、せつな」
「――――うん。そうね、ラブ」
ほんのちょっと、返事が遅れたのは、多分、この想いのせい。バレナイ、と思
ったけれど、やっぱりラブは鋭かった。ん、と不思議そうな顔で私の方を見ている。
「どうかした、せつな」
「ううん、なんでもない」
「でも、元気ないみたいだよ」
歩きながら、心配そうに覗き込んでくる彼女に、やっぱり隠し事は出来ないなぁ、と思う。
本当に、鋭い。
「うん......ちょっと、羨ましいなって思っただけ」
「羨ましい――――って?」
「ほら、ラブと美希とブッキー、三人って幼馴染でしょ? 昔から仲のいい友達
がいるっていいなぁ、って」
言っても仕方ないことだとわかっていて、私は想いを口にする。
寂しい、と思ったのは、彼女達が笑顔で振り返る過去に、私の姿はないから。
当然だ。私はその時、ラビリンスにいたのだから。
別にそれで、疎外感を感じるわけじゃない。ラブも美希もブッキーも、とても
昔のことを、まるで昨日のことのように私に面白おかしく話してくれる。ラブが
初めて補助輪無しで自転車に乗れるようになった日、はしゃいで乗り回してドブ
に落ちた話など、もう何回聞いたかわからない。まるでその場にいたかのように
話すことだって、出来ると思う。
けれど。
そこに私はいなかったという事実は、変えられる筈もなく。
「なんかね、美希にもブッキーにも、ラブとの思い出があって、それを一緒に思
い出しながら話すことが出来るでしょ。それが」
羨ましい。
そう言って、私は微笑んだ。頭では、どうしようもないことだとわかっている。
でも、私にそういう人はいないから、やっぱり羨ましいと思ってしまう。
「んー、まぁ確かに、美希タンとブッキーとは長い付き合いだしね。思い出もい
っぱいあるかも? ま、忘れたいのとか、忘れて欲しいのとかもあるけどね――――タハ」
少し前を歩くラブのその台詞に、私は目を伏せる。頭と、心は別物。理解した
としても、自然と生まれる胸の痛みを消し去ることは出来ない。
「けどねっ、せつな」
「キャッ」
唐突に立ち止まって振り返ったラブに手を握られて、私は思わず声を上げて目
を丸くする。
「な、何?」
「せつなはこれから、アタシとの思い出をいっぱい作れると思うよ」
「え?」
「一番最初は、明日からのお出かけ!!」
あ、と私は思わず呟く。
明日から、私達は夏休みの旅行に出かける。お父さん、お母さんに連れられて、
二泊三日で高原のペンションに。
「いーーーーっぱい写真撮って、美希タンやブッキーに見せて、いーっぱいお話
するつもり。でも」
私の耳元に顔を近づけて、ラブは囁く。
「思い出は、アタシとせつなだけのものだよ」
「......ラブ......」
ヘヘン、と白い歯を覗かせながら笑う彼女に、私の心は解きほぐされる。心の
奥を凍てつかせていた小さな氷は、もう溶けてしまった。ラブという、太陽の光
によって。
そうだ。私達には時間がある。未来がある。
無いのなら、作ればいい。これからの時の中で。
ずっとずっと一緒の、彼女と共に。
「これからたっくさん、思い出を作ろうね、せつな」
「うん、そうね、ラブ」
大きく頷いた私を見て、またラブが笑う。そして私達は、手を繋いだまま歩き
出す。
二人が共に進む、明日へと向かって。
最終更新:2009年09月24日 22:41