避-171

「お待たせ美希。遅くなってごめんなさい。」

 遅れてきた私に対して、彼女は優しい笑顔で〝アタシも今来たところ〟と言ってくれた。

 けれど、それは―――――嘘

 だって、昨日一人で占い館に行ったこともあり、ラブに事情を話さず
 出かけるまでに相当の時間がかかってしまったからだ。


「でもどうしたの、お話って。それもこんな場所で。」
 夕暮れ時の公園は、寒さも相まって人気がほとんど無い。
 美希に目で誘われてベンチに腰をかけるが、彼女は困った顔でなかなか話をしようとしない。

「もしかして、昨日のこと?」
 答えないのを肯定と捉えて話を続ける。
「あなたたちは私の過去のこと、ラビリンスのこと、本当に何も聞いてこないのね。」



「アタシはプリキュアだけど軍人じゃないわ。使命より親友の幸せを優先させたいことだってある。
 できるならそっとしておいてあげたい、静かに暮らさせてあげたい。でも…状況があなたを追い詰めていく。」
 美希は苦しそうな表情でせつなを見つめて続ける。

「心配なのよ、せつながこれからしようとしていることは……」
 胸に去来するせつなの孤独。
 一人で抱えさせてしまったこと。

 そして、ウエスターが見せた仲間意識。



「誤解しないで、美希。一人で不幸のゲージを壊そうと思ったのは、罪を償うためじゃないわ。
 お父さんやお母さんやあなたたち、そしてシフォンの幸せをただ守りたかったからよ。」

 私はそっと、彼女の手を握った。冷たくなった美希の手が、私の手をゆっくりと握り返してきた。
 少し震えている。

「ゲージは破壊できた。シフォンはインフィニティにならなくなった。これは大きな前進だと思う。
 でも、だからこそ、この先はなりふり構わずシフォンを奪いにくるはず。
 ノーザたちもソレワターセが自由に使えなくなるなら直接、奴らと戦うことにもなるわ。」


「せつな、あなたは……」



「私はね…」
 ぽつぽつと語り始めるせつな。その表情からは何も読み取れない。


「ずっと満たされない空っぽな心。悲しくて寂しくて、それを認めたくなくて。
 誰かを憎むことでしか、手に入れられないものを踏みにじることでしか、自分を保てなくなっていた。
 奪って潰して、それを捧げて……。メビウス様の寵愛を受けることで、きっと今まで不幸だった分の
 帳尻をあわせたかったんだと思う。
 何もなかったからこそ、一番大きなものを手に入れたかった……。結局、何も手に入れられず全てを失ってしまったけれど。」
 無表情だった顔に自嘲が浮かんだ。


「イースだった時から、ウエスターは私を仲間だと言っていた。サウラーも口には出さなくても同じ気持ちは
 あったのかもしれないわ。けれど、私はそれを一蹴した。私には彼らが競争相手でしかなかったから……。
 今思うと、一番非道いのは………私かもしれないわね。」


 しばらく沈黙が続く。冬の寒風が私たちを通り過ぎていく。

「大丈夫よ、美希。」
 吹っ切れたような表情でせつなは微笑む。

「私は戦えるわ。彼らを憎む気持ちは無いけれど、許すことも出来ないの。
 私は自分のしてきたことが許せないし、彼らも許せない。そして、許せる立場にも無い。

 でもね、空っぽだった私の心を沢山の愛情で満たしてくれたあなたたちに応えるために、
 初めて愛した人たちをこの手で守るために、私は戦わなくてはならない。

 私が自分を許せるかどうか。その答えは、きっと全てが終わった先にあると思うから…。
 だから、もう無理はしない。最後まで……この目で見届けたいから。」
 そう言ってせつなは、寂しげな表情で美希に微笑んだ。



 アタシは悔しかった。
 せつなは一人じゃない、一人にはならない。そう言ったのに一人にさせてしまった。

 決戦が近づいている、それが更にせつなを傷つけることにはならないか?
 アタシは、せつなの孤独を癒したい。一緒にいるだけじゃなて、一緒に罪も罰も分かちあってあげたいんだ、と。


「ねえ、せつな。これだけは覚えておいて。
 あなたがアタシたちの幸せを願っているように、アタシもあなたの幸せを願ってる。
 アタシが…、アタシたちが守りたいのは……、せつなも幸せに笑える平和な世界よ。
 だから!あなたが居なきゃダメなの。アタシたちが幸せになれないの。だから………、一緒に頑張ろう!!!」

 美希らしい、希望のある言葉だった。
 せつなはとびっきりの笑顔で「ええ」と頷いて立ち上がった。

 冷たかった美希の手はすっかり温まっていて。
 この温もりを守ろう。そう互いに誓いながら彼女たちは家路に向かって歩き始めた。



 いつか、互いに気を使う事無く歩き出せる日が来るのを信じて。
最終更新:2009年12月25日 22:28