「みんな~ダンス大会の再開日が決まったわよ」
ミユキさんの言葉に一同の目が輝く。
開催日は二週間後の日曜日、会場は復旧した同じホールだ。
この日に備えて練習を重ねてきた、地道に体力を付けコンディションも崩さない自信はある。
「これから強化練習に入るわ、厳しくなるけどしっかりついてきてね。
今度こそ必ずチャンスものにしましょう」
『ハイッ』
「頑張ろうね、せつなちゃん」
「今度は四人で幸せゲットだよ!」
「アタシ達、完璧」
みんなの瞳に闘志が宿る中、せつなの表情だけは冴えなかった。
「祈里ちゃん、ターンのタイミングが少しだけ遅れてる」
「美希ちゃんは少し早すぎる、全員の動きを肌で感じるの」
「ラブちゃん、指先に気を抜かないで」
「せつなちゃん、表現力が足りない、ダンスは体操じゃないのよ」
厳しい指導のもと、残り一週間を切ってほぼ全員の動きが満足の行く状態に仕上がった。
ただ一人を除いては……。
「今日はもうやめよう、せつなちゃん」
「根を詰めすぎるのは良くないわ、アタシ達が倒れたの知ってるでしょ」
「せつな……」
一人残って練習を続けると主張したせつなをみんなで説得した。
体力よりも精神的な疲労が濃いと判断したからだ。
せつなは決して下手ではない。一番遅れて始めたのを考えたら天才と言ってもいい。
その振り付けの正確さと動きの機敏さ、トリニティと並んで踊って遜色無いと言えるのは彼女
だけだ。
だが致命的な弱点があった……。
(ラビリンスには音楽もダンスも無かったから)
幼い頃から音楽に触れる機会のなかった彼女は、音楽に乗るという感覚がわからない。
ダンスそのものは良かった、体をイメージ通りに動かすのは格闘術と大差なかったからだ。
音楽を不規則な音の連鎖として捉えているせつなは、各小節ごとに振り付けを頭に刻んで踊る。
その動きは完璧なまでにブレが無く、四人に膨れ上がって複雑になった動きの基準となってく
れた。
しかし、今度の大会は甘くない、正しいだけでは通じないのだ。
表現力、全員の動きと音楽が一体化して初めてダンスは芸術となる。
確かにリズムも動きも正確だ。しかし、どこか機械的なせつなの動きは、見る人が見れば浮い
たものに映るだろう。
せつなの表情に焦りと苦悩が滲む。
「あたしはせつなと踊れるだけで楽しいよ」
「あせっちゃダメよ、楽しまなくちゃ」
「そうそう、まだ一週間もあるんだし」
誰も責めない――――それが返って辛かった。
「焦るわよっ!!」
せつなの大声に全員が一歩引いた。
「一週間あるですって……。ダンス始めてからずっと言われていたことなのよ。
前のダンス大会を滅茶苦茶にしたのは私よ!
あなたたちの夢を台無しにした私が一緒に踊ること自体、許されないことだと思うわ」
悲痛な叫びが夕暮れの公園に響き渡る。
「それなのに、私のせいで大会に負けるようなことがあったら……。怖い――怖いわよ!」
その声は掠れ、涙声になっていた。
小さくなって震えるせつなの左肩に、ブッキーの手がそっとかかる。
「ねえ、せつなちゃん。わたしは引っ込み思案だった自分を変えたくてダンスを始めたの。
思っていたよりずっとダンスは素敵で、みんなと一体になって、自分が変わっていくのが感じ
られたの」
勇気が持てなかった自分が、仲間に勇気を与える。それもダンスのおかげ。
「ね。ダンスを始めるって決めた時の気持ちを思い出して……。
わたしは優勝より、せつなちゃんと踊ることのほうが大切よ」
せつなの右横に美希が座る。手を取って両手で包む。
「アタシなんてもっといい加減だった。有名なミユキさんが教えてくれるならやらなきゃ損か
なって。毎朝のランニングより楽しそうだし、ダイエットにいいかなって」
エヘヘっと笑う。
「今ではモデルになる夢と同じくらい大切よ。ダンスとプリキュアが、一度はバラバラになっ
たアタシたちを繋いでくれたの。だからこそアタシはせつなと踊りたい。
前の大会の出場者には悪いけど、アタシは潰れて良かったとすら思ってるの」
ペロっと舌を出して、悪戯っぽい表情で笑いかける。
「だって、あの大会で優勝してたら、クローバーは3人のままだったでしょ?」
クールな美希の恥ずかしそうな笑顔に、また涙があふれそうになる。
「あたしの気持ちなんて今さら言うまでもないよね、せつな」
ラブが正面にまわって優しく見つめる。
「結果なんて恐れないよ、でも悔いは残したくないよね。
だから――――特訓しよう!」
全員がえっとラブを見つめる。ラブはもうリンクルンを取り出して電話をかけていた。
「もしもし、ミユキさんですか、あたしです、実はお願いが……」
こうして特訓が始まった。
翌朝、四ツ葉町のTV局の中にあるスタジオにラブ達は見学に来ていた。
トリニティのダンスを見に……ではない。
トリニティと組んでダンスミュージックを生演奏してくれる、サウンドユニットの演奏を聴き
に来たのだ。
圧倒された。その迫力に。大気を震わす音の波動。
自然に体が弾む、じっとしていられなくなる。
音楽を録音テープでしか知らなかったせつなには、まさに衝撃だった。
その後、控え室で一人一人に話を聞かせてもらった。
ギター・ベース・ドラム・キーボード・それぞれに役割があり、一体とならなければ芸術とし
て成り立たないんだそうだ。
視覚に世界があるように、音楽にも音響の世界がある。それを描くのが演奏であり、感じ取る
のが視聴なのだとか。
そこにはダンスと同じで、沢山の想いが込められていて……。
せつなは、タイミングを取ることにしか使ってなかった自分を恥じた。
次の日からせつなの演奏の練習が始まった。
おとうさんのギターを借りて、せつながダンス大会の曲を弾く。
三人は踊る。音楽と一つになれるように。ずっと一緒にいられるように。
演奏開始から三日目、すっかり弾きこなしているせつなに美希が感嘆の声をあげる。
「やっぱりせつなは凄いわね、もう完璧ね」
「せつなちゃん、楽しそう」
「ね~ね~これもやってみようよ」
ラブが出したのは、トリニティの新曲の楽譜だった。この前演奏で聞いたときにこっそりもら
ったものだ。
「でもこれ振り付けないわよ?よく覚えてないし」
「せつなちゃん弾ける?」
「だいじょうぶ、適当でいいよ、適当に弾いて適当に踊ってみよう!」
演奏はなんとか出来た。踊りは無茶苦茶だった。でもみんな楽しそうだった。
滑稽だったからか、みんな踊り終わってから思いきり笑った。涙が出るくらいに笑い転げた。
ダンス大会前日、厳しい表情でミユキさんが見つめる。
「いよいよ明日が本番よ、練習の成果見せてもらうわ」
もう、せつなの表情に迷いは無かった。
スピーカーから流れる曲が、今までとは全く違った意味あるものに聞こえてくる。語りかけて
くる。
曲に込められた想いを感じ取り、自分の想いを乗せて伝える。語り合う。一つになる。
体が弾む。心が躍る。全てが繋がってゆく。
驚いた表情のミユキが、やがて笑顔に変わる。きっといける。
「さあ、みんな、新生クローバー行くよ」
わたしたちの夢はここから始まる。四つの心で世界に羽ばたくんだ。
最終更新:2010年04月04日 20:45