カチ カチ カチ カチ
時計の針の音に、ふと、目を覚ます。
「うーん」
体を起こして、枕元の携帯を開けば、浮かび上がる光。そこに記される時間は、午前二時。
「ふわぁ」
大きな欠伸をしてから、ラブはベッドから起き上がった。隣のシフォンと、床のタルトを起こさないように、気を付けな
がら。
足音を殺しながら、そっと階段を下りる。と、リビングから光が漏れてきていて。
お父さん、まだ起きてるのかな? 思いながら、そっとドアを開けると、そこにいたのは。
「せつな?」
「――――ラブ?」
イヤホンをして音楽を聴きながら、マグカップを口元に運ぶ少女の姿があった。
Midnight Talk
「どうしたの? こんな時間に起きてるなんて」
「ラブこそ、どうしたのよ」
テーブルに向かい合って座る、二人。声を小さくしているのは、圭太郎とあゆみが眠っているから。
「へへ、アタシは、なんか目が覚めちゃって。多分、緊張してるからだと思うんだ――――ってか、せつな、何を飲ん
でるの?」
「ホットミルクよ。飲んだら、よく寝れるって聞いたから。待ってて、ラブの分も作ってあげる」
「ああ、いいよ、自分で」
「いいから、いいから」
立ち上がろうとするラブを手で抑えて、せつなはリビングに向かう。彼女のマグカップを取り出し、牛乳を注いでレン
ジに入れる。手慣れたその動きを、ラブは後ろから見ていて、少し嬉しく思った。
もうすっかり、うちの台所に馴染んでるよね、せつな。
「お待たせ、ラブ」
「うん。ありがと、せつな」
受け取って、フーフーと息を吹いて冷ましてから、そっと一口。
「美味しい?」
「うん、すっごく美味しいよ、せつな」
「良かった」
喜ぶラブを見て、せつなも微笑する。そして、自分もマグカップを口元に寄せて。
「それで、せつなは?」
「え?」
「せつなは、なんで起きてるの?」
「ラブと一緒よ」
言いながら、せつなはイヤホンを付けたプレーヤーをラブに見せる。再生ボタンを押すと、微かに漏れ聞こえてくる
のは、明日の大会で踊る曲。
「さすがに踊ったりは出来ないけど、イメージトレーニングってところね」
「ふぅん、そっか」
そう言ってニヤニヤとするラブに、せつなは首を傾げる。
「――――? どうかした?」
「せつなでも、緊張することとか、あるんだなって思って」
「何よ、それ」
困った顔をするせつなに、ラブはこらえきれず吹き出す。
「ちょ、ちょっと、ラブ。なんでそんなに笑うのよ」
「ご、ごめん。でも――――クククク」
お腹を抱え、それでも声を押し殺そうとするから、悶絶してしまうラブ。そんな彼女を見て、照れくささにだろうか、頬
を真っ赤に染めたせつなは、
「もう!! 知らない!!」
言って、ぷい、と顔を背けたのだった。
「せーつなー」
「………………」
「ごめんってば、せつなー」
「…………知らない」
ようやく笑いの発作が鎮まったが、せつなが拗ねているのに気付いて、ラブは彼女の隣の席に移動する。
ツンツン、と人差指でせつなのほっぺをつついてみる。最初は顔をそむけていたせつなも、最後には諦めたのか、も
う、と笑いながらラブの方に顔を向けた。
「許す。許すから、もうやめて? くすぐったいわ」
「えへへー。せつなのほっぺ、柔らかくって、すっごい触り心地がいいんだもん」
「まったく」
呆れたように言いながら、それでも止めようとしないラブの手を振り払わないのは、彼女があんまり楽しそうな顔をし
ているから。くすぐったいのも、少しなら我慢出来るから。
「そんなに、私、緊張しないように見える?」
ようやく満足したのか、彼女の頬から指を離したたラブに、せつなはそっと問いかける。
「え? うん、そうだね。少なくとも、アタシみたいに、緊張してるようには見えないよ?」
「ふうん。そう見えてるのね、私って」
彼女の言葉に、ラブはゆっくりと首を傾げた。どういう意味だろう。思いながら、横顔を覗き込む。
「ホントはね? すっごく、緊張してるの。失敗したらどうしよう、うまく踊れなかったらどうしようって」
「せつな――――」
そう言うせつなの、マグカップを持つ手が微かに震えていることに、ラブは気付く。
「でもね」
ギュッ、とせつなは、その震える手を握りしめた。もうこれ以上、震えないように、と。
「でも、私、嬉しいの」
「嬉しい?」
「うん。こうして、ダンスの大会に出られることが」
言いながら、せつなはそっとラブに視線を向ける。
「皆と一緒にダンスを出来るなんて、ほんの少し前までは、思ってもみなかった。ううん、ラブの家に住むことも、こん
な風に真夜中にお喋りをすることも、考えられなかったことだった」
今では当たり前みたいだけどね。そう付け加えて、彼女はくすぐったそうに笑う。
「だからね、思うの。精一杯、頑張ろうって。今、こうしてここにいられることだけで、幸せなことなんだから。あとは、
悔いが残らないようにしようって。そう思うの」
「せつな――――うん。そうだね」
ラブは、深く頷く。せつなの言う通りだ。
今までたくさん、頑張ってきた。明日はその成果を、見せるだけ。
「なんだか、恥ずかしいわね、こんなこと話すのって」
はにかむせつなに、ラブは真剣な目で返した。
「そんなことないよ!! せつなの気持ちが聞けて、アタシ、嬉しかったもん」
普段、気持ちを抑えがちな彼女だからこそ、なおさらに。ラブはそう思う。
その言葉に、せつなは顔をゆでだこのように真っ赤にして、目を伏せる。
「も、もう、ラブ。変なこと、言わないでよ。恥ずかしいわ」
「あー。せつな、すごい赤くなってる。ほっぺが熱いよ?」
「ちょ、ラブ、触らないでってば。くすぐったいんだから!!」
翌朝。
あゆみが、リビングに入ると。
「あらあら」
ラブとせつなの二人が、せつなの部屋から持ってきただろう布団にくるましながら、ソファに座って眠りこけていた。
二つのイヤホンを、それぞれ片方ずつ耳に付けている。そうやってダンスの曲を聴いているうちに、二人して眠って
しまった、というところだろうか。
まったく。本当に仲良しね。
苦笑しながら、時計を見る。起こしてくれと言われた時間には、まだ少しある。もう少し、眠らせてあげよう。思いな
がら、布団をかけ直そうとして。
あゆみは、さらに深く、苦笑した。
何故なら。
眠る二人。だけど。
ラブの右手と。
せつなの左手が。
しっかりと、結ばれていたから。
絶対に、離さないと、そう言わんばかりに、強く。固く。
最終更新:2009年12月14日 21:33