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8-119

 カチ カチ カチ カチ

 時計の針の音に、ふと、目を覚ます。

「うーん」

 体を起こして、枕元の携帯を開けば、浮かび上がる光。そこに記される時間は、午前二時。

「ふわぁ」

 大きな欠伸をしてから、ラブはベッドから起き上がった。隣のシフォンと、床のタルトを起こさないように、気を付けな
がら。

 足音を殺しながら、そっと階段を下りる。と、リビングから光が漏れてきていて。
 お父さん、まだ起きてるのかな? 思いながら、そっとドアを開けると、そこにいたのは。

「せつな?」
「――――ラブ?」

 イヤホンをして音楽を聴きながら、マグカップを口元に運ぶ少女の姿があった。




     Midnight Talk




「どうしたの? こんな時間に起きてるなんて」
「ラブこそ、どうしたのよ」

 テーブルに向かい合って座る、二人。声を小さくしているのは、圭太郎とあゆみが眠っているから。

「へへ、アタシは、なんか目が覚めちゃって。多分、緊張してるからだと思うんだ――――ってか、せつな、何を飲ん
でるの?」
「ホットミルクよ。飲んだら、よく寝れるって聞いたから。待ってて、ラブの分も作ってあげる」
「ああ、いいよ、自分で」
「いいから、いいから」

 立ち上がろうとするラブを手で抑えて、せつなはリビングに向かう。彼女のマグカップを取り出し、牛乳を注いでレン
ジに入れる。手慣れたその動きを、ラブは後ろから見ていて、少し嬉しく思った。
 もうすっかり、うちの台所に馴染んでるよね、せつな。

「お待たせ、ラブ」
「うん。ありがと、せつな」

 受け取って、フーフーと息を吹いて冷ましてから、そっと一口。

「美味しい?」
「うん、すっごく美味しいよ、せつな」
「良かった」

 喜ぶラブを見て、せつなも微笑する。そして、自分もマグカップを口元に寄せて。

「それで、せつなは?」
「え?」
「せつなは、なんで起きてるの?」
「ラブと一緒よ」



 言いながら、せつなはイヤホンを付けたプレーヤーをラブに見せる。再生ボタンを押すと、微かに漏れ聞こえてくる
のは、明日の大会で踊る曲。

「さすがに踊ったりは出来ないけど、イメージトレーニングってところね」
「ふぅん、そっか」

 そう言ってニヤニヤとするラブに、せつなは首を傾げる。

「――――? どうかした?」
「せつなでも、緊張することとか、あるんだなって思って」
「何よ、それ」

 困った顔をするせつなに、ラブはこらえきれず吹き出す。

「ちょ、ちょっと、ラブ。なんでそんなに笑うのよ」
「ご、ごめん。でも――――クククク」

 お腹を抱え、それでも声を押し殺そうとするから、悶絶してしまうラブ。そんな彼女を見て、照れくささにだろうか、頬
を真っ赤に染めたせつなは、

「もう!! 知らない!!」

 言って、ぷい、と顔を背けたのだった。



「せーつなー」
「………………」
「ごめんってば、せつなー」
「…………知らない」

 ようやく笑いの発作が鎮まったが、せつなが拗ねているのに気付いて、ラブは彼女の隣の席に移動する。
 ツンツン、と人差指でせつなのほっぺをつついてみる。最初は顔をそむけていたせつなも、最後には諦めたのか、も
う、と笑いながらラブの方に顔を向けた。

「許す。許すから、もうやめて? くすぐったいわ」
「えへへー。せつなのほっぺ、柔らかくって、すっごい触り心地がいいんだもん」
「まったく」

 呆れたように言いながら、それでも止めようとしないラブの手を振り払わないのは、彼女があんまり楽しそうな顔をし
ているから。くすぐったいのも、少しなら我慢出来るから。

「そんなに、私、緊張しないように見える?」

 ようやく満足したのか、彼女の頬から指を離したたラブに、せつなはそっと問いかける。

「え? うん、そうだね。少なくとも、アタシみたいに、緊張してるようには見えないよ?」
「ふうん。そう見えてるのね、私って」

 彼女の言葉に、ラブはゆっくりと首を傾げた。どういう意味だろう。思いながら、横顔を覗き込む。

「ホントはね? すっごく、緊張してるの。失敗したらどうしよう、うまく踊れなかったらどうしようって」
「せつな――――」

 そう言うせつなの、マグカップを持つ手が微かに震えていることに、ラブは気付く。

「でもね」

 ギュッ、とせつなは、その震える手を握りしめた。もうこれ以上、震えないように、と。



「でも、私、嬉しいの」
「嬉しい?」
「うん。こうして、ダンスの大会に出られることが」

 言いながら、せつなはそっとラブに視線を向ける。

「皆と一緒にダンスを出来るなんて、ほんの少し前までは、思ってもみなかった。ううん、ラブの家に住むことも、こん
な風に真夜中にお喋りをすることも、考えられなかったことだった」

 今では当たり前みたいだけどね。そう付け加えて、彼女はくすぐったそうに笑う。

「だからね、思うの。精一杯、頑張ろうって。今、こうしてここにいられることだけで、幸せなことなんだから。あとは、
悔いが残らないようにしようって。そう思うの」
「せつな――――うん。そうだね」

 ラブは、深く頷く。せつなの言う通りだ。
 今までたくさん、頑張ってきた。明日はその成果を、見せるだけ。

「なんだか、恥ずかしいわね、こんなこと話すのって」

 はにかむせつなに、ラブは真剣な目で返した。

「そんなことないよ!! せつなの気持ちが聞けて、アタシ、嬉しかったもん」

 普段、気持ちを抑えがちな彼女だからこそ、なおさらに。ラブはそう思う。
 その言葉に、せつなは顔をゆでだこのように真っ赤にして、目を伏せる。

「も、もう、ラブ。変なこと、言わないでよ。恥ずかしいわ」
「あー。せつな、すごい赤くなってる。ほっぺが熱いよ?」
「ちょ、ラブ、触らないでってば。くすぐったいんだから!!」




 翌朝。
 あゆみが、リビングに入ると。

「あらあら」

 ラブとせつなの二人が、せつなの部屋から持ってきただろう布団にくるましながら、ソファに座って眠りこけていた。
 二つのイヤホンを、それぞれ片方ずつ耳に付けている。そうやってダンスの曲を聴いているうちに、二人して眠って
しまった、というところだろうか。
 まったく。本当に仲良しね。
 苦笑しながら、時計を見る。起こしてくれと言われた時間には、まだ少しある。もう少し、眠らせてあげよう。思いな
がら、布団をかけ直そうとして。
 あゆみは、さらに深く、苦笑した。
 何故なら。

 眠る二人。だけど。
 ラブの右手と。
 せつなの左手が。
 しっかりと、結ばれていたから。

 絶対に、離さないと、そう言わんばかりに、強く。固く。
最終更新:2009年12月14日 21:33