避-206

 少し肌寒くなってきた秋の夕暮れ。
 公立四葉中学の校門で部活を終えて帰る学生達が何やら騒いでいる。

 彼らの視線の先、門から少し離れた壁際にたたずむ一人の美しい少女が居た。
 ちらちらと携帯を見ながら嬉しそうな顔をして待っている。連絡待ちか時計を見ているのか。
 どちらにしても彼氏との待ち合わせに違いない。
 鳥越学園の子と、こんな美少女と釣り合うような男の子がこの学校に居たっけ?などと囁かれていた。

「あ、せつな」
 そう言って門から出てきた女の子に駆け寄った。
 友達との待ち合わせだったのかと、少しがっかりした者や安心した者などがちらほら。

 相手の子の名前は知る者も多かった。
 東せつな。最近転入してきた子で、こちらも相当の美少女だ。

 容姿だけでなく学力は学年でも有数。スポーツはそれぞれの運動部のレギュラーに匹敵した。
 それでいて物腰は柔らかく、自然体。気取ったところが全く無い。
 男女問わず、クラス内でも外からでも人気が高かった。

「またね、由美」
「うん。今日はありがとう、せつなちゃん」
 せつなの後ろ、一歩遅れてついてきていた女の子は美希にもペコリと挨拶して帰っていった。

「ごめんねせつな、邪魔しちゃったかな?」
 美希がちょっと申し訳なさそうな顔をした。

「由美のことなら平気よ。勉強を教えていただけだし、帰る方向が逆だからどうせここで別れていたわ。」

「でもどうして校門で?公園かどこかで待ち合わせてもいいのに…」

「少しでも長くお話したくって。今日はラブもブッキーも用事で先に帰ってるし、
 たまには二人でってね。」

「熱でもある?」
 悪戯っぽく、美希の額にせつなが手をあてる。

「ちょっとコラっ!どういう意味よ」
 怒った声を出すが、顔が笑っていては迫力も何も無い。
 最近、せつなが冗談を言うようになってくれた。とても嬉しい。


 歩きながら色んな話をした。学校帰りだからか、学校の話題が多い。
 仲良しになった由美のこと、授業が楽しいってこと、クラブ活動に誘われて困るってこと。

 静かに話してくれるせつなの声が耳にとても心地よかった。
 少し前なんて、「問題ないわ」の一言で切り捨てられてしまったものだと苦笑する。

 以前のラブは、こんなせつなを独り占めにしていたのね…と、少し羨ましく思う。
 ラブほど明るいわけでもない。
 ブッキーのように癒しの雰囲気を持つでもない。

 でも、せつなには言葉にできない魅力があった。
 一緒にいるだけで何故かそわそわしてしまう、ハラハラしてしまう。
 笑ってくれたら凄く―――幸せになる。

 四人一緒は最高の幸せ。不満なんてあるわけがない。
 でも、美希は滅多に訪れないこんな二人きりの時間も大切にしたかった。


 せつなはアタシのことどう感じてるんだろう?
 思い切って聞いてみた。

「どうって?美希は美希よ、もちろん一緒に居られて楽しいわ。」

 ……いまいち通じなかったみたいだ。こんな鈍いところも魅力に思えてくる。

 話題を変えてみた。
 一度どうしても話したかったこと。でも、口にするには躊躇われたこと。

 それは、クローバーボックスを自分の不注意で無くしてしまった時のこと。
 あの後ブッキーは気になることを言っていた。

「あの時はありがとう、アタシのことをわかってくれていて」

 だから美希は美希なのよ、とせつなは苦笑した。
「それに、あの女の子の責任にしたくなかったんでしょ?」と言葉を続ける彼女。

 嬉しかった…。信じてくれていたんだ。誰も―――責める訳でもなく
 でも!甘えてはいけないと思った。


「それもあるわ。でも、本当はもっと自分勝手な理由で話せなかったの……」

「わたしたちにではなく、自分に言い訳をさせたくなかったんでしょ」
 せつなが美希の告白をさえぎった。


 今度こそ息を呑んだ、どうしてそこまで……


 アタシは完璧でありたかった。それは目標、何処までも遠くて届かなくて。
 それでも、決して諦めてはいけない―――――希望のしるし
 一度自分に言い訳をさせてしまったら、二度と届かなくなる気がした。

 成功も失敗も全て、自分で受け止めて進みたかった。

「私も同じだから。私は美希みたいに完璧じゃない。その逆だけど、自分のしたことは
 受け止めて進みたいの……。私たちは似てるのかもしれないわね。」
 そう言ってせつなは微笑んだ。


 心が痛んだ。
 そうだ、せつなは今でも自分を責め続けている。
 でも、せつなに一体どんな罪があると言うのだろう。

 やってきた事は確かに許されない。でも仕方ないじゃない。どうしようもないじゃない。
 生まれた時からメビウスに忠誠を誓わされ、洗脳教育を受け、寿命まで管理されて服従させられてきた。
 誰がせつなを責められる?アタシだって同じ環境で生まれたら同じ事をしない自信はない。


 けれど、せつなは一度も―――言い訳をしなかった。



 似ていると言われて嬉しかった。そして、誇りに思えたと実感する。



 やっぱりアタシは――――せつなが好きなんだと。



 素直な気持ちで美希は話す。
「そうね、アタシたち似てるわよね。意地っぱりな所や強情なところ、寂しがりやなところも。
 そして…優しいところも…一緒になれたらいいな」


「やっぱり熱があるのね?」
 せつなが背伸びして腕を回し、自分の額をアタシの額に当ててくる。

 今度は真っ赤になった自分を隠すために怒ったフリをする。

「人が真面目に話してるのに~~もう許さないんだから!」

「私に追いつけたらあやまってあげるわ」

 せつなは駆ける。

 アタシも駆ける。

 一緒に歩める幸せをかみしめながら。


最終更新:2009年12月27日 14:07