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 ――――シフォンがさらわれた――――


 あれからラブはずっと塞ぎこんだままだった。
 私や美希やブッキーが何を話しかけても、耳には届いてないようだった。
 美希もつらそう。下唇を噛んで俯き加減に歩いている、自分を責めているんだろう。
 ブッキーの口からも、シフォンの無事を信じる言葉が出てくることは無かった。



 言葉少な目の食事、おとうさんもおかあさんも心配そうで。
 おとうさんが気の利かない冗談を言った。おかあさんは苦笑しながらおとうさんをたしなめている。
 二人ともきっとラブが訳を話してくれないのが寂しいんだ。


「ねえ、ラブ、お願い聞いて」

「ごめん、せつな。今は誰とも話したくないんだ」

「ねえラブ、気持ちは私も同じよ。でも今は何よりこれからどうするか考えなきゃ」
「だから、そんなのわかってるよ!!!」


 ラブは勢いよく階段を駆け上り、部屋に篭ってしまった。

「ピーチはん、荒れてますなあ」
 そう言うタルトもほとんど何も食べなかった。

「タルト、今日は私の部屋に来る?あの様子だとラブの部屋には入れてもらえないかも」

「おおきに、そうさせてもらいますわ」



 ―――あたし、……最低だ。―――

 自分だけ傷ついたような顔をして、自分を傷つけて楽になろうとしてる。
 シフォンを心配してるのはみんな同じなのに。

 あたしの責任だ。判断が甘かった。シフォンの守りに誰かまわすべきだった。
 油断してた。いつもなんとかなったから。信じて戦えばなんとかなるって思ってた。

 どこに居るの、シフォン……。会いたいよ、声が聞きたいよ……



 コン、コン。

「せつな、居る?――さっきはごめんなさい」


 どうぞ、そう言ってせつなはドアを開けてくれた。


「何してたの?」
 せつなの机にあるのは便箋。

「手紙を書いていたのよ。おとうさんとおかあさんに」
 せつなは、恥ずかしそうに答えた。

 これからシフォンを取り返しに行かなきゃならないでしょ、最後の戦いになるかもしれないから……。
 どうしてもお礼を言いたかったの。どんなに私が幸せだったのか。一緒に過ごせてどんなに楽しかったのか。

 ありがとう。

 ありがとう。  


 大好きって。


 息を呑む。 
 ぞっとして叫ぶ。
「ダメだよ、せつな。それって遺書って言うんだよ!!」

 せつなは悲しそうな顔で微笑んだ。

「死ぬつもりじゃないのよ。ただ大切なものを守るために。命を惜しんで選択を間違えるようなことだけはしたくないの。
 精一杯生きたいから、悔いを、心残りを残したくないから……」


 せつなの使命感、気丈に振舞っていた心の枷が崩れ落ちる。
 ぽとり、ぽとりと床に涙が落ちた。

「ごめん、ごめんね、ラブ。私が、私たちが、ラビリンスがこの世界に来たからこんなことになった。
 なくなればいい、いなくなればいい。ラビリンスなんて……そんな国、そんな人たち、どこにも必要ないわ!」

 絞り上げるような声、両手で自分を抱きしめて、血がにじみそうになるくらい爪を立てて。

「ちがう、せつなは違うよ!」
「違わないわっ!ラブに出会わなければ、きっと同じことをしてた。シフォンをさらったのは私かもしれないのよ。」


 あたしは馬鹿だ。一番つらいのはせつなだってわかってたはずなのに。
 あたしは守れなかった。だけどせつなは……。

 あたしは馬鹿だ。美希たんやブッキーにもあたった。みんな苦しいのに。



 そっとせつなの腕をほどいて抱き寄せる。

「ね、せつな。ラビリンスのしたことは許せないよ。だけどラビリンスが無ければいいなんて思わないよ。
 プリキュアになったことも後悔してない。だから出会えたんだもん、タルトに、シフォンに、そしてせつなに」



「取り戻そうよ、せつな。シフォンを。みんなと一緒にいられる幸せを」

 せつなが腕の中でうん、と言ったのが聞こえた。まだ震えているけど。



「だけど、シフォン、今どこに居るんだろう。館は壊しちゃったし……。」

「そうね、ノーザの居場所は私にもわからない。でもシフォンがこれからどこに行くのかはわかるわ」

 落ち着いたせつなの瞳に再び力が宿った。

「どこ?」

「―――――――ラビリンス、メビウスの元よ!」

 再び部屋に沈黙が訪れる。でもそこに悲壮感は無く、強い決意が満ちていた。

「それでも、行かなきゃね」

「ええ、行きましょう。4人で!」


 まず明日はスイーツ王国に行って報告と相談をすることにした。
 場合によっては、そのまま戦いに赴くことになるかもしれない。
 今日はもう休んだほうがいいだろう。


「ね、せつな、今日は一緒に寝てもいい?」

 部屋に戻って枕を持ってきたラブがそう言った。

「シフォンが居ない部屋で、一人で眠りたくないんだ……」


 抱きしめあって眠った。互いに開いた心の穴を少しでも埋めあえるように。

 ラブはすぐに寝息をたて始めた。そっとせつなはラブの髪の毛をなでる。


 とても温かくて愛しくて、だからよけいに悲しかった。
 自分が現れてから、この子は悲しむことが多くなった。
 早く取り戻したい、シフォンを、そしてラブの笑顔を。


 戦い傷付け合うばかりの毎日だった。かつては弱い自分を誤魔化すために。
 今は、ただ守りたいから。踏みにじった過ちは、決して消えないとしても。 
 ずっと戦ってきた。精一杯頑張ってきた。
 その結果がこれ……。

 ならば、次の戦いは頑張るだけじゃダメだ。命をかけて戦うだけじゃダメだ。
 必ず取り戻す、結果を出すんだ。


 ―――絶対負けない、必ず勝利するんだ―――


 せつなはそう、固く心に誓った。
最終更新:2010年01月11日 17:18