ここは、クローバータウンストリートにある、一軒の宝石店。
ショーウインドーの前に一人の少女が立っていた。少女はどことなく落ち着きのない様子で、店の中を覗き見ている。
店の奥には、少し前から少女に気づいていた白髪の老人がいた。
この店の店主である。揺り椅子に深々と座り、身体を前後に揺らしている。赤いトレーナー姿で、白いたっぷりとした長いあごひげを、上から下へとゆっくりと撫でつけながら、その少女の様子をじっと見つめている。
ポン!何かに気づいて、店主は手の平で膝を打つ。そうか!少女は何かを捜しているのだ。
しかし、少女は一向に店の中に入ろうとはしない。
制服からして、孫と同じ、まだ中学生。きっと敷居が高いのだろう。
店主はでっぷりした腰を上げ、自ら小さなお客様を出迎えに行くことにした。
カランカラン。ドアに吊り下げたチャイムが音を立てた。
「いらっしゃい」
「あっ!」
出来るだけ優しい声をかけたはずなのに、やはり驚かせてしまったようだ。
「コホン。…何か捜し物ですかな?遠慮なく中へどうぞ」
「あ…あの…」
言いにくそうにしながら言葉を紡ごうとするが、上手く言えないまま口ごもってしまい、俯く少女。
そんな彼女に、太くて落ち着いた声色で、店主は優しく話しかける。
「捜し物があるんだね?ワシで良ければ、何でも相談に乗るよ」
その言葉に勇気をもらったように、顔を上げ、少女は話し出した。
「あの…わたし、こんなデザインのアクセサリーが欲しいんですけど」
少女が指差したのは、ショーウインドーに飾られた、一連のアクセサリー。四つ葉のクローバーをモチーフにしたプラチナ製の連作で、クリスマス商戦中の一押しのシリーズだった。
ペンダント、イヤリング、ピアス、ブレスレット、指輪。モチーフは同じでも、添える石やデザインを少しずつ変えて、様々な表情を見せている。
しかし、選び抜かれた高い品質の原料と、洗練された繊細なデザインで仕上げたそれらの宝石たちは、とても中学生の少女が手に入れられる値段ではない。
「これが欲しいのかい?」
こくん。頷きながら少女は、直後、言葉を続ける。
「だけど…高くてとても買えそうになくて…それで…」
続きを言う前に、少女は壁に貼られた一枚のポスターを指差した。
『素敵なシルバーアクセサリーをご自分で造ってみませんか?アートクレイシルバー教室』
ポン!また手の平で、今度は腿を打つ店主。なるほど!プラチナは高嶺の花だが、自分の思い通りのものを造れて値段も手が出せる範囲内なのが、このアートクレイシルバーだ。それを習いたいという訳なのだ。
「教えて…貰えますか?」
「ワシで良ければ、喜んでお手伝いさせてもらうよ」
「……良かった!」
ホッとしたのか、少女の硬く強張っていた表情は、一転して柔和な笑顔へと変貌する。
宝石を引き立てるために華美な装飾を極力抑えた店内に、こぼれんばかりの笑顔の花が咲いた。
次の日曜日、約束の時間ぴったりに少女は店へとやって来た。店主の手ほどきを受け、銀をこねてアクセサリーを造り始める。
少女は形が綺麗な四つ葉になるように、丁寧に丁寧に仕上げてゆく。
「初めてかい?なかなか筋がいい」
「嬉しいわ」
同じものを4つこしらえて、人工石を葉と葉のちょうど真ん中になるように嵌め込んだ。
桃玉、蒼玉、黄玉、そして紅玉。
「あとは焼成して、磨いたら完成だよ」
「楽しみだわ!」
「焼き上がるまで、お茶にしよう」
「わたし、お手伝いします」
ふたりで紅茶を煎れて、長椅子に腰掛け一服する。
「良かったら、このクッキーも食べてごらん。孫娘が焼いたものなんだが…」
店主にすすめられるままに、少女はクッキーを1枚つまむ。パリッといい音がして、口の中にサクサクとした噛みごたえとともに控えめな甘味が拡がる。
「美味しい!お孫さん、とってもお上手ですね」
少女に孫を褒められ、まるで自分が褒められたような喜びが胸に拡がり、店主は破顔した。
「ところで、こんなに一生懸命に造ったアクセサリー、誰に贈るつもりなんだね?」
店主の質問に、少女ははにかみながら答える。
「大切な仲間に贈るつもりなんです。ひとつは自分の分もお揃いで。
…本当は、あのショーウインドーのアクセサリーみたいな、素敵なものを贈れたら良かったんですけど」
ショーウインドーに一瞬だけ視線を走らせると、少女はすぐに俯き、自分の膝に視線を落とした。それらは自分には、まだまだ手の届かないものだったから。
そんな仕草を見て、店主は傍らの少女に呟くように語りかけた。
「お嬢さんは気づいておらん。それこそが、その気持ちがまさに、かけがえのない宝石なんだよ。
仲間を大切に思う気持ちで造られたものなら、どんなに高い宝石を贈るよりも、きっと喜ばれることだろうさ」
「…ありがとう、ございます…」
口の端に穏やかな笑みが浮かび、少女の頬は熱くなる。
「なんだか、わたしが贈り物をいただいたみたい。おじ様って、サンタクロースに似ていらっしゃいますね」
「ハッハッハ!よく言われるよ。何故だか昔から赤い服が好きで、ひげも長いしなあ。
さあお嬢さん、あともうひと踏ん張りだよ!」
「ええ!わたし、精一杯がんばるわ!」
こうして、居心地のいい店内での初冬の昼下がりは過ぎてゆき、4つの四つ葉は完成した。
クリスマス・イヴ。しんと静まりかえった夜更け。
3軒の家で、深紅の光が順番に瞬いては、消えた。
光の瞬いた先には、ラブが、美希が、祈里が、温かな布団の中でまどろみに包まれていた。
それぞれの枕元には、紅い包み紙が置かれている。
緑色のリボンに差し込まれているのは、小さなメッセージカード。
『Merry X'mas!これからもあなたのもとに幸せが届きますように。心を込めて…せつな』
ひと仕事を終えて自室に戻ったせつなは、心地良い疲労感に包まれながらベッドに入った。
明日手渡しても良かったのだが、製作段階から秘密にしてきて、完成後も誰にもばれなかったことが、せつなに悪戯心を起こさせた。皆をびっくりさせたくなり、イヴの今夜、ちょっぴりサンタクロース気分を味わってみたのだ。
大切な仲間たちにどうかこれからも、途切れることなく幸せが訪れますように。そんな思いを込めて造った、自分なりの幸せのもと。喜んでくれるといいのだが。
ほんの少しだけ不安もあるけれど、仲間たちはきっと喜んでくれると、彼女自身が一番よくわかってもいる。
幸せに包まれた今、せつなは深く満ち足りている。
眠りにつこうとする彼女の胸元では、仲間に贈ったのとお揃いの銀色の四つ葉のネックレスが、月明かりを受けて静かな煌めきを放ち続けていた。
最終更新:2010年02月06日 17:44