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競-220

「サンタさんが来れなくなった?」

 先生の言葉に、美希は眉を顰める。その隣で、せつなはキョトンとした顔をしていて。

「ええ、そうなのよ。ちょっと体を悪くしてしまったらしくてね、家から出られないんですって……もう結構なお年だから、
仕方ないんでしょうけれど」
「そう、ですか……」

 俯く美希の顔に浮かぶ、憂いの色。

「サンタって?」
「サンタクロースのことよ。クリスマスイブに、子供達にプレゼントを運んでくれるおじいさんなの」

 せつなの問いかけに、彼女は何とか微笑を作って答える。が、すぐにこぼれるため息、一つ。

「どうしたの? 何だか、すごく落ち込んでるみたいだけど」
「ん――――ちょっと、ね」

 誤魔化そうとして、しかし、彼女がじっと視線を向けてきていることに気付いて、苦笑する。

「たいしたことじゃないのよ。ただ、ね。ここの子供達のことを考えたら――――きっと、悲しむだろうなって思って」
「サンタさんが、来ないから?」
「うん――――実は、あたしもね、一回、あったの。サンタさんが来れなかった年が」

 その時のことを、正直に言えば、あまり美希は思い出したくなかった。
 あれは、父親が家を出て行った年。預けられたこの保育園に、サンタは来なかった。多分その時も、今日と同じよう
な理由だったのだろう。
 美希は、ずっと待っていたのだ。サンタに直接、欲しいものをお願いしようと思って。
 それは――――母と父が仲直りして、弟とまた一緒に暮らせること。
 けれど、会うことが出来ず、悲しくて家でもずっと泣いて、母を困らせてしまった。
 翌朝、目が覚めたら枕元にプレゼントがあった。けれど、そのプレゼントは、美希が欲しかったものではなかった。
 サンタさんに会えなかったから、直接お願いが出来なかったから。サンタさんは、あたしの欲しいものを間違っちゃ
ったんだ。そう考えて、また、悲しくて泣いた。

 結局その後、父と母が一緒に暮らすことは無かったけれど、弟とはよく遊んだ。ラブや祈里が、彼のことを泣き虫カ
ズちゃんと呼んでいたのも、この頃のこと。
 そうして、半分は満たされたことで、美希の傷は癒されていった。翌年のクリスマスには、自分と弟の分の玩具を
お願いするようになっていた。
 やがて、幼さを捨て去り、大人に近付くにつれて、少しずつ色んなことを理解するようになってきた。サンタが本当は
いないことから、父と母が別れなければいけなかった理由まで。

 それでも、時折、思い出すのだ。あの時の悲しさを。
 サンタに出会えなかった、あの日のことを。ぽっかりと空いた、心の隙間を。
 後悔と呼ぶには、あまりに自分に出来ることは少なかった。ただ、せつない――――それだけ。

 だから、ここにサンタが来ないことが、子供達を悲しませることになると、美希は知っていた。もちろん、自分と同じ
境遇の子がいるとは思わなかったけれど、でも、サンタに会えないことは、あの年頃の子供にはショックだろう。

「サンタさんはね、プレゼントを持ってきてくれるの。それを楽しみにしてる子もいるから」
「美希も、そうだったの?」
「そうね。うん、楽しみだった。だから、会えなかったのが残念だったな」

 全てを、美希は語らない。言っても、もう、仕方のないことだから。



「どうにかならないかしら――――」

 思わず、呟く。あるいは、自分がサンタの格好をしてもいい――――一瞬、そう思ったが、それは違う気がした。やっ
ぱり、サンタは男の人でないと。

「どうにかすればいいのね」
「うん――――へ?」

 かけられた声に、無意識に答えてから、美希は思わず顔を上げる。その視線の先には、真剣な表情を浮かべている
せつなの姿があって。

「待ってて、美希。私がなんとかしてみるから」
「へ? あ、ちょ、ちょっと、せつな!?」

 止める暇もなく、駆け出していくせつなに、美希は呆然として。
 やがて、苦笑する。
 まったく、意外にせっかちなのよね、せつな。

 けど――――あたしの為に必死になってくれて、ありがとう。


 それでも美希は、この時、本当にせつながなんとかしてくれるとは思ってなかった。
 だから、彼女がサンタの格好をした老人を連れて帰ってきた時は、心底、驚いたのだった。


「それじゃ皆。今年も一年、良い子にしてたかな?」
『はーい』

 子供達の元気な声が唱和する。その姿に、こっそりと覗いて見ていた美希の顔が、自然とほころんで。

「じゃあ、良い子にしてた皆の為に、今日はサンタさんが来てくれましたー」
「ホント!?」
「すげーっ!!」
「会いたいー」

 彼ら彼女らの瞳は、キラキラと期待に輝いている。見ている方が嬉しくなるほどに、純真な姿。

「それじゃあ、皆で呼んでみましょうねー。せーの、サンタさーん」
『サンタさーん!!』

 その声に合わせて、美希はラジカセのスイッチを押す。流れ出るクリスマスソングに合わせて、サンタ役の老人が
扉を開ける。

「ハーイ、ミンナー。サンタサンガ、ヤッテキマシタヨー」

 片言の日本語で陽気に挨拶をする彼に、子供達から歓声が上がる。
 そう、せつなが連れてきたその老人は、本物に見まごうばかりのサンタだった。丸々と太った体、長く白い髭、真っ赤
な服。
 どこで見つけてきたのか、彼は外国人だった。最初にそれを知って、ひどく慌てたものの、日本語が通じると知って、
ホッとしたものだった。が、考えてみればせつなが連れてきたのだから、当然なのかもしれない。彼女も、日本語以外
に堪能な言葉があるとは聞いていないから。
 それは、ともかくとして。

「ミンナー、コトシモイチネン、ゲンキニ、ヨイコニシテタカナ?」
『はーい!!』



 その老人は、にこやかに子供達に話しかけ、返ってきた大きい声に満足そうに頷く。

「オーケー、オーケー。ソレジャア、ミンナニ、サンタサンカラノプレゼントガ、アルカラネ」
「やったー!!」
「早く欲しい!!」
「ちょうだーい!!」
「こら、皆、いっぺんには無理よ。ちゃんと並んで。いいわね?」

 教室の中には、保育園の先生と、せつなもいた。ここで借りた黄色いエプロンを付けて、子供達の相手をしている様
は、想像以上に似合っていると美希は思う。ポイントは、胸についているひよこのアップリケ。

「メリークリスマス。ハイ、プレゼント」
「わーい、ありがとう、サンタさん!!」
「メリークリスマス。ライネンモ、イイコデイルンダヨ?」
「うん。わたし、いいこでいるー」

 サンタが配るのは、この保育園で用意したプレゼントだ。そのほとんどは安価なおもちゃやお菓子。袋の中から出て
くるそれを受け取った子供達は、しかしとても嬉しそうで、中にはさっそく遊び始めている子もいた。

「皆。サンタさんからプレゼント、もらったかなー?」
『はーい!!』
「それじゃあ、サンタさんにお礼を言いましょうねー。せーの」
『サンタさん、ありがとうございましたー』
「オーウ、ホントニミンナ、イイコネー。サンタサン、ベリベリハッピーヨ。ソレジャ、ミンナ。ライネン、マタアイマショウ」

 子供達の歓声に送られながら、サンタは扉を開けて部屋の外に出る。

「ありがとうございました」

 そこで待っていた美希は、深々と頭を下げて、彼にお礼を言った。

「ごめんなさい。あの子、強引に連れてきたんじゃないですか?」

 彼女の視線は、まだ教室の中にいて、子供達の相手をしているせつなに向けられる。連れてきた自分より夢中に
なって、子供の相手をしている様は微笑ましいが、

「もう、自分が連れてきたんだから、ちゃんと挨拶ぐらいしなさいよ」
「オーウ、ダイジョウブデース」

 教室から彼女を連れだそうと扉に手をかけた美希を、サンタは肩に手を置いて止め、ゆっくりと首を横に振る。

「アノコ、トテモヒッシナカオデ、ワタシノトコロニキマシタ。コドモタチノ、カナシムカオガミタクナイ、ト。アノコ、トッテモ
イイコデス」

 髭で口元が隠れていても、美希にはわかった。彼がとても嬉しそうに、微笑んでいることを。

「ええ、そうですね」

 答えながら、せつなに目を向ける。子供達にせがまれて遊びの相手をしている彼女は、穏やかで優しい笑みを浮か
べている。かつて敵だった頃には想像も出来ないその顔に、美希はそっと微笑んで。
 子供達の為に、必死になるせつな。そんな彼女の友達でいられることを、誇らしく感じる。



「ハイ、コレハ、アナタヘノプレゼントデス」

 そんな彼女の前に、すっと差し出されたプレゼントの包み、二つ。

「え? いや、あたしは――――」
「ウケトッテクダサイ。ヒトツハ、アナタガムカシ、モラエナカッタブン」

 軽く、美希は息を飲む。包みのうちの一つは、子供達に渡されたのと同じもの。
 いつか、来れなかったサンタから、もらえなかったもの。

「ソシテ、モウヒトツハ――――アナタノ、トテモヤサシイフレンドカラノ、プレゼントデス。ワタシテクレト、タノマレマシタ」

 フレンド――――友達。
 彼にプレゼントを託せるのは、一人しかいない。
 改めて、美希は教室の中に目を向ける。

 偶然、だろうか。
 彼女も、こちらを見た。目が合って、そして、彼女は笑顔で軽く手を振る。

 あ、やばい。
 思うと同時に、眦に涙が生まれた。

「メッセージデス――――トテモヤサシクテ、イイコナミキニ、ワタシカラノプレゼント」

 いっぱい、いっぱい幸せになってね。
 彼の口から伝えられたせつなの言葉に、耐えきれず、美希は目元を指でなぞる。
 嬉しい。こんなに嬉しいと思ったのは、久しぶりかもしれない。
 こんな素敵なプレゼントなんて――――しかも、せつなから貰えるなんて思ってもいなかったから、余計に。

「ステキナオトモダチデスネ」
「ええ――――最高の、親友です」

 言いながら、美希は笑う。
 涙に濡れてはいたけれど、それは、彼女にとって最高の笑顔だった。


「ジャア、ワタシハコレデ」

 そう言って、去ろうとする彼を、美希は見送ろうと付いていく。せつなは相変わらず、子供達の相手で忙しそうにして
いて抜けられそうにないようだ。それに美希自身、今、彼女に会うのは照れくさくて。

「タクシー、呼びましょうか?」
「ノープロブレム、アリガトデス」

 言いながら外に出ると、そこには、

「雪……」

 日の落ちた街、薄い暗闇の中に、白い雪が舞い落ちていて。
 驚きにほぅ、と出した息も、また、白く。
 子供達に――――せつなに見せてあげたいな。
 そんなことを思う美希。その耳に、響くクリスマスソングのメロディが飛び込んできて。

「アア、ムカエガキタヨウデスネ」

 彼の言葉に、何気なく道路の方を見た彼女は、そこに光る赤い光に気付いて絶句する。

「――――え?」



 混乱する美希とサンタの前に、輝く真っ赤なお鼻のトナカイを先頭にした多頭引きのソリがゆっくりと近付いてきて、
止まる。
 首筋にベルを付けたトナカイ達の頭を一つ一つ撫でながら、サンタはソリに乗り込んで。

「ソレジャ、マタ――――メリークリスマス!!」

 微笑んでそう言うと同時に、ソリが動き出す。トナカイのベルでクリスマスソングを奏でながら走り始めたソリは、
やがて道路から宙に浮いて、空を滑り始める。

「メリークリスマス!! メリークリスマス!!」

 楽しそうな声を響かせながら、サンタクロースの乗るソリは、宙でグルグルと二回、三回と保育園の周りを回った後、
ゆっくりと夜の空の向こうに消えて行った。

「――――――――」

 嘘――――でしょ?
 今見たばかりの光景が信じられず、美希は空を見上げながら固まる。その目の前を、白の結晶が舞っていて。

「どうしたの、美希?」

 かけられた声に振り向くと、不思議そうな顔をしたせつながそこにいた。

「せつな――――さっきの、人って?」
「え? サンタさんでしょ」

 さらり、と言われ、改めて美希は言葉に詰まる。そんな彼女をよそに、キョロキョロと辺りを見回しながらせつなは、

「もう、帰っちゃったのかしら。せっかく、アカルンで送ってあげようと思ったのに」
「アカルンで連れてきたの!?」
「ええ。とても素敵なお家に住んでたわよ。暖炉があって、動物がいっぱいいて、窓の外には雪がたくさん積もってて
――――あったかい、幸せな家だったわ」

 もしかしたら、日本じゃなかったかも。
 思い出して、だろうか。暖かな笑みを浮かべるせつなに、美希は問いかける。

「あの、せつな? 聞いていい? アカルンに、なんてお願いしたの?」
「え? サンタクロースさんのところに連れて行って、ってだけだけど」
「キー!!」

 不意に現れたアカルンが、せつなの顔の周りをクルクルと飛び回る。その顔には、とっても誇らしげな笑顔があって。

「――――ああ、そう」

 美希は呟く。そう呟くしかない。
 まさか。
 まさか、さっきまでここにいたのは、本物の――――



「ね、美希」

 呆然とする彼女の顔を、せつなは覗き込んできて。

「な、何?」
「サンタさんに会えて、幸せになれた?」
「あたし? ――――そうね。幸せになれたわ」
「そう。良かった」

 満足そうな笑みを浮かべながら、せつなは頷く。
 それを見て、美希も微笑む。
 そうだ。あの彼が何者かなんて、たいしたことじゃない。
 大切なのは、彼女の気持ち。
 子供達の幸せと、美希の幸せを願う、その心。

 昔、感じた寂しさ。
 どこかでそれを引きずっていたあたし。
 二つを、彼女は同時に癒してくれた。
 きっとせつなは、そこまで考えていたわけじゃないだろうけれど。
 その優しさに、確かにあたしは癒されたのだ。

 それが何よりものプレゼントだと、美希は思う。

 だって、ほら。
 あたしの心は今、こんなにもあったかい。
 もう、あの頃のことを思い出しても、胸は痛くはならない。
 何故なら、思い出すたびにきっと、今日のことを連想するから。
 とっても不思議で、幸せな一日のことを。
 そうしたら、最後には。
 笑っていられる。あたしは。



「それにしても――――貴方もやるわね、アカルン」
「キー」
「ほら、美希。早く戻りましょう。子供達が待ってるわ!!」

 手を掴み、引っ張ってくる彼女に、美希はそっと心の中で呟く。

 メリークリスマス、せつな。
 そして、ありがとう。
最終更新:2009年12月24日 02:03