「せつな」
変身を解き、ほっと息を吐いたせつながかけられた声に振り向くと、美希が笑っていた。
「かっこ良かったわよ、さっきの台詞。せつな、完璧」
「――――美希」
「せつなちゃん」
逆隣に顔を向けると、祈里が微笑んでいた。
「せつなちゃんが絶対、戻ってくるって、わたし、信じてた!!」
「――――祈里」
「そうそう!!」
飛びかかるように抱きついてきたラブの体を、よろめきながらもせつなは何とか受け止めた。
「これからも皆で、幸せゲットだからね、せつな!!」
「――――ラブ」
もう離さないとばかりに体を寄せてくる彼女のぬくもりを全身に感じながら、せつなはゆっくりと辺りを見回す。
ノーザ達は、ソレワターセが浄化されるのと同時に、呪詛の言葉を残して消えた。工事現場には、戦いの傷跡が
生々しく残っているが、それでも、静けさが訪れていた。
仲間達が、笑っている。彼女の帰還を、喜んでいる。
嗚呼。
せつなの瞳が潤む。
改めて、実感する。
帰ってきたんだ、と。
「精一杯、頑張るわ」
ラブの言葉にそう返すと、三人が同時に頷く。そんな彼女達に、せつなは言った。
「ただいま、皆」
『おかえりなさい』
「色々とせつなに言いたいことはあるけれど、まずはお母さん達に顔を見せてあげなさい。すっごく心配してたんだ
から」
「……美希、怒ってる?」
「あら。怒ってないとでも思ったの?」
せつなの無事を知って安堵し、一息ついたからだろうか。美希は微かにこめかみに青筋を浮かべていた。それから
あえて目をそらしながら、せつなはアカルンで彼女を家に送り届ける。生身の姿で戦ったからだろう、服がボロボロで、
街中を歩ける格好では無かったからだ。
「美希ちゃん、御立腹だね。このお説教は、長そうだよ?」
クスクスと笑う祈里に、せつなはため息をつく。
「仕方ないわ。それだけのこと、しちゃったんですから」
「じゃあ、次はわたしだね」
「わかってる。ブッキーも、自分の部屋まで送り届けるから」
「それもだけど、美希ちゃんの次は、わたしがお説教するってこともだよ」
思わず唖然として祈里を見るせつな。ニコニコと笑う彼女はいつもと変わらないのに、どこか鬼気迫るものを感じ、
慌ててせつなはアカルンで彼女を瞬間移動させる。ちゃんと聞いてもらうからね、と消える間際に言い残した彼女の
台詞が、何故かせつなの背筋に冷たい汗を流させた。
「――――しばらく、逃げようかしら」
割と真剣に検討しながら、せつなは呟く。もっとも、そんなことが出来る筈もないことは、彼女自身が一番、承知して
いることなのだけれど。
「それじゃ、行こうか、せつな」
彼女の埒も無い考えは、ラブの言葉に吹き飛ばされる。見れば、彼女はニッコリと笑って、手を差し出してきていた。
それはつまり、自分達も帰ろう、ということ。お母さんと、お父さんが待っているだろう、自分達の家に。
だが。
「ねぇ、ラブ」
その前に、どうしても、話しておきたいことがせつなにはあった。二人きりで、話したいことが。だからこそ、ここから
美希と祈里を家に飛ばしたのだ。
「ラブ――――」
彼女の名前を口にしながら、せつなはラブに近付き、そして。
その体を、そっと抱き締めた。
「せつな」
少しだけ驚いたものの、ラブはすぐに抱擁に応える。その背中に腕を回し、首元にかかる髪を優しく手で梳る。
しばらくの間、二人は無言で、互いの熱を全身で感じていた。
「ラブ、ありがとう」
先に口を開いたのは、せつなだった。その感謝の言葉が、何に向けて言われたことかわからないラブではなかった
から、何も言わない。
「ありがとう。私を、夢の世界まで、助けに来てくれて」
「当り前のこと、しただけだよ」
言いながら、少しだけラブはせつなの体を押して距離を開けた。そして、おでこをコツンと合わせ、彼女の目を覗き
込む。
「だって――――もし、逆の立場だったら、せつな、同じこと、してたでしょ?」
何も言わず、せつなは頷く。確かに、そうだろう。彼女を救う為ならば、なんでもしたに違いない。
「もしもアタシが悪夢を見せられていたら、多分、せつながいなくなる夢を見てただろうね」
「そうなったら、私、何があっても助けに行くわ」
せつなの言葉に、ラブはくすぐったそうに笑う。
「でしょ? だからね、当り前のことなんだよ」
けれどね。一転、真剣な表情でラブは言う。
「お願いだから、もう、あんなことしないでね?」
それは、今日、二度目の制止の言葉。彼女の顔色が少し、蒼白に近付いたのは、それだけ心の傷が深いからだろう。
わかっているからこそ、せつなは頷く。
あの攻撃から、ラブを守ろうと飛び出したのはせつな。そして、攻撃を受けて、悪夢の世界に落ちたのも、せつな。
だが夢の世界ではラブがせつなを守って攻撃を受けたことになっていた。そしてそれは、確かにありうることだった
のだ。せつなのように、ラブが眠っていたことは、十分にありえた。
いや、それだけではない。夢が現実になっている可能性だって、あったのだ。
即ち――――攻撃を受けた者が、死んでいた可能性。
「ラブを、危険な目に遭わせるわけにはいかないもの」
「うん。けどね、もしもアタシを守ろうとして、せつなが一人で行ったなら、アタシ、絶対に追いかけるよ?」
せつなの言葉に、ラブは断言する。絶対に、という部分に力を込めて。
そこに含まれる、真摯な優しさや思いやり、愛情を感じ取って、彼女はゆっくりと頷いた。
「ええ、そうね。逆の立場でも、私はそうするわ」
「うん。だからさ。今度からは、ちゃんと話してよね。こんなに近くにいるんだから、さ」
言って、微笑み合う二人。
言いながら、体を離す、二人。
そして、せつなは言った。
「うん。ちゃんと話すわ――――いつか、私がラブと違う道を歩き始めて、離れ離れになったとしても」
その言葉は、ラブに驚きをもたらすことはなかった。
ただ、ああやっぱり、と思っただけ。
ああやっぱり、気付いたんだ、と。
「夢の中でね――――私、ラブがいない世界を体験したわ」
ポツリポツリと、彼女は喋り始める。
「ラブがいなくなったら、私なんて、この世界にいる意味が無いと思った。お父さんもお母さんも、私を受け入れてくれ
る筈が無いって思ってた。だって、私を連れてきたのはラブだったし、それに、ラブが死んだのは私のせいだったから――――」
一度、言葉を詰まらせるせつな。その手をラブは、優しく握りしめて続きを促す。
「それでもね――――そんな私を、お母さんは自分の娘だって、言ってくれた。私がいなくなったら寂しいって、言って
くれた――――すごく、嬉しかったの」
穏やかに笑う彼女を、ラブは慈しむように見守る。その優しい目を見ながら、せつなは言った。
「その時にね、思ったの。生きているのは、ラブが守ってくれたからだって。だったら、ラブが守ってくれた命を、大事に
しないとって――――ラブの分まで生きて、皆を幸せにしようって、そう思ったの」
「――――うん」
「もちろん、ラブが生きているって気付いた時、すごく驚いたわ。すごく驚いたけれど――――どこか、冷静だった」
死んでいた筈の彼女が生きている。それをすんなりと受け入れられたのは、ある意味では、たとえそちらが夢だった
としても、自分は大丈夫だという気持ちがあったから。
つまり、ラブがいなくても自分は生きていける、いや、生きていかなければならないという気持ち。
「ラブ。怒らないで、聞いてくれる?」
「なに、せつな?」
「私ね、もし何かあって、ラブがいなくなったとしても――――私は、大丈夫だから」
それは、宣言。
ラブからの自立という、せつなの宣言。
怒る筈が無かった。心のどこかで、予測していたから。
そう。あの時。
長老から託された二つの力。それを、せつなを引き寄せて抱きしめるのではなく、その背中を押すことに使った時
から、考えていたことだったから。
彼女は歩き始めるべきだと思った。そして、歩き始めたのだ。
自分だけの道を。
「きっとこれから、色んなことがあって――――私達は、ずっとは一緒にいられなくなっちゃうかもしれない」
「そうだね」
「この世界で、私にもしたいことが出来たし」
「どんなこと?」
「ちゃんとした考えがあるわけじゃないけれど――――お母さんみたいな人に、なりたい」
惜しみない優しさと、愛を与えてくれた人。
今は、はっきりとわかる。ラブはやっぱり、お母さんに似ている。お母さんの愛を引き継いだラブに、自分は助けられ
たのだと。
「私ね、お母さんに貰った愛情を、誰かに伝えていきたいと思う。皆を、幸せにしたいって、そう思う」
自分がされたように、分け隔てのない愛と優しさを注いでいきたい。
例えば、ついさっき、シフォンに伝えたように。
「アタシと、一緒だね」
「うん――――でも、方法は違うかもしれない」
いや、きっと違うだろう。確信に近い思いを、二人は抱く。
何故なら。
「私、ラブの夢にくっついていくだけには、なりたくない」
「うん。せつなには、せつなの夢を追って欲しい」
二人の人間がいれば、二つの生き方がある。
たとえ向かう先が同じであっても、そこまでの道は無数にあるから。そして、そのどれもが、二人で並んで通るには
細すぎる道だから。
「だからね、ラブ――――私は、いつか、ラブと違う道を歩むことになる」
「うん。そうだね」
せつなの声が固いことに気付いて、ラブは笑って見せる。
彼女が少し怖がっていることが、繋いだ手から伝わってきた――――その手が震えていたから。
それでも、せつなは背筋をピンと伸ばしている。恐怖に負けまいとしている。
だからこそ、ラブは彼女を抱きしめようとはしない。
そんなことをしなくても、せつなが大丈夫だと知っているから。
ただ。
「だけどね」
ただ、これだけは言っておかなければならない。
思って、ラブは口を開く。
「どんなに離れてたって。一緒にいなくたって。アタシはせつなを大好きだよ。辛いことがあった時とか、泣きたくなった
ら、戻ってきていいんだよ?」
そうとでも言っておかないと、彼女のことだ。思い詰める程に無理をしかねない。
「――――ラブ」
「だって、せつなの家は、アタシん家なんだから!! お父さんと、お母さんが住む、あの家が、せつなの帰ってくるところ
だよ!! 家に帰るのは、不思議なことじゃないでしょ?」
ラブの言いたいことがわかって、せつなは微笑む。
「そうね。二人の道が別れたからって、交わってはいけないという理由はないものね」
「うんうん。それにもしかしたら、二つの道が一緒になるかもしれないし」
そうであれば嬉しい、とラブは思う。
別々の道を歩みながら、それでも互いを大事と思い、共に歩んで行こうとするのであれば、それはとても素晴らしい
ことだろう。
「せつな、約束しよ?」
「なぁに、ラブ?」
「いつか別々の道を歩き始めても、絶対に幸せゲットすることを忘れない、って」
「その為に、精一杯頑張ることもね」
笑いあいながら、繋いでいた手の小指を絡める。
『ゆびきりげんまん 嘘ついたら 針千本 飲ーます』
そう歌って、二人は指切りをする。
約束の為に。誓いの為に。
繋ぐものがなくなった瞬間、訪れたのは幾許かの寂寥。
だが、悲しくはなかった。
ちゃんと二人の間には、確かな絆があることを感じられたから。
それはきっと、いつか、二人が離れ離れになっても、繋がっているもの。
その間の距離がどれだけあろうとも、決して切れないもの。
きっと、それは永遠に続いていく。
「さ、帰りましょう。私達の家に」
「うん。きっと皆、首を長くして待ってるよ」
そして二人は、また、手を繋ぐ。
いつかは訪れる別離。だがそれまでは、こうしていよう。
共に歩いていこう。
同じ家に住み。同じご飯を食べて。同じ学校に通って。
そうして積み重ねた記憶が、それぞれが一人で歩き始めた時に、二人を支えてくれるから。
「ただいま、お母さん!!」
「ただいま、お父さん」
「ラブ、せっちゃん!! もうどこに行ってたのよ」
「せっちゃん、体の方はもう大丈夫なのかい?」
そして、また。
日常が始まる。
暖かな家族の声と共に。
最終更新:2009年12月31日 08:36