避-360

 かつて、私が工事現場で召還した最強のモンスター。
 苦痛でコントロールを乱し破れたが、その本来の力はどれほどのものだろうか。

 勝てるわけが――ない。
 イースで勝てるなら、そもそもそんなモノを呼び出したりしていない。


 落ち着け! と自分に言い聞かせる。勝利という最善を得られないのなら、次善を勝ち取るのみ!
 次の望み、それはこの子の安全。ならば、せめて、せめて時間を稼ぐ。


「お願い。どこでもいい、逃げて! 早くっ」


 奴の意識を引き付けるべく、挑発しながら側面に回りこむ。蹴りを放とうとしてバランスを崩す。
 先の戦闘のダメージで、軸足が効かなくなっていた。

 これでは――――戦えない……。


 ――――轟!!


 ドリル状の腕が私を襲う。体をひねって直撃は回避したものの、勢いを殺せず弾き飛ばされる。


 痛っ――!


 やけどのような痛みが左上腕に走る。すぐにそれは激痛に変わる。
 腕が半分、抉り取られていた。


 次の攻撃で……終わる。
 だから、最後に少女の安全を見届けたかった。振り返って――驚愕する。

 逃げたはずの少女は――――目の前に居た。





 フラフラと、私の方に近づいてくる。
(だめっ、逃げて!)叫ぼうとするが既に声も出ない。


 守りたかった。せめて、この子だけでも……。


 悔しかった。絶望で目の前が真っ暗になる。
 こんなささやかな願いすら叶わないのか。それほど、私の罪は重いのか……。





 少女は歩みながら、優しい瞳で見つめ、語りかけてきた。
 そして、私を迎え入れるかのように大きく両手を広げた。


「わたしはずっとお姉ちゃんのことを見守っていた。
ずっとお姉ちゃんのことを待っていた。
誰よりも優しいから傷付いて、
誰よりも寂しいから傷付けて、
誰よりも幸せになりたいと願っているから、
誰よりも、人の幸せを願うこともできるんだよ。
そんなお姉ちゃんが、ううん、せつなが大好き!」


 少女が私の首に手を回す。


「お願い、思い出して! せつなの本当の心、本当の姿を!」


 そして微笑み、私に口付けをした。



 戦って! せつな
 わたしが許してあげる
 わたしがそばに居てあげる
 わたしが一緒に償ってあげる



 唇から少女の想いが流れ込んでくる。
 徐々に少女の体が薄くなり、透明になる。



 体が熱い。全身に何かが流れ込んでくる。
 痛みが引いていく。傷が塞がり、力が漲ってくる。
 私の胸に、心に開いていた穴が、少女の想いで満たされていく。



 こみ上げる熱い想いが喉に駆け昇る。


 そして、自然に言葉が紡ぎだされる。



〝チェイ――ンジプリキュア! ビートア――ップ!!〟



 悪夢という名の幻想が、少女たちの想いで聖なる泉に姿を変える。
 イースの衣が溶け、体が光の粒子に包まれる。


 熱い情熱は真紅の衣に。
 戦士の誇りは輝くティアラに。
 過去を受け入れし覚悟は黒いリボンに。
 優しき心はハートに宿り、前に進む強い意志は、羽飾りに姿を変える。


 真っ赤な!――ハートは!――幸せの証!


 熟れたて!――フレッシュ!――――――


 両手が十字に切られる。今、女神の裁定が下る。


“キュアパッション”


 長くたなびく薄紅色の髪。ドレスを思わせる可憐な衣装。そう、これから始まるのは剣の舞。
 紅い瞳に闘志が宿る。戦いを知り尽くした戦女神が降臨した。





「あなただったのね、アカルン」
(ごめんなさい)

 心に直接響くアカルンの声。大丈夫、心を共有してるもの。気持ち、ちゃんと伝わってるわ。


「詳しい話は後でね、ここは一体何なの?」
(せつなの精神世界よ。あれはナキサケーベじゃなくて、せつなを破壊するために送り込まれたウ
ィルス。あの姿は、この世界での奴の強度を視覚化したもの。力関係は同じだと思って)


「負けたらどうなるの?」
(ウィルスが繁殖してあなたの命は尽きる。ごめんなさい、ここには仲間を呼ぶことも出来ない。
一人で戦わなくてはならない。どれだけ力の差があるとしても)



 一人……では勝てない。
 なのに、まるで負ける気がしなかった。


 私はいつだって一人じゃないもの。
 ラブがいて。美希とブッキーがいて。おとうさんやおかあさん。
 みゆきさんやカオルちゃん。クラスのみんな。商店街の人たち。
 夢の中ですら、アカルン、あなたが一緒に居てくれた。


「大丈夫、私は一人じゃないわ。一人じゃこんなに心は温かくならない。一緒に居てくれるって言
ったじゃない、アカルン。なら、一緒に闘いましょう!」
(うん!)





 ナキサケーベを見据える。
 本来、宿主の命を削ることで顕現する異形。
 苦痛の束縛から解き放たれた、その真の力はどれほどのものか。

 だが、負けない! 絶対に負けられない!

 必ず勝って、帰るんだ。みんなのところに。


 罪を償うために戦ってるんじゃない!
 過ちを正すために、戦っているわけじゃない!


 私は――!
 私達は――――!
 私達みんなの幸せを守るために戦う!!


 私はプリキュア。キュア・パッション。幸せを守る者。


“お願い! アカルン、力を貸して!!”


 気持ちが重なる。心が一つになる。私は一人じゃない。想いは重なって力になるんだ!





 ――――轟!!

 唸りを上げてドリルアームが襲いかかる。さっきはやられた、だが!


「遅い!」


 垂直に飛んで避けたところをショベルが迫る。


(まかせて!)


 体が紅い光に包まれ、ナキサケーベの後ろに現れる。


「プリキュアキィィィ――――ック」
(プリキュアキィィィ――――ック)


 私とアカルンの気持ちが、叫びがシンクロする。
 巨体が何が起こったかもわからずに吹っ飛び転がる。


「どんな攻撃も力の差も、当らなければ意味は無いわ!」


 ナキサケーベの懐に悠然と歩み寄る。超接近戦。

 ドリルがショベルがパッションを襲う。だが――寸前で避ける。紅い光と共に転移する。
 勢いを止められず、そのたびに敵は自らの攻撃を体に受ける。

 そして追撃。バランスを崩した敵に、パッションの拳が、蹴りが襲いかかる。


「プリキュアパァァァ――――ンチ」
(プリキュアパァァァ――――ンチ)


 死角から繰り出される連続攻撃。右に左に、ナキサケーベは翻弄される。


「グォォォォ―――――――」


 渾身の力でドリルが横凪に振るわれる。それを紙一重で避け、軸を掴み転移する。
 上空高くに転移した私たちは、背負い投げの如く地面にナキサケーベを叩きつける。


「タァァァァァァァ――――」
(タァァァァァァァ――――)


 ズドォォォォ――――――ン


「グ……ォ…ォ…ォ…………」



 ―今よっ!――

 イース、あなたの技使わせてもらう!


 大きく息を吸い込み、大地を掴むが如く踏み込む。急激な重心の沈下の反動。吐息とともに爆発
し、膝で増幅され、腰で回転エネルギーに替わる。
 体内に伝わり気を纏う。膨らんだ力が肩で直線エネルギーに変換され、肘、拳で更に回転加速す
る。
 技が引き出す物理的な打撃力、心が引き出す生命の力、アカルンが引き出すプリキュアの力。
 三つの異なる力が螺旋となり、打突を以て波紋と成す。


「ハアァァァ!!」
(ハアァァァ!!)


 ドオォォォ――――――ン


 弾丸のようにナキサケーベが弾け飛ぶ。流れ込む力が体内を食い荒らし崩れ落ちる。



 ―止めよっ!!――


「歌え! 幸せのラプソディ、パッションハープ!」
(歌え! 幸せのラプソディ、パッションハープ!)


 ハープを持つ手が高らかに上がる。それは勝利の宣言。


「吹き荒れよ、幸せの嵐」
(吹き荒れよ、幸せの嵐)


 願う、どうか世界が幸せに満ちた場所であって欲しいと。


“プリキュア・ハピネス・ハリケーン”


 私は、私達は、舞う――踊る――廻る――届け! この想い!!


「はぁぁぁぁぁぁぁ――――」
(はぁぁぁぁぁぁぁ――――)




 シュワシュワシュワ~~~~~~





 ナキサケーベが消えていく。真っ暗だった世界に光が差し始める。
 そよ風が吹き抜け、長い髪が美しくたなびく。
 空には真っ白な雲、大地にはクローバーの花が咲き乱れる。


「ありがとう、アカルン。でもどうして人間の姿になって会いに来てくれたの?」


 せつなの姿に戻り、アカルンも現し身を取り戻す。再び私たちは向かい合った。
 可愛い大きなリボン。真っ赤なドレス。

(そう。あなたの服はパッションの衣装に似ていたのね)

 長い睫毛に大きな瞳。愛らしい表情で私を見つめる。


「わたしはずっとせつなを見てきたの。泣いているあなたを見て……。どうしても、どうしても、
お友達になりたくなったの。抱きしめてあげたくなったの。あなたを愛してるって、伝えたくなっ
たの。例え、夢の中だけの幻であったとしても」


 私はアカルンをそっと抱きしめた。そして思う。私は一人じゃないと。夢の中でさえも。
 この腕の中の温もりに誓う。これが幸せなんだと。これを守るために戦うのだと。


「あなたは一人じゃない。わたしたちはいつも繋がっている、か……」


 聞いたことがある言葉。大切な人たちが何度も言ってくれた言葉。


「そうね、私だけがわかってなかったのね。ありがとう、私はもう迷わない。自分を信じて、みん
なを信じて、精一杯がんばるわ。これからもよろしくね、アカルン」


 アカルンは「うん」と大きく頷いて微笑んだ。


「さ、せつな。もう帰らなきゃ。あなたを心配してくれる人たちのところに」




 ☆




「せつなっ!!」
「せつなちゃん!!」
「せっちゃん!!」


 眼を覚ましたとたん、ラブに、美希に、ブッキーに、おかあさんに、ミユキさんに抱きしめられ
た。
 ここは――病室? みんな目に涙をいっぱい浮かべている。
 おとうさんも後ろに居た。まだ明るい。仕事を早引きしてきたのかもしれない。



「みんな、心配かけてごめんなさい」


 孤独に震えていた頃の私はもう居ない。全身でみんなの想いを受け止める。
 まだ自分を許すことはできない。だけど認めよう。私もまた、みんなの幸せのひとつだって。
 そして――守るんだ。
 みんなの笑顔を。みんなが笑顔でいられる世界を。私達みんなの――幸せを。



 そして気がつく。左手にアカルンを握り締めていたことに。


「ありがとう。アカルン」


 私はそっとアカルンにキスをした。




 ☆




 わたしは幸せの赤いカギ、アカルン
 無限のメモリーの扉を開くカギ
 せつなの幸せを開くカギ
 命の目指すところ、幸せを導くカギ
 負けないで、せつな、わたしも一緒に戦うから
 過去に苦しんだ分、きっと未来は光り輝くはずだから
 それまであなたはわたしが守るから
 あなただから幸せの守護者になれるの
 大好きよ、せつな
最終更新:2010年07月06日 20:12