わたしは、ときどき早起きをする。
そうすれば、きっと彼女に会えるから。
眠たい目をこすりながら、わたしは、もそもそとベッドから身を起こした。
時刻は朝の6時前。
まだ外は薄暗くて、辺りにはひんやりとした空気が漂っている。
思わず身震いして、再び布団にもぐりこみたい衝動に駆られる。
それを振り払うように、わたしは布団を大げさな動きで体からはがした。
ダンスの練習用のジャージに着替えて、ひっそりと家を出る。
朝は空気が澄んでいて、気持ちがいい。
大きく息を吸い込むと、わたしは誰もいない道を歩き出した。
ほどなくして、わたしは公園にたどりついた。
いつもダンスの練習をしている公園も、今はしんと静まり返っている。
ベンチに腰かけて、わたしは彼女を待つことにした。
今日も、彼女は来るだろうか。
わたしは、この時間が好きだ。
どきどきして、わくわくして、少しだけ不安になる。
いてもたってもいられなくなって、練習しているダンスのステップを踏んでみる。
心が軽くなると、体まで軽くなるのか、いつもよりうまくできた気がしてうれしくなった。
朝日を浴びて、公園の緑も生き生きと輝いていた。
「ブッキー?」
自分を呼ぶ声に振りかえると、せつなちゃんがこちらに歩いてくるところだった。
意外な人物がいたことに、わたしは驚く。
「せつなちゃん?どうしたの、こんな朝早くに」
彼女は少し笑って、ブッキーこそ、と言うと、目を伏せた。
「……美希に会えるかと思ったの」
「美希ちゃんに?」
散歩か何かだろうと思っていたのに、まさか自分と同じ目的だったなんて。
絶句していると、せつなちゃんは、ぽつりぽつりと話し始めた。
「少し前から美希のことがなんだか気になってて……でも、美希に会うと、
ついつっかかるみたいな態度をとってしまうの。なんでだろうって、昨日の夜からずっと考えたわ。
けど、やっぱり駄目だった。それで、美希にあったら何かわかるんじゃないかって」
それに、今から寝るわけにもいかないでしょ、と力なく笑う彼女の顔には、
よく見ると隈ができていた。
本当に美希ちゃんのことを思っているのだ、という証拠を見せつけられたような気がして、焦る。
とにかく美希ちゃんとせつなちゃんを会わせてはいけないと思った。
徹夜明けで思いつめている今のせつなちゃんは、何を言い出すかわからない。
もし、告白なんてしてしまったら。
考えただけで頭が痛い。
しかも、万が一それを美希ちゃんが受け入れたら、
今まで少しずつ美希ちゃんの気を引くために努力をしてきたのが水の泡だ。
なんとかしてせつなちゃんを家に帰さなければ、とわたしは唇をかんだ。
「そうなの……でも、今日のところは帰ったほうがいいんじゃないかしら」
「どして?」
首をかしげるせつなちゃんに、わたしは答える。
「朝起きて、せつなちゃんがいなかったら、みんなきっと驚くわ。
美希ちゃんになら、今でなくても会えるし、ね?」
にっこりとほほ笑むと、せつなちゃんは戸惑いながら、でも、と呟いた。
無理もない。
せつなちゃんは悩んで悩んで、やっと美希ちゃんに会うことを決めたのだ。
わたしの一言で簡単に帰るはずはないだろう。
しかし、わたしだってこんなことであきらめるわけにはいかない。
だって、せつなちゃんの何倍も、わたしは美希ちゃんを思い続けてきたのだから。
「それに、せつなちゃん隈がひどいわ。そんな顔で美希ちゃんに会ったら、
心配かけちゃうかもしれないでしょ?」
夜更かしはお肌の大敵よ、なんて美希ちゃんの真似をしてみせると、
せつなちゃんは少し笑って、そうね、と言った。
そうすると、突然眠くなってきたらしく、せつなちゃんはひとつあくびをすると、
わたしに手を振って、ゆっくりと離れていった。
疲れたような背中に、気をつけてね、と声を掛けると、彼女は振り返ってもう一度手を振った。
それを見送りながら、少しだけ罪悪感に駆られる。
実際、せつなちゃんはすごく疲れた顔をしていたし、心なしか目の縁も赤かった。
家に帰るようにすすめたのは、彼女のためでもある。
それに、せつなちゃんにはアカルンだってあるのだ。
今日それを使わず、歩いてきたのは、まだ何か迷うところがあるからかもしれない。
わたしは自分にそう言い聞かせた。
そうしなければ、せっかくの美希ちゃんとの時間を楽しめなくなる気がした。
ごめんね、とわたしは呟く。
でも、やっぱりわたしは美希ちゃんが好きだから。
せつなちゃんの背中が完全に見えなくなってから、くるりと後ろを向くと、
遠くに走ってくる美希ちゃんの姿が見えた。
何気なさを装って大きく伸びをすると、わたしに気づいた美希ちゃんが、笑って手を振る。
それにこたえながら、わたしは彼女の方に駆け寄った。
手の届くところまで近づくと、躓いたふりをして美希ちゃんに倒れかかった。
「わっ、大丈夫?ブッキー」
とっさに手をのばして美希ちゃんはわたしを受け止めてくれる。
美希ちゃんなら、きっとそうしてくれると思っていた。
わたしは、彼女の顔を上目づかいに覗き込む。
「うん……美希ちゃんのおかげよ。ありがとう」
至近距離で微笑むと、彼女の頬に朱が差した。
「……どういたしまして」
わたしから視線をはずして、美希ちゃんは照れたように言った。
彼女の細い腰に手をのばして、そのまま抱きしめてしまいたいと思う。
でも、まだそれは早い。
名残惜しかったけれど、美希ちゃんから身体を離して、わたしは彼女を見る。
「あのね、今日時間ある?」
美希ちゃんは少し宙をにらむようにして考えた後、ええ、と頷いた。
「本当?実は、買い物に付き合ってほしいの」
わたしは胸の前で手のひらを合わせる。
「いいわよ」
その答えに飛び跳ねそうになる気持ちを抑えて、ありがとう、とにこりと笑ってみせる。
「じゃあ、詳しいことは後でメールするね」
そう言って歩き出そうとすると、美希ちゃんが、あ、と何かを思い出したような声を発した。
何だろうと思って、彼女を見る。
「ところで、どうしてこんな時間に外にいるの?」
「え?」
思わぬ質問に驚く。
「別に深い意味はないんだけど、ちょっと気になったから」
慌てて付け加える美希ちゃんにちょっと笑みを向けて、わたしは素早く答えを考える。
今までなら、散歩とか、早く起きたからとか適当に答えただろうが、
せつなちゃんのことがあるから、もうそんなにのんびりしてはいられない。
「実はね……」
たっぷりと間をあけて、美希ちゃんの興味を引く。
それから、きょろきょろと辺りを見回して、美希ちゃんを手招いた。
素直に上半身をこちらに傾けた彼女の耳を両手で囲むようにして、わたしはそっと口を近づける。
「美希ちゃんに会いたかったの」
ぴくりと美希ちゃんの肩がはねる。
手を離すと、真っ赤になった耳が現れた。
笑みが漏れるのを隠しきれない。
「じゃあ、またあとでね」
にやけているであろう顔を見られないように、美希ちゃんに背を向ける。
肩口のところで小さく手を振ると、わたしは駆けだした。
「ちょ、ちょっとブッキー!」
後ろから聞こえてくる美希ちゃんの焦ったような声に、また笑みがこぼれる。
彼女はわたしを追いかけてきてくれるだろうか。
他の誰でもなく、わたしだけを。
だんだんと近づいてくる足音に、振り返りたい気持ちを抑えて、
わたしは心もち走るスピードを上げた。
もう少しだけ、この時間が続きますように、と祈りながら。
最終更新:2009年12月31日 09:47