避-448

 出会いはクローバーの丘の上。
 小さくて儚げで、今にも消えてしまいそうな気がした。
 娘と同じくらいかしら、そう思ったらつい話しかけちゃった。

 どこからきたの。どうして一人で居るの。何を悲しんでいるの。
 質問が次々に浮かんでは消えていく。
 孤独と絶望を湛えた瞳、軽々しく口にしていいことではないと思えた。

 理由なんてどうでもいい。
 この子にこんな表情をさせる世の中がおかしいと思った。
 抱きしめてやりたい思いを懸命に堪えてその場を離れた。
 この子には時間が必要かもしれない。

「クローバータウンストリートにいらっしゃい」
 もう一度会えることを祈りながら。


「おかあさんにお願いがあるの」
 娘にそう言われた時は本当にびっくりした。
 あんなに必死な表情は初めてだったから。
 娘が連れてきた子は、あのときの少女。


「また会えたわね」
 そう、これはきっと運命。
 あゆみに迷いが無いなら僕も信じよう。
 その日から私達に新しい娘が出来た。


 その子の名前は東せつなちゃん。

 静かで控えめで、あまり笑わない子。
 何から何までラブと正反対の子。
 そしてきっと同じくらい優しい子。


 ラブはせつなちゃんに色んな表情を見せた。

 彼女を見つめる目はとても愛しそうで。
 彼女と過ごせる時間はとても楽しそうで。
 彼女を語る様子はとても誇らしそうで。
 彼女と一緒に居る時にだけ見せる笑顔は、
 私達ですら見たことも無いくらいに輝いていた。


「私は幸せになってはいけない気がするんです」

 孤独に震えていた少女が口にした言葉。
 どんな想いで一人で生きてきたんだろう。
 どんな想いでそれを口にしたんだろう。
 悲しくて悔しくて、胸が掻き毟られた。
 この子の過去に何があったのか。
 そんな疑問なんてどうでもよくなった。


 ラブとの中は本当に睦まじくて微笑ましくて。
 だんだん明るくなっていく様子が愛しくて。
 私達が話しかけると、恥ずかしそうにして、
 でも確かにそっと微笑んでくれる。
 いつしか私達は、ありのままのせつなちゃんを愛していた。


 始めは遠慮だと思った。
 あの子は何も欲しがらず、求めなかった。
 感情すら表に出すのを恐れているみたいで。
 いつも自分を抑えていた。

 幸せになってはいけない、そんな言葉を思い出した。
 きっと、せつなちゃんは過去と戦っているんだろう。
 だから私達も一緒に戦おうって決めた。
 あの子が自分を許せる日が来るまで。


 せっちゃんて呼ぶようになった。
 おとうさん、おかあさんて呼んでくれるようになった。
 この幸せがずっと続くと思っていた。
 ずっとこの子たちを守ろうと思っていた。
 まさか、守られてきたなんて知らなかった。
 あななたちはどんな思いで戦ってきたの?


 料理には自信があるつもりだった。
 こんなに美味しくなかったんだ、二人だけで取る食事は。

 帰ってくる夢、こない夢、交互に繰り返される苦悶の日々。
 帰って来たらうんととっちめてやるんだから。
 そしてたっぷり抱きしめよう。
 その後、時期外れのクリスマスパーティーをしよう。
 すぐ後にはお正月のお祝いだ。
 二人とも覚悟しておきなさい、きっちり埋め合わせしてもらうんだから。
最終更新:2010年01月03日 17:21