彼女の名前は桃園ラブ、その名に恥じぬ優しい子。
世界を愛して欲しいと願いを込めた、それは素敵な名前。
私の名は東せつな。本当の名前ではないけれど。
その名の通り、私は刹那、今の一瞬をただ生きるだけ。
過去の思い出もなく、夢も無く、そして自分もなかった。
初めて会った時から、あなたはよく笑っていたわね。
笑顔なんて虫唾が走る。
そう思っていたはずなのに、なぜか惹きつけられた。
どうしてなのか、今ならわかるわ。
あなたの笑顔の中に、私への好意が溢れていたからよ。
幸せ?笑顔?馬鹿馬鹿しい、それは愚か者の戯言。
友達?仲間?家族?くだらない、つるむなんて弱いもののすること。
欲しくて欲しくして仕方ないのに、求めても決して手に入らない。
だから憎むしかなかった。壊すことでしか、自分を守れなかった。
そんな私に、あなたは惜しみない愛を注いでいった。
徐々に壊れていくイースの心、大きくなっていくせつなの心。
任務のため、そう思って会っていたのはいつまでだったのか。
それが会うための口実になってしまったのはいつからだったろう。
気がつけば、私はいつもあなたを見つめていた。
私に向ける優しい眼差しが胸に刺さる。
イースを睨む、ピーチの視線が胸をえぐる。
私は騙している、欺いている、敵なんだもの、実るはずの無い想い。
「我が名はイース、ラビリンス総統メビウス様が僕」
何度も何度も自分に言い聞かせる。少し気持ちが落ち着いた。
もう限界だ。これ以上一緒に居たら私は私でなくなってしまうだろう。
「イース、これをお前に授けよう」
私はカードを受け取った。命を失うことになるかもしれない。
これでいい。これが私に許された唯一の生き方。
心の中で、そっとラブに別れを告げた。
「だけど、あなたが泣いているから」
痛い、痛い、痛い、でも心のほうがもっと痛い。
苦しい、苦しい、苦しい、でも心はもっと苦しい。
やっと決心したのに、イースとして死のうって。
他にどんな生き方があったと言うの?
イースの私に優しくなんてしてほしくなった。
正体を明かす。友情の証を踏み潰す。私はイースだもの。
「あなたの命は今日限りです、おつかれさまでした」
全てが終わったと思った。
今までやってきたことも何もかも。
メビウス様にせめて一言誉めてもらいたかった。
私を認めて欲しかった。それも儚い夢だった。
「あたしは今でも友達だと思ってるよ、だから戦うの、
せつなをラビリンスから抜けさせるために、あたしの全てを懸けて」
ああ、やっぱり。こう言ってくれることがなんとなくわかっていた。
世界はどうして私に、ここまで優しくないんでしょうね。
お腹を空かせた子供に、ご馳走の写真を見せるみたいにね。
「それ以上のものを手にいれられると思ったのかい」
サウラーの言葉が身に染みる。彼はわかっていたんだろう。
だから必要以上には、この世界に関わろうとしなかったんだろう。
「羨ましいと思った。羨ましいと……思ったんだ」
生まれて初めて口にする、自分の正直な気持ち。
そうか、初めてだったんだ。初めて自分の気持ちに素直になれた。
そう、この一瞬だけ、私はあなたと同じ場所に立つことが出来た。
「さあ、幸せの素を掴み取って、せつな」
あなたは最期まで私をせつなと呼び続けたわね、ほんと頑固な子。
そうね、最期の一瞬くらい、本当の自分を始めてみよう。
わたしは最期に幸せな気持ちになれたもの。だから泣かないで。
ありがとう、ラブ。
最終更新:2010年01月09日 18:20