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何かの音も、誰かの声も、何もかもが聞こえない。
ただ、互いの温もりと、早鐘を打つ己の鼓動と、
そして、触れ合う唇の熱さだけが感じられる。
テクニックなんて知らない。互いに唇を重ね合わせているだけ。
でも、そこから生まれる熱が、ただただ心地よい。
そんな夢のような時間は長くは続かなくて―。

「……」
「……」

「ぷはっ」
「はあっ」

慌ててお互いの顔を離すラブとせつな。

「はあっ、はあっ、はあっ……空気、空気っ」
「ごほっ、ごほっ……私も、息、苦しかった……」

そのまましばらく、自分の肺に空気を送り込む作業に専念する。

「ねえ、せつな」
「何?」
「キスって、難しいんだね……」
「……そうね。おかげで雰囲気が台無し」

並んで二人は、同時に溜息。
テクニック以前に、加減とか、長さとか、
初めての二人には覚えることはまだまだありそうで。

「でも……」
「ん?」
「あたし達……しちゃったんだね、キス」
「……うん」

せつなは頷きながら、自分の指を唇にあて、その形に添ってなぞる。
先程までそこにあった温もりを確かめるように。

「私やっと、ラブにキスして貰えたんだ……」

ゆっくりと、確かめるように呟く。
一言一言、かみ締めるように。

「すっごく嬉しい、ラブ……」

その瞳から、三度、心の雫が零れ落ちる。

「やだもう……私、嬉しすぎて……幸せすぎて……涙、止まらないよ」

目元を押さえ、肩を震わせるせつな。
そのままラブにしがみつくように身を寄せ、目を閉じる。


「せつな……あたしも今、とっても嬉しいし、幸せだよ」

涙を流し続けるせつなの背中を優しく、ゆっくりと
何度も繰り返しさすってあげながら、語りかけるラブ。

「だって、せつなとキスが出来たんだもの。
 それって、今まであたしがゲットした中でも、一番の幸せだよ。
 ……だからね。この幸せな気持ちの内に、伝えたいことがあるの」

ラブの言葉に、顔を上げるせつな。
向けられるその視線に、ラブは笑いかけてみせる。
これから送る飛び切りの幸せの言葉を受け取って欲しいと、そう願いながら。

「……」

そしてラブは、目を閉じると一度深呼吸、
冬の冷気の混じった空気で、心の中の想いを研ぎ澄ます。
そうして作り出した混じりっ気無しの、純粋な気持ちを言葉に乗せる。

「好きだよ……せつな、大好き。。
 世界中の誰よりも、あたしはせつなの事を……愛してる」

最後に紡ぐ言葉は、もっともシンプルで、最も強い、相手を想う意味の言葉。

その言葉と同時に、唇にキスを送る。
嘘じゃない、本心からの言葉だと、その証拠の意味を込めて。
そしてそれに対するせつなの答えは。

「……ひどいわ」
「えっ?」
「本当、ラブったら……私、さっきまでずっと、
 嬉しさで泣いちゃうくらいに心が落ち着かなかったっていうのに
 今度は「愛してる」だなんて!
 ひどいわよ……本当に。一体いつまで私の心を掻き乱せば気が済むのよ!」

言い終わると同時にラブの方を向いたその顔にあるのは、笑顔。
最早涙はそこにはなく、喜びの感情をいっぱいに広げてせつなは笑っていた。

「ありがとう、私も愛してるわ……ラブ!」

そしてせつなは、その身を乗り出すと、今度は自分からラブに唇を重ねたのだった。







クローバータウンストリートの中央広場。
今はここに、クリスマスだからということで
町内の人によって飾り付けられた巨大なクリスマスツリーが設置されている。
聖夜の今日、本来ならば家族の思い出を作りに来た親子や、
愛を語らう恋人達で終夜賑わう筈の場所。
だか、ラビリンスの侵攻がニュースで報じられた為か、今この場には全く人の気配が無い。

ただツリーの光のみが虚しく、それでも優しく暖かく輝くこの場所に
ラブとせつなは来ていた。
本来ならば美希や祈里たちの待つ公園に、一刻も早く行かなければならない。
でも、ほんのちょっとだけ、もうちょっとだけ二人きりで。
その思いが、二人にここに足を運ばせていた。

「……本当はさ」

ツリーを見上げながら、ラブが口を開く。

「折角のクリスマスなんだから、いっぱい、楽しい事出来ると思ってたんだ。
 美希タンと、ブッキーと……多分、シフォン達もこっそりついて来てて、
 それで、シフォンのイタズラで大騒ぎになって慌てたりして」

それは、つい先日まではそうなると、当たり前のように思っていたこと。

「その後、ウチに集まってパーティーをやって、そっちでもなんだかんだで
 大騒ぎになって、それでもみんな、笑顔で楽しくて」

いつも通りの、ラブと、ラブの周りの人々の光景。

「でね、夜中になったらせつなと二人でこっそり抜け出して、ここに来るの。
 そこで、いい雰囲気になって初めてのキス!なんてことになって
 最高の幸せがゲット出来たらいいなあ、何て思ってたんだけど」

そして、彼女自身の望んだ幸せの形。
しかしそれは。

「全部……ダメになっちゃったんだよね」

それは今となっては最早、失われてしまった事。

「ラブ……それは」
「うん、わかってる。今のは桃園ラブの……ただの女の子としての愚痴だよ」

こちらを心配そうに見つめるせつなに、そう告げる。
そして続けるのは、決意の言葉。


「大丈夫、プリキュアとしてのあたしは、シフォンを助ける為、
 みんなの笑顔を守るために戦うって、ちゃんと決めてるから。
 ……それにね」

そして最後に結ぶのは、未来を望む言葉。

「シフォンを助けたら……今年はもう間に合わないけど
 来年のクリスマスは、みんなで一緒にやろうって、そう決めてるから」

だから、とラブはせつなの両の手を取り、自分の手で覆うと握り締める。

「その為にも、あたしも、美希タンもブッキーも、それに勿論、せつなも。
 みんな一緒に帰って来ないとね!」

全て言い終え、決意を込めた表情を見せるラブ。
せつなはそれに応えるように、目の前の少女と同じ、決意の顔を作る。

「そうねラブ。私も同じ気持ちよ。
 絶対にみんなで帰ってこないとね……来年のクリスマスの為にも」
「うん!絶対!」

互いに頷きあう二人。
そして、次の言葉はせつなが続ける。

「じゃあ、その為にも約束、しない?」
「約束?」
「うん、今からすることを来年またここでまたするっていう。
 そんな約束よ、どう?」
「すること?……って、もしかして……」

今日はクリスマスイブ。
時間は深夜、ツリーの前に来ている一組のカップル。
さっき自分が口にした、本来そうしたかったという願い。
そして、提案したせつなの顔に浮かぶ、照れを意味する赤の色。
ラブは、その約束が何なのかを理解した。

「うん、いいよ。約束、しようよ」

ラブの答えに嬉しそうに微笑むせつな。
そして二人は、改めて向き合う。

「ねえ、せつな……あたし達、今日、何回キスしたっけ」
「えっと……四回、かな?」
「わ、そんなにしてたんだ。
 あたし達、ついさっきようやく初めてのキスをしたばかりだってのにね。
 それなのにまたしようとしてるなんて……なんか、信じられないよ」
「そうかな?私はそうは思わないけど」
「え?なんで?」

首を傾げるラブに、せつなは笑みで答える。
一番大切な人の為に、愛情を込めた笑みで。


「だって私達……もう恋人同士でしょ?
 だったら、キスくらい当然だもの」
「あ……」

言われたラブが、一瞬驚きに目を見開いた表情で固まる。
やがてその頬が、徐々に朱に染まっていく中で、その目から零れ落ちるもの。
それは今日、彼女が始めて流す涙。

「あ、やだ、あたし、今頃になって……」

自分の感情に戸惑いながらも、
零れ落ちる滴を手の平で受け止めて見つめていたラブだったが、
やがて、その両腕を体の前で組み、自分自身を抱くようにすると
喜びを帯びた声でゆっくりと口を開く。

「そっか……そうだよね、あたし達、恋人になったんだもんね。
 嬉しい……あたしすごく嬉しいよ、せつな……」

友達でも、親友でもない、相思の関係を指す言葉。
それを他の誰でもない、そうなりたいと願っていた相手に、
―せつなに、言って貰えるなんて―
その喜びが胸に収まりきれず、目元から溢れる滴となる。

「ゴメンせつな……キス、もうちょっと待って。
 あたし今、ちょっと、気持ちが……落ち着かなくて……」

目の前の少女に謝りつつ、目元の涙を両手で拭い、
一刻も早くこの気持ちを解決しようとするラブ。
そこに伸ばされる、手。

「わ……せつな……?」

ラブがそれを認識した時には、既にせつなに抱きしめられていた。

「いいわよ、しばらくこうしていても……私、待ってるから」
「……うん、ありがとう」

せつなの言葉と、愛情に満ちた瞳と、温もり。
それらに包まれていることを感じながら、ラブは目を閉じて、その身を預けるのだった。







「せつな……ありがとう。あたし、もう大丈夫」

それからしばらくして。
身を起こしたラブがせつなにそう告げる。
その目には涙はもう無く、いつもの元気と自信に満ちたラブの顔がそこにあった。

「うん……どういたしまして」

頷くせつなも、いつものラブがそこにいることを嬉しく思い、笑みで答える。

「それにしても……なんか、悔しい」
「どして?」
「だってさ、さっきはせつなが泣いてるのをあたしが受け止めてあげたでしょ。
 それでカッコいいトコをせつなにいっぱいアピール出来たな~って思ってたんだよ?
 それが、今度はあたしの方が泣いちゃうなんて……」
「何かと思ったら……そんなことで」

クスクスと笑うせつな。
それに対して、ラブは頬を膨らませて抗議する。

「そ、そんなことって、あたしにとっては大事な事なんだよ!
 あたしはいつだってせつなの前ではカッコいいラブさんでありたいって……」
「ダメよ」

途中まで言いかけたラブの言葉は、その唇に添えられたせつなの人差し指によって止められた。

「ダメ、そんなの。私は普段のラブも、笑ってるラブも、キュアピーチの時の勇ましいラブも
 全部含めてラブの事が好き。……勿論、泣いているラブもね。
 だから、私には全てのラブを見せて欲しいって……」
「ヤダ」

今度はせつなの途中まで言いかけた言葉が、ラブによって止められる。

「そんなのヤダ。あたし、せつなの前ではカッコいいままでいたいもん。
 だ・か・ら、絶対に、ぜーったいにもう泣いてるとこなんて見せないんだから!」
「そんなのズルイ。今日だって私の方が泣きっぱなしだったのに」
「それはいいの。せつながあたしの胸の中で泣いてくれればあたしは幸せゲットだよ!」
「何よそれ……わかったわ、それなら私、絶対にラブの泣いてるとこをゲットしてみせるわ!」
「ぜーったいに見せないよ!」
「絶対に見てみせるわ!」
「見せない!」
「見てみせる!」
「むむむ……」
「う~」

唸りながら睨みあうラブとせつな。
だがやがて、視線に込める力を緩ませると、お互いに呆れた顔を作る。


「あはは……何してんだろうね。あたし達」
「そうね……また良いムードが台無し」

言葉と共に溜息が一つと一つ、同時に口から漏れる。

「なんかあたし達、今までとあんまり変わって無くない?」
「……うん、そうね。多分私達、今までいた場所から
 ようやく一歩を踏み出したところ、くらいなのよ」
「一歩かあ……そうだね、やっと一歩、だよね」

せつなの言葉に頷くラブ。
告白をした、キスもした。恋人だとはっきり宣言もした。
今日一日でいろいろなことがあった。
だからと言って二人の関係が急激に変わるわけでも無い。
心と心、本音と本音をぶつけ合える大切な友達、
その関係からようやく踏み出したばかりなのだから。

「じゃあさ、約束が守られる頃には、あたし達、どうなってるのかな?」
「それはわからないわ。でも……ゆっくりでもいいから一歩ずつ進んで行けば、
 きっと今よりもっと素敵な関係になってるんじゃないかしら」
「それって勿論二人で、だよね?」
「当然よ。そうでなければ意味がないわ」

笑みを浮かべ、言葉に力を込めてせつなが答える。
それに対してラブも、笑みで返す。
互いの想いが一つであることを確認しあうかのように。

「じゃあこれで、約束だね」
「うん、約束……また来年、ここで」

そして改めて二人は向きあうと、対の位置にある手を重ね合わせる。
ラブの右手は、せつなの左手に。
せつなの右手は、ラブの左手に。
腕を曲げ、互いに握り締めた手を胸元まで上げることで近づく顔。

「せつな……」
「ラブ……」

互いの名前を呼び合い、目を閉じる。

約束しよう。
必ず帰って来る。
そしたら、笑って、泣いて、時にはケンカをして、仲直りもして、そんな時間を
いっぱいの時間を二人で過ごそう。
そうすれば、私達はお互いのことをもっともっと好きになるから。
そして来年、またここに来た時に約束の続きをしよう。
今のこの約束のキスよりも、もっと愛ある幸せの証のキスを。

そして恋人達は、クリスマスツリーに見守られながら
未来への約束を込めたキスを交わすのだった。

<終わり>
最終更新:2010年01月16日 00:56