「♪ゆーきや こんこ あられや こんこ 降っても 降っても まだ降りやまぬ♪」
朝起きて、窓の外を眺めればそこには、チラチラと雪が舞い降りて来ていた。思わずパジャマのまま、庭へ出た祈里
の口からは、自然と歌が溢れ出て。
「♪いーぬは喜び 庭かけまわり ねーこはこたつで 丸くなる♪」
「そうしてると、ブッキーがわんちゃんみたいね」
急にかけられた声に、ビクッと彼女の肩が震える。恐る恐る振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた幼馴染の
姿があった。
「おはよう、ブッキー。ご機嫌みたいね」
「み、美希ちゃん……」
恥ずかしさに真っ赤になる頬に、雪が触れると、その熱であっという間に溶けてしまったのだった。
「美希ちゃん、来てたんなら、声をかけてくれればいいのに」
まださっきの恥ずかしさが抜けきらないのか、拗ねた表情を見せる祈里に、美希はくすくすと笑って答える。
「ごめんごめん。でも、ブッキーがあんまり楽しそうだったから、声をかけちゃ悪いかな、って」
「もうっ」
意地悪、と言いながら、彼女はパシパシと腕を叩いてくる。本気で怒ってるわけではないことぐらいわかっている
から、美希は変わらず笑うだけ。商店街の店先に立つ顔馴染みの人々も、そんな二人を暖かく見つめていて。
今、二人は公園へと向かって歩いている。雪は降りやんでいたが、微かに積もった新雪を踏むと、キュッキュと
心地よい音がした。
辛子色のダッフルコートにくるまる祈里は、首元にゆったりとマフラーを巻いている。どちらかといえばもこもこと
膨らんだ感じがするところが、美希には逆に愛くるしく感じられた。
「それにしても、美希ちゃん、寒くないの?」
「あたし? こんなの、へっちゃらよ!!」
そう言う彼女は、すらりとした体のラインがあらわれる細身のコートをまとっていた。ミニスカートに黒のレギンスを
穿き、長く魅力的な脚を惜しげも無く晒している。
「確かに、美希ちゃんの恰好、すごく可愛いけどね」
「ふふん、でしょ? あたし、完ぺ…………へくちっ」
可愛らしくくしゃみをした後、ブルっと美希は体を震わせる。しまった。少し薄着すぎたかもしれない。
「もう、美希ちゃんったら。ちゃんと体を冷やさないようにしないと」
ふわり。
祈里が持っていたカバンから毛糸のマフラーを取り出すと、美希の首筋にかけてくる。
「ブッキー。これは?」
「皆へのクリスマスプレゼント。ほら、あんなことがあったから、皆でプレゼント交換も出来なかったでしょ?」
本当は、皆で集まってから渡そうと思ってたんだけどね。そう言って、照れくさそうにする祈里の笑顔に、美希は
こみあげるものを必死に我慢しながら、口を開く。
「ありがと、ブッキー」
「うん。どういたしまして」
嬉しくて、美希は首に巻かれたマフラーに顔を埋める。
祈里の優しい香りに、包まれた気がした。
「お待たせ、せつなちゃん――――って、ラブちゃんは?」
「……ってか、ご機嫌斜めね、せつな」
そう美希が指摘すると、せつなは少しむくれた顔を見せる。
「もう、ラブなんて知らない!! 後少し、後少しって、ベッドの中から出てこないんだもの」
ぷんぷん。そんな擬音を背に担ぎながら言う彼女に、美希と祈里は顔を見合わせて苦笑する。
「ラブちゃん、変わらないね」
「せつな、当ててあげましょうか? ラブ、ベッドから出て来たと思ったら、今度はこたつに潜ってるでしょ?」
「よくわかったわね――――って、昔からそうだったの?」
首を縦に振る二人に、せつなは思わず溜息を付く。彼女達が言う通り、ようやくベッドから出て来たと思ったのに、
すぐにこたつでぬくまり始めたのだ。さすがに呆れて、置いてきたのだけれど、追いかけてくる気配が無いところを
見ると、きっとあのまま寝てしまっているのだろう。
「そういうところ、ラブちゃんは猫っぽいのかな」
「んー、そうでもないんじゃない? いざ布団を出たら、元気に飛び出してく子だったし。ま、犬っぽいところがあるわよね」
「猫とか犬とか、なんの話?」
不思議そうにするせつなは、黒のニーソックスに赤のチェックのミニスカート、上はタートルネックの上からジャケット
を羽織っている。美希とは違う意味で大人びたその雰囲気を、祈里はこっそり羨む。綺麗だな、せつなちゃん。
「歌にあるのよ。ほら、ブッキー、歌ってあげたら? 朝、口ずさんでたあの歌をさ」
「えぇっ!? ちょ、ちょっと美希ちゃん!?」
「私も聞きたいわ、ブッキー」
「ふぇっ!? せ、せつなちゃんまでぇぇ」
「なるほどね。確かに、ラブは猫にも犬にも当てはまりそう」
すったもんだの挙句、ようやく歌詞を教えてもらったせつなは、何度も頷く。小声でとはいえ、人の行き交う往来で
歌った祈里は、顔を真っ赤にして俯いていた。
「なんていうか、ラブってオンとオフがはっきりしてる感じがするのよね。スイッチが入るまではグータラしてる感じで」
「ああ、うん。ちょっとわかるかも。朝とかだってギリギリまで寝てる癖に、いざ動き出すと元気はつらつなんだもの」
「せつなちゃん、振り回されてる?」
祈里の問いかけに、せつなは肩をすくめて見せる。それはつまり、肯定の返事なのだろう。
「そういえば、二人はどうなの? 犬? それとも猫?」
「ブッキーは間違いなく犬よね。ご主人様に忠実な感じ?」
「ご主人様なんていないけど、うん、わたしも犬だと思う。美希ちゃんは猫――――の皮をかぶった犬な気がするかなぁ」
「そう? そんな風に見えてるんだ」
「私はどうなのかな?」
せつなが問いかけると、二人は声を揃えて言う。
『絶対に、犬』
「どして?」
「どうしてって……そりゃ、ね」
「ラブちゃんのこと大好きなわんちゃんって感じがするよ?」
言っていることがよく理解出来なかったのだろう。首をかしげなら、ふぅんと頷く彼女の姿に、美希はなんとなく想像
する。
せつなが、漫画で見たような犬の耳を付けて、尻尾を生やし、ラブにじゃれついているところを。
――――ヤバい。可愛いかも。
「ごめんってばー、せつなー」
「知らないっ」
ぷい、と顔をそむけるせつなに、トホホ顔になりながらラブが手を合わせて頭を下げる。
「ほんっと、ごめん!! 次からはちゃんと起きるからっ。許して、せつなー」
「……ホントに?」
ジト目で尋ねる彼女に、ラブはコクコクと何度も首を縦に振って見せる。
「絶対の絶対!! 約束するからっ!!」
「――――ふぅ、しょうがないわね」
その言葉を引き出すと同時に、ヤッターと声をあげてせつなに抱き付くラブ。もう、こら、と言いながら、しかしせつな
は満更ではなさそうだった。
二人とも、店の中なんだから、とたしなめる祈里の言葉に、ようやく二人は離れたが、
「アタシ、飲み物、買ってくるね」
「私も一緒に行くわ」
すっかり仲直りした二人を見送りながら、アップルパイを口に運びながら祈里は笑って言った。
「やっぱりせつなちゃんは甘いなぁ。ねぇ、美希ちゃん?」
「え? あ、うん。そうね。ちょっと甘すぎよね、このアップルパイ」
「――――? どうかした?」
「ん? 別に、なんでもないわよ」
言えない、と美希は思う。
せつなに犬の耳を付けた想像をしていたなんて。
ラブに抱きつかれてる彼女のスカートから、パタパタとよく揺れる尻尾が見えた気がしたなんて。
あれ。でも。
ふと美希は考える。
キュアパッションの頭の飾りに付いてる羽根。
あれ、実は耳だったらどうしよう。
いや、耳じゃなくても、あの羽根がパタパタ動いて、それでせつなが飛んでたら。
「うわ。可愛いすぎ」
これが『萌え』っていうことかしら。
パタパタパタパタ
「真っ赤なハートは、幸せのあかし!!」
パタパタパタパタ
「うれたてフレッシュ!! キュアパッション!!」
パタパタパタパタ
「プリキュア!!」
パタパタパタパタ
「ハピネス・ハリケーンッ!!」
パタパタパタパタパタ
「~~~~~~~~~~~~!!」
「どうしたの、美希ちゃん。突然、突っ伏したりして」
常にパタパタ羽根を動かしてるパッションを想像して悶絶する美希に、祈里が不思議そうに尋ねる。
が、答えられるはずもない。真っ赤になった顔を見せることも。
「ふぅ。落ち着いたわ」
「よくわからないけれど、どうしたの?」
まだラブとせつなは帰ってきていない。なんとか誤魔化そうとする美希だったが、意外にしぶとい祈里に、仕方なく
説明する。
「あぁ、なるほど。ちょっとわかるかな、その気持ち」
「へぇ、そう?」
「うん。わたしもキュアベリーの髪が、サソリの尻尾みたいに見えたことがあるもん」
「…………」
いや。確かに長いけれど。もこもこだけど。
節足動物って。
「サ、サソリはちょっと……」
「え? サソリ、可愛いでしょ?」
「あ、うん。そうよね。可愛いかも」
ブッキー――――わからない子!!
最終更新:2010年01月20日 23:08