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「こんばんは。お邪魔します」
「いらっしゃい、せつな。悪いわね、急に来てもらっちゃったりして」
「別に構わないわ。お泊りグッズも持ってきたし」
「ま、ゆっくりしてってよ。ママもいないしさ」
「ハワイに行ってるんだっけ?」
「そ。可愛い娘一人を残して、自分だけでねー」
「怒ってるの?」
「別に? おかげでこうしてせつなと二人きりになれるわけだし」

 振り返ってギュッと抱きしめるあたしに、せつなは抵抗をしない。
 おでこ、鼻の頭、そして唇とキスをすると、くすぐったそうに笑い声をあげる。

「ね、せつな? あたし、もう……」
「ダーメ。まずはご飯を食べてから」
「じゃあ、その後……」
「その後は、借りてきたDVDがあるから、それを見ましょ。前から見たかったから、すごく楽しみなの」
「うー。じゃあじゃあ、それが終わったら……」
「終わったら、お風呂に入ってゆっくり寝ましょ――――ってか美希、がっつき過ぎよ?」
「頭ではわかってるんだけどね」

 あまりに気持ちいいものだから、つい、自制出来なくなるのよね。

「エッチなことばっかり考えてると、嫌いになるかもよ?」

 追い打ちをかけるようなせつなの言葉に、あたしは肩を落として溜息、一つ。
 いや、しょうがない。あたしだってその気持ちはわからないではない。体だけなの? って思うかもしれないし――――
けど、気持ちいいものはしかたないし……
 いやいや。せつなの言う通り。そればっかりってのはどうよ、あたし。冷静になりなさい。
 あぁ、でもなぁ……

 そんな葛藤に苦しむあたしに、せつなはクスクスと笑いながら耳元で囁く。

「お風呂は一緒に入りましょ。ね?」
「――――!! うん!!」

 その一言で、すっごく元気になるあたし。
 いやー。現金よね、あたし。ま、その気持ちの切り替え方も、あたし完璧なんだけど!!




      Right Now ~My Secret Series SSS~



「どう? 美味しい?」
「もうすっごく美味しいわ!!」

 せつなの作ったコロッケは、本当に美味しい。仕事柄、高級レストランに行くこともあったりするけれど、そこの味に
ひけを取らない、いや、それ以上に美味しいものだと思う。

「それは、愛情たっぷり、詰め込んでるからよ」

 あたしが感想を口にすると、サラリ、とせつなはそう言ってのける。
 途端にあわあわとなるあたし。不意打ちには弱いのよ――――けど、

「せつな、顔、赤くなってるわよ」

 言ったことに照れくさくなったのだろう、赤面した顔を見逃さず、あたしはささやかな反撃を返す。

「む。からかうなら、もう二度と言ってあげない」
「ああん、うそうそ。ごめんってば」
「ふん、だ」

 他愛も無い会話のやり取りが楽しい。それがあたしの家で、二人きりで交わされることが、すごく嬉しくて。
 なんだかとても、ポカポカした気分になった。



「で、DVDって、何を借りてきたの?」
「これよ」
「ホラー映画じゃない。こういうの、好きなの?」
「さぁ? 初めて見るから」
「初めて、ってねぇ……」
「カップルで見るのにオススメって書かれてたからね」

 カップル。より正確に発音するなら、カッポゥ。
 あー。なんか改めて言葉にされると、照れくさいやらなんやらで、にやけてしまう。
 しかもそう言った彼女が、服の袖をちょんとつまみ、上目遣いで、

「怖くなったら、ひっついてもいい?」

 はにかむように聞いてくるのだから、たまらない。

「任せて、せつな。あたしが守ってあげるからっ!!」



 オチが見えた、と思ったでしょ?
 ――――その通りよ。



「えぐっ。えぐっ」
「もう、美希。そろそろ泣きやんでよ」
「だっでぇ。あんなに怖いと思わなかったんだもん!!」
「はいはい、よしよし」

 ひっしと抱き付くあたしの背を、せつなが呆れたように言いながら、ポンポンと撫でてくれる。
 っていうかなによあれ!! あの兎は反則よ!! すっごい怖かったじゃない!!
 途中で見るのやめたら、本気で寝れなくなるかもしれないから、頑張って最後まで見たけれど!!
 ずっとせつなに抱きついてて、本当ならハッピーな時間の筈なのに、もう全然それどころじゃなくって……

「せつなぁ。今日、一緒に寝ていい?」
「もともと、そのつもりだったけれど――――なんだかちょっと、不本意だわ」

 ホラーはもうやめときましょ。溜息混じりに言う彼女に構わず、あたしはただひたすら怖がっていたのだった。


 そんな状態で、色気のある気分になる筈も無く。

「せつな!! 変な音、しなかった!?」
「ただの風の音よ……」

 一緒に入ったお風呂でも楽しいイベントを起こす余裕もなく、パッと入ってパッと出てしまった。
 悔しいのよ、あたしも。けど怖くて仕方ないの。いつあの兎が表れるかと思ってビクビクしちゃって――――まさか
脱いだ服の中に隠れてるなんて……

「美希がこんなに怖がりだとは、思わなかったわ――――前からそうだった?」
「普段はそうでもないわね。っていうか、あの映画が怖すぎ。兎とパンダがあんなに怖いなんて――――それに」
「それに?」
「一緒にいるのがせつなだから、無理する必要もないかな、って」
「――――――――」

 自然体でいられる、ってことか。なるほどね――――ちょっと嬉しいかも。
 小さな声で呟くせつなに、あたしは首を傾げる。
 どういう意味かはわからないけれど、ま、嬉しそうだから良かった、のかな?



「それじゃ、おやすみ、せつな」
「うん、おやすみ。兎とかパンダとか馬の首が来ても、私が守ってあげるから」
「お願いするわ」

 そう言って目を閉じるあたし、だったが、すぐに目を開ける。なんだか、せつなが笑ったような気がしたから。

「どうかした? せつな」
「ううん、なんでもない。ただ、ちょっとね」
「なによ。もったいぶらないで言ったら?」
「付き合う前の美希って、もうちょっと大人びたイメージがあったから。でも、案外、子供っぽいところもあるんだな、
って思っただけ」
「――――そういうあたしは、嫌い?」
「まさか。大好きよ。いつものあなたも、私の前だけのあなたも、ね」

 言いながらせつなは、私の瞼にキスをする。

「おやすみ、美希。いい夢を見てね」

 彼女の豊満な胸に顔を埋めながら、私は思う。

 子供っぽい。他の人に言われたら、ちょっと癪に障ったかもしれない。
 けれど、それがせつなになら――――あたしの大切な恋人になら、素直に嬉しいと言える。

 多分それが、一緒にいれて幸せ、つまり、H@ppy Togetherということなのだろう。
 そんな風に思いながら、私は、まるで子供のようにせつなに抱きしめられながら、眠りの世界に落ちていったの
だった。











「せつな――――せつな」
「ん……美希? や、ちょっと、なにしてるのよ?」
「だって、あんまりせつなが可愛いから――――」
「わけのわからないこと、言わないの!! んもう、そういうところだけは大人なんだから!!」
「続き、しない方がいい?」
「――――して?」
最終更新:2010年01月22日 07:02