避-754

「あなたっていつも言い訳ばかりね、祈里」

「なんですって」


襲い掛かる突きを蹴りを、自ら踏み込んで受け止める。
華麗に避けるなんて出来ない。ここで逃げるわけにもいかない。


「ダンスを始められなかったのは引っ込み思案の性格のせい。
ラッキーを助けられなかったのは力が無いせい。
シフォンを助けられなかったのは自分が子供のせい。
せつなを助けられなかったのは彼女が敵だったせい」


言葉が胸に突き刺さる。確かにわたしは積極的ではない。尻込みして後悔した経験も少なくは
無い。
でも言い訳なんてしてない。人まかせになんてしてない。結果は全て受け止めてきたもの。
やれることは一生懸命やってきたもの。


「強いものに巻かれて頷くしか出来ない子、それがあなたよ」


ラブちゃんにまかせてきた。美希ちゃんに頼ってきた。でも支えても来たはず。
助け合って、支えあって何がいけないの。


「違うわ、自分が弱いのは認めてる。無力なのはわかってる。だから変えようと努力してるの」


攻撃に耐えて、打ち込む。相手が自分自身ならば遠慮はしない。わたしは人を傷付けたくない
だけ。


「流されているだけのあなたが努力ですって」


惑わされない。ラブちゃんも美希ちゃんもせつなちゃんもわたしを信じてくれてる。
わたしが自分を信じなくてどうするの。
わたしは自分を変えてきた。変わってきた。何も間違ってなんかいない。


「流されてるんじゃない、信じているの。友達のしていることが、自分のやっていることが間
違いじゃないって」


ダンスもプリキュアも自分で選んだこと。信じて突き進んできた。


「あなたの行動には信念がない」


感謝してる。全ての出会いに。わたしを支えてくれてる全ての物に。
ぶつからず、逆らわず、ありのまま受け止めて、伝えていく。それがわたしの生き方。


「あるわ。人の心の底には必ず善意があるって、わたし信じてる。
みんなで仲良くなって幸せになれるって信じてる。それがわたしが戦う理由よ」


エンジェルパインの拳が輝く。祈りの力が闇パインの体を貫いた。
霧散した粒子がエンジェルウィングに集い、翼が柔らかく大きく伸びていく。


「待っててね、シフォンちゃん、わたしを、わたしたちを信じて」







「何かの本で読んだことがあるわ、確か試練の塔ってタイトル。自らの精神との対峙、そして
挑戦、だっけ。塔にはそんな意味があるんだそうね」


ここは城らしいが塔にも似ている。異世界に通じる話とは思えないけど。
しかし、鏡は見慣れているけどね。こんな表情を浮かべる自分はちっとも美しくないと思う。


「体の弱い弟、和希。そりゃあ可愛いわよね、あなたにずっと優越感を与えてくれた存在」

「なんですって……」


怒りを感じて闇ベリーに殴りかかる。
渾身の連打、打ち抜くような回し蹴り。轟音が空を切り裂く。


「私は和希の幸せを望んでいるわ。そんな言いがかりで惑わされはしないっ」


ずっと見守ってきた。励ましてきた。和希はそれに答えてくれた。
強く、優しく、前向きで包容力があって。
理想の男性に育ってくれた。それはアタシの誇り。


「ちやほやされて嬉しいんでしょう?」


攻撃が全て流される。落ち着け、自分を見失うなんて無様はあってはならない。


「目標になりたいとは思ってる。勇気を与えたいと思ってる。恥ずべきことじゃないわ」


一緒に暮らせないからこそ、共に過ごせる時間は大切にしてきた。冷やかされたこともある、
だけど。
互いに励ましあって高めあって、これからもずっとそうありたいと思ってる。


「せつななんて子、初めから居なかったそうね。そのくせプリキュアになったら仲間呼ばわり。
自分勝手でエゴの塊、それがあなたよ」


攻防が切り替わった。闇ベリーが一気に攻めてくる。ガードした腕が痺れる。


今でも思い出す度に胸が痛む。ラブが心配だった。あの時はそれしか考えられなかった。
優しすぎて相手の痛みをそのまま共有してしまう子。優しいが故に人に構い、人を愛するが故
に人に傷つけられる。
アタシが守ってやらなきゃって、そればかり考えていた。


「せつなをわかってあげられなかったことは悔いているわ。だけど認めたのはプリキュアにな
る前よ。せつなは大切な仲間。アタシは二度とせつなを傷つけたりしない。
きっと守ってみせるわ」


ラブとの戦いで見せた苦悩。寿命を管理されていた事実。そして知った彼女の素直な心。
わかってあげられなかった自分が悔しかった。差し伸べた手を取ってもらえなかった。
少しづつ溝を埋めて、わかりあって。そして手を取り合う関係にまでなれた。
不器用で、意地っ張りで、優しくて。そして悲しくて寂しい子。
アタシはまた、守ってあげたい大切な人が増えた。


「くっ、認めなさい。あなたは自分が良ければいいのだと」


自分を大切にしてきた。磨いてきた。でも同じくらい周りの人も愛してきた。


「アタシは後悔しないように生きたい。完璧じゃないからこそ、そうありたいと願ってる。
それの何がいけないの。
みんなで幸せになりたいから戦ってるの。それは自分の夢と同じくらい大切なことよ」


夢は一人じゃ輝かない。応援してくれる人が居るから。一緒に目指せる人が居るから。笑い会
える仲間が居るから頑張れる。
だからプリキュアなんだ。だからダンスなんだ。遠回りしてもいい。アタシはアタシらしく生
きる。


希望の輝きが蹴り足に宿り、連続で炸裂する。闇ベリーは一撃ごとに薄れ、粒子に、無に帰っ
ていった。
翼が大きく伸びた。より鋭く、眩い輝きを放つ。


「なんでアタシのだけ、こんななのかしら……」







「みんなを戦いに巻き込んで、傷つけて満足?」


戦う意志を見せず、悲しそうな声で話しかける闇ピ-チ。


「どういう意味?」


こちらも構えを解いて対峙した。


「あなたが始めた戦いに、あなたは友達を巻き込んだ。気がついているはずよ。プリキュアは
あなたを中心に選ばれた。あなたは掴みかけてた友達の夢を奪ったのよ」


胸が痛む。どれだけ美希が頑張ってきたのか、誰よりも知っている。


「美希たんは自分で選んだんだよ」


悔しいそぶりも見せずにあたしたちを励ましてくれた。高い誇り、深い愛情、強い使命感。
友達として誇りに思う。


「戦いに向いていない、優しい子も巻き込んだ」


獣医になりたいと望んだ子。人だけじゃない、全ての命を等しく愛せるやさしい心。


「ブッキーは強いよ」


でもあの子は知っている。生きることが戦いであることも。
命が不公平であることも、その道のりが理不尽なものであることも。


「せつなを懐柔して死なせたのはあなたよ」


せつなが倒れた時、何もかもが真っ暗になった。
あたしが傷つけてきた。あたしが追い込んできた。


「あんな状態で生きているなんて言えないよ」


うらやましいと思った。確かにそう言った。
もう寂しそうな顔は見たくなかった。幸せになって欲しかった。
奇跡に助けられたのは認めよう。でも間違ったことはしていない。


「何も捨てられないあなたが、何でも自分の思い通りにできると思ってるの?」


自分の幸せ、みんなの幸せ。自分の夢、みんなの夢。
みんなの幸せを喜びたい。あたしの幸せをみんなで喜んでもらいたい。


「みんなで幸せゲットしたいから、何一つあきらめることなんて出来ないよ。人はね、ひとり
じゃ幸せにはなれないんだよ。だからこんな世界間違ってる」

「何もかも手に入れるという事は、何もかも失うかもしれないリスクを背負うという事よ。
 それをよく覚えておいてね」


そう言って静かに闇ピーチは消えていった。







「シフォン!」


ピーチが部屋に飛び込む。そこには、シフォンを間に挟んでメビウスと対峙する3人の姿があ
った。


「なんでピーチが最期なのよ……」ジト目でベリーが見る。

「ごめん、ちょっち迷った」

「ほとんど同時よ」とパインがフォローする。

「ここは……私にやらせて」


パッションが進み出た。
止めようとしたピーチの手をベリーが掴む。


「パッションは過去を乗り越えようとしてる。まかせましょう」

「メビウス様、もうこんなことはやめて下さい。ラビリンスも変わりつつあります。
ラブ達の世界で私は見てきました。こんなやり方では、メビウス様だって幸せにはなれないわ」

「ワタシに口答えか? イースよ、偉くなったものだな。身の程を教えてやろう」


ならば、今こそ使う時。
切り札は最後まで取っておくこと。そう教えてくれたのはあなただったわね。
パッションが駆ける。メビウスがエネルギー波を出して迎撃する。命中する瞬間、赤い光と共
に姿を消した。


「背後、取った! 零距離からなら!」


〝吹き荒れよ幸せの嵐、プリキュアハピネスハリケーン〟


「どこを狙っておる」


パッションが背後から強烈な衝撃波を浴びせられて吹き飛んだ。


「ワタシの名はメビウス。全パラレルの支配者なり。空間とて例外にあらず」


パッションに駆け寄る3人を見下す。


「余興は終わりだ。インフィニティよ、プリキュアに対する供給の一切を断つのだ」

「キュアァァ……」


突然体が重くなる。翼が無くなり、闘衣が、髪が縮んでいく。


「うっ……力が……力が抜けていく……」


4人は変身前の姿に戻された。


「そんな……」
「だめっ、リンクルンの電源も入らないわ!」


「既にインフィニティは接続されているのだ、意識が戻ろうと力を引き出すことは可能だ。
さあ、選ぶのだ! ワタシの配下として仕えるのか、それともここで死ぬのか。フハハハハ」


4人の体が不可視の力で壁に押し付けられる。凄まじい圧力に体の自由が利かない。


「嫌だ、あたしは絶対に言いなりになんてならない」
「アタシも御免よ、あんたに従う人生なんて全然完璧じゃないもの」
「わたしも、あなたのやってる事も言ってる事も信じない」


「ならば死ぬがよい。イース、お前はどうする。
その手でそいつらを始末したら、幹部に戻してやっても良いのだぞ」


「私は……」


ラブ、美希、ブッキーを見て微笑む。大切な人たち。大丈夫、必ず助けるから。



「私のもう一つの名はイース。ラビリンス総統メビウスが野望を断つ者!」



〝スイッチ・オーバー〟



漆黒の闘衣。輝く銀色の髪。かつての僕が今、暴君に挑む。


メビウスの虚を付き、シフォンの元に跳ぶ。
行く手を阻むワームを薙ぎ払いながら、シフォンを囲う球体のメモリースロットを破壊した。


「シフォン、お願い!」イースは大切に抱きかかえて呼びかける。


「キュアキュア、プリプ~~~~~」


3人の縛めが解かれる。4つのリンクルンが輝きを放つ!


「今よっ」



〝チェイーンジプリキュア!ビートアーップ!!!!〟



感じるよ、シフォンの心、みんなの心。これで終わりにするから、待ってて!



〝ホワイトハートはみんなの心。羽ばたけ・フレッシュ・キュアエンジェル!!!!〟



〝レッツ・プリキュア!!!!〟



「みんな、行くよっ」
「OK」
「うん」
「今度こそ、決着をつける」



私たちの最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
最終更新:2010年04月07日 20:11