「ただいま」
誰も居ない自分の部屋に挨拶する。
窓を少し開けた。夜風が心地いい。
おとうさんの作ってくれた机をそっと撫でる。
タンスを開いてありったけの洋服に両手で抱きついた。
何もかもそのまま。当たり前よね、何日も開けたわけじゃない。
でも、随分久しぶりな気がしたの。
どれもこれも、おとうさんとおかあさんとラブの、愛情がこもった宝物。
ただいま…。ただいま!
これからもよろしくねって挨拶した。
コンコン
「せつな、いいかな?」
「どうぞ、ちょうど行こうと思ってたのよ」
そっと手を取って一緒にベットに腰掛けた。
繋いだ手はそのままにした。
「帰って…きたんだよね」
ラブの優しい目が私を見つめる。ラブの瞳の中に私が居た。きっと私の中には
ラブが居るんだ。そんな当たり前のことが、なんだかとても素晴らしいことに思えた。
二人だけの静かな至福のひととき。
ずっと―――この時間が続けばいいのに。
コクリと私は頷いた。
私たちを愛してくれる人たちがいる。愛していきたい人たちがいる。
流れていく時間の全てを大切にしよう。
出会えた全ての人たちと過ごせる瞬間を大切にしよう。
それもラブから教わったこと。
「ねえ、せつな。本当によかったの?」
ラブが心配そうに聞いてくる。それはラビリンスを旅立つ前のこと。
「イース、俺達と一緒にラビリンスに残ってくれないか。」
ウエスターが私の手を掴む。
痛いくらいに強く握る手が、彼が本気であることを
証明していた。
「僕からも頼む、彼女達の世界で長く過ごした君の知識は、きっと役に立つ。」
サウラーは私の肩に手を当てた。
「せつな…」
「せつな」
「せつなちゃん」
泣き出しそうなラブの顔。
歯を食いしばって平気な顔をしている美希。
そして不安そうに両手を祈るように重ねたブッキー。
確かにラビリンスは放ってはおけない。
元幹部として、責任をウエスターとサウラーだけに押し付けるのは気がひける。
でも……。
でも、私は帰ってくるって約束したんだ。
おとうさんとおかあさんに。
「私は……」
声が震える。言葉が上手く出てこない。
帰りたい、帰りたい、帰りたい…。
私は―――四ツ葉町に帰りたいんだ。
それで気がついた。
(帰りたい)
それはもう、自分の本当の故郷はあの街に
なっていることに。
言葉の代わりに涙が出てきた。
ごめんなさい―――ごめんなさい
「……ごめんなさい。」
「いいんだ。無理を言ってすまなかったな。」
ウエスターの手が緩んだ。
「行きたまえ。君の笑顔は、きっとあの街によく似合う。」
サウラーの手が肩から離れ、寂しげに微笑んでくれた。
「せつなっ!」
優しくラブが抱きしめてくれた。
「帰りましょう、せつな。アタシたちの街に!」
「戻ろう、せつなちゃん!わたしたち四人でクローバーよ。」
ウエスター、サウラー、そしてラビリンスの人たちに見送られながら
アカルンの力を解放した。
「ラブはどうだったの?私が居なくなっても平気?」
言ってすぐに、後悔する。怖い、聞きたくない。
「あたしは……」
「そりゃあ寂しいよ。でも、せつなが本当にそれを望むならかまわないって思う。」
―――かまわない、その一言が胸に突き刺さる。
「みんなで幸せになりたいから。だから、時にはガマンしなくちゃいけないことも
あると思う。一緒に居られなくても、心はずっと繋がってるから……。」
「だけど、一緒に居てくれるって聞いてほんとに」
「やめてっ!!!」
もう聞きたくない。それ以上聞きたくなくて大声で遮った。
また涙が溢れそうになる。逃げ出したかった。でも、どこに……。
「せつな……」
繋いだ手にもう一方の手を重ねてきてくれた。
私、馬鹿みたい。仮の話なのに子供みたいにムキになって。
でも不安だった。いつかそんな日が来るんじゃないかって。
「私は……嫌よ。」
やめよう、こんなこと言うの。
「おとうさんやおかあさんやラブが私を置いてどこかに行くなんて、嫌よ。」
止まって欲しいのに言葉が勝手に紡がれる。
「私がおとうさんやおかあさんやラブを置いてどこかに行くのも、嫌なの…」
みっともない。美希が聞いたらなんて思うだろう。
ブッキーが聞いたらどう感じるだろう。
ラブはなんて思ったろう。嫌われたくない。軽蔑されたくない。
「あたしも嫌だよ。せつなと離れるなんて絶対に嫌」
ラブに抱きしめられた。最初は優しく、だんたん強く。温かい、離れたくない。
「でも……さっき、かまわないって…」
「せつなには本当に幸せになってほしい。だからあたしは―――自分の気持ちを入れなかったの。」
私はやっと気がついた。
ラブは私と別れるのが平気なんじゃない。
自分の幸せよりも私を大切に思ってくれてるんだ。
ラブの胸に顔をうずめて涙を隠した。
「ねえ、せつな。あたしはずっとせつなと一緒に居たい」
もう不安は無い。もたれかかって静かに耳を傾ける。
「一緒に過ごして、ずっと同じ夢を追いかけたいと思うよ」
うん、できれば美希やブッキーも一緒に。
「それでも、もし―――せつながどうしても他にやりたいことが出来たら。
あたしについて来れないと感じたら、その時は感じたままに行動してほしい。」
不安そうに見つめながら話してくる。自分の言葉が、私を傷つけるのを怖れるように。
「何があってもあたしとせつなの絆は変わらないから。だから、何も諦めちゃいけないんだよ?」
やっとラブの言っていた意味がわかった。
幸せの形は一つ一つ違う。だからラビリンスは間違っていたのよね。
―――でもね。
「ラブは言ってたわよね。いつか世界中のみんなの心を愛情で一杯にしてあげたいって。」
あれはラブの名前の由来を聞いた時のこと。込められた意味と大きな夢。
「私はその手伝いがしたい。世界中のみんなを笑顔と幸せで一杯にしたい。」
過ちは消せない。だけど、生きている限り、新しい幸せを紡ぐことは出来るはず。
「一緒にやらせて、ラブ。私も同じ夢を見る。一緒に追いかける。
それでも道が分かれることがあるのなら――その時は、行ってきますって、胸を張ってそう言うわ。」
そう、私にはまだラブから、この世界から学ばなければいけないことが沢山ある。
私の本当の夢と幸せを見つけなければならない。
そして、それは人々の笑顔の中にあるような気がした。
愛情の無いところに幸せは無い。だから目指すものはきっと同じ。
「うん、一緒に頑張ろう、せつな」
将来のことはわからない。でも、出会った時から運命のようなものを互いに感じた。
だから信じよう。手を取り合って、一緒に幸せをつかみたい。
「精一杯頑張るわ!」
だから、これからもよろしくね、ラブ。
最終更新:2010年01月27日 18:37