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8-944

 ――――朦朧とした意識の中で、私は右手を動かそうとする。
 その指の一本も、動かすことは出来なかった。

 今度は、左手を動かそうとする。
 小指が微かに跳ねた。それだけだった。

 ぼやける視界。捉えるのは自分の下半身。
 伸ばした脚を動かそうとして、立ち上がろうとして、止めた。

 もう、そんな力はどこにも残っていないと、わかったから。

「……………………………………」

 誰かが話している。私に向けて、話している。かろうじて聞き取れた、イースという言葉から、私はそれと知る。
 けれどもう、反応することも出来ない。いや、それどころか、耳触りにすら思った。
 うるさい、そう言おうとした瞬間。

「ちゃんと聞きなさい」

 はっきりとそう聞こえた、ような気がした。
 あやふやなのは、私の体が吹き飛ばされたから。
 ドン、ドンと床の上を二回跳ねて――――三回だったかもしれない――――とにかく、転がり、壁にぶつかってようやく止まった。

「――――ぁ、ぅ――――」

 苦痛に、意識がようやく鮮明となる。けれど私は、うめき声を上げることも出来ない。ただ、かすれた息を吐くことしか。
 そんな私に近付いてくる、ノーザ。そしてソレワターセ。

「ふん。他愛もない」

 ゴフッ、と私の体がまた跳ねる。思い切り、彼女に蹴飛ばされたのだ。
 もうどれぐらい、こうしていたぶられているだろう? わからなくなってしまっていた。一つわかるのは、彼女が飽きるということを知らないということ。気を失うことすら許されず、ただひたすらに苦痛を刷り込まれ続けている。

「……………………………………」

 また、彼女が何かを言っている。私の耳は、それを受け取ろうとせず、結果としてノーザが何を言っているのか理解が出来なくて。
 床にうつぶせに倒れながら、私が思うのはただ一つ。

 ラブは、ちゃんと逃げ切れただろうか――――?

「――――イース!!」

 ああ、うるさい。うるさいうるさいうるさい。ノーザ、少し、黙っていて。思い出を辿るぐらいの時を、私にちょうだい。

「――――イース!!」

 ……けど、今のは少し、いいわ。ラブの声に聞こえたから。

「イース!!」
「貴様っ!?」

 ――――? 二つの声? よく、わからない。そういえば、彼女とソレワターセが、攻撃をしかけてきていない――――でも、もう、どうでもいい。
 ラブ。ああ、ラブ。
 貴方の声を聞けた。もう二度と、聞けないと思っていたのに。幻聴でも嬉しい。
 嬉しいわ、ラブ。

「プリキュア!! ラブ・サンシャイン!! フレーッシュッ!!」

 遠くで、そんな叫び声を聞いたような気になりながら。
 私は、ゆっくりと意識を失っていったのだった。





     刹那のまぼろし 終章






 プカプカとシャボン玉を飛ばす夢を見た。
 幼い私。とても小さくて、背なんか今の腰ぐらいまでしかなくて。

 隣にはくすんだ金色の髪の女の子。並んで一緒にシャボン玉を飛ばしてる。

「アタシの方が遠くまで飛んだよ」
「あら。私の方が遠くまで飛んだわよ」

 そんな他愛のないことで競ってる。ちょっと、ううん、結構本気。
 でも彼女ったら、本気過ぎて、思いっきり息を吹き込むものだから、シャボン玉にならずに空気だけが飛び出していく。
 私はその横で、慎重に、だけど真剣にストローに息を吹き込む。加減が大事。思い通り、プカプカ浮かんで、私はご満悦。

「ふえー?」

 そのうち泣きそうになる隣の女の子。ムキになればなるほど、シャボン玉は出来上がらない。
 チラリと隣を見て、でも我慢我慢。これは勝負なの。本気なの。
 けど。

「うぅぅ」

 彼女がベソをかきはじめそうになると、我慢できなくなる。

「もう、私が教えてあげる。いい? ゆっくり息を吹き込むの」

 ストローをくわえずに、フー、と息を吐いてみせる。
 真似をして、フー、と息を吐く彼女。
 それを何度か繰り返して、

「さ、やってみて」
「フー――――あ、出来た!!」

 すごい、すごいと無邪気に喜ぶ女の子。それを見て、私も嬉しくなる。
 良かったね、と言うと、うん、と彼女は笑顔で頷いて。
 そして、私の手を取る。

「ありがとう、せつなちゃん」
「どういたしまして、ラブちゃん」

 幼い私達は、笑い合い、転げあう。一緒に泣いて、一緒に笑って。
 シロツメクサの花冠を作ってプレゼント。お返しはシロツメクサの指輪。

「ラブちゃん、お姫様みたい」
「せつなちゃんも、花嫁さんみたいだよ」

 えへへ、と笑い合う、小さな私と小さなラブ。
 そんな二人の前を、ヒラヒラと蝶が舞う。

「あーっ。チョウチョだ、チョウチョ!!」
「チョウチョだー」

 空へと羽ばたき上っていくそれを、並んで追いかける私達。
 いつも仲良し。いつでも一緒。

 幸せ。



 それは、けれど、夢。

 ありえない過去。存在しなかった世界。
 望んでも決して手に入らない。時計の針は戻らないから。

 ううん。

 きっとそれは、決まっていたことだから。







「――――せつな!! せつなっ!!」

 呼ぶ声に、ゆっくりと私は目覚める。覗き込んでくるのは、金色の髪の少女――――いや、戦士。

「キュア……ピーチ?」

 何とか、そう口に出すと、彼女は安堵の笑みを浮かべた。

「せつな――――!! 良かった!!」

 ギュッと私の手を握る、キュアピーチ。私は、彼女に膝枕をされていることにようやく気付いた。

「どう……して」

 まだ覚束ない頭で、けれど、不思議に思って問いかけた。どうして、キュアピーチが、ラブがここにいるのかと。

「美希達に、教えてもらったの」

 ポツリ、ポツリと彼女は話し出す。
 あの後――――私がラブを置いて出て行った後、何も考えられずに呆然としていたこと。そこに、シフォンを連れた美希達が表れたこと。動けないラブに、二人が話してくれたこと。

「何を……?」
「イースが……ううん、せつなが、美希達を助けてくれたんだよね――――そして、アタシを助けてくれって、お願いしてくれた」

 せつなが、どんな想いで、貴方を助けようと思ったか。助けようとしているか。それがわかってるの!?
 美希は、涙を必死に我慢しながら、そう言ったらしい。

 せつなさんは、いるよ。せつななんて子はいないなんて、絶対にない。だってわたし、信じてるもの。
 祈里は、ラブの瞳を真っ直ぐに見詰めながら、そう言ったらしい。

「最初は、どうして、って思ったよ。どうしてそんな、助けようとしてくれるんだろうって。だって、せつなはイースで、アタシ達を騙してて――――リンクルンを奪ったり、シフォンをインフィニティにして連れ去ったり――――アタシを、ラビリンスに連れてきたり」

 ゆっくりと告げる彼女の言葉に、私の胸は痛む。それが自業自得だとわかっていて、なお。

「けれどね、けれど――――これを見て、わかったんだ」

 言いながら彼女が、私の目の前に差し出したものは。
 緑の、クローバーのアクセサリー。ラブと私が一緒に手に入れた、四つ葉のクローバー。

「ずっと、大事にしてくれてたんだね。ずっと――――ずっと」

 アタシを騙すだけだったら、もう必要ない筈なのに。

「捨てられるわけ、ないでしょう?」

 だって、ラブに貰ったものだもの。そう、私が答えると。
 ポトン。私の顔に、キュアピーチの瞳からこぼれた雫が落ちて、跳ねた。

「それに、言ってくれたよね。友達だと思ってる、って」
「――――そうね。言ったわ」
「っ!!」

 不意に彼女が、唇を噛みしめて俯いた。喉の奥からこぼれるのは、押し殺しきれない嗚咽。
 泣きじゃくるキュアピーチの肩が、震える。
 もう一度、私は自分に確かめる。動いて。私の体。

 ――――ゆっくりと、右の手を伸ばして。
 私は彼女の頭を、そっと撫でる。ゆっくりと、ゆっくりと。
 やがて頬に落とした手。キュアピーチは、自分の手をその上に重ねた。
 そして、泣きながら笑う。

「やっぱり、せつなだ」
「違うわ。イースよ。私は――――でも」
「…………でも?」

「イースでも、友達だと思ってくれる?」
「もちろんだよ――――イース」

 そう言って、彼女は笑った。
 泣き腫らした目。だけど、その瞳には、明るい光が――――私が求めていた、望んでいた光が。
 しっかりと、輝いていた。

 嗚呼。良かった。

「ありがとう、ラブ」

 これでもう、心残りは無い。



 私は、体を起こすと同時に、キュアピーチの体を激しく突き飛ばした。

「――――!?」

 倒れながら、驚きを顔に浮かべる彼女。
 その目と鼻の先を、木の根の槍が通り過ぎる。一瞬前まで、キュアピーチの体があった場所を通り抜けて、その槍は。


 私の体を、串刺しにした。



「チッ!!」

 舌打ちをするノーザ。ああ、やっぱり貴方はうるさい。鬱陶しい。
 再び槍を構える彼女。けれど、私は安堵のため息をつく。その背の後ろに、二人の少女の顔を見つけたから。

「プリキュア!! エスポワール・シャワー!!」
「プリキュア!! ヒーリング・プレアー!!」
『フレーッシュッ!!』
「何っ!?」

 それが、ノーザの断末魔だった。




「イース!! イース!!」

 抱き付いてくるキュアピーチ。ピンク色のコスチューム――――伝説の戦士のアイコンが、血の赤に濡れるのも厭わずに。
 私は、そんな彼女に、微笑んで見せる。

「いいのよ、ラブ。これでいいの」
「そんなこと言わないで、イース!! 一緒に逃げよう!!」
「ダメなのよ――――私の命は、きっと、今日限りだから」

 息を飲むキュアピーチ。駆け付けたキュアベリー、キュアパインも、その言葉に体をこわばらせる。

「ラビリンスは、全てを管理する世界。私達の寿命も、管理されてる。だから、私がメビウス様を裏切ったことがばれている以上、私に明日は無いの」
「そん、な……」

 絶句するパイン。ベリーが私に、食ってかかる。

「どうしてそんな大事なこと、もっと早く言わなかったのよ!! 知ってたなら、どうにか出来たのかもしれないのに!!」

 ああ、ベリー。ううん、美希。貴方なら、きっとそう言うと思ったわ。貴方はとても責任感が強いものね。四人でお出かけをした時、何も知らない私を一番フォローしてくれたのは、美希、貴方だった。

「せつな、さん」

 祈里、泣かないで。貴方は本当は、とても強い筈よ。だって、まだプリキュアになる前から、貴方はナケワメーケの前に立ちはだかって、子供や犬を守ろうとしていたじゃない。

「イース……」

 そして――――ラブ。
 私を抱きしめながら泣き続ける彼女に、私は言う。

「私、良かったと思ってる」
「――――え?」
「だって、寿命で死ぬ前に、ちゃんと守れたんだもの――――私の大好きな人を」

 その言葉に、偽りは無かった。
 私は、満たされていた。
 この生を、確かに全うすることが出来たと思えて。
 それは、ほんのわずかな、一瞬のことかもしれなかったけれど。

 私は確かに、自分で選んだんだ。
 委ね、管理されたものじゃない。
 私の――――私だけの生き方を。

 悔いは、ない。


 いや、一つだけあった。
 ほんの小さな、ささやかなものだったけれど。

「ねぇ、ラブ」
「なに、せつな――――イース」

「今度、生まれ変わったら――――ラブと一緒に……」

 穏やかな世界を、共に過ごしたい。

 想いを、私は果たして、最後まで言い切ることが出来たのだろうか。
 わからない。
 私の意識は、薄れていって。

 最後に。

「イース!? イースッ!! うわぁぁぁぁぁっ……」

 そんなラブの声を、聞いたような気がした。

















 コツン。

「キャッ!!」

 頭を軽く叩かれて、驚きに目を覚ます。同時に口から小さく漏れた声に、ドッと起きる笑い声。ビックリしながら、私は辺りを見回した。ここは――――教室?

「東」

 目の前に立っている先生が、呆れ混じりに話しかけてくる。

「珍しいな、お前が居眠りなんて。そんなに俺の授業は退屈か?」
「そ、そんなこと……」

 慌てて頭を下げる私に、また笑い声。
 やだ。恥ずかしくて、顔、真っ赤になってる。
 ふと隣を見ると、クスクスと笑ってるラブがいた。その目には、悪戯な光が浮かんでいて。
 んもう、ラブったら。気付いてたのに、何も言わなかったわね。

「初めてだね、せつなが授業中に居眠りするなんて」

 先生が前に戻ると同時に、小さな声でラブが囁きかけてくる。それが楽しそうなのが、なんだか癪に障った。

「そうね。いつもオネムな誰かさんと違ったから、目立っちゃったのかしら」
「あれれ? 怒ってる? ごめんごめん」

 言葉とは裏腹に反省を感じさせない彼女の声に、私はフンと顔を背ける。大体、今は授業中よ。私語は慎まないと。



「それにしても、よく寝てたね、せつなちゃん」

 由美の言葉に、私は苦笑する。今はお昼休み。ラブと私と彼女の三人で、お昼ごはんを食べていた。

「何か、夢とか見てたの?」
「うーん、見てた気がするんだけど――――思い出せないのよね」

 とても悲しいような、けれど幸せなような。何とも言い表せない、不思議な気持ちが、まだ胸の奥に残っていた。

「それよりも、由美、後でノート見せてくれない? 私が寝てた時の授業内容、教えて欲しくって」
「うん、いいよ」
「あれ? アタシに聞かないの?」

 ラブの言葉に、私は驚く。

「えっ!? ラブ、ノート取ってたの!?」
「い、いや、取ってないけれど――――なんでそこまで驚くかなぁ……」


 放課後。私は由美から借りたノートを開いて、授業で聞き逃した部分を書き写していた。ラブは、由美と二人で飲み物を買いに行っている。彼女がいると、よく話しかけてきて集中出来ないから、ちょうどいい――――相手にしなければいいのだけど、楽しくてつい、ね。
 ペラリ。
 ページをめくると、そこに書かれていた一文が目に入る。

『胡蝶の夢』

 私は、記憶を辿る。確か、荘子という人が、自分が蝶になった夢を見て、こう論じるのだ。
 即ち、荘子である私が夢の中で蝶に胡蝶になったのか、あるいは自分は実は胡蝶で、今、夢を見て荘子になっているのか、どちらが本当かはわからない。
 ただ、胡蝶であっても荘子であっても、主体としての自分に変わりは無いのだ、と。

 そういうものなのかしら、と私は思う。あまりよくわからない。
 もしも胡蝶としての私が、今の私を夢見ているのだとしたら、この私はせつなのまぼろしと言うことではないだろうか。
 考えこもうとして、やめる。それよりも今は、ノートをちゃんと写し切って、由美に返さないといけない。
 思いながら写していると、つい、由美がノートに書いた絵――――『胡蝶の夢』の言葉の隣に描かれた蝶の絵まで、写してしまっていたのだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 暗い、暗い世界。
 どこに目を向けても、真っ暗で。

 これが、死、というものなのだろうか。
 私は、そんなことを思った。

 ふと、上げた顔。その視線の先、闇の向こうに、世界が見えた。

 私の亡骸を前に泣いていたプリキュア達は、やがて顔を上げた。
 そして、逃げるのではなく、立ち向かった。全ての元凶であった、メビウス様に。
 彼女達は、勝った。全ての世界は解放され、ラブ達はクローバータウンへと戻っていった。
 そして訪れた平和な暮らし。時を重ね、大人になっていく彼女達。
 けれど、ラブの首元には、いつも同じネックレスがあった。
 あの、四つ葉のクローバーのネックレスが。


 ふと、私は別の方角へと目を向けた。
 そこにも、世界があった。
 多分、別の世界。

 その世界にも、私がいた。
 やっぱり私は、ラビリンス総統メビウス様のしもべイースとして、プリキュアと戦っていた。
 違ったのは、私はプリキュアに勝つことが出来なかったこと。
 メビウス様からもらったカードを全て使い切ったにも関わらず、プリキュアを倒すことが出来ず――――私は、今日限りの寿命を胸に、キュアピーチとの戦いに赴いた。
 戦いのさなかに、互いの想いをかわしあった後、私の寿命は尽きた。いや、クラインによって終わらされた。命を失った筈の私は、しかし新たなプリキュア、キュアパッションとして生まれ変わった。
 その後、その世界の私は、東せつなとしてラブと共に暮らすようになり、また、プリキュアとしてラビリンスとも戦うようになった。

 私は、最後までその世界を見ることが出来ず、目をそらした。
 少しだけ、羨ましいと思ったからかもしれない。私が手に入れられなかったものを、彼女は手に入れていたから。
 でも、悲しいとは思わなかった。
 きっとそれは、満ち足りていたからだろう。
 私は、とても穏やかな気持ちだった。


 それから、たくさんの世界を見た。
 色んな世界があった。
 前と立場が逆――――つまり、ラブがメビウス様のしもべで、私がプリキュアの世界もあった。
 全員が最初からラビリンスの幹部となっている世界もあった。 

 本当に、色んな世界があった。


 でも。
 どの世界でも。どんな世界でも。


 私は、ラブと心を通わせていた。
 その結末が、いかようなものであったとしても。


 誰かがそれを評するなら、運命という言葉を用いるかもしれない。
 でも、そんな簡単な言葉で言い表したくもなかった。

 何故なら。

 どの世界でも私は、選びとっていたのだから。ラブという存在を。

 千のイースが。万のせつなが。
 すべからく、ラブを求める。

 そして全てのラブが、それに応える。

 まるで互いが互いの半身であるかのように、惹かれ合う。


 そう。
 たとえ、終わりが来たとしても。
 私は――――ううん、私達は。

 変わらない。絶対に。
 何度でも繰り返す。それがたとえ、刹那のまぼろしであったとしても、何度でも。


 そして私は、闇の中でたゆたう。
 満たされた感覚に、心を遊ばせながら。


 やがて私の存在は消えるだろう。そして、またどこかの世界に現れるのだろう。
 そしてきっと、私はラブを目指す。
 ラブを、選びとる。

 だから、嗚呼。
 私は。
 幸せだ。  



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「せつなー。もう終わったー?」
「ええ。ちょうど今、終わったところよ。由美、ありがと」
「どういたしまして」

 帰り道にアイスを由美に奢って、ノートのお礼をする。アタシにも、と叫ぶラブは、当然無視。ドーナツの食べ過ぎでお小遣いが厳しいの、私が知らないとでも思った?

「あ!! シロツメクサ!!」

 由美と別れて帰る道すがら、ふと通った公園で見つけた花に、ラブが声を上げて駆け出した。んもう、本当に落ち着きがないんだから。変わらないわね、ラブは。

「ねぇねぇ、せつな。覚えてる?」
「何を?」
「まだちっちゃな頃にさ、二人で公園で遊んでたじゃない。シャボン玉飛ばしたり、シロツメクサで指輪を作ったりしてさ」
「もちろん。美希やブッキーと会う前だったわね。まだ、こんなにちっちゃかった」

 私が腰の辺りに手を置いて、その頃の背の高さを示すと、うんうんと頷きながらラブは懐かしそうな目をする。

「ものごころついた時にはもう、せつなが隣にいた気がするね」
「うん。それからも、ずっと一緒だった」

 私とラブ。二人が最初に仲良しで、後から美希と祈里が加わってきた。
 そうして出来た四人の幼馴染グループは、中学に入る時に別れたけれど、ラブと私だけはずっと一緒だ。

「ね、またあれ、作ってみようか」
「そう言うと思った」

 中学生の女の子が、二人でシロツメクサを摘む姿は、少し滑稽に見えるかもしれない。けれど、私達はまるで気にせず、夢中になっていた。そうしてせっせと作り上げたそれを、互いにプレゼントする。花冠と、花の指輪を。

「ラブ、お姫様みたいよ」
「せつなも、花嫁さんみたい!!」

 言って、私達はくすぐったそうに笑いあう。

 穏やかな空気漂う、この街。
 私達は、平凡な日常を繰り返す。何事も起こらない。
 ダンスに励み。遊び。笑い。時には勉強し。
 そうして過ごしていく。

 いつも変わらぬ平和な日々は、けれど、ラブといることで輝いたものになる。

 それが、たまらなく愛おしい。

「あ!! あれ」

 珍しいものを見つけた、と言った風なラブの声に、私は顔を上げた。
 そこには、蝶がはばたいていた。
 なんだ、たいしたことないじゃない、そう言おうとした矢先に、ラブが言った。

「あれも、誰かの夢なのかな」
「――――そうかもね」

 もしも誰かの夢だったら――――その世界にも、私とラブはいるのだろうか。
 仲良くやってるのだろうか。
 思いながら、ふと、隣を見ると。
 まるで私の考えを読んだかのように、笑いながら小指を差し出してくるラブがいて。

「いつでも、どこでも――――絶対、アタシ達は仲良しだよ」

 そう言う彼女に、私は微笑みながら小指を絡め。
 指切りをしながら、羽ばたき去る蝶を、見送ったのだった。
最終更新:2010年01月27日 16:40